薄暗い和室の鏡台の前に座り、襟足に伸びる髪をタオルですくう。
いつもの見慣れたしぐさなのに、その姿は妙に扇情的に思えてくる。
畳の上に並べられた布団に横になって、俺は彼女のひとつひとつのしぐさに見とれている。
風呂上りの一通りの儀式を終えて満足したらしい彼女の様子を確認し、
名前を呼んでポンポンと空いている布団のスペースを手で叩くと、
キョーコは可愛らしく笑みを浮かべながら、俺の隣りに潜り込んできた。
そしてまるで人懐っこい猫のように擦り寄ってきて、俺の浴衣を握り締めて頬を寄せる。
「敦賀さん」
「ん?」
「私のわがままをきいてくれて、ありがとうございました」
肩を抱き寄せながら見下ろすと、キョーコは嬉しそうに微笑んでいる。
「俺は君の願いごとは断れないからね」
引き寄せた額に唇を落とす。
滅多にわがままなんて言わないキョーコ。
そんな彼女の願いを拒否する術を、俺はまだ心得てはいないのだから。
「でも、本当はちょっと、イヤだったでしょう?」
まっすぐな眼に見つめられて、俺は答える代わりに髪をくしゃくしゃと撫でてやった。
ある晩キョーコは言いにくそうに、お願いがあるのだと改まって切り出した。
不破の実家に行きたいのだと。
家出するかのように京都を出て以来、不破の母親に全く連絡していないのだと言う。
女将さん、キョーコはあの男の母親のことをそう呼んだ。
「女将さんにちゃんと謝りたいんです、ろくにお世話になったお礼も言わずに飛び出したこと。
それに、旅館でいろいろ教えられたことは今の最上キョーコを作るのに役立っている、
だから感謝してます、って伝えたいんです」
――ダメ、ですか?
そんなことを言われては断れるはずもなく、そうして俺たちは今、その旅館にいる。
「じゃあ、俺のお願いもきいてくれる?」
「なんですか?」
キョーコの耳元に顔を寄せて、もう言い飽きるほどに繰り返している願い事を小さく囁いてみると、
彼女はうっすらと頬を染めながら、嬉しそうに、そして同時に困ったように、複雑な表情でいつものように目を伏せる。
「ですから……それはまだ…」
拒絶されることにもすっかり慣れてしまった俺は、もしかしたら彼女の困った顔が見たくてそれを言っているのかもしれないとすら最近思う。
困った顔、拗ねて膨れた顔、怒った顔、悲しそうな顔――彼女の表情のすべてに愛しいと思ってしまう俺は変なのだろうか。
「だったら、別のお願い……抱きたくなった」
抱えていた頭を枕に下ろし、今度は俺が、正面から見据える番。
キョーコはいつもと違い、慌てふためいて動揺した。
「あっ、あのでもっ! こ、困りますそんな、だって、ここは、」
「ダメだ、拒絶は一度だけしか許してあげない」
開始の合図に耳たぶへ軽く噛み付いてから、彼女の首筋に音を立ててキスを落とす。
浴衣の襟元を指でずらすと、浮き出た鎖骨が誘うように視界に入り、続けてそこにも唇を這わせる。
ちゅ、ちゅ、とわざと音を上げながら、隙間がないくらいに吸い上げ続けながら、その位置を下げていく。
キョーコは、あっ、やっ、と小さくひとつひとつに反応を示しながらも、俺の肩をつかんで押し返してくる。
いつもには見せない彼女の拒絶が、俺の欲望に油となって注がれていく。
強く拒まれる前にと、俺は焦らすことも忘れて彼女の胸をはだけさせ、乳房の膨らみごと深く口の中にくわえ込んだ。
「あっ、だ、だめです敦賀さ、んっ…! ここ、マンションや、ホテルなんかとは、違うんです、からっ」
「ん、そ、だね」
「だ、だからっ…声、とか…っ!」
「じゃあ、キョーコが喘がなければいいんだよ」
「そ…それ、は……っ」
キョーコは一気に頬を染めあげる。
わかってるよ、無理なんだろう?
すでに固くなっている胸の尖り、次第に早くなっていく彼女の鼓動、そして浅く熱くなっていく息遣い――すべてがそれを物語っている。
裾をゆっくりと広げ肢体を露わにさせ、爪の先で這い回るように太ももを撫で上げながら、舌で味わうように果実をしゃぶる。
思いっきり吸い上げ、勢いよく離す。また軽く噛んで小さく啼かせてみては、労わるように慰める。
時折試すように滑らせる下着の中央はしっとりと湿り気を帯び始めているのが解かり、ゆらゆらと揺れる膝のせいで裾は広がり、もはや肌を隠す役目を果たしてはいなかった。
下着をおろし片足の膝に引っ掛けたまま、俺は味わう箇所を現れた秘所へと移動させることにする。
指で何度も溝を往復させてみると、まとわりつくようにねっとりとした液が指を覆いつくように絡みつく。
溢れ出ている泉の入り口に指先を入れ動かすと、くちゅくちゅと待ちわびるように音が上がり、静かな部屋に大きく響いた。
「はあっ、ん、んっ…あっ、やぁ、あっ…ぁんっ」
もうすっかり拒絶することを忘れているのを確認し、指を深く入れながら陰核を舌で吸い上げる。
わざとぴちゃぴちゃと音をたてて舐めながら、指の腹で手前のザラつく面を強く擦る。
「…キョーコ…ん、すごい、ね…布団、濡れてる」
「ひぁあっ、ぁあっ、あっ、だめ、そこ弱い、のにっ、んんんっ!」
耐えるように布団を強く握り締め、口に押し当てながらキョーコはか細く悲鳴をあげる。
「ん、足閉じちゃ、だめだよ」
「ひゃああっ、あああっ、ゃああっ、あっやだっ…!」
力の込められ始めた膝を大きく広げさせ、指を二本に増やして奥まで差し入れる。
「ぁあああっ、あっ、あっ、だめ、いっちゃうっ…んっ、ああっ、っ…あっ…っっ」
表情を窺いながら何度も感じるその箇所を擦りあげ続けると、彼女はくぐもった声で啼きながら、ひくひくと太腿の肉を震わせた。
まだ息の整わない彼女が喋れないうちに、俺は熱く誘うその箇所へと猛る自身を埋め込んだ。
一度昇り詰めたキョーコは、幾度となく達しながら俺を快感の渦へと誘い込む。
足を大きく広げさせ、腕をついて踏ん張りながら腰を深く押し付ける。
誘っていたつもりが、こうして気付けばいつも誘われるように、俺は獣のように攻め始める。
締め付ける彼女の熱い身体に、苦しそうにのけぞりながら息を荒げる眉を顰めるその表情に、必死に保っていたはずの理性はいともあっさりと吹き飛ばされていく。
強い押し付けから解放し、広げさせた膝を支えにしながら小刻みに挿入を繰り返す。
執拗に入り口のあたりを意地悪く攻められることが好きなキョーコは、こうして攻め続けると次第に箍を外し乱れ始める。
が――この時はいつもと違い、彼女は俺を探すように腕を伸ばした。
「…ゃあぁ…つるが、さ……つるがさ…んっ」
「おいで」
腕をひいて抱き寄せると、キョーコは繋がったまま座った俺の首に腕をからめてしがみついた。
はぁっ、はぁっ、と息を荒げる彼女の背中を落ち着かせるようにさすってやる。
「や、やっぱり…いや…」
「どうして?」
「この部屋、アイツと……ショータローと、よく一緒に、いたんです、だからっ…」
「見られてるみたいで、イヤ?」
俺の質問に、キョーコはこくん、と大きく頷いた。
「だったら…ますます、やめられないね」
背中に回していた両手で彼女の腰を抱え、跳ねさせるように動かしながら俺も腰を突き上げる。
「あっ、あっ、ああっ、んぁ、んっ…あんっ、んっ、んんっ!」
口ではイヤだと言いながら、キョーコもまた腰を器用に押し付け自ら小動物のごとく跳ね上がる。
背中に爪を立てられ、耳元で可愛らしく啼き声をあげられて――俺はせり上がる熱に逆らえなくなっていく。
「ひゃ、んっ、あっ…んんっ、んっ」
「……っ、キョ…コっ…っ」
「あ、ああっ……るがさ、んっ、ぁあん、っちゃ、ぅう、…だめ、んぁっ、あっ、…あ、ぁんっ…ぁあああっ!!」
疲れ果てて眠り込んでしまった彼女の寝顔を、俺は肘をついて横になったまま、飽きもせずいつまでも眺めていた。
指で髪をすくってもてあそぶと、くすぐったいのか小さく唸りながら首をすくめる。
彼女のすべてが欲しい、そう思うのは俺のわがままだろうか。
ここで幼いキョーコが不破とすごした思い出にさえ、俺は醜いほどに嫉妬する。
「キョーコ、俺の願いごとはいつ叶えてくれるのかな?」
俺のぼやきが聞こえたのか、はたまたメルヘンな夢でも見ているのか……
目の前の眠り姫は幸せそうに微笑んで、ただすうすうと無邪気な寝息をたてていた。