気持ちよさそうに私の膝の上で寝息をたてる敦賀さんの髪を指に絡める。  
ふたりきりの時はいつも触れ合っている私たち。  
いつもと少し違うのは…ここは敦賀さんの楽屋だってこと。  
 
最近敦賀さんはドラマの撮影で忙しく、朝早く家を出て夜中や朝方に帰ってくる。  
朝起きた時も夜眠る時も敦賀さんはいない。  
なのに電話で話す敦賀さんはちっとも淋しそうじゃない気がして、  
私だけが敦賀さんが恋しいみたいで、なんだかますます淋しい気分になってくる。  
 
「敦賀さんは私に会えなくて平気なんですか」  
ちょっと拗ねてしまって訊いてみると、敦賀さんは不思議そうな声で「毎日会ってるよ?」と質問に答えた。  
「毎日キョーコの寝顔を見て、キョーコに触って、キョーコに抱きついて眠ってる」  
「そんなのずるいです!私は敦賀さんの寝顔見てないし、敦賀さんに触ってもないし抱きつい…ても……」  
力説している途中でなんだかすごく恥ずかしいことを言っているような気がして、徐々に声が小さくなる。  
敦賀さんのくすくす笑う電話越しの声が耳にくすぐったい。  
「そっかごめん。俺は毎日それで充電してたんだけど」  
「私だけ淋しいなんて、ずるい」  
 
何度も何度も、ずるい、ひどい、とぶつぶつ責める。  
自分でもなんて理不尽なことを言ってるんだろうって自己嫌悪に陥りそうになってくる。  
なのに敦賀さんは私の罵倒の言葉のたびに、ごめん、ごめんね、とあっさり謝る。  
そうやって私のこと甘やかすから、私はどんどん敦賀さんに対してワガママになっていってるのに。  
「敦賀さんのばかっ、たまには叱ってください!」  
「ん、ごめん」  
「もぉっ!」  
また怒る私に、また笑う敦賀さん。  
いつも敦賀さんは余裕で、大人で、優しくて。  
なのに私は子供で情けない。  
敦賀さんに似つかわしくないんじゃないかと不安になる。  
…だめだめ、マイナス思考はダメよキョーコ!  
そんなこと考えちゃダメだ、って前にも敦賀さんに言われたし。  
だけど、会えない時間が長くなると、どうしてもそんな不安が膨らんでくる。  
「あ、ごめんキョーコ、もう撮影再開するみたいだ」  
今日も遅くなるから寝てていいよ、と付け加えて敦賀さんは電話を切った。  
 
電話で話したのに…ううん、電話で話したせいなのかな、敦賀さんの声を聞いたら、もっともっと会いたくなった。  
今日こそは敦賀さんが布団に潜り込んできたら目を覚まそうと決心して眠りについたのに、  
起きたら朝で、やっぱり敦賀さんはいなかった。  
もう限界…そう思った。  
会いたくて会いたくてたまらない。  
我慢できずに、敦賀さんのいるテレビ局まで行って楽屋を訪ねた。  
 
楽屋に入ると長い時間ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、優しいキスを何度か交わした。  
それから畳の上に移動して、敦賀さんはいつも部屋でしてるみたいに腰にまきついて甘えてきた。  
ちょっと横になる、くらいのつもりだったんだろうけど、  
敦賀さんは私の膝の上に頭を置くと、あっというまに寝息を立て始めた。  
 
きっと寝不足なんだろうな。  
大丈夫なのかな…でも体力はあるみたいだし…。  
髪を撫でていると寝息は深くなってきて、なんだか気持ち良さそうでホッとする。  
私まで眠くなってきたけど、せっかくこうして久々に敦賀さんに触れられるんだから、眠るのはもったいないと自分に言い聞かせて眠気を飛ばす。  
 
その時――コンコン、とドアがノックされた。  
 
飛び上がりそうにびっくりしたけど、「蓮…起きてるかー?」と控えめな声量で社さんの声がした。  
社さんか、よかっ…いやいや良くはないわ!膝枕してるところなんて見られるの、は、恥ずかしいっ…!  
「ちょ……」  
ちょっと待ってください、と叫ぼうとしたのを踏みとどまる。  
叫んだらせっかく寝ている敦賀さんが起きちゃう。  
でも…ど、どうしよう…  
あわわ、と焦っていると、待ちきれずに社さんがそっとドアを開けてしまった。  
 
「れー…あ、キョーコちゃ……」  
 
社さんは私の膝の上ですやすや眠っている敦賀さんをしばらく目を見開いて眺めていた。  
けれど、その後何事もなかったかのように今日の敦賀さんのスケジュールを小声で私に説明し始めた。  
からかわれたり引かれたりしなくて安堵する。  
 
「――…と、以上が今日の予定です」  
「はい、あとでしかと伝えておきます!」  
「撮影は30分後に始まるから、その頃また呼びにくるよ。ここのドアが見えるところで見張っとくから」  
「え、そんな…あの、よかったらこのままここにいらっしゃっても…」  
「いや、遠慮しとくよ。こんな無防備な寝顔、きっとキョーコちゃんとふたりだと思ってるせいだし…起きて俺がいたらあとが怖いし」  
「そんなこと…」  
「最近起きてるキョーコちゃんと一緒にいられないって淋しそうに言ってたし」  
「ほんと、ですか…?」  
つい嬉しそうな声になってしまった私に、社さんはにっこり微笑んだ。  
「ほんとほんと。休憩になるたびメールチェックしてるしさぁ」  
おっとこれ以上言うと蓮に怒られる、と冗談まじりに言って、社さんはドアへ向かった。  
そして、じゃあ蓮を頼むね、と楽屋を出て…ドアを閉める間際、思い出したようににやりと笑って  
「ごちそうさま」  
と付け加えた。  
 
社さんの捨て台詞に、この状況をしっかり見られたことが改めて恥ずかしくなってきた。  
はわあぁぁぁ、と呻いていたら、敦賀さんが身をよじって眩しそうに目を開けた。  
「ん……おはよ、キョーコ…どうかした?」  
こっちに向き直って、腰に手を回してくる敦賀さん。  
「い、いま、社さんが来たんですっ」  
「そう。…で?」  
「で?じゃありません!は、恥ずかしくって…!」  
「ああ…そうだね、しよっか」  
「しようってなに……って何して、敦賀さ、ちょっ、わっ…!?」  
 
まだ寝ぼけているような様子のまま、敦賀さんは私を押し倒した。  
「何って…ねえ」  
「敦賀さん!起きて、起きてくださいっ、ここ楽屋です、おうちじゃありません!」  
「わかってるよそのくらい」  
「だったらますますしっかりしてください、こんなとこじゃ、だめっ」  
「キョーコはしたくないの?」  
突然動きを止めて、じっと眼を覗き込む。  
そんな瞳で見るなんてずるい…吸い込まれそうで、拒否できなくなりそうじゃない…  
 
「そういうわけじゃ…」  
「俺はずっとしたくてしたくてたまらない。毎晩キョーコに抱きついて眠って…それだけでも確かに幸せだけど…何度も襲いそうになった」  
「おっ起こしてくれればよかったのに」  
「起こしてからなら襲ってよかった?」  
「それは……」  
よかった、かも。  
そう思いつつも、見つめ続けてくる妖艶な瞳を前に、本心を吐露するのは躊躇する。  
ここで襲ってよかったですと言ってしまったら、この人の場合ほんとに歯止めが利かなくなる予感が…。  
「な…内緒です」  
「そう…内緒、ね。俺に秘密を作るのはナシだよ、キョーコ」  
「あっ敦賀さん…っ」  
敦賀さんはスカートの中に手を入れてきて、太ももを触るか触らないかくらいのタッチでさわさわと撫でた。  
久しぶりだから?カラダ中に電気が走ったみたいにぞくぞくして、痺れあがるみたいになってびくりと跳ねた。  
「あれ?キョーコ、こんなに敏感だった?」  
くすりと笑いながら、耳元で囁かれた。  
「だって…っ!」  
「どうしよっか。続き、する?して欲しい?」  
ダメ、ダメだけど…  
「し、してほ」  
 
「キョーコちゃーん、ちょっと早いけどもう撮影始めるらしいから蓮起こしてー」  
 
ドア越しに社さんの声がして、私は固まった。  
 
「『してほ…』の続きは?」  
「…してほ…しくない、です……今は…」  
「ほんとにそう言おうとした?」  
「ほ、ほんとですっ」  
「ふーん」  
嘘がつけない私は目が合わせられなくて俯いたうえに顔も熱いし、きっとバレバレだ。  
信じたとは到底思えないけれど、敦賀さんはそれ以上追及はしなかった。  
「起こしていい?」  
「へ?」  
「今夜…帰ったら起こしてもいいかな」  
それは起こしてから襲うって意味、ですよね…  
「……って……さい…」  
「え、なに?」  
「お、起こしてから…襲ってくださいっ、って何度も言わせないでください!!」  
 
恥ずかしくてたまらなくて、慌ててドアを開けて楽屋から飛び出した。  
出て行くときに社さんが驚いた顔をしてた気がするけど、  
社さんには膝枕を見られた恥ずかしさもあったから声もかけずにそのまま一目散に逃げ去った。  
 
その夜私のお願い通りに襲ってくれた敦賀さんが、腕枕をしながら話してくれたのだけど。  
私があまりにすごい勢いで逃げていったから、なにか誤解した社さんに敦賀さんはそのあとこっぴどく叱られたらしい。  
「あの人のお説教は長いんだから参ったよ…」  
困った顔をする敦賀さんが可笑しくて、なんだか可愛くて、それから敦賀さんの温もりが嬉しくてたまらなくて…  
私は頬を緩めた笑顔のままで、暖かな眠りに落ちていった。  
 

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