「駆・・・・・好き、あなたが好き」
隣で眠る彼女の言葉に、蓮は硬直した。
言葉を発した当人の、切なげに眉根を寄せた表情が、余計に彼の胸を締め付けた。
それにしても、“駆”って誰だ?
寝言で名前を呼ぶ程、そいつに惚れているのか?
今、そいつの夢を見ているのか?
もしかして、夢の中でそいつに抱かれて――。
そこまで考えて、蓮は歯噛みする。
――俺だって、“蓮”と呼ばれたことなんてない、
いつだって、どんなに快楽に我を忘れてる時ですら、“敦賀さん”だ――。
普段は、そんな彼女の礼儀正しさも愛しく思っているはずなのに、
得体の知れない“駆”への嫉妬が、蓮の心をどす黒く染めていく。
――キョーコは、俺の物だ、俺だけの物だ――
ネグリジェの裾を捲り上げて、柔らかい太股の内側に吸い付く。
「ん、んぅ・・・・」キョーコは微かに吐息を洩らすが、まだ眠りの淵を彷徨っている。
白い肌に紅く咲いた花に、一瞬所有欲が満たされた気がしたが、
又すぐに悲痛な激情に囚われて、今度は彼女の可愛らしい唇を自分の物で塞ぐ。
――こうしている限りは、彼女の口から奴の名前を聞くことは無い――。
長い、永い接吻に息苦しさを覚えたのか、漸くキョーコが目を醒まし、
蓮の腕の中でもがく、それさえも今の蓮には、自分への拒絶の様に思われた。
「“駆”って誰?」
「え?」
キョーコは、目覚めたばかりなのと、先程のキスの余韻のせいか、
ぼんやりとした眼差しで、蓮を見返す。まだ頭が上手く働かない様だ。
「寝言で、そいつの名を呼んでた、誰なんだ?」
「なななな何を言ってるんですか、敦賀さん!」
やっと完全に覚醒したキョーコが、素っ頓狂な声をあげた。
その後、彼女の口から説明が為される。
“駆”というのは、今撮影中の映画での、キョーコの相手役の“役名”。
業界でも厳しいことで有名な監督は、キョーコ演じる“舞子”が、
“駆”に告白するシーンが、どうも自分のイメージと合わないらしく、
結局その日中にOKが出る事無く、撮影は明日に持ち越された、という。
「きっと、プレッシャーでその時の夢でも見てたんですよ、間違いありません!。
そうだ、私の部屋に台本があります、それを見て下されば・・・・」
そう言って、台本を取って来ようとするキョーコの腕を捕まえ、
「俺から逃げようとしてるの?」蓮は、ポツリと呟く様に問いを洩らす。
「まさか、そんなはず無いじゃないですか!」
キョーコは蓮の引き締まった腰に抱き付き、身体全体で蓮の鼓動を感じた。
――私の身体は、この人よりずっと小さく無力だけど、
少しでも包み込んであげる事が出来たら――。
そう願いながら、キョーコは蓮の背中をあやす様にさすった。
それが却って、蓮の欲情に火を点け、やがてお互いの体温が溶け合い、
惹き寄せられる様に、再び唇が重なった。
「は・・・・ぁん、敦賀、さん・・・」
蓮の愛撫に、敏感に反応するキョーコの肢体は、艶めかしく色づいていく。
パンティーだけの姿になった彼女に大きく脚を開かせ、
先刻自分が付けたばかりの“印”を見せ付けてやる。
「やだ、いつの間に・・・・?」
「さっき、キョーコが寝てる時。キョーコは俺の物だってマーキング」
「そんな事しなくても、私の全部は敦賀さんの物なのに・・・」
パンティーの横から、蓮の指がそっと忍び込む。
しとどに潤ったそこは、容易く蓮の指を絡め取る。
その中でざらりとした感触の場所を、引っ掻く様に刺激してやる。
「あ、あぁん、そこ、ダメ・・・」
――何がダメ、なんだか――。
パンティーを剥ぎ取り、肉芽に吸い付きながら、指は内側を更に激しく責めてやる。
「・・・あ、や・・・・はげ、しい・・・」
蓮は唇を肉芽から離して、キョーコの表情を楽しみながら、長い指を再奥に伸ばした。
敏感なそこを何度か掻き混ぜてやると、
「あぁっ、敦賀さん、敦賀さん!」
切羽詰まった嬌声と共に、弓なりに背を反らし、キョーコは絶頂へと上り詰めた。
休む間も無く、蓮は自らの猛りをキョーコの中に埋め込んでいく。
「・・・ああっ、熱い、熱いよぉ」
絶頂を感じたばかりの身体は、又簡単にそこに行き着いてしまう。
どうしても逃れられない悦楽にキョーコは翻弄され、
何度も目の前で白い光が閃くのを感じた。
「つ、るが、さぁん」
「蓮、って呼んで」
キョーコは一瞬戸惑った表情で、蓮を見上げる。
「ほら、早く」
再奥を突き上げられながら、蓮の瞳が真剣な光を帯びるのを、キョーコは見た。
「蓮、あぁ、蓮、もっと、もっとぉ・・・」
「何度もイッてるくせに、まだ足りないの?」
「だって、蓮と一緒にイキたい・・・」
愛しさが込み上げてきて、腰の動きが早くなる。
「は、はぁ、蓮、凄い、又・・・・・」
「今度は一緒にイクよ」
キョーコが頷き、二人は、二人でしか達せられない快楽の極みに、共に辿り着いた。
一息付いてから、蓮がキョーコに言った。
「告白のシーンが上手くいかないんだよね?
相手を俺だと思って演ってみたら?」
かつて、『DARK MOON』で相手役の百瀬逸美を、キョーコに見立てて
演じていた自分自身を、蓮は思い出す。
「そ、それも試してみたんですが、監督さんはお気に召さなくて・・・。
そんな妙な色気はいらん、とか言われました」
何なんでしょうね、妙な色気って――言いながら、キョーコは苦笑混じりの溜め息をついた。
――恋に不器用で臆病だったキョーコを、“女”に変えたのは俺だ――。
その事にこの上無い喜びを感じながらも、“妙な色気”を目の当たりにした
監督及びその場の男性陣に、新たな嫉妬がチリチリと沸き上がる蓮なのだった。