「ねえモー子さん…お色気むんむんになるにはどうしたらいいの?」  
「はあああ?」  
カラオケボックスの一室にその声は高らかに響き渡り、  
キョーコは台本にたまにある『素っ頓狂な声を上げた』というのはこういうことなのかしら、などと呑気に思った。  
 
「あ、あのねっ…私、もうちょっと色気を付けたいなって思うの。  
 でもほら、どちらかっていうと童顔だし、服だって大人っぽいものよりつい可愛いほうを買っちゃうし、  
 雑誌なんか見たりしたんだけどよくわからなくって、それで大人っぽくて綺麗なモー子さんにその…アドバイスしてもらいたいなぁ…なんて…」  
照れ隠しなのか無意識なのか、手に取ったコップの中をカラカラとストローで混ぜながら、瞳を潤ませて見上げておねだりされて。  
奏江は内心ひどく動揺し鼓動が早まったわけだが、なんとかそれを隠して冷たく言い放つ。  
「む、無理よアンタにはっ。第一そんな必要ないでしょう!」  
「無理なんて…ひどぉいモー子さぁん!」  
「う、うるさいわね!っつーかソファは広いんだからそんなに寄ってこないであっち行きなさいよ!」  
――色気だあ?今だってあんな瞳でおねだりされて、女の私だって不本意にもドキドキしちゃったって言うのに、  
  これ以上色気なんて付けられたらこっちの心臓が持たないわよこの天然コマシ娘っ!  
 
なんとかキョーコを引き剥がし再び向かいのソファに落ち着かせてから、  
奏江は仕方なくキョーコの相談に乗ってやることにする。  
「だから。アンタはそういう色気で演技するタイプじゃないんだから、無理して女臭さなんて付ける必要はないって言ってんの」  
「そ、そうじゃないの、お仕事じゃなくって…」  
 
もじもじと言いにくそうにするキョーコに奏江は首をひねる。  
「仕事じゃないって…じゃあ敦賀さん?」  
奏江の言葉にキョーコは頷いた。  
「だって敦賀さんって、いつも綺麗な女優さんを相手にお仕事してるわけでしょう?  
 しかもそんな女の人たちを相手に演技とはいえ恋したり…キスしたり、ベ、ベッドシーンだって最近は増えてて…」  
「ちょ、真っ赤にならないでよっ!こっちまで恥ずかしくなるでしょうが!」  
「とっとにかく! …私、もっと大人になりたいの…でないと、そのうちショータローの時みたいに色気がない女だって捨てられるんじゃないかって不安…」  
 
何を言ってんだか…  
奏江は目の前の無自覚かつ天然記念物並みの鈍感な娘に心底呆れてため息をついた。  
 
敦賀蓮がこの子を捨てる?  
そんな場面が見られるのならぜひ見物料を払ってでも見せて欲しいわよ!  
偶然事務所でキョーコを見つけようものなら目も当てられないほどの輝かしい笑顔で寄ってくるわ、  
捕まえたら最後、こっちが正視するのも憚れるほどに"愛して合ってます"オーラやら"この子は自分のモノです"オーラやらをふりまくわ、  
嫉妬の対象は男だけに留まらず最近は私にまで向けられるわ…  
 
「モー子さん、聞いてるの?」  
「えっ、あ…もちろん聞いてるわよ」  
 
とにかく色気をつけようとしてるのがあの男に知れたら、しかもそれを吹き込んだのが私なんて知れたら!  
冗談じゃないわよ、とりあえずそんなことは止めさせないと…!  
 
キョーコの不安を解消してやりたいのは山々だが、自分にまで被害が及ぶのはたまらない。  
奏江はなんとかお色気作戦は断念させようと説得を始めることにする。  
 
「敦賀さんはなんて言ってんの?」  
「え?」  
「敦賀さんはアンタに『もっと色気をつけろ』とか言ってくるわけ?」  
「ううん、そんなこと言わないよ。敦賀さんはむしろ……」  
 
そこまで言ったキョーコの脳裏に昨夜の蓮の台詞が呼び起こされる。  
 
『キョーコは…どんどん…いやらしくなるよね…』  
 
「むしろ何?」  
「えっ…あ、だから…っ」  
 
昨晩。  
蓮を悦ばせたい一心で、キョーコは部屋の明かりを落としたくないという蓮の願いに初めて応じた。  
明るい部屋での行為は身体から火を噴きそうに恥ずかしくて、目の前の筋肉質な蓮の胸元すらも心臓が高鳴りまともに見れない。  
そんな様子にしかし蓮は始終嬉しそうで、そんな蓮の様子に困りながらもキョーコも次第に嬉しくなっていく。  
 
もっと悦んでほしい…  
そう思い、請われる前に自分から蓮のモノを口に含んだ。  
どこがどう気持ち良いのか未だわからないキョーコは、蓮の表情を見上げながら探るように快感を追う。  
『んっ…んっんぅっ…ん…』  
ちゅぽちゅぽと音が立つのがはしたない気がして顔が歪む。  
 
本当にこんなので、気持ちいいのかな…  
 
判らないという不安がキョーコをさらに夢中にさせる。  
蓮が眉間に皺を寄せ、息を漏らしなら胸を反らせたところで、キョーコは諦めて口を離した。  
愛撫で強く主張しているそれを優しく撫で上げながら自分にあてがった。  
 
きっとこっちの方が、気持ちいいのよね…?  
 
乾くことなく潤っていた自分のその箇所を指で押し広げながら、手を添えた蓮の中心をゆっくりと埋め込ませる。  
『ん…は……ぁん…』  
始めこそその大きさに脅えすらしていたキョーコだったが、自分の身体は拒むことなく美味しそうに呑み込んでいく。  
しかしその様子をこんなに明るい状況で目の当たりにするのは初めてで、  
思わずまじまじと見つめていたキョーコだったが、我に返って慌てて顔を上げ蓮を見やる。  
すると蓮もまたやはりじっとその様子を眺めていた。  
しかもその表情はやけに満足げで、キョーコはみるみる真っ赤に顔を染めあげる。  
『み、見ないでくださいっ!!』  
『キョーコはそんなに見てるのに?』  
『わっ私はいいんですっ、敦賀さんは見ちゃ…』  
『いいの?まだ途中だよ、ほらっ』  
『あぁんっ!』  
蓮はニヤつきながら腰を突き上げる。  
再び腰を落とされ、まだ浮いた状態のままのキョーコは瞳を潤ませて睨みつけた。  
『どうしたい?俺のためじゃなくて、キョーコが好きなように、していいんだよ』  
 
自分のため、と言われてキョーコは戸惑う。  
今まで何度も身体を重ねたが、自分のためにと行為に溺れたことはない。  
いや…むしろ蓮のためだと思うことで、恥ずかしさと自分の淫らな一面をごまかしていた。  
『でも……』  
自分の欲望のままに乱れて、嫌われたりしないだろうか。  
キョーコの中にいる臆病な自分がセーブをかける。  
しかしそれを感じ取った蓮が、その頑固な鍵を外していく。  
『淫らなキョーコ…見てみたいな…』  
滑らかに…妖艶に。  
蓮の言葉によって長く何重にもかけ続けていたはずのキョーコの鍵は、幾つも幾つも、いともあっさりと外されていく。  
 
『キョーコは…どんどん…いやらしくなるよね…』  
 
白んでいく視界の中、蓮のその声を意識の遠くで聞きながら…キョーコは我を忘れて夢中で腰を揺らし続けた――  
 
「――…っと……ちょっとキョーコっ!!!」  
「…えっ?!」  
 
気がつくと奏江が目の前で立ち上がり、憤慨した様子で名前を呼んでいた。  
「アンタ、自分が相談を持ちかけておきながら…っ」  
「ご、ごめんなさい! ちょっとその、考え事、を…」  
 
キョーコは思い出していた自分の痴態に顔を染め上げ、恥ずかしげに俯いた。  
が、こっそりと盗み見るように見上げた奏江の頬もまた紅く染まっており、  
キョーコはなぜ奏江までが恥ずかしがっているのか不思議に思う。  
 
「…アンタね、何を考えてたかは知らないけど、敦賀さん以外の男の前でその顔は絶対に止めときなさいよ」  
「へ?その顔ってなあに?」  
「と、とにかく!今のその考え事を他の男の前でやったと敦賀さんに知れたら、アンタただじゃ済まないわよ、いい?!」  
「う、うん…わかった」  
 
「ったく何が色気よ、あの上の空で考え事をしてたときのあの子の艶っぽさ…っ…!」  
カラオケ店の前で別れた後も、奏江はぷりぷりと憤慨しながら街を歩いていた。  
 
一方のキョーコは――  
 
「その顔ってなんだろう…私ってば、よっぽど変な顔して思い出してたのね、女優失格だわっ」  
火照る頬を押さえながら、キョーコは他の男ならずも誰の前でも蓮との行為を思い出すのは危険なことだと自分に言い聞かせる。  
 
しかし後日、撮影の休憩中に貴島から下世話な質問をされたキョーコはその受戒も忘れて再び蓮との夜を思い起こし、  
同じくその場にいた蓮に連れ出され、楽屋でキツイお仕置きを受けることになるのだった。  
 

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