受賞式の後のパーティを早々と抜け出して、オレはホテルの部屋に戻った。  
酒を飲めるわけでもないし、寄ってくるのは父や祖父に取り入りたい連中がほとんどだ。  
窮屈だったジャケットを脱ぎ捨ててベランダに出ると、生暖かい風が頬に当たる。  
思い切り背伸びをして、堅苦しいあの場を抜け出せたことへの解放感を確かめた。  
 
すると隣りの部屋から物音が聞こえた気がした。  
隣りは確か敦賀さんだ。  
まだパーティにいるはずじゃないのかと考えていると、ベランダへの戸が開いた音と人の声がオレの耳に届いてきた。  
「ねえ、敦賀さん…良かったんでしょうか、抜け出しちゃって…」  
 
この声!  
なんで黒い悪魔、いや京子が敦賀さんと…  
まさか、そんなわけがない、と思うオレの考えに反し、ふたりの会話はどう聞いてもそうとしか思えない方向へと進んでいく。  
 
「早くこうしたかった」  
「あっ、だめですよ、ここベランダ…んっ」  
 
ちゅ、ちゅ、と何度も重ねられる唇の音に吐息が混じる。  
防火扉一枚隔てた距離に、オレはその場から動くこともできずに固まっていた。  
まさか隣りに誰かがいるとは思いもしないのか、二人の息はますます熱くなるように吐かれ始める。  
 
「はぁ、ん、だめっ、そんなところ、痕がついたら見えちゃうっ」  
「脱ぐんだからいいだろう?これ以上こんな綺麗な姿、俺以外に見せるのは許せないな」  
「やっ、でも…あのっ、私、シャワー…っ」  
「もう待てないよ」  
「あぁ、んっ…ダメです、こんな、誰かに見られ、」  
「今日は月も出てないし、見えないよ」  
「こ、声だって…ぁんっ」  
「まだみんな戻ってこないよ」  
 
オレは今から起こると思われる状況を想像して、カァっと首筋が、そして身体の中心が熱くなった。  
京子が出す、聞いたこともない艶っぽい声。  
いつも大人な敦賀さんが甘えるように強いる我が侭。  
自分が全く恋愛というものを理解していなかったのだと教えられているような気分になった。  
 
呆然としているオレの耳に届くふたりの息は、次第に熱く荒くなっていく。  
「やぁ、んっ、あっ、そこいやぁ、感じ、ちゃう、から」  
「ん、おいし…ここもすごいよ、ほら」  
「はぁっ、んっ、もう、意地悪…っ」  
 
ひとしきりじゃれ合いのような愛撫の声が続いてから、布の擦れ合う音が聞こえ、「いい?」と敦賀さんの懇願にも似た言葉が聞こえた。  
「だ、だめっ……ひゃあっ、ぁああっ…んんっ…」  
「あー…キョーコの中…熱いよ…っあ…」  
「やだ、ああんっ」  
「…っ、あ、ダメだ…激しくして、いい?」  
「っん、でもっ…んあっ、んもぉ、まだ返事、ゃああっ、んっ、きてぇ、もっと奥、突いてっ」  
「欲張りだね…んっ、ほら、あげるよっ」  
「あんっ、あぁあっ、はぁっ、っんぁああっ!」  
 
身を打ち合う音が高く響いて、オレの頭の中はもう真っ白で――  
 
気付いた時には静かな夜空の下、ベランダで呆然と立ち尽くしたままだったオレは、  
部屋に慌てて戻ってからも二人の行為の音がずっと聞こえているような幻聴に、一晩中悩まされたのだった。  
 

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