まだ片手で数えることができるくらいの、幾度目かのふたりの夜。
疲れて、空気を探して息を弾ませる私は横たえさせられて。
そっと目を開けると、心配そうに顔を覗き込む敦賀さんがいた。
ずるい…
さらさらの敦賀さんの髪は全然乱れてなくて、まだ息の整わない私を尻目に静かに呼吸を繰り返すだけ。
行為の最中は額に少しにじんでいた汗だって今はひいていて。
吸い込まれそうな瞳、わずかに眉間を寄せるその表情――。
こっちはその全てにどきどきしてしまうっていうのに……なんだか自分がバカみたい。
恋に盲目な、ただの愚かな女。
「なにが?」
そう訊き返されて、初めて自分が思っていたことを思わず呟いていたことに気付いた。
「あ…いえ、なんでも…」
この瞳に見つめ続けられていたらごまかせそうになくて、私は慌てて目を伏せる。
「つらかった?」
ふるふると首を振る。
つらくなんか、ない。
初めての時に見せてしまった涙も、痛みのせいなんかじゃなかったの。
感じた痛みもその奥に在った快感も、自分の中にこんな溢れて止まらない感情があったのかと知らされて嬉しかったから。
今まで感じたことのない温もり、「愛されている」という実感。
与えてくれた敦賀さんにそれをどう伝えたらいいのかわからなくて、戸惑って、いっぱいいっぱいになってしまったから。
「まだ…ちょっと激しかったかな…」
私はもう一度ただ、首を振る。
違う、そうじゃないんです、イヤじゃなかったの。
喉までせり上がってきた言葉は、一抹の恥ずかしさが勝って慌てて飲み込んだ。
敦賀さんは自分のことみたいに少しつらそうな表情で、私の髪を優しく撫でた。
頬にかかった髪をすくって、指に絡めたり、耳にかけたり――…
こんな優しさも、愛しさも、味わったことがない私はどうしたらいいのか、わからない。
わからないと伝えてもいいのかも、わからない。
自分の無知さがもどかしくて、つらそうな顔をさせてしまったことが悲しくて、そして目の前にある温かさが切なくて……
いけない、と思うのに、目の奥が熱くなって、涙が零れ落ちそうになってしまう。
驚いた敦賀さんの手が止まる。
「キョーコ…」
「すき」
「…え?」
「好き、なんです、敦賀さんのこと、好き」
今まで何度も言わなくちゃと思って、それなのに一度も口にできなかった『好き』の二文字。
一度発したその言葉は、思いっきり息を吸ってから吹き出したシャボン玉みたいに、次から次へと止め処なく溢れ出て。
私はぽろぽろと落ち続ける涙を拭うことも忘れて、何度も何度も、好き、好き、と繰り返した。
目の前で敦賀さんが呆れたようにぽかんとしてるのがわかったけれど、それでも私は何度も、何度も。
わかったよ、もういいから、って宥められるまで、私は好きの二文字を吐き続けたのだった。