ちゃぶ台に頬杖をついてキョーコに向かい合ったおかみは意味深な笑いを浮かべ、  
「ふふ、本当にアツアツだねえ、キョーコちゃん……」と言った。  
「……っ!」  
唐突なそのセリフにキョーコは絶句し、危うく口に含んだ茶を吹くところだった。  
「お、おかみさん……?」  
「ああごめんよ、さっき、見るつもりはなかったんだけどね……」  
おかみは頬を赤らめる。  
 
名残惜しくなりすぎないように、短いキス。  
そして、甘い囁き。  
『愛してるよ、キョーコ。……離れたくないな――……』  
これは10分前の出来事。  
おかみは、キョーコをだるまやまで送ってきた蓮の姿を見ていたようだった。  
 
「ほんと、いい男だよねえ。いつも殺し文句がぽんぽん出てくるし、それがキザどころか様になってるっていうのは大変なもんだ  
 
よ。王子様みたいだね?」  
「お、おかみさん……」  
いつも、って……おかみさん、何度そんな現場に居合わせてました……?  
感心したようにつぶやくおかみにキョーコはまた口ごもる。  
「ねえ、一日に何回くらい愛してるって言われるのかい?」  
「お、おかみさん!!」  
どうやら今日のおかみは酒が入っているらしく、いつもと調子が違っている。  
照れるやら恥ずかしいやらで真っ赤になったキョーコは、咄嗟に質問返しで身を守ろうとした。  
「そ、そういうおかみさんはどうなんですかっ。な、仲いいですもんね!!」  
キョーコの目の前で、おかみが固まった。  
 
あれは、結婚して3日目の夜の事だった。  
「あ……っあんたぁ……愛して、る……ぅ……」  
知れば知るほど大きくなっていく快楽に溺れながら、  
その快楽をくれる相手が「愛してる」と返してくれないのが不満だった。  
だから……  
「愛してるって、あんた……ああっ、言ってぇ……っ」  
喘ぎ声を押し殺しながら、恥ずかしさを押し殺しながら、何度もそう言った。  
しかしそのたびに、激しく貫かれて何度も気を失いかけた。  
激しくなる吐息以外何の言葉も返ってこない。  
哀しくなってついに啜り泣きを始めると、  
「どうした」  
低い声が聞こえた。  
「あんた、……あたしが愛してるほど、あたしを愛してはくれないんだね……」  
決して言う気はなかった言葉なのについぽろりと口からこぼれてしまった。  
硬くなった表情を見て、しまったと思った。  
「ご……」  
ごめんと言う暇もなく再び激しい腰の動きが始まった。  
「ゃ……ぁ……っ!!」  
「……うるせぇ」  
ぐいっと顎を押さえられて、目があった。  
「……ふ……あぁ……っ?」  
「いいか、これが答えだ。生涯一緒になる女にしかこんなことはしない。お前はぐちゃぐちゃ聞かずに、安心だけしてればいいん  
 
だ……」  
「……ぁあっ、あんたぁ……っ!!」  
絶頂で白くなる意識の中、嬉しいという感情だけは押し流される事はなかった――……  
 
 
「おかみさん、おかみさん……?」  
目の前でキョーコが心配そうな顔をしているのにおかみは気づいた。  
思ったより長くぼうっとしていたようだ。  
「あの人はねえ……一度もないね」  
「ええっ一度も……」  
おどろいてキョーコが目を丸くする。  
が、すぐ微笑んで言った。  
「やっぱり昔から無口なんですね。でも、大将がおかみさんをいつも大事にしてるのは、わかりますよ」  
「……そうかい」  
あの人は、言葉がなくても、態度では示してくれる人なんだ。  
そう心でつぶやいて、おかみはやわらかく笑った。  
 

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