首、背骨、と布を這わせるキョーコ妃。
触れる程度の軽さで臀部へと指が降りていくあたりで、すでに王の理性も限界に近づきつつあった。
キョーコは王の正面に回る。
身体が反応しているのを隠しているわけでもない、キョーコも蓮の昂ぶりには気付いているだろう。
しかしそれには何も云わず、ただ焦らすようにゆっくりと胸元の水滴を拾い上げる。
「王の逞しい胸を見ていると、誇らしい心持ちになってまいります」
「誇らしい?」
「ええ、王の大きなお心に、わたくしたちは守られているのです。それを実感できて嬉しいのです」
にこりと微笑むキョーコの頬に、王の手が伸ばされる。
が、それをするりと笑顔で交わし、「いけません、まだ濡れているのですから」とキョーコは跪いた。
主張し始めた自身をちょうど真正面に捉える高さで、しかしキョーコは再び務めを続ける。
太腿に手を添えられ、薄い布越しに走る指の感覚。
臍下から内腿へ…まるで焦らしているようにその部分を避け這い回る指の動きの艶めかしさに、王は思わず吐息を漏らしてしまった。
「…っく…あぁ…っ」
「どうか…なさいました…?」
のけぞってしまった顔を下に向けると、微かに口の端に笑いを含んだキョーコと目が合った。
――計算づく、か……?
先ほどまでの、御伽噺を聞かせるような少女のそれとは待ったく違う、妖艶な瞳。
なんとか保っていた理性を吹っ飛ばすには充分な効力。
王はキョーコの手首を握り取り、その身体を引き上げようとした――その瞬間、熱い感覚に包まれた。
「――っ…、あっ…んぁあっ!」
見るとキョーコがその中心を咥え込み、一気に攻め立てるように、んっ、んっ、と欲望を吸い上げるように激しくしゃぶりついていた。
「…っ、くぁ…っ、はぁっ…ああっ…っ」
キョーコへの嗜虐心へ目覚めかけていた心とは裏腹に、身体はその咥内で思うままに操られる。
なんとか抗おうとキョーコの頭へ伸ばした手は、逆にその動きを助長するがのごとく、さらに、もっと激しくと引き寄せる。
このままではすぐに達してしまう、食い止めようとする心はすでに制御を失い、欲望だけが暴走を始めていた。
「ん、んっ…ぁ、んっ、ん…ぅ…っ」
「はあっ、っく…、キョ…コ…っ……はぁああ…っ――!!」
崩れ落ちそうになるのをなんとか堪え、乱れた息のまま虚ろな眼を向けた王の視線の先には、こくりと飲み干しながら笑顔を浮かべる美しい妃の姿があった。
レンは一人中庭で物思いに耽り、ぼんやりと思い出していた。
あの日、沐浴での出来事を。
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「・・・・・っくぁ・・・も う、よいキョーコっ・・離せ・・・・・っっ・・はぁ」
「は・・・い、申し訳、ございません・・」
キョーコは散々その手と口を使い、レンを慰め、高みに導いた。
だが、自身には触れられないよう、やんわりとかわしレンを拒絶した。
というより王に抱かれるのを恐れているようにも見えた。
そこにいたのは先程、王を翻弄し妖艶に微笑んだ美しい妖婦ではなく、どこか寂しそうな、頼りない儚げな少女。
理解出来なかった。
さっき散々自分を翻弄し操っておいて、何故、今更怯えるのか・・・。
だが、レン自身深く考える余裕も無かった。このままでは理性がもたず、抱いてしまう。
そうなると、今まで他の娘にしてきたように発作的に衝動で殺してしまうかもしれない。
それは・・・困るのだ。まだ話の続きを聞いていない。
それに・・・・・殺すのは後でも出来る。そう思った。だから命じた。
「そう怯えずともよい。今、お前を抱きはしない。今宵はもう下がれ、続きは明日聞こう。
それと、もう一つ。今宵お前がした事は咎めはしない。だが、明日からは沐浴の時は他の者に世話をさせる」
命令を聞くとキョーコは少しホッとしたような、だが切なそうな複雑な表情を見せた後 恭しく頭を垂れ、退出した。
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その日から少しずつ二人の関係が変わりはじめた。
「我ながら、現金な奴だ・・・・・・・」 月夜の中、独りごちた。
今も眼を閉じれば、はっきりと思い出す。
水に濡れ、白い衣がはりついた細い肢体。
湯で紅く上気した滑らかな肌。
湯から上がり、外気に晒されピンと尖った胸の先。
自分を翻弄した妖艶な微笑みと、対照的な切なげな潤んだ瞳。
ふとした時に瞼の裏に映るのは、あの時の扇情的な姿ばかり。
知らずレンの身体が強ばり、血が滾る。煩悩をはらうようにレンはかぶりを振った。
あれから数ヶ月が経つというのに、なんてザマだ。今はそんな事を考えている場合ではないというのに。
だが今では彼女がいない事など考えられない。
キョーコの話す物語はとても面白く興味深い。先が全く読めない。
それに1年前は『女などろくでもない生き物は全て殺してしまえ』と思っていたはずなのに。
今は彼女がいるだけで安心する。あれほど悩まされていた不眠が彼女の物語を聞いている内に治る程に。
勿論、女全てに対して嫌悪感が無くなったわけではない。
自分を裏切った最初の王妃・ショウコは今でも憎い。あの女を思い出すだけで吐き気がする。
だがキョーコだけは違う。なぜか、そう確信できる。
「重症だな・・・。あれほど女を嫌っていたはずなのに。・・・俺は、また過ちを繰り返そうとしているのか?」
いや、キョーコは違う、あれは信じられる。・・・・何故そう思う?何の根拠がある?
思えば最初に逢った時から違った。あの娘は異端だった。
毎夜娘を抱き、翌朝には殺す。それを何の躊躇いもなく行う自分を、真っ直ぐに見つめた。
他の娘のように怯えもせず、媚もせず。ただ真っ直ぐに。・・・その眼は美しいと思った。・・・・だが、忌々しかった。
ショウコを娶り、初夜を迎えたその日。レンは裏切られた。
王位を狙う実の弟・ショウ。あの二人は愛し合っていた。自分はそれを知っていたのに。
寝所に誘ったのは彼女の方から。ショウが殺しやすいように誘導し、引き止める為。
気付いた時には数人の黒衣を纏った者に囲まれ、弓と刃を向けられていた。
(・・・・・自分はなんと愚かなんだろう。何故、この女を娶ってしまったのか。
俺は知っていた筈だ、弟が王位を狙っている事も。この女が怪しい動きを見せていた事も・・・)
狂ったように笑いながら敵を倒した。すぐには死んでやらぬ。全ては無理でも、あの女だけは・・・殺してやる。
その内、異変を察した侍従と衛兵が乗り込み、暗殺者共に向かって矢を射掛けた。
弟共は逃げ、姿を消した。ショウコの亡骸を持って・・・。
衛兵が射掛けた矢によって、大半の暗殺者が死んだ。
だが、奴らも必死。逃げ延びるため、矢を滅茶苦茶に射て牽制した。その流れ矢が彼女の身を刺し貫いた。
哀れみの感情は浮かばなかった。自業自得だ、味方に殺されて、いっそ本望だろう。
捕らえても結局は処刑されるだけなのだから。王の命を奪う事は極刑に値する。
その日からレンは女を憎むようになり、次々と娘を娶っては殺した。命じて処刑もした。
同時に暗殺される悪夢に魘されて眠れぬようになった。
俺は一生このまま眠れぬ夜を過ごし、廃人になるのかと絶望していた。そんな時。
彼女が現れた。
『キョーコと申します、どうぞお見知りおきを。』
覚える気はない。どうせ死ぬ。
『偉大なる王よ、数日・・いえ一日でよいのです。どうかお話を聞いて頂きたいのです。』
話だと?何を企んでいる?
『いいえ、企むなど・・・。ただ眠れぬ王の為に物語を。これはわたくしの命を懸けた賭け。どうかお慈悲を・・・』
いいだろう、但し俺が即刻つまらぬと判断したら。お前を処刑する。その細い首を縊り殺してやろう。
『では少々、準備をさせていただきたく存じます。菓子と飲み物も用意させましょう。また後ほど』
ふん、どうせ翌朝には死んでいる。最後の望みを叶えてやってもいいだろう。何も出来はしない。
俺は変えられぬ。もう・・・元には戻れぬ。そう思っていたのに。
『ではお話をいたしましょう。王はどのような話がお好きですか?』
別に無い。好きに話せ。お前は明日には処刑されるのだから。
『ならばこの菓子に入ったゴマにまつわる世にも奇妙な話をいかが?』
気付けば、話に引き込まれていた。
『後をつけると、そこには巨大な岩が。何をするのかと固唾を飲んで見守っていると、盗賊は叫びました。【開け!ゴマ!!】と。
すると、驚いた事に岩が消え、中には沢山の金銀財宝が・・・・・』
続きが気になった。後をつけて見つからなかったのか?、どうなったんだ?
『夜も大分更けました。今宵はここまでにしましょう』
あれほど馬鹿にしていたのに、引き込まれ聞き入っていた。
回りを見ると、いつ食ったのか菓子のカスが散らばり、茶と酒が零れてシミを作り・・・・そして眠くなった。
あの日以来、何を食っても砂を噛んだような味しかせず、吐き出していたのに。
だが今、ゴマの入った菓子を食い茶を飲み、あまつさえ眠気を催した。信じられなかった。
翌朝、いつのまにやら眠ってしまっていた俺は安らかな気分で目が覚め、あの女に会った。
『お目覚めですか?では朝餉を用意させましょう。昨日の続きはまた今夜に。』
朝日の中、微笑むキョーコは女神のように美しかった。
いつのまにか話を聞くことを楽しみに思うようになった。
思えば、あの時から俺はキョーコに囚われていたのかもしれない・・・・。
「・・・・ていうか最初から賭けに負けてたんだよな、俺。やられた・・・。思うつぼじゃないか・・・」
でも、それでもいい。彼女だけは傍にいてくれる。裏切らないと信じられる。
だが、彼女は何故そこまでして、自分に尽くしてくれるのだろう?
「前に聞いた時は笑って誤魔化されたし・・・。というより俺の方が余裕無かったし・・」
今は以前のように政務を執り行えるようになり、安心して眠る事も出来る。
毎夜、キョーコが聞かせてくれる話はとても面白い。
主人公は富める者、貧しき者、子供や王、盗賊など実に様々だが、どれも人間味にあふれて魅力的だ。
そうして思い返して気付いた。一つの事実に。
--------すべての物語には言葉が込められている-----------
「ちょっと、待て。なんで今まで気付かなかったんだ・・・・。なんて愚かな・・・・。馬鹿だ、俺は・・・!!」
時には教え、導かれ
『民とは何か、どういう生活をしているのか』
時には叱咤されて・・
『王とは何か、責務を果たせ』
そして・・・・
『他の者すべてが敵に回ってもわたくしだけは、お傍におります』
ずっと想ってくれていたのだ。自分は散々酷い事も行った。彼女を蔑んで責めもした。それでも。
どうしようもなく想いが溢れ、自然、涙を流していた。
「俺は・・何て事を・・・・。キョーコ、お前を・・お前を愛している・・・。今度こそ、俺は・・・!」
だが、愛してるからこそ手放すべきかもしれない。彼女を巻き込むわけにはいかない。
レンは先ほど密偵から受けた報告を思い出していた。
レンはキョーコの父であり、先代の王からの重臣であるサワラを呼び出した。
「王よ、このような夜更けにいかがなされた?あと半刻もすればわが娘が・・・・」
知っている。だから、その前に伝えねば・・・
「先ほど、密偵から報告を受けた。」
その言葉を聞いた瞬間、サワラの顔つきが険しくなった。
「遂にショウ殿下が動かれますか・・・。軍の数は?」
「圧倒的・・とまではいかぬが、迫る勢いだそうだ。内部で誰かが手を貸している。
でなければ、アレを支援する一派だけではここまで集まらぬ。・・余の命運もこれまでかもしれんな。」
「なんという・・・。そのように弱気なことをおっしゃいますな。娘は・・キョーコはどうするのです?」
「その為にお前を呼んだのだ。・・明朝、キョーコを連れて逃げよ。無論、護衛は付ける。
アレの準備が整うまで、あと3日はかかるだろう。その間に離宮へ行き身を隠せ」
「・・娘は納得しないでしょう。あれは王を支えるのだと決死の覚悟で嫁いだのです」
「知っている。だからこそ、わざわざお前を呼んだのだ。何としても説得しろ」
「しかしですなぁ・・・。あれもほとほと強情ですし・・・・王のご命令に従って無理矢理連れていっても・・・
おそらく根性で這ってでも王宮に戻ってくるでしょう。そういう娘です。第一ワシは娘に嫌われたく(呪われたく)ない」
「・・・・っっそういう問題じゃないだろう!!命の危険が迫っているんだぞ?!」
「そんなもん、貴方様に嫁いだ時点でとっくに覚悟しとります。ワシが猛反対したところで、あれは諦めませぬ。
もう茨の道をまっしぐら!・・・・・・王よ、貴方はあの子をどう思われていらっしゃるので?」
そんなこと見ればわかるだろうに・・・わかってて聞くくせに・・・・・・この、狸ジジイめ!
「・・誰よりも愛している。キョーコがいたからこそ余は今日まで生きてこられた。
彼女がいなければ余はとうの昔に廃人となり、命を絶っていただろう・・・。
だからこそ、彼女を失うわけにはいかぬ。もし失えば・・余は耐えられぬ」
「ふむ・・・ま、及第点というところですかな。よく言えば、繊細。悪くいえば只のへたれの貴方にしては上出来です。
王よ・・今の言葉、あの子に伝えたことは?」
「・・・・・・。キョーコが想ってくれているのは知っている。信じてもいる。だがその想いは余自身ではなく
王に対する想いなのではないか?大臣の娘として、臣として妃として王を支える。ただ、その義務感だけで。
余を・・俺自身を愛しているわけではないのかもしれない・・・・」
そういうとサワラはハァ〜〜っっと長い溜息を吐いた後、「やっぱへたれだ・・・」と呟いた。
少し時を遡って、レンが独り物思いに耽っていた頃。
キョーコは街に出てネタ探しをしていた。
「今夜はどうしよっかな〜〜。私自身が伝えたい言葉を込めた話は大体話したし。もうあんまりストック無いのよね・・」
・・・・そろそろ王も意味に気付くころだろう。あの方は決して暗愚ではない。
絶対にわかるはず。そう信じていたからこそ、賭けに出たのだ。
今はすっかり元通り・・とまではいかないが、前と比べたら穏やかになったと思う。
「最初はほんと命がけだったもんねぇ〜。我ながら良く処刑もされず、生き残ったもんだわ・・・」
しみじみとそう思う。そうして思い出す。あの日、自ら王に嫁ぐと父に進言したときを。
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『なんでまた・・・。わざわざ王なんかに嫁ぐ必要は無いだろう?何を考えている?!』
今だからこそ、あの方を支えねば!本来の王はとても慈悲深く
優れた統治能力をもっていると聞いています。
『それは前までの王ならばこそだ。今のあの方は憎しみと怒りに囚われ何も見えなくなっている。
いくらお前が聡明でも、女というだけで処刑されるだろう。』
ですが、他の娘が嫁いでも罪の無い命がただ失われるだけです。
私に策がございます。・・・どうか、お許しを。嫁がせてください、お父様。
『何故そこまで・・・・・。いくらワシでも後宮内では力が及ばぬ。命の保障は出来ん。・・・ワシはお前を失いたくはない!』
ご心配なさらないで。策があると申しましたでしょう?・・・それに万一私が殺されたという事は
即ち、天命が無かったということ。私が王妃となる器でなかっただけ。
『馬鹿な・・・!お前ほど優れた娘はおらぬ。考えなおせ、何故そこまで王にこだわる?』
・・・・幼き日に一度だけ、お会いしたことがあります。あの方はとてもお優しくて・・・・・・。ただ悲しいのです。
あんなにも変わってしまわれた。例え女として愛されずとも、支えてあげたい。
それが、私の望みなのです。どうか、お許しを・・・お父様。
『・・・どうせ止めても行くんだろう。そこまで言うくらいだ、勝算はあるんだろうな?』
もちろん!決してお父様を悲しませたりはいたしません。私がどれほど執念深いかは、よく御存知でしょう?
『・・・・・・・・そ、うだな。だがくれぐれも気をつけるのだぞ。・・・特に王と接するときは・・・そのイロイロと注意しろ。』
???お父様?どうしてお顔が赤くなってくんです?
『え〜〜〜〜っと、そのぅ王は体格がいいし、今は少しやつれておられるが・・・その・・・
精力絶倫で有名というか・・・なんというかゴニョゴニョ』
・・・・・・今のお言葉は、聞かなかったことにしますっ!/////
・・・・思い出さなきゃよかった。
気を取り直して、キョーコは話のネタ探しに没頭することにした。
しばらくぼ〜っとしながら市を見ていると視界に見覚えのあるマントが写った。
咄嗟に追いかけて声をかけると、その人は振り向いてニコリと微笑んだ。
「久しいな、キョーコ姫。元気そうでなによりだ。今も王に夜話を聞かせているのか?」
「はい、ローリィ様。あの時、貴方に教えていただかなければ、私はとうに処刑されていたでしょう。」
この一見、胡散臭い派手な老人は街でも有名な語り部だ。
彼が話す物語は聞く者すべてを、その中に引き込んでしまう。
ただ彼は町だけでなく国中を転々とし、旅しているので滅多につかまらない。
王に謁見した最初の日、私はすぐに王宮を出て彼を探した。彼が街にいると聞いたからだ。
実際、賭けとは彼を探し出せるかどうか・・・そこに全てがかかっていた。
勿論、彼がいなくとも実行する気だった。だが、彼に教えを請えば成功する確率はぐんと上がる。
これは私の命がかかっている・・・・・そして勝ったのだ。彼を見つけた。
『王に夜話をお聞かせしたいのですが、今のままでは彼は聞いてはくれないでしょう。
どうか、貴方のお力をお借りしたい。人々の関心を惹く物語をどうすれば作れるのか・・・教えてください!』
最初、彼は戸惑っていた・・。当然だろう、いきなり突拍子もないことを言われたのだから。
だが、事情を説明すると彼はいたずらっ子のように眼を輝かせて大笑いした。
『なんとまぁ・・・胆が据わった姫だ。気に入った!いいだろう、私で良ければ喜んで協力しよう!
それで、具体的にどういった話をするのか・・・内容は決まっているのかね?』
『大体の大筋は・・・ですが、自信が無くて・・・・』 『ふむ・・では話してみなさい。』
私は自分が作った物語を聞かせ、彼は真剣な顔をして聞き、話終わると足りない未熟な部分を指摘した。
『話としてはなかなか面白い、だがちと物足りんな。盗賊が荷駄に隠れて逃げる、これでは安直すぎる。
よいか?物語はあくまでも創作だ、多少、幻想的なことも織り交ぜなければならぬ。
現実ではありえない事も物語の中では必要だ。やたらと入れればいいというわけでも無いがな。
一番、大事なのは聞き手が気になる部分で話を切る事。続きが聞きたい!と言わせるように仕向ける。
その見極めが肝心だ。話が短くても、長くなってもいかん。では、姫よ。少し変えようか・・・・・』
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「あの時、貴方に会えたからこそ、上手くいったのです。本当に感謝しております」
「いやいや、私も楽しかったぞ。良い刺激にもなったしな。それで?・・今も悩んでいるのではないか?」
「・・・ローリィ様には敵いませんね。ちょっと煮詰まってて・・・」 「それだけではないだろう?愚痴ならいくらでも聞くぞ」
「・・・・・・本当にお見通しなんですね。これは自業自得なんです。私は最初にわかっていた筈だったのに・・。
王に、あの方に恋しました。だけど、あの方は最初の王妃様に囚われているんです。今も根本的に女性を信じてはおられない。
今では前のようにお優しい、穏やかな方になられた。でも時折、遠くを見つめておられます・・・・
私はただ一時のお慰めするだけ。私の気持ちを伝えそうになったこともあります。でも言ってはいけないんです・・・」
あの沐浴の日、私は自分が怖かった。王に触れるたびに抑えきれなくて、箍が外れそうで、苦しかった・・・。
だから慰めはしたが、距離をとり、王の手を拒んだ。・・・・世話をしなくていいと言われ、心底ホッとした。
・・・同時に寂しくもあった。 私はなんて愚かだろうか、愛されずともいい、支えると言ったくせに・・・・。
私はなんて醜いのだろうか・・・・・
ローリィ様に散々愚痴ったら、なんだかスッキリした。
今夜の話もなんとかなりそうだ。今日は少し面白い話にしよう。
回廊を歩いて居室に行くと物思いに耽ってぼうっとしている王がいた。
月明かりが影を作って、王の美貌が引き立っている。だが、心なしか顔色が良くない。
(なんだか、ここ数日、考えこんでるのよね・・・何かあったのかしら?)
「王よ・・・いかがなさいましたか?お加減が悪いようなら、休まれた方が・・・・」
「ああ・・・・キョーコか。いや、待っていたんだ。今夜はどんな話を聞かせてくれるのかな?」
「最近、王がお元気でないように思います。何か、あったのですか?」
「お前の話を聞き終わったら話すよ。さぁ・・・聞かせてくれ、物語を」
「では・・・王の憂いが少しでも無くなるように。今宵は楽しい話にいたしましょう」
〜〜〜〜中略〜〜〜〜
話を聞き終わっても、彼はずっと考え込んでいる。面白くなかっただろうか?
いや、そんなことはないはず・・・よく笑っていたし・・・本当に何があったのだろう?
「今宵の話はお気に召しませんでしたか?」
「いや、そういうわけではないよ。お前は俺にはもったいないくらいの妃だと考えていたんだ」
??何故、今そんなことをいうのだろう?
「お前は今まで話の中に言葉や意味を込めて教えてくれていたんだろう?ようやく気付いたんだ。
俺が知らない民の暮らしや、人として王として何が必要なのか教えてくれていた。違うか?
それに話をしながら時折、俺ならどうするのか?と問いかけて確かめて・・・その場で物語を修正し
俺が望むだろう、だが良い意味で予想を裏切る結末を作った。・・・・・・お前はなんと聡明な女だろうか」
「その・・・。ご無礼だとは承知しておりましたが、それでもお伝えしたくて・・・」
「咎めているわけではない。むしろ感謝しているんだ。お前がいたからこそ俺は生きていられた。
お前があの日、現れなければ俺はとうに廃人になっていた。例え、お前が王を支えねばという義務感からだったとしても・・・
・・・・話を戻そうか、ショウがいよいよ攻めてくる・・・」
どおりで暗いと思った・・・このまま、おとなしく引き下がるとは、思っていなかったけれど・・・・いい加減しつこいのよバカ男!
「だからキョーコ、お前はサワラと共に離宮に避難しろ。護衛も付ける。今日まで、よく仕えてくれた・・・」
そんな・・・貴方から離れるなんて・・今更・・・・そんなの 嫌 だ!
私は大声で叫んでいた。
「なぜ、そんな事をおっしゃるのです?!わたくしは最後まで、お傍におります!」
「頼む、わかってくれ。お前を巻き込みたくはないんだ。アレの軍は数を増している。
おそらくは俺に娘を殺された貴族が力を貸しているのだろう・・・。これは俺自身が招いたことでもある。」
「ならば、尚更お傍を離れるわけにはいきません!それに・・・ショウ殿下が王位に執着していたのは、周知の事実。
決して貴方のせいではありません!・・・・それとも、やはり・・・・・ショウコ妃が忘れられませんか・・・・?」
(やっぱり・・・私では・・・駄目なのですか?裏切られても、ずっと貴方は想い続けるのですか?・・・)
「違う!!そうではない!ただ・・お前を巻き込みたくないのだ。それにショウはあの女の遺体を
薬を使って腐らないようにし、【勝利の女神】だと・・崇めさせ、兵の士気を高めているらしい。
まったく・・・死んだあとも忌々しい女だ。ここにいれば、否応なしに巻き込まれる。俺は・・・・お前を失いたくないだけだ!」
「今のお言葉は誠ですか?わたくしを・・・失いたくないと?」
(お前が義務感でいるのだとしても・・・俺は・・)
「俺は、お前を愛している。誰よりも大切だ。お前が王を支えるのだと、義務としていたとしても・・・」
レンの言葉を聞いた瞬間、キョーコの脳裏に別れる間際のローリィの言葉が過ぎった。
『ふむ・・・。姫よ、おそらくは姫の思い違いだと思うぞ。そなた自身の気持ち、王に伝えるべきだと思うがな』
(ローリィ様。貴方の言うとおりでした。私の気持ち、今こそお伝えしなければ・・・・!)
「ならば・・お傍を離れませぬ。ずっとお傍に・・・・」
「何故だ?何故そこまでして尽くす?!ここにいれば、お前の命も危険に晒されるのだぞ?!」
「あの時と同じようにお聞きになる・・・。何故かわかりませんか?」
キョーコの言葉で沐浴での出来事を思い出し、レンの顔が朱に染まった。
反対にキョーコはあの時のように妖艶に微笑みながらレンに近付き、そっと両手で頬を包んだ。
「あの日、俺の手を拒んだのに・・・なぜ、今になって触れる?」
「わたくしは怖かったのです。貴方に触れられれば最後抑えきれなくなりそうで・・・」
レンは目を見開き、驚きはしたものの声には出さずキョーコの声に耳を傾けた。
「あの時、貴方はまだわたくしを信用してはいなかった。まだショウコ様を憎んで・・女を憎んでいらした。
だけれど、わたくしは貴方に触れるたび、気持ちを伝えそうになった。叫びそうになった。
だから、避けたのです。貴方に触れられたら、抑えきれないと・・・思ったから」
『ショウコ妃のことなど忘れて!私だけを愛して!』いつも思っていた、叫びたかった。
レンはキョーコの独白を聞いて顔が緩むのを押さえながら聞いた。
我ながら意地が悪いとは思うが、散々悩んだのだ、これぐらいかまわないだろう。
「では、今も抑えたいと思うか?聞いてやってもいいぞ。・・・俺は慈悲深いからな」
フフンとしたレンの顔にキョーコは思わず噴出した。やっと、やっと言える。
「わたくしもずっと、ずーっと前からお慕いしておりました。愛しき・・・我が君。」
「やっと聞けた。もう我慢はせぬ。お前は・・・・とても美しい」
二人の顔が近付く。
レンはキョーコの唇を激しく貪った。