その人形は古びた町の古びた骨董品屋のショウウィンドーから外を眺めていた。  
 
この人形、ずいぶんと長い事この店に置かれている、  
元々は人工知能(AI)を搭載したヒト型のアンドロイドとして愛し愛され成長を重ねる少女になるはずだった  
しかし最初のマスターとなった旅館のボンボンは少女をただの召使としてしか見ず酷い言葉と共に使い捨ててしまい  
少女はその時のショックで愛を認識出来ない出来そこないになってしまったという。  
 
そうして廻りめぐってこの宝田屋に流れつき物珍しい商品として過ごす事になった  
最初は高価な人形を巡り多くの客が買いに訪れたが、暫くするとみな  
「怨霊に祟られてる…」と返品してくるのだ。  
そうしていま少女は毎日この窓から外を行き交う人を眺め暮らしている。  
 
 
 
――店の奥で電話がなっている。  
…しばらくして話しを終えた男が店内へ戻ってきた  
「キョーコ!新しいマスターが決まったよ」  
店の主である椹が外を眺めていた少女、キョーコに話しかけた。  
 
(…今度ハどこニ行カサレルノ?)  
椹を見上げると彼は笑顔で  
「良かったなぁ今度は身元もばっちりの大金持ち様だぞ、ヘマして返品されないように気をつけなさい。  
何も準備はいらないそうだ、まもなく迎えがくるから待ってなさい」  
そういってまた店の奥へ姿を消した。  
キョーコはピンク色のツナギのポケットに入った小さながま口をそっと握りしめ  
(…コノ子ハ一緒ニ連レテ行ッテあげなきゃ…)  
半分眠っていた状態の頭の回路を覚醒させ始める。  
 
アンドロイドの証に義務付けられてる細い首輪を付けて  
表で迎えを待ちながら道行く人の姿を眺めてると  
マフラーや毛糸の帽子、暖かそうなコートを身に纏っているのに気づく  
そして自分が最後に出かけたのは前のマスターが私を返品するためだったと思い出した  
あの日はセミが大合唱する暑い夏の日で  
歩く足下の陰が色濃く揺れていたのにいつの間にか季節は過ぎていたようだ  
 
椹の言ってた通り新しいマスターはお金持ちらしい。  
キョーコが店の前で迎えを待っていると高級そうな車が止まり、  
「宝田屋のキョーコ様ですね」とエスコートされ  
車内にいたマスターのマネージャーだという社さんが色々教えてくれた。  
 
私に求めるのはマスターの食事や身の回りのお世話で、特に性的な物は必要無いという。  
彼は忙しく、元々は一人でなんでもこなしていたがさすがに限界だという事で  
私を買う事にしたらしい。  
 
 
マンションに着くと、カギと当面の生活費にカードを渡され、秘書の社サンはそのまま車で仕事に戻って行った。  
 
 
部屋に入ると思いの外キレイに整頓されているのに驚いた。  
掃除や洗濯は大丈夫そうで  
他に与えられた仕事は食事を作る事、冷蔵庫を覗いてみる。  
アルコール位しか入ってない冷蔵庫に軽いため息をつくと  
預かったカードを持って買い物に出かけた。  
 
新鮮な食材を買い揃えてマスターを思い料理を作る。  
 
最初のマスターになった尚太郎様は私が何を作っても何をしても喜んではくれなかった。  
挙げ句「色気のない女」そういって私を投げ出した。  
愛したら愛し返してくれる保証なんてドコにも無かった  
機械の私には愛して貰う価値は無いというのか…  
そのあとのマスター達もみんな自分勝手に私をオモチャにしては  
いつしか冷めた目で私を捨てて行った…  
 
今度のマスターはどんな方だろう…  
性的な行為は必要無いといいながら、もしかしたら欲望の吐け口に私を買ったのもしれない……  
嫌な考えばかりが頭を廻る、  
 
食事やお風呂の仕度もばっちりだが、  
肝心のマスターがまだ帰ってこない。  
社さんのおっしゃってたように忙しいのだろう。  
私は久しぶりに動いたしたためか、ちょっと身体がオーバーヒート気味で  
なんだか眠くなって来ちゃった。  
マスターが帰ってこないのに眠る訳にはいかないけど、  
とりあえず、一番におかえりなさいを言えるよう  
玄関に向かうと丸まって目を閉じた。  
 
 
 
今日の昼間マネージャーから以前に頼んでいた物が準備できたと耳打ちされた  
俺は急ぎ足で仕事を終わらせると家路に向かう。  
 
マンションの駐車場に車を停め、家の鍵を手のひらで遊ばせながら  
彼女になんて声を掛けようか考えてた  
 
せっかくだから、呼び鈴を押してドアが開くのを待ってみるか  
子どもの様にワクワクしながらボタンを押す  
――――?…  
中からは何の反応もない、  
もう一度押してみるが…  
まさか、また消えてしまったのか?  
不安にかられ慌てて鍵を開ける  
 
すると、目の前で猫の様に小さく丸まって寝息をたてるキョーコがいた。  
安堵のため息をつくと  
しゃがみこみキョーコのほほを軽くつつく、  
「…うぅん」と可愛い声をもらしキョーコが目を覚ました。  
キョロキョロと周りを見回すと俺と目が合い思いきり  
―――――…思いきり土下座をされたorz。  
 
 
 
いつの間にか私は寝てしまったらしい  
夢の中では可愛いらしい花が咲き乱れる川辺で  
私は白いワンピースを着て  
とても素敵な王子様とお喋りをしていた。  
彼が笑うと私も嬉しくなってしまう…でも何故?顔がよく見えないの…  
もっと近くで顔を見せて…  
 
「おはようキョーコ」  
おはようと言う声がするほうに顔をむける  
あぁ…会いたかった……ン…  
 
アレ…?目があったと思ったら王子様は大人の男性で  
ここはお花畑でなく、玄関で――  
 
えっうっあっ、マスターですかぁ!!??  
 
「イヤぁ〜!!ごめ、ごめんなさいぃぃ」  
 
うっかり寝てしまった自分を呪いながら  
紙の様にペラペラになって土下座して謝った。  
せっかくおかえりなさいを言おうと思ったのに  
こんな失態、また嫌われて返品されちゃう  
 
 
 
慌てて謝る彼女を見て、そんなに恐縮しなくて良いと言いうと  
彼女を立たせ上着と鞄を預け居間へ足を向ける。  
 
彼女は食事を温め直すから、先に風呂を…と勧めてくる  
『じゃあ一緒に』って言いたいのを押さえて風呂を頂いた。  
風呂から上がると良い匂いが鼻をくすぐる、  
野菜たっぷりのスープは疲れた体に優しい  
さて、まだ初日だから俺はこのまま休ませて貰うかな。  
キョーコはまだ洗い物をかたしてるようなので一人寝室へ入る  
 
 
――パタン――  
扉が閉まる音が聞こえた、洗い物をすませ居間に戻ると  
マスターの姿が見えない  
(もうお休みになられたのね  
今日は失敗しちゃったから、明日からまた頑張って  
返品されないようにしなきゃ)  
 
私はクッションをひとつ借りて居間の角で丸くなった。  
 
 
そのころの蓮は予想通り部屋に入ってこない  
キョーコにがっかりしながらも  
もう二度とキョーコを逃がさないと誓い眠りについた。  
 
 
 

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