「……んぁっ……だ、だめですっ、こんな所で……誰かに見られたらっ」
「大丈夫……誰も来ないから……」
「ひゃっ、あっ、敦賀さ……っ!」
カーテンを一枚隔てただけの隣の部屋から、悩ましげな男女の声が聞こえる。
今にも泣き出しそうな女の声と、だんだん余裕をなくして荒くなる男の息遣い。
―――私はなぜ、こんなところに居るのだろう。
「……あーあ、まいったな……始めちゃったか」
隣にいた新開監督が、小さな声でポツリとつぶやく。
それは、ほんの十数分前の出来事。
映画の役作りに煮詰まっていた私は、
休憩時間を利用して新開監督を呼び出した。
ただ相談をしたかっただけだけど、
演技に煮詰まっているなんて他のスタッフには知られたくなくて、
収録スタジオから少しだけ離れた衣装部屋を利用した。
ドアを開けてすぐの所にたくさんの衣装が積まれていて、
その部屋の奥はフィッテングできるようにカーテンで仕切られている。
(誰も来ないと思うけど……念のためっ)
新開監督を部屋の奥へと連れていくと、
あたりをキョロキョロ見回してから私はカーテンを閉めた。
「あの、新開監督。実はこのシーンの『美鈴』の気持ちがいまいち掴めなくて……」
「あぁ、ここは………」
そうして新開監督に相談してるうち、
バタバタと駆け足で誰かが衣装部屋になだれこんできた。
「つ、敦賀さんっ!痛いです!手、離してください!」
「ダメだ。さっきの収録中、またあの男のこと考えてたろ。」
「ち、違うんです!あれは、昔の嫌なことを思い出して……っ」
「同じことじゃないか!」
それがすぐにキョーコたちの声だとわかったけれど、
あまりの剣幕に呆気にとられて、私も新開監督も言葉を失ってしまった。
敦賀さんとキョーコが付き合い始めたという事は本人から聞いて知っていたけど、
何やら今日はただならぬ雰囲気。
「ちょっと、様子を見ようか。」
そう言う新開監督の言葉に頷いて、
私たちは息を潜めてカーテン越しの二人のやりとりに聞きいっていた。
「なんで今更……あの男のことは忘れるって言ったろ!?」
「それはそうですけど、だって………あっ」
「キョーコ……こんなに愛してるのに」
「……んぁっ……だ、だめですっ、こんな所で……誰かに見られたらっ」
「大丈夫……誰も来ないから……」
「ひゃっ、あっ、敦賀さ……っ!」
「ん…っ、あぁっ!」
「すごい……もうこんなに濡れてる……。アイツのこと考えて、いやらしい気分になったの?」
「違…っ!それは今、敦賀さんがキスしたから……んっ」
―――し、信じられない………。あの二人、まさかこんなところで……。
チラリと隣の新開監督に目をやると、
やはり呆れたような顔でため息をついている。
「……いやぁっ!そこ、ダメっ!」
「いやじゃないだろ?一番感じるくせに。」
「んぁっ……らめ………立ってられない……っ」
ぐちゅぐちゅと響く水音に、
擦れあう布の音がする。
「敦賀さん、あぁっ、もう、んぁぁっ」
キョーコの声が、だんだん切羽詰まっていって、艶めかしさを帯ていって……
―――あの子のこんな苦しそうな声、初めて聞いた……
「いやぁぁぁぁあ!敦賀さ……、お願い、もう、もう挿れて!」
「仕方のない子だね……キョーコ……」
ガタンっと物が動く音がする。
「もー!!我慢できない!あの二人を止めてきます!」
そう言って私がカーテンに手をかけたそのとき、
「バ……ッ、待ちなさい琴南さん!」
突如、後ろから新開監督に抱きしめられた。
「今出ていっても気まずくなるだけだろう……」
ハァァと耳元に監督のため息がかかる。
その左手は私のお腹のあたりに、
右手は私の口を覆って塞いでいた。
「あの二人が出ていくまで待とう。」
耳元で新開監督が囁くように言う。
吐息まじりの低い声に、耳がくすぐったいような、不思議な気分になる。
「やあぁ……っ!敦賀さん、大きい!」
再び、キョーコの声で我に返る。
そして私は、目を見開いた。
さっきカーテンに手をかけたせいで、二人の恥態がここから丸見えになっている。
「……すご……キツイ、キョーコ……」
テーブルに手をついて、腰を突き出しているキョーコ。
服は身に付けたままで、ショーツも片方の足に絡みついている。
敦賀さんは後ろからキョーコの腰を支え、何度も楔を打ち付けていた。
パンッ、パンッ、と肌がぶつかりあう音がする。
「キョーコは……後ろから攻められるのが好きだね……?」
「あぁっ、だって、犯されてるみたいで、んっ、変な気分になるのっ」
「犯されて感じるの?いやらしい子だね。」
「そうなのっ、ひぁぁっ!私、い、いやらしいのっっ」
―――本当に、いやらしいっ
あんなあの子、見たことない。
あんなに顔を赤くして、瞳も潤んで、あまつさえ自分から腰を動かして……
女って……男に抱かれて、こんなに変わるものなの?
私にはわからない。私もこんな風になっちゃうの?
怖い、そんなのわかりたくないっ
「んぁぁぁっ!敦賀さんっ、もうイッちゃう!!一緒に……一緒にきてぇっ!!」
「ん……っいいよキョーコ、一緒にいこう!!出すよっ!!」
静まりかえった部屋で、私は呆然と立ち尽くしていた。
キョーコと敦賀さんは行為を終えると、
少し気恥ずかしそうにしてその場を立ち去った。
「――あ、ごめんね。」
新開監督も我にかえったように、私の口から手を離す。
「琴南さん?おーい……」
ヒラヒラと目の前で手を振られ、私もハッとして意識を戻した。
「わかってるとは思うけど、今回見たものは俺たちだけの秘密だからね。」
「は……はい……」
青ざめたような、赤いような、どちらともとれない顔色で私が頷くと、
「君にはまだ刺激が強すぎたかな?」と新開監督が笑う。
―――し、信じられないっ!!
新開監督から遅れてスタジオに戻ると、
キョーコがいつものように無邪気な表情で駆け寄ってきた。
「モー子さぁん!どこ行ってたのー?探しちゃったよーー!」
―――こ、この子……
向こうでスタッフと話しこんでいる敦賀さんも、
いつもとなんら変わった様子はない。
「モー子さぁん、ねぇ、どうしたの?」
目をくりくりさせて私のことを見つめるキョーコに、
「もうアンタたちも誰も信じられないーー!!」
私は真っ赤になって叫んでいた。
―――この子の、最後の叫び声が、まだ耳にこびりついている……
Fin