キョーコ、君はわかっているんだろうか。  
俺がそこらの男とは比べ物にならないほど、嫉妬深い男だっていうこと。  
さらにその相手があの男だったらなおのこと――  
 
玄関を開けると『彼』のものと思われる靴があって、その時点で自分の中で何かが急降下していくのを感じた。  
いつもなら掛けるはずの『ただいま』という言葉も飲み込み、リビングへの扉を静かに開ける。  
すると俺の視界に入ってきたのは、どう見てもイチャついているようにしか見えない、二人の光景。  
「ちょっとヒズリさんっ、いいから座っててください!」  
「いいじゃないか…なんだそれは?もっと見た目ってものを考えろよお前は…」  
「うっ…私は敦賀さんに美味しいものを食べていただきたいんです、見た目は二の次なんですっ!」  
じゃれあう二人の距離はほとんどないに等しい。  
これが他の男が相手なら、俺は間髪入れずにふたりの距離を引き剥がすだろう。  
が、情けないことに俺は固まってしまっていた。  
いつになったら俺はこの男の手から逃れて飛び立てるのか…怯んでしまう自分が、そこにいた。  
 
その男、クー・ヒズリは、俺がドアのところに固まっているのに気付き、ニヤリとほくそ笑んでキョーコの腰をぐいと自分のほうへ引き寄せた。  
「ひゃぁっ!」  
「わたしが教えてあげようか?」  
キョーコの耳元でそう囁いて、そのか細い首筋にフッと息を吹きかけた。  
彼女は真っ赤になって慌てて身体を引き剥がそうともがき…そしてようやく俺に気付いた。  
 
「敦賀さんっ!」  
一瞬、助けが来た、といった顔で嬉しそうに微笑んだが、俺の険しいはずの表情を見たのだろう、みるみる顔を青ざめさせる。  
その間もあいつはキョーコの腰から手を離さず、始終楽しそうにニヤニヤと俺を観察していた。  
頭に血がのぼる、ってのはこういう状態なのだろう。  
俺は大股で二人に近づき、ようやく二人を引き離した。  
「そんなに怒るなよ。愛しい彼女が怖がってるぞ?」  
呆れたように言われて、ますます身体が怒りで熱くなる。  
…わかっている、彼女を怖がらせていることくらい。  
それでも時々、制御できなくなってしまう。  
彼女を愛するがあまり、誰にも奪われたくないと焦って余裕を失くす。  
 
キョーコを強く抱き寄せる。  
彼女は俺の腕の中で「ヒズリさん、からかったんですね?」とあいつに向かって抗議した。  
そんな会話にすら嫉妬してしまう俺は狂っているのだろうか?  
そんな風に、打ち解けないでくれ…不安なんだ、君が俺の元から去ってしまわないか。  
俺の前にいつも立ちはだかるこの大きな壁。  
それはいつも、俺を打ちのめしてきた。  
多くの場合、それは俳優という仕事のことで、時には俺を奮起させる要因になってもいたのは事実だけれど、  
君のこととなると、話は別。  
『あの人と私は、犬猿の仲なんですよ』  
と、君は言う。  
『いつもはひどい罵声を浴びせて、意地悪ばかりされているんです』と。  
それが俺がいると豹変し、突然に甘い言葉をかけたり触ったりしてくるのだと。  
でもキョーコ、理由なんて関係ないんだ。  
君に言葉を掛けられるだけで、あいつの指が君に触れるだけで、怒りが身体中を駆け巡る。  
不安が膨らみすぎて、暴発してしまいそうになる。  
 
「敦賀、さん…?」  
彼女は俺の表情を見ようと腕の中でもがいた。  
きっと情けない顔になっていて、それを見られるのが嫌で、俺は彼女の肩に顔を埋めてさらに強く抱き寄せた。  
潰れてしまいそうな、細い身体。  
壊したくない…いや、いっそこの手で壊せたら、ラクかもしれない。  
矛盾した強い想いに狂わせられそうで、なんとかこの衝動が収まるまで、と、  
俺はしばらく彼女を抱き寄せたままその場に立ち尽くしていたのだった。  
 
「敦賀さん…もう、大丈夫ですか?」  
彼女の体温に安心し始めてようやく我に返った俺に、キョーコは優しく声をかけた。  
身体を離しぼんやりと彼女を見つめると、困ったように微笑みながら頬を撫でられた。  
「ヒズリさんは、しばらく寝る、って、客間に行きましたよ」  
「そう…」  
引き寄せて、キスをする。  
何度も何度も、角度を変えながら軽いキスを落とし続ける。  
一度解放して彼女の表情を見ると、頬を染めて俯き、熱くなった吐息をそっと漏らした。  
「誰にも…渡さない」  
低く呟くと、キョーコは驚いて顔を上げた。  
再びその唇を、今度は息を塞ぐように奪い取り舌を絡める。  
彼女は俺の勢いに押され、シンクに背中をぶつけてよろけた。  
「んっ…はぁ…つる、がさ…ん…」  
口付ける合間に俺の名を呼ぶ。  
「もっと、呼んで…」  
俺の名を。俺だけを呼んで、俺だけを愛して欲しい。  
「はぁ…ん、あ…敦賀さん…だめ…っ」  
のけぞって露わになった白い首筋に吸い付き痕を残す。  
キョーコはようやく焦り始め、俺の胸を押しやりながら体勢を崩し、ずり落ちるように床に座りこんだ。  
が、その頃にはもう俺の欲望にはすっかり火が灯り、止めることは不可能だった。  
そのまま床に押し倒し、俺はすがりつくように彼女を貪り始めた。  
 
「ん、ぁあ…っ…敦賀さん、こんな、…ぁあっ、あっ…」  
恥ずかしがるのを無視してスカートの中から下着を払い、明るい照明の中で膝を広げる。  
押しのけようと伸ばされた両手に指を絡めて拘束し、舌の先で熱くなっていく中心を愛撫した。  
次第に膨らんでいく陰核。溢れて零れ落ちる愛液。  
「キョーコは俺の物…だから…」  
俺の行為に素直に反応を見せる彼女の身体。  
これを『自分の物』だと考えるのは、俺の身勝手な自惚れだろうか?  
「あぁ、あ…ぁあ…っ…だ、だめっ…つるがさん、だめ…」  
「駄目?どうして?」  
「だって…気持ち…い…ぁあっ」  
俺がこの子なしではもう堪えられないように、彼女も俺なしでは生きられないと、思わせたい。  
服を脱いで彼女の中に埋め込みながら、繰り返し、その可愛らしい唇にキスを落とす。  
唇を合わせるその音が部屋に響く。  
「好きだよ、キョーコ…愛してる…」  
「…私…ん…」  
答えようとする言葉も俺に塞がれて、変わりに腕が俺の背中に回される。  
彼女はあやすように俺の背中を撫で、そして攻められて爪を立てる。  
その痛みすらも快感と化し、俺は癒されるように彼女の身体に溺れていった。  
 
キョーコをシャワールームに押し込み振り返ると、  
長身のその男はドアにもたれ掛かり、腕を組んで呆れた顔で俺を見返した。  
「お前なぁ…女を抱く時はもっと…」  
余裕を持て、ガツガツするな、とそこから長々とうん蓄が始まり、俺はうんざりしながら長いため息をつく。  
覗くなんて悪趣味だ、そう言い返すと、「床で女を犯す野郎に言われたくはない」と間髪入れずに返ってくる。  
例え馬鹿だ情けないと罵られようと、俺はこの手に彼女の温もりがあれば、それでいい。  
行為の前とは明らかに違う、満たされた想い。  
それが俺にわずかながらも心に余裕を与えていたが、それも次の一言で簡単に壊される。  
「わたしなら、もっと喘がせて、よがらせる」  
睨んだ先で視線が絡む。  
キョーコは渡さない…例え相手が、この男でも。  
視線の先で嬉しそうにニヤつくその表情に、俺は拳を握り締めてそう決意を新たにした。  
 

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