その日、仕事のすれ違いために二週間近く敦賀さんに会えなくて、会いたくてたまらなくなって私は彼の楽屋を訪ねた。  
私たちはまだお付き合いを始めたばかりで、自分からこんな風に会いに行くのは初めてで。  
迷惑だったらどうしよう…関係がバレてしまって敦賀さんを困らせたらどうしよう…  
そんなことばかり考えてなかなか足が向かなかったのだけど、  
私にしては最大級の勇気を振り絞って会いに行った。  
控えめにノックして恐る恐るドアを開けると敦賀さんと社さんが同時に振り返って、  
なぜか社さんがそれはそれは嬉しそうな顔で出迎えてくれて、  
そして、俺ちょっと用事があるから、と言って出て行ってしまった。  
「あっあの…お久しぶり、です…」  
久しぶりに敦賀さんが目の前でなんだか緊張してしまって、いつも以上にドキドキしてしまう。  
そんな私の様子を、敦賀さんは楽しそうにくすくす笑いながら、  
「こっちにおいで、キョーコちゃん」  
と手招きした。  
名前を呼ばれただけでますます鼓動が跳ねてしまうなんて、一体この人ってどんな魔法を使ってるのかしら。  
敦賀さんは畳の上に長い足を投げ出して、壁にもたれて座っている。  
私はおずおずと擦り寄って、そっとその横に座ってみる。  
 
お付き合いを始めたとは言っても、手を繋ぐことすら恥ずかしくてたまらない私に、  
敦賀さんは少しずつ、解きほぐすように距離を縮めてくれている。  
段階としては少しずつ……とはいえ、一緒にいるときは、ずーっと、なんだけれど。  
敦賀さんの部屋に行くと、その間ずっと手を繋いだり、肩を抱かれたり、耳元で囁かれたりして、  
私は敦賀さんといる間じゅう頭が沸騰状態でおかしくなりそうなのだ。  
それでも少しずつ、そうやって触れ合うことが「恥ずかしい」だけじゃなくて、なんだか嬉しかったり幸せでくすぐったかったりするってことがわかってきた。  
きっとこれって、すごく『好き』ってことで、  
好きだと触れ合いたいっていうのはこういうことなんだろう、と思い始めた。  
 
隣りに座って、そっと敦賀さんを見上げてみる。  
いつもどおり優しい瞳で私を見下ろしている敦賀さん。  
長い睫毛を見るの、久しぶりだなぁ、なんて思いながらじっと見つめる。  
畳に置いた私の手に、彼の大きな手が重ねられる。  
「会いたかったよ、すごく」  
「私も…です…」  
まっすぐで強い眼に、視線を逸らしてしまいそうになるのを必死に抑えて、素直に気持ちを言葉にする。  
 
会いたい…敦賀さんに、会いたい。  
 
それはこの二週間、何度も何度も思ったことだったから、恥ずかしくても、伝えようと思っていた。  
自分から言う前に、あっさり言われてしまったのはちょっと残念だけど。  
 
ゆっくりと敦賀さんの瞳が迫ってきて、私は慌てて目を閉じる。  
キスをする時の彼の表情は男の人なのに綺麗で妖艶で、心臓が持ちそうになくてちゃんと見れない。  
斜めに深く唇を塞がれて、思わず小さく唸ってしまって…自分の声が恥ずかしくて顔が熱くなる。  
今まではキスをしても、軽いキス。  
それが今は、ちょっと強引で…  
戸惑って一瞬開いた口の中に、敦賀さんの舌が入ってきた。  
気付いたら顎はしっかりと敦賀さんの手に掴まれていて、  
ためらって逃げているつもりなのに、動くたびに彼の拘束の罠に嵌っていく。  
 
イヤ…じゃ、ないの。  
ううん、むしろ……こんなキスを待っていた、自分がいる。  
だって、頭がぼぉっとして…好きだから、されてるのよね?そう思うと、すごく、嬉しい。  
 
「ん…ぅ…ぁ…んん…」  
時々角度を変えるときに一瞬離される隙に、空気を吸い込む。  
力が抜けて倒れそうになる私の背中を、敦賀さんは自然な動きでそっと支えて畳に下ろした。  
「こんなキスは、嫌…?」  
ようやく唇を解放した敦賀さんは、乱れた私の髪を整えながら小声で囁き、私は黙って首を振る。  
 
ううん、嫌じゃないです、大丈夫。  
敦賀さんになら、何をされても、平気。  
だって今のキスだってすごく…気持ちよかったの。  
 
じっと敦賀さんを見上げながら、心の中で、そう呟いた。  
 
横から私をキスで溶かしながら、敦賀さんは手を服の中に入れてきた。  
お臍や脇腹を軽く撫でられて…くすぐったくて身体が揺れる。  
「んっ…ん、んぁ……るが、さん…くすぐったぃ…ん…」  
「じゃあ…ここは?」  
「ん、やだぁ…そこも、くすぐった…んふ…ん、ぅうん…もぉ…」  
くすくす笑い合いながらも、敦賀さんの手は少しずつ上がっていく。  
胸元に伸びてきて、きっとドキドキしてるの、バレちゃってるよね、なんて思ってるうちに、  
その手はブラの中に滑り込んできて、私は慌ててその手を制した。  
「怖い?」  
「ち、違うんです…私、そのっ…小さいから…ひゃんっ」  
言ってる途中で耳の中を舐められて、ぞくぞくしてしまった私の口からは変な声が出てしまった。  
「キョーコちゃん…耳が、感じるの?」  
「あ、やだ、ちが…ぁあ、あ、ひぁ、んっ…だ、だめっ…敦賀さん、ゃあ、んっ」  
「可愛い声…まずいな…俺、我慢できなくなりそうだよ」  
耳の中でそんなこと言われて、また執拗に舐められて…  
「あん、もぉ、やだつるがさ、んっ…はぁあ、やめ、てぇ…っだめ、耳、ヘン、なっちゃぅ、のぉ」  
「ん、ダメ、止めない…嬉しいな、キョーコちゃんの弱点、ひとつ発見だね」  
「はぁっ、はあっ、あっ、だめぇっ、んあ、やめ、てぇ」  
ホントにダメ、これ以上されたら、ホントにヘンになっちゃいそう…っ!  
私は身体をよじらせながら、それがいやらしい声という自覚もなしに、薄くなる理性の中で喘ぎ続けた――…  
 
 
「キョーコ…いったい何に笑ってるの?」  
「ん、ちょっとあの時のこと、思い出して」  
「あの時?」  
 
ソファに座って、いつも通りにじゃれ合う二人きりの夜。  
敦賀さんに耳の中を舐められて、私は久々にその時のことを思い出していた。  
「楽屋で社さんに怒られた時のことです」  
「ああ……あれには参ったな」  
以前のことなのに、思い出して本当に困った顔をしている敦賀さんが可笑しくて、思わず吹き出してしまう。  
 
あの直後。おざなりなノックの後に社さんが飛び込んできて、敦賀さんはこっぴどく叱られてしまったのだ。  
「キョーコが、ダメ、やめて、って何度も言うから誤解したんだよ…」  
敦賀さんは悪くないんです、といくら説明しても社さんは全く信じてくれなくて、「キョーコちゃんは黙ってなさい!」と私もついでに怒られてしまった。  
敦賀さんが強引に進めていると思った社さんの、優しさ。  
叱られていながらも、私はなんだか不思議と嬉しかったのを覚えている。  
 
「楽屋であんなことするから、いけないんですよ」  
「楽屋じゃなかったら、いいのかな?」  
今じゃくすぐったさはそのまま身体の火照りに変わってしまうけれど、  
私は相変わらず敦賀さんのこの手に…そして指に、翻弄されっぱなし。  
「…ん…ねえ…あれ、して…?」  
さっきから焦らすように足の付け根を這い続けていた手を取って、その指を自分の恥部になぞらせる。  
布越しの、爪の先だけの軽い触感のみで、私のその部分は熱く湿る。  
 
キョーコはいやらしいね……  
 
また耳の中で、消えそうな声で囁かれながら、私は彼の指で高みに攫われていく。  
 
互いにすっかり熱くなって、敦賀さんはベッドに行こうと誘ってくれたけど、  
そのわずかな時間も我慢できなくなっていた私の懇願で、そのままソファで繋がった。  
「んっ…はぁっ、あっ…んんっ…ぁんっ、んっ、んんっ」  
上に跨って、最初はゆっくり上下に…出し入れされるその感覚を味わっていたけれど、  
段々物足りなくなってきた私はリズムをつけて腰を振る。  
その間敦賀さんは私の腰をつかんで、時々強引に揺らしたり下から意地悪に攻め上げたりする。  
「ああっ、はぁああんっ…ぁああっ、敦賀さんっ、もぉ、だめっ…ぁあああんっ…っ!!」  
散々好きなように攻め続けて、そのまま力尽きて胸の中に倒れこんだ私をそのまま抱え込んで、敦賀さんは今度は私を下にしてソファに押し付ける。  
「まだまだ…今度は俺の番、だよ…」  
恥辱以外の何物でもなかったはずの、明るい照明の下での行為も、今では昂ぶる愛欲に火を注ぐだけの演出になっている。  
自分の色気のない裸を見られるのは今でも充分恥ずかしいけれど、  
敦賀さんが腰を揺らすと締まるお尻や胸の筋肉とか、ちょっと切なそうに歪む表情とか…  
そういうのを見てると、なんだか私、興奮するみたい。  
鼓動が早まって、敦賀さんに合わせて腰を揺らしてしまう。  
「ここ、好きだろう?」  
「ああっ、ぁああんっ、そこ、だめっ…ぁああっ…だめ、なのっ、ぃああっ…!」  
今じゃ敦賀さんに知られた弱点はひとつどころじゃなくて…  
行為を重ねるたびに、自分でも知らなかった弱点を幾つも幾つも教えられる。  
「ダメ?…だったら……」  
敦賀さんは私の膝を立て、入り口を小さく往復して手前だけを擦る。  
「あっあっ…ゃああっ、んぁあ…っ」  
もう自分でも、どこが弱点なのか…ううん、どこが弱点じゃないのか、わからない。  
彼の触れる箇所全てが、火傷の痕を残すように熱く疼く。  
どこを攻められても快感に犯されて、我慢できずに声が漏れる。  
「も、だめっ…きて、もっと…いっぱい……」  
腕を伸ばして求めると、彼の身体が降りてくる。  
大きな背中に精一杯手を回して、抱きとめる。  
「…もっと…教えて……」  
もっと…もっと、私の弱点を、増やして、感じさせて欲しい。  
こうして私は乱されていく。  
きっと私の弱点は敦賀さんそのものなのだと、重なる夜ごとに思い知らされるのだった。  
 
 

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