「キョーコは俺のことなんて、愛してないんだ」  
ソファに座ってたまたまそこにあったクッションを抱えて、食器を洗っている彼女の後ろ姿を眺めながら俺はぼそりと呟いた。  
聞こえなかったのだろうか、キョーコは知らん顔で食器をてきぱきと洗い続けている。  
その様子は立派な「奥さん」で、おまけに可愛らしくて、しかも彼女は俺の奥さんで…いや、それはまあいいんだが…  
とにかくその、目を見張るほどの手際の良さは見てて気持ちがいい。  
が、しかし…食後にイチャイチャを目論んでいた俺の手をするりとすり抜けての行動なだけに、可愛らしさと同時に憎らしい。  
 
「きっと俺と結婚したのだって、迫られ続けて面倒になったか同情したかで、本当はまだアイツのことを」  
「敦賀さぁん?なにかおっしゃいました?」  
なんだ、聞こえてるんじゃないか。  
さっきより小声だったはずなのに、諌めるようにしっかりと反応したキョーコは、それでも背中を向けたまま皿を洗い続けている。  
「俺はこんなにキョーコのことを愛してるのに」  
今度は少しだけ声量を上げてみる。  
キョーコは食器を洗い終えたのか水を止め、ようやくこちらに振り返った。  
しかし待ちわびた彼女の顔は、期待に反して憤慨しているといった様子。  
オレンジのエプロンで手を拭いてから、腰に手をやり頬を膨らませ、語気を強めて発声もクリアに言葉を発した。  
「もうっ、今度は一体何なんですか!」  
 
そんな怒っている姿すら可愛くて可愛くて、思わず頬が緩みそうになる。  
が、ここでニヤけてしまうと彼女は本気で怒り出すことを先日知ったばかりの俺は、なんとか顔をひきしめて抗議した。  
「俺のこと、愛してないの?」  
「なんでそうなるんですか、まったく…」  
「だって、俺のあげたエプロン、着けてない」  
「あれは…今お洗濯してるんです」  
「そこにもう乾いて畳んであるじゃないか」  
「だって…真っ白で、油で汚れちゃうし……」  
「この前の事、思い出すし?」  
みるみる顔を染めていく彼女。  
一度あれを裸に着せて、明るいままの台所で激しく抱いた。  
「つ、敦賀さんのバカっ!」  
「何度だって思い出してくれればいいのに」  
俺なんて朝から晩まで、ちょっと仕事で休憩に入る度にキョーコのことで頭がいっぱいで溢れそうになるっていうのに。  
 
「もう、さっさとお風呂に入っちゃってください!」  
「キョーコと一緒がいい」  
「なっ…!」  
決まってるじゃないか。  
でなければ何のために、君が食器を片付け終わるのを大人しくお預け状態で待っていたと思うんだ?  
「キョーコと一緒じゃなきゃ入らない」  
「こっ…子供みたいなこと言わないでくださいっ!」  
真っ赤になって叫ぶキョーコ。  
…そんなに拒否しなくてもいいじゃないか。  
「本当は皿を洗っている間だって君と離れていたくなかったんだ、でも君がそれだけは譲ってはくれないだろうと思って必死に我慢して待ってたんだよ、  
だけどもうこれ以上キョーコに触らないなんて俺に死ねと言ってるのと同じだし、おまけに明日から俺は地方ロケで3日も会えないってのにキョーコは平気な顔をして冷たいし、どうせ君は俺と3日くらい離れても全然――」  
「わかった、わかりましたからーーっ!!!」  
入ります、入ればいいんでしょうっ、と声を荒げて、キョーコは俺を洗面所へと押しやった。  
「ホントに入ってくれる?」  
「後で必ず入りますからっ…その代わり、絶対なんにもしないでくださいね」  
「え…」  
そんなの一緒に入る意味がないじゃないか…  
俺の思考を読んだのか、キョーコは更に念押しした。  
「何かしたら、もう二度と一緒に入ってあげませんからね?」  
それは…困る。  
我慢できるか自信はなかったが、とりあえず邪まな目的は断念することにして、俺はおとなしくバスルームへと向かった。  
 
明るいのはイヤだと言って、キョーコは洗面所の明かりだけ残してバスルームの照明を落とし、タオルで身を隠しながらおずおずと浴槽に身体を入れてきた。  
 
…まったく、楽しみにしていた彼女との結婚生活は、何から何まで俺の希望とはかけ離れている。  
ずっと二人きりでいられると思ったのに、互いに忙しいスケジュールのせいでゆっくり二人で過ごすことすらままならない。  
ようやく会えても、しっかりしている彼女はなかなか甘えてくれないし、  
朝まで抱き合っていたい俺を放置して無邪気に眠ってしまうし、  
おまけにせっかく叶った「一緒にお風呂」までもこんな風によそよそしい。  
 
「遠いよ、届かない」  
「届かないように離れてるんですっ」  
よそよそしいどころかこれじゃ変質者扱いだ。  
がっかりしている俺を見て罪悪感でも湧いたのか、彼女は訝しげに俺を睨みながら  
「本当に…何もしませんか?」  
と訊いてきた。  
「しないよ。だって…二度と一緒に入ってくれないんだろう?」  
何かしたいのは山々だが、頑固な彼女のことだ、本当に何年も拒絶されかねない。  
もう諦めの極致、といった心境でため息をつくと、  
キョーコはタオルで身体を隠したままゆっくりと寄ってきて、俺の脚の間に納まり背中を向けた。  
留められた髪…そしてうなじ。  
鼓動が少し早まって、もう少し湯の温度を低めにするべきだったと後悔する。  
「ぎゅってしてもいい?」  
耳元で許可を求めると、彼女はだまってこくりと頷いた。  
 
そっと腕を回して彼女を包む。  
小柄な身体はすっぽりと、そしてぴったりと俺の中に納まって、まるで俺に合うために創られているようで安心する。  
細い肩にそっと口付ける。  
ぴくりとわずかに動いた反応に俺の鼓動は高鳴って、そのまま首筋へと唇を滑らせる。  
滑らかで艶やかな彼女の皮膚は薄暗い中でも輝いてるように錯覚されて、俺はくらくらと眩暈を感じていたが、キョーコの声で我に返った。  
「つ、敦賀さんっ」  
「あっごめん、つい…」  
俺は無意識に、キョーコの首元を強く吸い上げていた。  
薄暗さの中でもわかるほどにうなじを朱に染めたキョーコは、吸われた箇所を手で押さえながら慌てて立ち上がり浴槽を出た。  
「私っ…お先に上がります…っ」  
「もう?今入った――…」  
…ばかりなのに、と言い終わらないうちに既に彼女はバスルームの外。  
逃げられた、か。  
浴槽の縁に首を預けて天井を眺めていると、コンコン、と入り口が叩かれた。  
「敦賀さん…あの…」  
「どうした?」  
か細い声に驚いて返事をしたが、彼女はしばらくそのまま無言で――  
そして消え入りそうな声で、ベッドで待ってます、と小さく告げた。  
 
後から考えれば、バスルームでのキスで彼女は既に熱くなり始めていたのかもしれない。  
しかしそのことに考えが及んだのは翌日からの地方ロケで、キョーコ欲しさにこの夜の行為を思い返した時。  
実際にキョーコを愛している時の俺は情けなくも愛撫に夢中で、そんなことを考える余裕など微塵も持っていなかった。  
 
俺はいつか試そうと密かに買い込んでいたローターでキョーコのクリトリスを苛め続け、彼女は俺の眼前で既に2度の絶頂を迎えていた。  
「あっああぁあ…っ、や、やだぁあ、またっ…んぁっ、あっぁああああっ…っっ!!!」  
びくんっと身体を跳ね上げる彼女の姿に昂ぶらされて、気持ちいいのならもう一度、と間を与えずその場所にまたローターを押し当てる。  
「だ、だめっ!もうだめぇ…っ…お、おかしく…なっちゃう…」  
震える手で俺の腕をつかみ、キョーコは身体をくねらせた。  
「ダメって…やめていいの?」  
「そ、そうじゃ…なくって……」  
「中がいい?」  
「ん…」  
恥ずかしがりながらも確かに頷いたのを見届けて、俺は持っていたローターを彼女の蜜壷に押し込んだ。  
「はぁあっ!…や、やだ、ちが…っ…のにぃっ」  
「違った?」  
「ちがう、のっ、おもちゃじゃ…なくって…っ!」  
「まだダメだよ」  
「あ…んん…ぅあ…」  
 
そう、まだまだこれからなのだから。  
彼女の中からはくぐもった振動音が鈍く聞こえ、とろりと愛液が染み出てくる。  
俺はベッドの下に手を伸ばし、もうひとつローターを取り出した。  
スイッチを入れてそれをクリトリスに擦り付ける。  
「ゃあああっ、ああっ…!!」  
「膝をちゃんと抱えて…でないと縛っちゃうよ?」  
キョーコはたどたどしい動作で膝を抱え上げ、美しく光る恥部を俺にさらけだす。  
今にも泣き出しそうな表情で、臆病な小鳥のように羞恥に小さく震える彼女…これもまた、俺の愛欲に火を注ぐだけ。  
「ぁあっ、ああぁ…あっ…も…ひゃ、んぁあっ…ああぁあっ…!」  
ひく、と二度ほど高く跳ね上がり、彼女はまたその瞬間に落ちていく。  
 
かすれた声で小さく啜り泣くように、小刻みに息を漏らすその瞳は虚ろに天を見上げ…  
達する間隔は次第に短くなっていて、彼女が残している理性があと僅かであることを思わせる。  
「泣いてもダメだよ…もっと苛めてあげるから」  
左手のローターをもう一度クリトリスに押し付けながら、右の指を二本、誘うその箇所に入れ込んだ。  
奥でローターが震えているのを感じながら、指で手前の壁を擦り上げる。  
「ひああっああっ…も、やだぁ………っと…もっとぉ…っ」  
「もっと?して欲しい?」  
「んっ、んっ、ふぁあっ、いい、のっ…はあっ、してっ、もっと、してえ…っ!」  
壊れ始めるキョーコの痴態を充分に楽しみながら、俺は滴る愛液で濡れたその指で、請われた願いに応えてやることにした。  
 
玩具から解放した後も、気を失いそうになるキョーコの意識をまるで叩き起こすかのように…俺は何度も執拗なまでに彼女を堪能した。  
溜め込んでいた欲望を全て吐き出してしまったような感覚に呆然として、ただシーツの上に脱力した身体を投げ出していると、キョーコは猫のように俺の胸に頬を摺り寄せてきた。  
「敦賀さん…私、ちゃんと敦賀さんのこと、その…あ、愛してます、よ…?」  
「…珍しいね」  
頼んでも言ってくれない台詞を自分から発してくれるなんて。  
「だって…ちゃんと伝わってないみたいだし…」  
そういえば俺、お風呂の前に拗ねてたっけ。  
「もっと言葉や態度で表現してくれると嬉しいんだけど」  
「そんなこと言われても…っ…敦賀さんの愛情表現が普通じゃないんですっ!」  
言っている意味がよく理解できなくて、彼女の髪に指を絡めながら考え込む。  
 
普通じゃない?  
可愛い、愛してる…思ったことを思った時に言ってるだけだが、何が普通じゃないのだろうか…。  
 
うーん、と首をひねる俺に、顔を上げたキョーコは  
「自覚、ないんですか?」  
と呆れたように言って、  
 
そして、  
 
「本当に…困った人」  
 
ふふ、と息を漏らして微笑んで――  
 
その笑顔があんまり可愛かったので、  
考えに耽っていたはずの俺はその思考をいともあっさりと吹き飛ばし、  
キョーコの押しのける手も構わずにまた襲ってしまうのだった。  
 

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