溝に指を這わせると、そこはねっとりと愛液が溢れていて絡みついた。  
濡れた指をぺろりと舐めあげ彼女の眼を覗き込む。  
「入れていい?」  
潤ませた瞳で俺を見上げながら、キョーコはこくんと頷いた。  
 
「…ぁ…んん…はぁ…っ、ゃああ…」  
眉間に皺を集め、時に唇を噛みしめ、必死に堪えるように声を押し殺す。  
「大丈夫?ツラく、ない?」  
ふるふると首を振るのを確認して、俺は止めることなく躍動を続ける。  
「今夜は…泊まってくれるの…?」  
「んんっ、あ、あ…ん…今日、は…帰らな、ぃあ、ぁあっ、きゃ、や、やだっ」  
「じゃ、何度も、味わって、いいよね?」  
 
ようやく彼女を手に入れて、こうして抱くことができるようになって、俺の渇望はそれで収まるものだと思っていた。  
が、俺の欲望は留まることを知らない。  
もっとキョーコが欲しい。  
もっと俺を愛して欲しい。  
 
足りない。何度抱いても、何度愛していると耳の奥に囁いても、満足できるのはその一瞬だけ。  
 
会えない時間をなんとか生きるためにと深くキスを貪るのに、  
キョーコが下宿先に帰るためにこの家のドアを開け、そして閉じてしまった次の瞬間から、  
俺はもう彼女に会いたくて焦がれてしまう。  
会えなかった時間を埋めるためにと俺の思うがままに抱いてしまうのに、  
達してキョーコの温もりを腕の中に閉じ込めて余韻を味わっているうちに、すぐにもう一度抱いてしまいたくなる。  
 
こういうのを「溺れてる」というのだろうか?  
 
こんな風に誰かを愛したことがなかった。  
こんな風に誰かを求めたことがなかった俺は、どうしていいのかさっぱりわからない。  
ただ自分勝手に彼女を捕まえて、欲望のままに愛している。  
不器用な自分がイヤになる。  
 
「激しくして、いいかな」  
「え…あ…で、でもっ、ぁああっ」  
今度は質問ではなく、通告。  
彼女は俺が溺れきって感情を持て余していることなど全く知らないのだろう。  
そしてできることならキョーコを自分だけのものにして、誰の目にも晒したくないとまで思っている俺の醜いまでの独占欲も。  
 
「あっ、ぁあん、はぁっ、あっ…るがさ…ぃやあっ…」  
自分を保とうと必死のキョーコが徐々に我を忘れて声をあげ始める。  
この変化に毎回たまらなくなり、俺の欲情はますます煽られる。  
イヤだと請われても、もう抑えられそうにない。  
足を持ち上げて、入れ込むように腰を押し付ける。  
「ぁあ、あっ…あ、だめっ…つる、が…さぁ…あっ、やだそんなっ、い、ちゃいますっ、あっ、ぁああっ…!」  
「ん、いいよ…我慢、しないで…っ」  
「あ、やあっ…ぁあ…んんっっ…あっあっ…ああぁああっ……っっ!!」  
彼女は泣きそうな声をあげ、俺の背中にしがみつきながら達した。  
俺の猛りをひくひくと締め上げる感覚が伝わってくる。  
「…気持ち、よかった?」  
「ん…は…ぁ…ごめんな…さい…」  
震えながらいつものように謝る。  
キョーコは自分が先に達してしまうその度にこうして謝ってくる。  
俺はできるだけ長く何度もキョーコを味わいたくて…  
できるだけ長く一緒にいたくて帰したくないがために、わざと何度も彼女だけイかせてしまっているのだが、  
キョーコはそんな俺の打算には全く意識が及ばないらしい。  
 
身体を返して抱きかかえ、彼女を上に乗せる。  
まだ力の入らない様子のキョーコは、俺にしがみつくようにくっついて、頬を胸に摺り寄せてきた。  
下から緩い動きで腰を回すと、か細い悲鳴をあげて眉間に皺を寄せる。  
目の前でその表情を堪能しながら次第に強く突き上げる。  
「ぁああっ、あ、あぁん、はぁっ、あ、あ、んぁ、だ、だめ、あっ…!」  
駄目なのは俺のほうじゃないのか?  
自分はおかしいのかもしれないとたまに思う。  
ダメだと快感から逃げるように喘ぐキョーコ。  
恥ずかしいからと必死で拒否するキョーコ。  
そんな彼女に俺は興奮してしまうらしい。  
もっと蹂躙したい、泣かせたいと欲望が高まり身体が熱くなる。  
 
臀部を手で押し広げながら、突き上げるスピードを早めていく。  
「あっあっあぁあっ、ぃああっ、つ、つるがさ…っ…あっ、また、ぁああっ!」  
「ん…いい、からっ…」  
「ああぁあっ、はあっ、だ、だめっ、あっ、ぁああっ…あっ――……っ!!」  
 
最初の絶頂のあとから敏感になっているのか、キョーコはあっさりまた達してしまった。  
彼女の前髪をかきあげ、汗ばんだ額に唇を落とす。  
乱れきった息を整えようと必死な様子で、朱に染まった身体をよじらせる。  
艶事の後のそのなまめかしい表情に、わずかに残った理性が飛び散りそうになって、俺は再び腰を揺らした。  
 
そろそろ俺も限界かな…  
視界が霞んでいきそうな感覚に身をゆだね始めたところだったが――突然キョーコが遮った。  
 
「あっ、ま、待ってくださいっ!今何時ですか?!」  
「え?時間?」  
 
わけがわからずぼんやりしている俺を無視して、  
キョーコは枕元の携帯電話に手を伸ばし、時間を確認してからあたふたと慌て始めた。  
 
「ぅあああっ!!れ、零時を12分も過ぎているじゃないですか!私ったら夢中に…っ…い、いえ、そうじゃなくって…!」  
「何かあるの?」  
「敦賀さん、お誕生日おめでとうございますっ!」  
 
キョーコは頬を染めてぎゅっと眼を閉じ、上から俺の額に可愛らしく口付けた。  
 
「…あ…そうか、ありがとう」  
「忘れてたんですか?ほんとにご自分のことには疎いんですねえ」  
「…君に言われたくはないな」  
苦笑いしながら、夕方社さんがスケジュール帳を眺めながらため息をついていたのを思い出す。  
明日は大変だな、と呟いてたのはそういう意味だったのか。  
「それで、プレゼントなんですけど…いろいろ考えたけど高価なものは無理だし…」  
「いいんだよ、そんなこと」  
朝まで一緒にいてくれるなんて、それだけでも俺には贅沢だ。  
「それであのっ…つるがさんのおっしゃっていたお願い事をひとつ、叶えてあげることにしました…」  
「願い事?」  
 
願いごと…どれのことだろうか?  
 
お風呂一緒に入ろうよ。  
明かり消さなくていい?  
ここでしたいな。  
咥えてくれる?  
自分でしてるとこ、見せて。  
写真に収めたいんだけど。  
ここ、キスマーク残していいかな。  
あそこの鏡、見てごらん?  
 
あらゆる頼みごとを彼女に請うてきたが、その度に真っ赤になって卒倒しかける彼女が可愛…いや可哀相で、  
じゃあいつか叶えてね、と笑って許してやっていた。  
しまったな…こんなことなら願い事はどうしても譲れないものでも選んでひとつに絞っておくんだった。  
 
「この前買ったおもちゃ、使っていいの?」  
「ちちちちっ違いますっ!!断じて違いますっ!!!」  
 
適当にひとつ選んでみたが、あっさり否定された。  
 
「なんだ残念…おもちゃじゃないなら…あ…あの下着、つけてくれるのかな?」  
「も、もう、そういうことじゃありません、敦賀さんのバカっ」  
 
真っ赤になって顔を覆ってしまった両手をそっと取り去る。  
「わからないよ、教えて?」  
「信じられない…私はこの何ヶ月かの間、ずっと考えて考えて、ようやく決心したっていうのに…お願いした本人が忘れちゃったんですか?」  
彼女はむすりとして頬を膨らませる。どうやら本気で怒ってしまったらしい。  
「ごめん、謝るから…」  
「許しません、こうなったら私…い、家出しちゃいますからっ」  
「家出??」  
「だ、だから!私、今日から…ここで、敦賀さんと一緒に生活してあげますっ」  
「……ほんとに?」  
「はい、よろしくお願いします」  
嬉しくて頬の肉が緩みそうになるのを必死にこらえる。  
「あの…もしかしてご迷惑でしょうか…」  
「迷惑なわけないだろう?嬉しいよ」  
「だって、敦賀さん無表情だし」  
「じゃあ明日、買い物に行こうか?」  
 
むしろ嬉しすぎて照れていたのだが、それは言わないことにして提案すると、ショッピングが大好きな彼女はパァっと顔を明るくした。  
「お買い物ですか?!敦賀さんと?」  
「うん、二人用のソファでも見に行こう?」  
ソファに座って、朝まで並んで話をする…そういうささやかな幸せを夢見るようになったのは、この子と出会ってからだ。  
 
余程買い物の提案が嬉しかったのだろうか、キョーコは目をキラキラと輝かせて笑みを溢れさせている。  
「そうか誕生日か…だったら、できればもうひとつ願いごと、叶えて欲しいな」  
「いいですよ!なんですか?」  
 
身体を起こして彼女をシーツに押し付ける。  
 
「もっと、声、出して?」  
 
いいですよ、と言ってしまったことを後悔しているのか、キョーコは少し涙目になりながら考えていたが、  
しばらくしてから小さな声で「努力…します…」と返事をして、  
俺はその成果を確かめるべく彼女の身体をかきよせた。  
 

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