その頃の俺は何もかもがどうでもよくて、自暴自棄になっていたところを社長に拾われた。  
 
日本に来て名前を変え、誰も知らない人間として、そして役者としてやり直す。  
社長はそのために資金を含めたあらゆる支援をし、  
俺はその代わりに酒も煙草も、そして自分を蔑むこともやめ、自分の人生を取り戻す  
――それが社長と交わした取引きだった。  
 
もともと人生に希望を抱いたこともなかった俺は、人生を取り戻せという社長の言う意味も、正直よくわかっていなかった。  
そして取り戻した先に一体何があるのかも……。  
ただ、このままでは自分が廃人になっていくということだけはわかっていた俺は、与えられたチャンスに飛びついた。  
そして日本に来て、売れるとも思えない映画で小さな役をひとつもらった。  
なんの魅力も覚えないようなストーリーだったが、それにも真剣に取り組もうと決心していた。  
 
その夜。  
プロデューサーだという嫌味な男の誘いを断れず、俺は夜の街を引きずり回された。  
未成年だからと酒を固辞し、酔っ払った彼らの相手をするのは正直うんざり以外の何物でもなかったが、  
これも自分に課せられた罰だと無理矢理思うことで納得し、なんとか早く朝が来ないものかと内心願った。  
何軒か回り、最後にその店に押し込まれた。  
個室のような狭い空間。  
ソファは広いのに香水臭い女がぴたりと太ももを摺り寄せて隣りを陣取り、気付けば俺はその女とふたりきりにされていた。  
 
なるほど、そういうことか。  
それぞれ楽しむからお前も好きにしろと、そういうことだろう。  
だったら、と俺は立ち上がった。  
「えっ?ちょっとどこ行くの?」  
「帰る」  
別に女が欲しいとも思わない。  
むしろ煩わしいとすら思っていた俺は、ようやく解放されたとばかりに帰ることにした。  
が、女はそんな俺を無理矢理引っ張りソファに再び座らせた。  
 
「ダメよ、まだ帰っちゃダメなんだからぁ」  
香水に混じるアルコールの匂い。擦り寄るせいで顔にかかる煙草臭い長い髪。鼻にかかった甘い声。  
全てが俺を苛つかせた。  
「だったら、どうすれば帰らせてくれる?」  
苛つきを押し隠し、覚えたばかりの紳士的な笑顔で俺は訊いた。  
「そうねぇ…私を気持ちよくさせてくれたら、いいわよ?」  
 
押し付けがましい台詞にうんざりしながらも、俺は早く帰りたいがために女の太ももに手をのばした。  
俺の首に手を回しキスをせがんできたが、顔を逸らせて肩に顎を乗せそれをごまかす。  
知らない女と舌を絡めあうなんて趣味じゃない。  
焦らすこともせずに早急に下着の中に手を突っ込み、ぷくりと主張する陰核を指で転がした。  
「ああっああっ」  
大げさに首を振っているのを横目に見ながら、俺は指をその下の口へと入れ込んだ――…  
 
「もう帰っていいんだろう?」  
 
あっという間に絶頂の喘ぎを発した女を見下ろしながら、俺は冷めた声で言い放つ。  
去り際に続きを乞う声を背中に聞きながら、俺はその場を後にした。  
 
まだ夜は冷え込むネオンの中を早足で歩いていると、綺麗な黒髪の女性とすれ違い、ここは日本なのだと実感する。  
そして俺は久々に、ひとりの少女のことを思い出した。  
純粋で、可愛くて、一途で…俺のことが可哀相だと言って涙までこぼした、あの優しい女の子。  
荒んだ心に水が注ぎ込まれたような感覚に、コートの中で握り締めていた拳がほどけていく。  
 
いや…バカだな…あれから何年経ったというんだ、彼女も変わってしまったに違いない。  
そう、例えば――顔も覚えていないさっきの女みたいに。  
きっとメルヘンチックな妄想癖もなくなって、好きな食べ物だって変わったはず。  
 
俺は一瞬緩みかけた頬を元に戻して、自嘲気味に夜の街を歩き続けた。  
 
……なんだろう…暖かい…そして懐かしくて…  
 
――…ん?敦賀さん?  
 
ああそうだ…きっとこれは探し求めていた俺の居場所で――…  
 
「ん……」  
「…敦賀さん?大丈夫ですか?うなされてましたよ?」  
 
暖かい午後の日差しの中、横たわっているのはソファで、そして柔らかい膝の上。  
そうか、俺はもう年齢も大人で…そして再会した目の前の彼女は恋人で、そして……  
曖昧だった意識が、霧が引いていくように晴れ渡っていく。  
 
「キョー…コ…?」  
「そうですよ、キョーコですよ? 違う女の人の夢でも見てたんですか? ひどい人ですね」  
子供をあやすように俺の髪を撫でていたその手で、額をぺちんと叩かれた。  
見上げると、ぷぅっと頬を膨らませて拗ねている彼女。  
 
ああ…間違いなくあの時の、少女時代のままのキョーコちゃんがここにいる。  
 
俺はぎゅっと彼女の腰に手を回し、しがみついた。  
「キョーコ…ずっと一緒にいたい…離れたくない」  
「甘えんぼさんですね、敦賀さんは」  
再び優しく頭を撫でられて、渦巻いていた心の靄が消えていく。  
ふっと腰を締め付ける腕の力が弱まった俺の、顔にかかる髪をかきあげて、キョーコは可愛らしいキスを頬に落とした。  
「お目覚めのキス、です」  
にこりと微笑んだ彼女の頬はうっすらと桜色に染まっていて…  
おかげですっかり目覚めた俺は、身を起こして彼女をそっと押し倒す。  
「抱いていい?優しくするから…」  
「どうしたんですか?別に優しくなんてしなくても」  
ふふ、と笑みをこぼす愛らしい表情。  
その一瞬一瞬に、俺はますます彼女を好きになる。  
「優しくしたいんだよ…ダメ?」  
頬に、額に、鼻の先に。  
軽く触れるだけの口付けを落とすと、彼女はくすぐったそうに目を細めながら、  
「ダメ、じゃない、です」  
と恥ずかしそうに微笑んだ。  
 
普段の何倍も時間をかけて熱くした彼女の身体にしがみついて、俺はゆっくりと腰を回す。  
「ん、んっ…はぁ、んっ…ぁん、ぃや、あっ…」  
彼女を壊しかねないほどに突き上げる繋がりではなく、緩く、そして深く…。  
いつもは彼女が形のいい小ぶりな胸を揺らすのをじっくりと眺めながら味わうのを、  
1ミリも離れていたくなくて、ぴたりと身体を重ね合わせて…  
 
すがりついたまま目の前にある彼女の首筋や耳たぶに舌を這わせる。  
ゆっくりとした動きが物足りないのか、あるいは焦らされているようなのか、  
キョーコは時折自分から腰を押し付け、繋がりを深くしようと淫らに踊る。  
俺が漏らす吐息にすら感度を上げ、頬を火照らせ首を振るその様に、俺は理性を飛ばしそうになるのを必死に堪える。  
「ぁあっ…んっ、お願いっ、もっと…っ…ぅ、あっ…は、激しくっ…」  
「だめ、だよ…優しくするって、言っただろう…?」  
「あん、もうっ…い、意地悪ぅ…ゃあっ…」  
 
絡みつくような彼女の熱が俺を包みこむ。  
緩やかな動きに合わせて跳ねるような水音が響き、彼女の濡れ具合を教えてくれる。  
「キョーコの中、すごく…熱い…」  
「はぁっ…あぁあっ…ん、もぉ…っ…意地悪、しないでぇ…」  
必要以上の優しさに、キョーコは涙声で何度も抗議する。  
それでもその夜の俺は譲らなかった。  
「本当の意地悪はもっと後で、教えてあげるよ…」  
かすれて高くなっていく彼女の声を聞きながら、俺は我が侭を突き通す。  
キョーコとひとつに、溶け合って…溶けて溶けて、俺たちはひとつだと、錯覚させて……?  
 
彼女の優しさに甘えながら、俺はひとりの女性を深く愛する幸せを知っていく。  
それはいつか社長が言った、人生を取り戻すことなのかもしれない、と思いながら。  
 

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