キョーコがいつものように食事の後片付けを終え、ソファにかけられた蓮の上着を持ち上げると、そこにはカバーのかけられた文庫本が置かれてあった。  
文庫本なんて珍しい、と目が留まる。  
 
――出演する映画かドラマの原作かしら…  
 
手にとっていいものか躊躇し考えていると、シャワーを終えた蓮が髪をタオルで拭きながら近づいてきた。  
「ごめんね、片付け手伝わなくて」  
さりげなく身体を引き寄せられ、髪に小さく音を立ててキスを落とされる。  
タオルを肩にかけただけの上半身からは石鹸の香り。  
何度も身体を重ねているはずなのに、こうした蓮の「男」としての行動に未だ慣れることのできないキョーコは顔を真っ赤にして身をよじり、しどろもどろになりながら話を逸らした。  
「つ、敦賀さん、これ!なにかの原作ですかっ」  
 
逃げるように身体を離された蓮は、慌ててソファの本を手に取り言い訳のように話題を変えるキョーコに苦笑した。  
「いや…これは、教本」  
幾度その身体に貪りついても、意識を飛ばすほどに激しく抱いても、キョーコはこうして恥じらいを失わない。  
それは彼女の貴重ともいえる魅力であり、本質であり、その点は蓮も充分理解していた。  
だが――時々、蓮は強欲な自分が奥底にいるのを確かに感じていた。  
彼女の心を手に入れただけで天にも昇るような気持ちだったのはいつの日か…  
次第に彼女の唇に、時折見せる物憂い表情に、細い首筋に…欲情を抑えきれず、身体も手にした。  
至福の時に、これ以上もう望むものはない、と、そう思った蓮だったが――…  
最近の蓮は、少々もどかしい思いに囚われていた。  
 
―もっと…もっと乱れたキョーコが見たい……  
 
一度孕んだ欲望は留まることを知らず膨れ上がるばかり。  
が、目の前の少女は今どき天然記念物級の恥らう乙女。  
「教本、ですか??」  
「そうだよ、キョーコのね」  
 
乱れて欲しいと頼んで乱れてくれるようなら苦労はしない。  
そう、何かのきっかけが必要なのだ。  
 
「私の?」  
「この前、役作りで悩んでいただろう?それで思いついたんだけど――」  
ソファの本を手にとり、キョーコに示す。「――本を音読すれば、役作りの勉強になるんじゃないかと思ってね」  
 
その言葉に、キョーコは瞳を輝かせて蓮を見上げた。  
「つまり、小説の登場人物の気持ちを読み取りながら音読するんですね?」  
「そういうこと。やってみる?」  
「はいっ!」  
嬉しそうに微笑まれ、一瞬小さな罪悪感が芽生えかけたのは事実だが、蓮は慌ててそれを打ち消した。  
 
まあ…嘘じゃないし、ね。  
彼女の新たな面を引き出すという点においても、教本であることには変わりないわけだし。  
 
頭の中でブツブツといくつかの言い訳を終えると、すっきりと納得した蓮はさっそく「授業」に取りかかることにした。  
 
「つ、敦賀さん…私やっぱり、無理です…っ」  
ソファにぴたりと並んで座り、肩に回した手でキョーコの耳や髪をもてあそびながら、蓮は音読するキョーコの表情と本を楽しげに覗きこむ。  
「どうして?演技、上手くなりたくない?」  
低く囁くように問う声に、キョーコはますます動揺を見せた。  
「なりたい、です、けどっ…でも、この本じゃ…!」  
「どんな役でもこなせるようになりたいんだろう?」  
 
蓮が渡したその本は卑猥な言葉が羅列された、いわゆるポルノ小説。  
適当に開いて読ませると、キョーコは数行読んだだけで震える声で降参したのだ。  
「そ、それは、そうですけどっ、でも」  
「いいから、続けて?」  
「…っ…『か、彼は、下着の上から…ぷくりと膨らんだク…クリ…』……っ…!」  
か細い声で再び読み始めたその場面は、ちょうど行為が始まるあたりの描写で、キョーコは一言発音するたびに真っ赤に顔を染め俯いた。  
「クリ…なに?」  
キョーコは俯いたまま首をぶんぶんと振り、その先を拒む。  
「…やっぱりっ」  
「無理なんて言わないよね?途中で降板なんて、役者失格」  
容赦ない言葉に、先を読まれたキョーコは涙ぐんだ。  
蓮はキョーコの顎を掴み、ぽろりと零れ落ちたその一滴を舌で掬い取る。  
「大丈夫…俺が手伝ってあげるから…読んでごらん?」  
 
まっすぐな眼に射られたキョーコは、今夜は拒絶が受け入れられないことをようやく悟った。  
そして恥ずかしさを必死に押さえ、続きを読み進めることにする。  
 
「『下着の上から…ぷくりと膨らんだクリトリスを、爪の先で軽くひっかい』ひああっ…!」  
キョーコは思わず声をあげた。  
蓮はその描写に合わせ、横からスカートの中へと手を差し入れ、同じ刺激をキョーコに与える。  
読むことに必死になっていたため、いきなり襲われた快感にいつもなら押し殺すはずの喘ぎを発してしまい、キョーコは羞恥に耐え切れず本で顔を覆い隠した。  
 
「今のは、小説の声かな?それとも…?」  
滅多に耳に出来ない素直な啼き声に気分を良くした蓮は、この授業が確かに効果を上げることを確信しながら更に続ける。  
「敦賀さ…ん…っ…せ、せめて…違うページ…っ」  
「ダメだよ。読めないなら俺がお手本に読んであげようか?続き、貸してごらん」  
にこりと笑い、肩に回した手で本を取り上げ続きを読みながら、蓮は描写を再現する。  
「『男は指でクリトリスを刺激し、そして何度も溝を擦り上げ往復させる。  
 するとショーツにはじんわりと染みが浮かび始め、彼女が淫らに感じ始めたことを教えてくれる。』」  
「…ぁあっ…ん…やぁ……っ」  
キョーコは蓮の胸に顔を埋め声を押し殺している。  
頬を火照らせ熱い吐息を胸にかけられ、次第に蓮の理性も薄れ始める。  
「…可愛い声だよ、キョーコ…もっと聞かせて…」  
 
キョーコの下着に手を入れた蓮は、その中がいつも以上に潤っていることに悦び密かに奮い立つ。  
溢れる蜜をクリトリスに塗りつけ、指で大きく広げながら丁寧に転がす。  
「はぁあ…ん…ん……るがさ…どうしよ…なんだか、熱い…今日の私、ヘン…すごく……っ」  
「すごく…気持ちいい?」  
「はい…すごく、感じて…ぁあ…あ、ん…だめぇ…ん…」  
キョーコは息を乱れさせながら蓮の乳首に吸い付き、そして片手で蓮の太腿をゆっくりと撫でた。  
はぁはぁと漏れ胸にかかる熱い息、そしてまるで無意識のように施される緩やかな愛撫、虚ろな瞳。  
今まで目にすることの叶わなかった艶めかしいキョーコの姿に蓮は感動すら覚え、そしてそれに屈してしまわないようにと意識を戻す。  
「卑猥な本を読んで、いやらしい気分になってきたんだね…ほら、こんなに濡れて…」  
 
蓮は身を下げてキョーコの前に跪き、スカートから下着を取り去り膝を掴んで広げさせた。  
「続きは?」  
「…あ…彼女は…『男が陰唇を指で広げると…鮮やかな桃色が…ひくひくと…』…ぁあっ、ダメ見ないで敦賀さん…!」  
「ほんとだ、ヒクヒク呼んでる…それから?どうするの?」  
「…い、いやぁ…っ」  
「こうかな?」  
「ぁああんっ!」  
蓮はヒクつくその箇所に指を差し入れ、同時にじゅるりと陰核にしゃぶりつく。  
キョーコの身体は願ったとおりに素直に反応を返し、蓮は愛撫に夢中になっていく。  
膣内を何度も擦り、手前のザラつく壁を苛めるようにかき乱し、逃げる腰を捕まえクリトリスを舐め回す。  
時折盗み見るキョーコの表情は蓮の愛欲を激しく煽り、激しさを増すその愛撫の連続にキョーコは何度も絶して啼き声を上げた。  
 
前戯で啼かせ続け、その後繋がってからも……蓮は可愛がっているのか苛めているのか、その境界線も見えなくなるほどに行為に没頭し続けた。  
時々キョーコはわずかな瞬間に、我に返ったように羞恥の波に押し戻されるような表情を見せ、その度に蓮は容赦なく攻めたてる。  
その繰り返しにキョーコも次第に自我と小説の女との境を見失っていく。  
淫らな女は既にキョーコ自身となり、蓮はそれをさらに引き出そうと追い立てた。  
「敦賀さん…もう…だめ、です…」  
「まだだよ…もっと乱れたキョーコを見たい…」  
既に寝室に移動していた二人は行為の合間、繋がったままで互いの熱を探り合う。  
 
蓮が身体を返し、上に跨らせると、キョーコは慌てて胸を両手で覆い隠し頬を染め上げた。  
「い、いやですっ!」  
なにを今さら、と呆れて腕を払おうとする蓮に、キョーコは必死に腕を振り払う。  
「どうした?隠さなくても綺麗なのに」  
「だ、だって、胸小さいしっ、動いても、揺れないから…っ」  
真っ赤になったキョーコはそれだけ言うと、ぼすんと蓮の胸に倒れ込んで顔を伏せた。  
「そんなこと関係ないよ?形だって綺麗だし、触り心地も気持ちいいし、色だって可愛いし、反応だっていいし、それから…」  
「も、もういいですっ!敦賀さんのバカっ!!」  
真っ赤なままでうるうると瞳を潤ませ睨みつけ、キョーコは蓮の言葉を遮った。  
 
――褒めているのになんで怒るんだ…?  
 
首をかしげる蓮にキョーコはさらに恥ずかしくなる。  
そこにいるのは間違いなく、いつものキョーコ。  
 
蓮は「役」が抜けてすっかり元通りのキョーコを多少残念に感じながらも、  
まあこの可愛くて恥ずかしがり屋の彼女を蹂躙するのも苛め甲斐があっていいかな、などと不埒なことを思うのだった。  
 

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