軽井沢某ホテル。
関係者以外は完全にシャットアウトされた宴会場で、ドラマの打ち上げは行われていた。
ペースを考えずに胃に流し込んだウィスキーのせいで、俺は少々酔いが回っていた。
まとわりつくように騒がしかった俺の周囲も、社さんが適当なところで追っ払ってくれたおかげで今は落ち着いている。
『…こんなことを敦賀さんはどれくらいの女性と…』
あの晩の彼女の言葉が、そしてこぼれ落ちた涙が脳裏に焼き付いて離れない。
そんなことで彼女が不安になるなんて、思いつきもしなかった。
抱いた過去の人数なんていちいち数えもしなかったが、確かに少ないとは言えないかもしれない。
「社さんはこれまで何人の女性と関係を持ちましたか?」
何の前触れもなくいきなり発せられた俺の質問に、社さんは焼酎を吹き出しゲホゲホと咳き込んだ。
「れ、蓮、なんだよ突然!」
「何人ですか?」
俺の真剣な顔を見て、社さんはからかうのはやめたのだろう、少し考えて、「お前の3分の1くらい」と答える。
今度は俺が咳き込みそうになる番だった。
「俺の3分の1って、だいたい俺の経験数なんて知らないでしょう!」
「いーやわかるね。まあ俺もそんなに多いほうじゃないが、お前は絶対俺の3倍はある」
「人を軽い男みたいに言わないでください…俺は遊びで誰かを抱いたことなんて一度もありませんし、浮気もしたことありません」
「ああそうだろうな。だけど誘われて迫られてなんとなく付き合って、で、なぜだがよくわからないが別れて、を何度も繰り返したに違いない!そしてその数は俺の経験数の3倍に違いない!」
ビシッと決めポーズで断定されて、俺はぐっと言葉に詰まってしまう。
この人といい、社長といい…俺はそんなにわかりやすいのだろうか?
「それは…その時は彼女たちのことを『好き』だと思っていたんです…」
そう、俺はそれを恋だと思っていた。キョーコを愛するまでは。
「キョーコちゃんに、何人と関係したか、訊かれたんだな?」
「後悔…してますよ、今となっては」
今みたいな気持ちを知るなんてわかっていたら…
俺の過去がキョーコの不安材料になるなんてわかっていたら、そんな風に誰かと付き合うなんてしなかったのに。
離れた場所に座っているキョーコに目をやる。
キョーコは共演者やスタッフの男数人に囲まれて楽しそうに談笑していた。
口元に手をやり可愛らしく笑い声をあげるキョーコ。
その彼女に距離を開けず、ぴたりと隣りをキープする男たち。
胸の奥が焦げるようにチリチリ痛む。
怒りに似た、抑えられないイラつき。
こんな感情を抱くことも、過去の彼女たちと付き合っている時は一度もなかった。
携帯電話を取り出して、何も打たずにメールの送信ボタンを押す。
わずかなタイムラグの後、キョーコが慌てふためいてバッグから電話を取り出している。
ウィスキーを喉に流し込みながら、彼女がキョロキョロと俺を探すのを眺める。
そして俺を見つけて目が合ったのを確認し、にこりと微笑んで『ごめんね』と口を動かすと、キョーコは顔をこわばらせて固まった。
「キョーコちゃん、メール?誰から?彼氏とか?」
「い、いいえっ!そ、そんな…そんなんじゃありません…っ」
必死に否定する彼女の声が聞こえてきて、俺は拳を握り締めた。
「蓮…」
「社さん、いつまで俺たちの関係を伏せておくんですか」
「そうだなぁ、キョーコちゃんが新人って呼ばれなくなったら、社長も納得するんじゃないかな。それに…」
「それに、なんですか」
「公表したらお前、行動がエスカレートしそうでお兄ちゃんは恐ろしい」
ふざけた様子で天井を眺めながら首を振る社さん。
確かにマスコミに伏せているのは、俺のせいで彼女が騒がれるのを防ぐため。
そして過去の女性たちのことで彼女を不安にさせているのも俺。
全て俺の責任で、キョーコは何も悪くない。
そうだ、恋人からのメールではないと否定するのも当然のこと。
頭ではわかっているが、やり場のない怒りが込み上げる。
俺はそれ以上他の男と一緒にいるキョーコを見ることに耐えられなくなって、適当に言い訳をして自分の部屋へと戻った。
頭を冷やそうとシャワーを浴びて洗面所を出ると、ドアのチャイムが鳴っていた。
鳴らしているのが誰かはわかっていたが、俺は怠惰な動作で冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを取り出し口にする。
そしてチャイムが5回鳴るのを数えてからドアを開けると、果たしてキョーコが立っていた。
「つ、敦賀さん、あのっ」
一瞥し、黙って部屋の奥へと戻ると、キョーコは慌てて後ろを付いてくる。
「敦賀さんっ!どうして怒ってらっしゃるんですか?」
「…なにが?」
「言ってくれないとわかりません!私、何かしたんでしょうか?」
「怒ってないよ」
「いいえ、怒ってます!」
「怒ってない」
「他の人は騙せても私にはわかりますっ、敦賀さんは正真正銘怒ってらっしゃいます!」
「…しつこいな、君も。本人が怒ってないって言ってるのに」
「だってあのメールだって、怒ったから送ったんでしょう?!」
「間違えたんだよ。だから『ごめんね』、って言っただろう?酔ってるんじゃないのか」
「酔ってるのは敦賀さ――…んんっ!」
煽るように水を飲んでいた俺は振り向いて、懸命に責めたてるキョーコの唇を塞いだ。
口の中に含んでいた水を彼女へ注ぎ込むと、口の端から移しきれずに漏れて伝う。
「ん…んー…っ…ん、ぁ、つるが…さ…ん…」
唇を解放してやると、彼女は息を吐きながら俺の名前を呼び、潤んだ瞳をそっと伏せた。
閉じ込めてしまいたい。
衝動を抑えられず、強く抱き寄せた。
「抱きたい…キョーコを抱きたい」
「敦賀さん…酔ってらっしゃるんですね?」
彼女の華奢な身体は、強くかきよせると俺の中で簡単に折れてしまいそうだ。
加減しなければと思うのに、力を込めて潰してしまう。
「キョーコ…今すぐ、抱きたい…」
「どうしたんですか?」
「イヤ?」
「いえ…イヤじゃない…ですけど…あっ」
言葉の途中で、俺はもう彼女をベッドに押し倒していた。
余裕なく彼女の服を投げ捨てるように取り去り、胸をはみ出させるように下着をずらして吸い付く。
まるで発情した狼だ。
彼女が驚いているのはわかったが、理性を制御できなくなっているもうひとりの自分がいて、俺はそいつに逆らえなくなっていた。
乱暴に膨らみを吸い上げ、中央の突起を舌で転がす。
いつもとは違う荒々しい行為でも、優しいキョーコは感じ始めてくれていた。
「あ…はぁ…っ、つ、るがさ…ん…ぁあっ、あ、明かり、消して…っ」
無視してショーツを引き抜き、膝を立てさせ大きく広げ、目の前に現れたその秘部に引き寄せられるように舌を伸ばした。
「やぁあっ…!あ、いやっ、い…ゃあ…ぁっ…あ、ああっ…、だ、めぇっ」
わざとぴしゃぴしゃと音を立てて舌を動かす。
明るさの中で見られながらの愛撫に、恥ずかしさからか逃げるように身体を捩じらせていたキョーコだったが、
次第にさらなる快感を求めるように、淫らな動きへと変わっていく。
舌の先でクリトリスを何度も弾く。
ひくつく秘部からは蜜が溢れ、とろりと垂れ落ちてシーツに染みを作った。
「ん、……びしょびしょに…ほら…」
「や…やぁ…」
拒絶の言葉を吐きながらも、瞳を潤ませ頬を上気させるその表情は艶めかしく、俺にはもっともっとと懇願しているようにすら見えてしまう。
閉じようともがく膝を片方つかみ、舌の愛撫を指へと変える。
キョーコは身体を横にし、片手でぎゅっとシーツを握り締めた。
「中が好き?」
「ぁあっ、あ、あ、あっ…はああっ…!だ、だめっ、ぁあっ、あ、きちゃう、だめぇ、敦賀さん…っ!」
「だめ?やめていい?」
やめる気などない俺は、指のスピードを速めてかき回す。
「ああっ、ぁあ…ん、んぁあっ…ぁあああっ…っっ…!!」
「うつ伏せになって…お尻、突き出して…そう、もっと」
昇りつめたばかりの彼女だったが、乱れた息のまま、俺の要求に従順に従い臀部を高く突き上げて待つ。
服を全て脱ぎ捨てて彼女の腰を掴み、もう一度確かめるように溝を撫で上げると、キョーコはビクっと身体を震わせ小さく啼いた。
「感じやすく、なってるね」
「は、恥ずかしい…です…っ」
「すごく可愛いよ、いやらしい格好して」
褒めながらゆっくり挿入する。
奥まで入れずに、入り口で止めて小さく往復を繰り返す。
「ひゃ、あっ、あ、ああっ、あ、ん、はんっ」
動きに合わせ、小さいながらも可愛く喘ぐ彼女の声に、俺も次第に昂ぶっていく。
「ん…っ…激しく、いい?」
「はぁあっ、あ、ぃあっ、そんなっ…あ、ぁあっ、ゃああっ!ああ、はああぁっ…あっ…!!」
答えも聞かずに根元まで強く突き入れる。
一度始めると止まらず、引き抜くように腰を引き強く突き上げる。
明るさの中で卑猥に繋がり出し入れされる光景が眼下に広がり、俺の猛る欲望はもう留まることを知らなかった。
あとはもう速度を上げて、この身の震えが放たれるまで――…ただ激しく叩きつけるように、俺は夢中で腰を動かした。
俺の愛欲を全て受け止め、シーツに崩れ落ちた彼女の背中に口付けを落とす。
そっと仰向けにさせ、髪を撫でる。
激しく攻めた罪悪感から、これで終わりにするつもりだった俺に、彼女は震える声で呟いた。
「敦賀さん…そのまま、してください…もう一度…」
願ってもいない申し出ではあったが、彼女から求めることはこれが初めてだったので俺は驚いた。
「上からされるのが、好き?」
「はい…敦賀さんの顔見ながらするの、気持ちいい、です…」
頬を染め、恥ずかしげに笑みを浮かべる彼女の様子に、俺は眩暈すらを覚えて参ってしまう。
請われるままに、今度は優しくと怠惰に律動を再開すると、彼女は喉元を露わにして小動物のように喘ぎ始める。
そしてその声に紛れるように、キョーコはか細い声で、
「つるがさん…好きっ」
とこぼした。
幻聴だろうかと訝った俺に、彼女はその後も何度も続ける。
「好き…好き、です…ぁっ…ん、好きっ…」
嬉しさで確かめずにはいられず、俺は動きを止めて正面から顔を見据えた。
「…どうして?いままで頼んでも言ってくれなかった台詞を」
「だって…私、何か敦賀さんを不安にさせてるんですよね?だから…」
ああ、もうこの子は…どうしていつも俺を喜ばせるようなことを無意識に言うんだ…!
少し前まで嫉妬で狂いそうに曇っていた俺の心は、確かに彼女の『好き』の一言であっさり晴れ渡っていた。
「私、敦賀さんのこと好きです…だから、不安にならないでください…」
俺の頬を愛しそうに撫でる彼女の手を取り口付ける。
「わかった…嫉妬して…怒ってごめん」
彼女の不安を拭い去りたい――
そう思っていたはずなのに、気付けば安堵し満たされているのは俺のほうで、
溢れてくる愛しさを操る術もわからないまま、俺はただ彼女を愛する行為に没頭するのだった。