その日の敦賀さんは、いつもより少し、荒々しくて。
「やぁ、つ、るがさ…ん…っ、ぁあっ、ゃあっ」
なのに頭の中を占めているのはひたすら『気持ちいい』という感覚で、
そんな淫らな自分に対する恥ずかしさに、私は顔を背けて枕を掴んだ。
「イヤ?じゃあ…ここ、は?」
「はぁああっ、ああんだめぇ、そ、そこ、だめっ…!」
「ダメ?そうは見えない、けど」
くすりと笑う、声。
見ないで…お願い。
枕に顔を埋めたいのに、膝をつかまれて突き動かされて抗えない。
突き刺すような視線を感じるのは、事実なのか、あるいは心の奥底にある自分の願望なのか、見分けがつかない。
敦賀さんは私の中の、入り口の辺りで、小刻みにポイントを突いてくる。
だめ、いや、そこ、だめなのっ、やめて…っ
首を振って嫌がっているのに、そのことは結局、感じる箇所を教えていることになってしまうだけ。
ううん、きっと黙っていても、見透かされてる。
こうして抱かれている間じゅう、彼はずっと私の表情を窺っているのだから。
恥ずかしいから、顔、見ないでください、そう何度もお願いしてきたけれど、それに従ってくれたことは一度だってない。
『君がどこをどうされると感じるのか、知りたいから』
そう言って、敦賀さんは容赦なく私を凝視する。
その視線に――私はいつからか、その視線そのものにすら、身体の底から熱くなるようになってしまった。
敦賀さんは私の身体を少し横に傾けて、また少し律動を早めた。
「ぁああっ、んんっ、はあっ……っ、やっ、だ、だめ…」
「あぁ、すごいよ?よく見える…いやらしいね、キョーコ」
完全に失いかけていた理性が一瞬舞い戻ってきて、カァっと顔が熱くなって。
慌てて繋がるところに伸ばした手も、あっさりと振りほどかれてしまう。
「ひぁ、んぁっ、ああっ、やだ、ヘン、なるから、や、なのぉ…っ」
「あたってる?」
「ん、んっ」
もう恥ずかしさも消え去るくらいに、快感だけがカラダとアタマの中を支配して、私はただウンウンと頷いた。
「気持ち、いい?」
「んっ、ああっ……い…ぅ…」
「なに?」
「あ、あっ…め…っ、い…ちゃぅ…!」
「なに?聞こえないよ?」
イジワルっ、聞こえてるでしょう?
ベッドの上の敦賀さんは、イジワルで、嘘ばっかりで、イヤになる。
でももっとイヤなのは、そんなイジワルに、カラダ中が震えるくらい昂ぶってしまう、私自身。
「…く…イク、いっちゃう、のっ、ゃあっ」
「聞こえない、もっと、言って?」
「ぁああっ、ゃああ、い、ちゃぅう…っ、い、ゃあっ、いっちゃうっ、ぁああっ…!!」
アタマの中が真っ白になって――気付いたら、深く繋がったままの敦賀さんに、上からしっかりと抱きこまれていた。
「大丈夫?」
腕の中で優しく私の髪を梳かす。
敦賀さんは時々、こうして突然荒々しくなって…でもそのあとはいつも以上に、優しくなる。
ずるいよ、そんな優しい目されたら、文句を言う気だって、失せてしまう。
「ん……私…」
「ひくひく震えて気持ちよさそうに独りでイって、さっきのキョーコ、可愛かったな」
また恥ずかしい台詞を悪びれもせずに言われて、私はきっと真っ赤になってる顔を、敦賀さんの胸に押し当てて隠した。
こうして何度苛められても、どんどんこの人のことを好きになっていく…私、変なのかしら?
「敦賀さん…」
「ん?」
ずっと、一緒にいたい。
ずっとこうして抱き合っていたい。
それが無理でも、夜を迎えるたびにおかえりって顔を合わせて、数え切れないくらい一緒の夜を重ねて、
ずっとずっと何年先も…何十年先も、一緒にいたい。
「…イジワル」
だけど、それを言葉にしたら、泡のように消えてしまいそうで、怖い。
口にする勇気がなくて、ひねくれた言葉でごまかした私に、敦賀さんは楽しそうにくすくすと笑って、
じゃあもう一度意地悪、しちゃおうかな、と耳元で甘く囁いた。
「れーん、昨日キョーコちゃんのこと泣かしたりしなかっただろうな?」
「……泣かしませんよ、どうして俺が泣かなくちゃいけないんですか」
次の仕事までの移動中、社さんの言う意味を取り違えそうになって、一瞬返事が遅れてしまった。
確かに、許して、と請われるまで"啼かした"のは事実だけれど。
「だってお前昨日、キョーコちゃんが最近口説かれまくってる、って俺が言ったらすごい怒ってただろ?」
「別に…怒ってませんよ…」
「いいや、怒ってたね、気温が2、3度下がるくらいには怒ってた!」
怒ってないといくら言っても、社さんは絶対に譲る気はないらしい。
そこから延々、自称『お兄ちゃん』のお説教が始まった。
別に怒ったわけじゃない。
キョーコが俺以外の男に振り向くと思っているわけじゃない。
ただ…社さんがいつか予言したように、日に日に美しく変化を遂げていくキョーコに、俺のほうが焦っている。
四六時中腕の中に閉じ込めて、ふたりだけの世界で生きていければいいのにと、心の底からそう思う。
そんな独占欲の塊の醜い自分がどんどん膨らんでいって、時折どうしようもなくなって、彼女を荒々しく抱いてしまう。
そして後悔して焦る俺に、キョーコは優しく微笑んでくれる。
どこまでも純粋で清らかな彼女、そして貪欲で醜い自分。
彼女を繋ぎとめておく術がわからずに、俺の苛立ちは募っていくばかり。
ずっと、一緒にいたい。
ただそれだけなのに、どうしたらいいのかわからない。
「あ、この番組、人気なんだよね、パーソナリティが面白くってさ」
気付くと社さんの説教はとうの昔に終わっていて、話題は車内を流れるラジオのプログラムに移っていた。
聞こえてきたテーマは『家族』で、そこにすんなりと自分の思考が合わさった――…きっかけなんて、そんなものかもしれない。
彼女を縛り付けることは不可能かもしれないけれど、俺は彼女の未来にも存在したい、と強く思った。ただ、それだけ。
「社さん、次まで時間ありますか?ちょっと寄りたいところができたんですけれど」
彼女は何て答えるだろう。
突然すぎると怒るだろうか?
怒りながらも、喜んでくれるだろうか…泣かせてしまう、かな。
ああでも、返事が怖いから、答えの前に強引に指輪、はめてしまおうか。
止まらなくなった期待と不安に押しつぶされそうになりながら、俺はハンドルを握り締めた。