<初めての『証だて』篇>
「さぁ、自分で脱げ」
王は意地悪そうに笑った。
胸元をかき合わせたシェヘラザードが泣きそうに唇をかみしめる。
「神の名の下の誓約だ、証はされねばならない」
残酷な厳しい物言いに、少女は観念した。
*****
一枚、一枚と床にすべりおとし、少女は着ているものを全て脱いだ。
男性の目に触れさせた事のない肌が桜色に上気する。
かたちのよい、小ぶりの乳房。白く夜に浮かぶ滑らかな肌。
王の目が情欲にぬめって自分の裸体にからみつくのを、気が遠くなるような思いで彼女は耐えた。
上目遣いにおそるおそる王を伺うと、赤い唇をゆがめて笑っている。
「もう…よろしいでしょうか…?」
少女が言うと、彼は一層愉しそうに目を眇めた。
「なにがだ」
「証は…成ったと…」
「…馬鹿を言え」
王の生々しい声音に、はっと顔をあげる。
王はいつのまにか、目の前に立っていた。
軽々と抱き上げられ、褥に運ばれ、放り投げられる。
はずみで大きく開いてしまった脚に、慌てて少女は起き上がった。
「閉じるな」
怖い声の命令。
「つきのもののあかしは、そこを確かめねば成らぬではないか」
含み笑い。
シェヘラザードは青ざめた。
「安心しろ、犯しはしない。賭けだからな… しかし」
「…この中に、月の物をかくす手立てが講じられていないかは確かめねばならぬ」
王の手が、少女の足首を掴み、折りたたむように掬い上げた。
悲鳴。
一番恥ずかしいところを、一番いまいとおしいと思っているひとに。
(-------------!!)
王の指がそこを探る。少女は全身に火がつくかのような羞恥に燃えた。
確かめるのは口実だということを隠しもしない王の淫らな指は、
シェヘラザードの未成熟な突起をゆっくりと撫で、いたぶった。
はじめての感覚、そこをさわられることで、そんな感触を味わうとは全く知らない少女の…恐慌。
王は、息を荒くして、少女を押さえ込み、焦らず飽かず同じ場所を弄び続けた。
愉しい。花嫁にして、すぐに犯してしまうよりも愉しい遊びに思えた。
「…おや、どうしたことだろう……」
意地悪な、笑い声。
「俺の指が…濡れてしまった」
見詰め合う。
シェヘラザードには王が何を言っているのか、わからない。
「…しらないのか……」
王は、少女の無垢に驚き、しばし感動するような思いにとらわれた。
そのまま、どうしてこれほど、と思うような、残酷な気分になる。
指を這わせ、淫猥な音をひびかせると、王は少女の耳に口をつけて囁いた。
「聞け…このいやらしい音を。教えてやろう、女は男を欲するとここをこのように濡らすのだ。
おまえの体はいま、俺を求めてくちをひらきはじめている………妻でもないくせに」
触れられた部分から痺れるような官能と、自分の体の変化、
王の蔑みに満ちた視線と声音が少女を深く傷つけた。
かぶさってくる王の胸に手をつっぱり、弱々しくおしのけようと首を振る。
「ちがいます…そんなみだらな」
…ではこの体はなんとする。せつなそうに乱れるその息はなんだ。
なぜそんないやらしい顔をして俺を見る。思い出せ…
俺に抱かれたあの夜の花嫁とおまえのいまの痴態はどこが違う。
(浅ましい、おんなめ………)
(おやめください----------------------)
少女は噎び泣いた。かなしくて、苦しくて。
王はかまわずシェヘラザードを弄び続ける。
大きく開かされた白い脚が、淫靡に跳ねた。
こんなはずではなかった。花嫁でもないのに、こんなふうに。
王の指がぐるりと、そこをなぞるように蠢いた。
ゆっくりと、押し入ってくる異物感。
シェヘラザードはびくりと腰をひき、かすれた声をあげ、
わずかに染みる痛みに顔をしかめた。
はじめて、他人の手でそんなところを触られる異常事態。
王の指が、からだのなかで。
王は、自分の目が火を噴きそうなくらいに熱くなっているのを感じた。
たまらない。
( あ… -----あっ )
さらにゆっくりと、出し入れが繰り返される。
別のところに触れられていたときほど強い刺激ではないが、
それが指を男根に見立てた、まぐわいを模した行為であることに気付き
シェヘラザードを恐慌に陥れた。
王は愉しそうに含み笑いをもらした。
「……どうした、 ん…-------」
( そんなに締めるな……… )
おまえのここは…………
とても、使い勝手がよさそうだ。
…とても-----------。
悪魔のように、残酷に美しく笑う王。こんな際でも、王をこんなにも。
少女の心臓がやぶれそうに痛んだ。
いやだ…。 いやだ、こんなのは嫌だ…。
涙に濡れた目で唇を引き結ぶと、シェヘラザードは力を振り絞って足をひき、
思い切り王の肩を蹴りつけた。
シェヘラザードをいたぶるのに夢中でふいをつかれた王が、
思わず体を浮かせて褥に手をつき、少女の体から手を離す。
少女はその隙をついて王の下から這い出し、
肩で息をしながら強い目で王を睨んだ。
「証は…っ、もう、なされていますっ…」
涙がこぼれる。少女は震えながら脱いだ衣をかき寄せ、胸に抱き、
ほぼ全裸のそのまま、くるりと踵をかえし駆け出した。
王は、あっけにとられて逃げ去る少女を見た。
(逃げた…)
王である自分に蹴りをくれて。
快感にむせんでいたはずの女が。それをふりきって。
( あなた…… )
かつての正妃と、妃たちの乱交。
下男をひきいれ、痴態の限りを繰り広げていた肉欲の女たち。
気付けば血みどろの肉片の中、ひとり立ち尽くしていた。
その後の2999人の花嫁も似たようなものだった。
処女であっても己に抱かれて喘ぎを覚えれば、そのうちに体は解ける。
体が解ければ、心も解ける。
女などみなそんなものだ。
だから殺した。殺し続けた。
………なのに。
快感から逃げた。あんなちっぽけな少女が。
王は知らず、唇を引き結んで、シェヘラザードの消えた方角を見つめた。
心の中の衝撃の理由は、彼にはわからない。
<シェヘラ プチ脱走篇>
召されて、幾つかの夜を経た。
証立ての際の王の執拗さは夜を追うごとに酷くなり、少女を苛んだ。
ただ、その残酷な遊戯のあいだ、時折王の目がひどく真剣に少女を見つめる瞬間がある。
シェヘラザードはそれに気付かない。
自らの淫蕩を責められ、嘲笑されて、最後は放り出されて、寝入る王の褥から抜け出し…
自らにあてがわれた居室へと戻る。
夜伽の物語など、ひとことも話してはいない。
こんなはずではなかった…でも。
だとしたら、どんなはずだったというのだろう?
私はあの人に、何をしたくて…
お会いして、ただ、お会いしたくて。
心を込めてお仕えして………そして。
あの人の、どこか歪に凍り付いてしまったような心を、お慰めする事が出来ればと。
浅はかだったのかもしれない…。
シェヘラザードは、しんとして思う。
女の体を持つ以上、あの人に赦される事はないのかもしれない。
ことにいま、この瞬間も、王の手の感触を忘れかねて身を滾らせている自分には。
シェヘラザードは、甘い息をついて、体を起こした。
ここからでは、王の褥に…近すぎる。
夜伽の語り部という名目で召されたとはいえ、周囲にとってシェヘラザードは
その出自の確かさからも、容貌、ふるまい、全てにおいて申し分のない、事実上の妃であった。
何よりも、王の褥に召されて、二日目の朝を迎えた娘ははじめの王妃以来で、
婚礼の次の日、少女が王にともなわれ姿をあらわして以降、
王宮にはひそかに驚愕と、歓迎と、これで国中が落ち着くという家臣一同、
召使から老人たちに至るまでの安堵とが席巻した。
…勿論かれらは王と少女がかわしているひそやかな賭けには気付いていない。
居室は王の部屋とつづきの、王妃の部屋として設えた処をあてがわれており、
王の呼び声にはすぐに対応できるよう、いつも側近くいられるよう、準備されている。
だから…夜は困った。
シェヘラザードは、そっと部屋を抜け出した。
降るような星空が美しかった。
庭園に降り、絹擦れの音もしとやかに夜の中を歩く。
周囲を砂漠に覆われた中、贅沢にしつらえられた木々の間を抜け、瀟洒な東屋に滑り込むと、
彼女はようやく落ち着いたようにため息をもらした。
そっと、周囲をたしかめるように小さな頭をめぐらせて、誰もいないことを確認する。
美麗なモザイクの施された柱にもたれかかると、彼女は自らの裾を遠慮がちに引き上げて、
恥じらいながら、ふるえる指でおのれをまさぐった。
こんなことを覚えてしまったのも、ここに来てからだった。
王が触れた指の動きをなぞり、滾ってしまった体を慰める。
今日はこんなふうに…こうして………そして。
たわいない少女の体には、すぐに待ち焦がれていた絶頂がやってくる。
(シャーリアールさま………)
声にならない呼び声。決して呼ばわってはならない名前。
少女は、終わりにはいつも泣いてしまった。
罪悪感と、恥ずかしさ、自分に頼むところのなさがなさけなくて…消え入ってしまいたかった。
こんなところを王が見たら、何と言っていじめられるだろう。
快感の果てがあることなんて、それだって知らなかったのに。
(帰りたい……)
ふとはじめて、シェヘラザードの中にその思いが湧いてきた。
(おとうさま、おかあさま……)
シェヘラザードはまだ本当に少女だった。
男女の睦事など何も知らない乙女のまま、恋にその身をさらして…。
王の玩びものになるにはあまりにも無垢なまま。
ふらり、と東屋を出る。足が向いたのは、あてがわれた王妃の部屋とは反対の方角だった。
そのままいけばどこに出る…という意識もなく…
ただ、今この時だけは、王の元に戻る事は出来ない心境だった。
どれくらい歩いただろう…シェヘラザードの眼前に、赤く燃えるほのおの影がゆらめいた。
(……あ )
厳しい声で誰何する、門番のすがた。
いつのまにか、後宮の門まで歩いたらしい。
門番たちは、一目見て高貴な婦人であるところのシェヘラザードの姿を見て、その場に平伏した。
同時に、後宮の住人がこんなところまで出てくる異常事態に緊張をしている。
彼らは、外からの侵入者を阻む役目もさりながら、
特には女奴隷などの内からの逃亡者にも備えている者たちだった。
互いに見交わし、そっと立ち上がる。
「ただならぬお人とお見うけいたします、このような刻限にこのような場所に何故」
屈強な兵士に行く手をさえぎられて、シェヘラザードは震えた。
すがるように、兵士たちを見上げ、涙に溜めた目で哀願する。
「………ここから…出してくださいませんか…………」
兵士たちに動揺が走る。
「……おねがいします……ここから…かえして……」
ぽろぽろと涙がこぼれる。
ただならぬ美形に、ただならぬ物腰、貴族の娘ならもっと居丈高なものを、
たよりなくしなだれかかるような弱々しいようすに、みな心を衝かれたように固まる。
…と同時に、いまこの後宮に、こうした存在として住まう貴婦人がただ一人しかいないことに、
隊長とおぼしき年配の男が気付いた。
思わず青ざめる。
「…し、 --------シェヘラザード…さま?」
ぴくん、と少女がふるえた。
兵士たちがぎょっと隊長をふりかえる。
「……い、いけません、すぐに、すぐにお戻りを 」
慌てた様子で兵士たちが右往左往をはじめた。
「王にこのことが伝わりましたら御身が無事ではすまされません、どうかお戻りを」
シェヘラザードは、悲しそうに兵士たちをみつめる。
隊長は許しを請うように言った。
「貴女様が我々のまえにお出ましになったと知れた時、そのお姿を見た我々も無事ではおられません、
どうか、どうかお慈悲を…」
シェヘラザードは隊長の言葉にはっと自分を取り戻した。
自分は、なにを…と、そっと周りを見渡す。
熱に浮かされたように、出てきてしまった…。
さっと青ざめる。
「…既に、無事ではおられぬが 」
背後の闇から、嗤いを含んだ声がひびいた。
兵士たちはそちらを見、口をあき、あるものは悲鳴をあげ、あるものはあわあわと口をわななかせ、
再びばたばたと平伏した。今度は地に額を擦り付けるように、顔を上げるものはひとりもいなかった。
振り返ったシェヘラザードに、腕を組んで立つ王の美丈夫な姿がうつる。
(いつから……どうして……---------)
わっとおしよせる思いに、めまいがした。
王は静かに歩み寄ってくると、手近にいた兵士のひとりをいつのまに抜いたかわからない大刀で
一刀の元、切り捨てた。
兵士たちのあいだに恐慌が沸き起こる。
シェヘラザードは悲鳴を飲み込んだ。
王はシェヘラザードの前に立ち、悪魔のような目で覗き込み、片頬をあげて嘲笑った。
それで、王はぜんぶを知っている、ということが少女に知れた。
さいしょから、ぜんぶ。
それにしても、嗤いをはりつけたような美貌の奥、目の奥の奥に、
すさまじい不快と怒りが渦巻いているように見えるのが怖かった。
「おまえのせいだぞ…?」
王はいっそやさしく見えるような仕草で手を伸ばすと、
指についた兵士の血を、シェヘラザードの頬に、そっと擦り付けた。
王が、踵を返して兵士たちに向き直る。
赦しを乞う声、震える…。
明確な殺戮の意思に、シェヘラザードは一瞬からだを震わせて…力を振り絞って駆け寄り、王に抱きついた。
目の端に、はじめてみる人の死骸…さっきまで生きて動いていた人の、血溜まりのなかにくずおれた…死骸。
吐いてしまいそうだった。
「いけません、わたくしがわるうございました、王、お慈悲を…っ」
必死に押しとどめようとしがみつくのに、王がゆっくりと肩越しにふりかえる。
「いかにも、悪いのはおまえだ。この者たちの咎はおまえが成さしめた」
冷酷なひとみ、残酷な王者の傲慢。泣きそうになった。
「はい、ですから、どうぞ咎はわたくしに…わたくしだけの身に。なんでもいたします、
どのようなことでもいたします、ですから……どうか彼らを…ころさないで………!」
王は、かすかに唇を尖らせた。
折角の殺戮の機会を邪魔されたことを不興がるようにも、
何のゆかりもない兵士たちの命乞いを身を挺して行う娘を面白がるようにも。
「…なんでも、どのようなことでも……?」
本当に?
「はい…、はい、 ですから、どうか……どうか」
必死にしがみつく少女の非力さ。
ふと思いついた残酷なお仕置きに、血に飢えた高ぶりがスライドしていくような感覚を覚えた。
「わかった……ではおまえにおまえ自身の罪と、彼らの罪を合わせて贖わせよう。」
ほっと力を抜いた少女の目が、緊張からほどけるのを見て、
その顎を掴みあげる。
「…安心するのは……まだ早いぞ……?」
鮮やかな微笑と酷薄な声音に、シェヘラザードだけでなく、兵士たちの血の気もひいた。
身を挺して、自分たちを守ろうという王妃に、残酷な刑罰が与えられる、と思うと、
隊長の心が激しく痛み、彼は思わず立ち上がり、震える声で王をよばわった。
胡乱そうに王が振り返る。
「お恐れながら、我々の罪はお妃さまのお姿をまのあたりにしたことと存じます……」
隊長は、ふるえながら必死の形相でいいつのった。
「その通りだ、余の妃は、そなたら下賎の輩が目にして良いものではない」
王が鷹揚に頷く。
「…ですから、それは、わたくしが…っ」
シェヘラザードは悲しく叫んだ。
「であれば」
初老の隊長は、手にした短刀で、言葉と同時に自分の両目を抉り取った。
血がしぶく。シェヘラザードの悲鳴。王はわずかに目を細めただけだった。
「…数ならぬ身のものではございますが、私のこの両目にかけて、
お妃さまのお罪を少しくはご容赦を…何卒」
切れ切れに言って、うめきをもらし、その場にうずくまる。
周囲の兵士が隊長をかばうように這いよった。
シェヘラザードが泣き出す。
王は、少女をひょいと抱え上げ、兵士たちに一瞥を加えると、興味を失ったように背を向けた。
(ごめんなさい…ごめんなさい--------------)
夜の中、少女の嗚咽だけがいつまでも、響いた。
<王様自覚篇>
しばらくのあいだ、何も特別な事は起こらなかった。
シェヘラザードの逃亡未遂については、周囲には伏せられたまま。
少女は部屋から出ることを許されない外は、それまでと同じ生活を過ごしていた。
自分のせいで命を落とした兵士と、
自分のために目を抉り取ってしまった兵士と、
その人たちへの後悔と懺悔で彼女はめっきりと面窶れし、悄然と打ち沈んでいる。
ほとんど、王がシェヘラザードへの仕置きを忘れてしまったのではないかと、
ようよう少女がいぶかしく感じはじめた、その夜……----------。
まるでその時を待っていたかのように、王は特別な声でシェヘラザードを呼ばわった。
少女はおそるおそる、王の前に額づいた。
王の手のなかには、美麗な細工を施した小箱が握られている。
「……細工をさせるのに手間取った」
彼は愉しそうに言った。
小箱のふたを開ける。
首をかしげる少女に向かって、王は足を出せ、と命令した。
つと差し出した足を乱暴にひきよせて、足首に何かを嵌められる。
見てみると、それは金と銀で作った小さな鈴を連ねた足環であった。
光に当たって虹色にきらめく乳白色の宝石を、ひとつひとつの鈴に埋め込んだ細工も見事で、
その輝きは、これひとつで小さな国が買えてしまうのではないかというほどの存在感を漂わせていた。
シェヘラザードが身動きすると、ちりちり、シャラシャラと綺麗な音が響く。
王は、満足そうにうなづいた。
「…これは……?」
「……夜中に抜け出して、東屋などに行けない様にするためだ」
ぎくり、と体がこわばる。王からあの夜の出来事にふれられたのは、はじめてだった。
「まぁ…見ものではあったがな」
含み笑う声。
やっぱり、見られていたのだ、と思うと、胸が痛んで消えたくなった。
王はその少女のようすを舐める様に眺める。
あの日、あの夜、そっと自室を抜け出す少女に気付いて、思わず後を追った。
星空の下をゆっくりと悩ましげに歩く美しい少女に、
まるで少年のように胸を高鳴らせてしまったことを、彼は己に恥じている。
東屋にすべりこんで…躊躇いがちに裾から手を差し込んで。
めくれあがった布からのぞく白い足が死ぬほど淫らだった。
上気した頬に、わずかに開いた唇から漏れる喘ぎ、うっすらと閉じた目の潤みの妖しさ。
一歩も動けず、少女が果てるのを食い入るように見つめた。
いつのまにか自身が熱く猛っているのにも気付かずに。
自分に玩ばれている時は、あんなふうな顔はしない。
ただ、きつく目を閉じ、快感に流されまいと歯をくいしばるいたいたしさが王の嗜虐心を煽るだけ煽って。
あんなふうに、見も世もなく官能に流されてしまったような美しくて淫らな顔はしない。
気付くと、歯を食いしばっていた。
終わった後に、しくしくと泣くのすら、彼の胸を軋ませた。
こいつは気付いているのだろうか、自分がどれほどの色香を振りまいて歩いているかを。
あんな、薄物一枚の姿で、兵士たちの前に出て行くなど。
うしろから抱きつく少女の柔らかさに心が一瞬奪われなければ、あの兵士どもなど皆殺しにしていたのに。
ふと、視線が絡み合った。
そうだ、今日はこの女に、きつい仕置きをくれてやるのだった。
びくり、と少女の体が震える。
自分の意図を理解したのだろう…と彼はうっそり笑った。
「これを入手するのにも手間取った…。 随分待たせたな」
小箱の中にこれもまた美麗な装飾を施された小瓶が数種類。
首をかしげる少女を招きよせ、腕の中に引き込む。
シェヘラザードは、かすかに震えた。
すっぽりと王の腕の中、背中に彼の広い胸を感じる。
王の小瓶を持った大きな手が、少女の前にかざされた。
「これがなにか、わかるか…?」
耳元に唇をつけて、やさしいと言っていいほどの声音で囁かれる。
体の奥がじん、と痺れるような感覚に、少女は小さく首をふった。
王はにっこりと笑って、手近に置いてあった杯をとりあげ、
なみなみと注がれたそこに小瓶の蓋をとって中の液体を2滴、3滴と滴らせた。
褐色の…どこか不穏な香りが漂う。
そのまま、王はシェヘラザードの体を背後から強く引き寄せ、仰向かせて、
おどろく少女の唇に杯の中身を注ぎ込んだ。
思わず吐きこぼし、むせる。両手で顔を覆って、苦しそうに喘ぐ。
流し込まれたものは、強い酒だった。
妙に口に残る甘さが気になった。
喉に手をあて、肩で息をしながら王を振り仰ぐと、王は立て膝に肘をついたいつもの姿で、
頬杖をついたまま、手にした杯を褥に放った。
「………安心しろ、毒ではない-----------」
何を考えているか、窺い知れない黒い目。
……どのくらい見つめあっていたのか、
シェヘラザードはふと、自分の体の奥底からわきあがるような小さなさざなみを感じて戸惑った。
それが、官能の小さなほむらだと気付いた時には、みるみるうちに膨れ上がっていく衝動に、
小さな悲鳴をあげていた。
「……………どうだ? 媚薬の味は……」
王が密かに含み笑う声。
性感という性感が、むき出しになってしまったかのように、少女の体を駆け巡る。
王の指が耳を掠めて、それだけでシェヘラザードは甘い声をあげた。
「……ど-----------」
どうして。 なぜ…。
「…………なんでも、どのようにしてもよいと、言った…」
確かに言った、でも、それで、どうしてこんなことに。
鞭打ちでも、石打ちでも、労役でも…罪を贖うには、ほかになんでも…。
「…おまえが一番こたえるのはこれだろう…?」
王は正しくシェヘラザードの心を見抜いて囁く。
「おまえは、お前の意思で、今宵おとめを捨てるのだ、無論、賭けの約束はたがえまいぞ、
俺は手を出さぬ…安心するがいい」
王は、内心の飢餓感に思わず胸を喘がせた。
強情な娘が、どこまで耐えるのか知りたかった。
この娘が、他の女と同じところに堕ちるのを切実に見たかった。
「お前の意思でおとめを捨てるのであれば神も文句は言われまい、奪われるのではなく、
妻が妻の意思で神を裏切るのだからな……」
薬で意思を奪っておいて、なんという詭弁を、と思うと我ながらおかしくなったが、
表にはおくびにも出さず…ただ僅かに苦笑が王の頬に浮かんだ。
妻が妻の意思で……何故かどこかでかすかに何かが痛んだ。
そうしておいて、居室に側付きの小姓のうち、一番に美しい年若の少年を呼び入れた。
それならば、この強情な少女も欲情に負けてこころを解くか、という算段だった。
この少女は耐えられまい、盛った薬は量をこそ加減したというものの、
大の男でも音をあげる、そういった類の拷問薬だった。
耐えられず、男をくわえこめば、俺は明朝には安心してこの娘を殺してしまえる。
妻として、良人になるべき自分の前で、如何なる理由があれ他の男をくわえこむ。
万死に値する。
王は、少女を処刑してしまいたがっている自分にふと気付いた。
何故だ…?と自問する。
女だからだ、と、応えを返す。
それならば、さっさと殺してしまえばいい。こんな娘に、これほどの辱めを与える必要はない。
そう、逃げ出したその時に切り捨ててしまえば良いだけの話だったではないか?
それを、わざわざこんな薬を使って、無理矢理に花を散らさせて…
しゃら、と、少女の足首に自分が嵌めた鈴が鳴った。
そうだ、あれは、ではなんのために?
あの娘の細い足に似合うように、熟練の細工師に命じて…白い肌に映えるよう、金銀を連ねて。
常にはない乳白色の金剛石まで探させて。どこにいてもその存在を俺が嗅ぎ取れるように、
二度と逃がさないように。なのに…なぜ。
王は混乱したまま、手にした新しい杯に口をつけた。
少女は、獣のように身内を犯す衝動とたたかっていた。
召される前、どのような生活を想像していたとしても、流石にこればかりは読みかねた。
王の、残酷にすぎる淫蕩さと………女への怒り。憎しみ。
嵌められた足首の鈴輪がしゃらしゃらと音を立てる。
小姓は、恐れ入りながらも、少女に近寄ろうとする。
少女は、情欲に潤みきって涙すらたたえているくせに、決して屈しない強い目でそれを制した。
(側に来ないで)
張りつめきった糸が切れないように。
自分の心の中の一番大事な恋。体の悲鳴がそれを裏切らないように。
シェヘラザードは泣きながら王を見つめた。奇妙に、なまめかしく、体が蠢動する。
どうして…。
あなたは、わたしに、こんなひどいことを。
王、なんてきれいな人。
残酷で、酷くて、意地悪で、なのに…。
(こんなにもお慕いしているのに)
恋に託して、恋しい人をただただ見つめて。
嵐のような肉体の衝動を、恋にすりかえて。
王は、喉がからからに渇いている自分に気付いた。
火がついてしまいそうなほど熱い目で見つめられている事が何を指すのかは知らず、
この生意気な娘が、いたいけにも媚薬のちからに逆らって、きっと酷く苛んでいるだろう情欲を
手近な男で慰めようとしないのにふと胸が熱くなるような感覚を覚えていた。
( -------------- 期待……している……のか?)
ふいにひらめくように思い至った。
自分の行動の整合性のなさ。
自分は、この少女に、今までの自分が持つ女というものの認識を覆される事を、期待して…。
だが、何故だ。何故自分は、そんな期待をこの女にかけている。
………またわからなくなった。
シェヘラザードはしかし、最後の衝動に飲み込まれそうな自分を遠くに感じはじめていた。
その波は、これほどぎりぎりまではりつめた心を大きく飲み込んでさらってしまいそうな予感があった。
それで、私が壊れるならば。
こわれるくらいなら、いっそ。
指輪の中に、もしものために、父が持たせたとっておきの薬を。
王が、はっと体をこわばらせた。
シェヘラザードが指輪をさぐり、口元にあてた…それの意味するところを察知して。
手にした杯を投げつけ、すんでのところで含ませるのをとどめる。
シェヘラザードが見も世もなく泣き崩れる。王はそのまま褥に乱暴に押し入り、
手を振って小姓を追い出した。
「しなせて、しなせてくださいまし、これ以上は耐えられません、どうか…どうか」
腕の中でシェヘラザードが身悶える。
それをなんなく押さえ込み、思わず王は唇を噛み締めた。
(こんな女が ………こんな女が )
こんな女がいるなんて。
シェヘラザードは堰がきれたように泣き叫んだ。
王への呪詛、ひどい、きらいです、さわらないで…と。腕の中でかよわくもがく。
王は身内に染みていく衝動に、きつくきつく腕の中の少女を抱きしめた。
「…… 死ぬな ------------許さん。」
この女は、肉欲に溺れるくらいならば、死ぬというのか。
なんという違いだ、なんというひたむきな、なんという…。
「……もうわかった、二度とこのような戯れ事は行うまい、賭けも守ろう。俺はおまえを犯さない」
少女の顔をくるむように大きなてのひらでつつみ、涙でぬれて熱を帯びた頬にほほをよせる。
胸が痛んだ。
これは、これが…ではこれが…。
一体、いつのまに……なにが、どうして------------。
こんなふうに、この少女を。
王は、シェヘラザードの体をおし抱いて、褥に横たえた。
そっと、その足をとり、くちづける。
シェヘラザードが甘い喘ぎをもらした。
「………この苦しみを、醒ましてやろう…それだけだ」
怯えて自分をみつめる情欲にうるんだ瞳に、安心させるようにうなづきかける。
いまの少女には、王の豹変の理由をはかる余裕はない。
気付くとなよやかにうなづいていた。
王の手が胸を揉みしだき、かぶさってくる。
首、頬、まぶた、いたるところに王の唇を感じ、きつく抱きしめられて
ゆっくりと少女の意識が遠のいた。
「安心するがいい、おとめのままだ、おまえはずっと……… 神が俺に赦すまで…」
<王様羞恥プレイ篇>
媚薬の衝撃についに我を忘れて意識をとばしてしまったあと、
自分に何が起こったか、少女は正確には覚えていない。
気がつくと、朝だった。
ぬくもりを感じて、目をあけると、シェヘラザードの眼前には、王の整った美貌があった。
すやすやと、眠っている。
自分が王の腕の中で眠っていた、と知った瞬間、少女は恐慌をきたした。
体が酷くだるい。
そっと自分の体を見分した彼女は、思わず気が遠くなった。
体中に残る愛撫の跡……。
少女は、自分はとうとう乙女ではなくなったのだと、これで命はなくなるのだと、青ざめた。
自分を抱いたのが誰なのか、王ではありえないとしたら、こうして彼の腕の中にいるのは何故なのか、
考えれば考えるほど不安になり、思わず恐怖に身じろぎしてしまう。
その体のふるえに、つられたように、王がうっすらと目覚めた。
王は寝起きの曖昧な視線で腕の中の存在をみとめた。
正面から、ふたりの目が合う。
しばし見つめ合い、王のその目が侮蔑と嘲笑に歪むのを覚悟して身を竦めた彼女に、
王はふと、花のように笑った。
心臓を射抜かれたような衝撃に、シェヘラザードは大きく目を見開いた。
はじめて見る、王の破顔。彼がこんな表情を浮かべられるなどとは、思いもよらなかった。
王は、もう一度目を閉じ、ふと眉間をしかめると、シェヘラザードの体を離し、伸びをして大儀そうに起き上がった。
逞しくひきしまった上半身をさらし、腰に布をまきつけただけのしどけない姿で、膝をたてて長い髪をかきあげる。
シェヘラザードは、恋する王のその仕草に見とれながら、そっと夜着をひきよせて、体にまきつけた。
息をひそめるように緊張しているシェヘラザードに、ようやく意識の焦点の合ったらしい王がぶっきらぼうに呟く。
「…着替える」
(………え--------------)
「あと、飲み物をもて。喉が渇いた」
雑な仕草で髪を掻く姿をしばし呆然とみつめる少女ののみこみの悪さを
咎めるようにじろりと睨んだ王が、一瞬誰にもわからないように言いようの無い色を浮かべ、
そっと目を逸らす。
「早くしろ」
「か… かしこまりました」
はじかれたように衣を身にまきつけ、少女が褥のそとに出て行く。
それを横目で見送って………王の頬がうっすらと朱に染まった。
その日以来、王と、シェヘラザードの間に流れる空気がわずかに変化した。
王の物腰からは、あれほどあからさまだった、少女を嘲り、侮るような色が影をひそめた。
「…得意の物語とやら、語ってみろ」
王はシェヘラザードに物語る事を命じるようになった。
証立ての時間が減り、夜の時間が平和に長くなる。
はじめは戸惑ったシェヘラザードも、王の褥で物語を披露し、
身を横たえて頬杖をつきながらそれに耳を傾ける王の姿と接するうちに、
苦しめられていた衝撃から解放され、少しづつ彼女らしく少女らしい心を
とりもどしはじめていた。
だから、シェヘラザードはあの夜に自分の身になにがあったか、本当のことはわからないでいる。
どうやら、乙女のまま…ではあるらしい。
夜毎に繰り返される証立てから、賭けも続けられているようだ。
王の自分へのあたりがやわらかくなった理由も、話を聞きたがるようになった理由も。
なにもかもわからない、けれど。
少女は、いま、幸せだった。
恋しい王の傍で寝起きを共にし、身の回りのお世話をし、話をし、そうするうちに少しはほんのりと、
王が笑いかけてくれることさえある、毎日。
自分がどんどん王に囚われ、惹かれて、恋が愛に深まっていくのを感じて、少女はひっそりとその胸内を熱くした。
逆に、ひそかに煩悶しているのは王だった。
自らの死と引き換えにしても貞操を守ろうとした少女の強情さに感動し、見直すような気持ちになり、
あの夜自らが盛った媚薬をさますためにその手練手管を駆使して慰めた。
少女は、それまで決して王の目には見せなかった官能に溺れる姿をさらして、王に縋った。
あれほど嫌悪と侮蔑の対象だったはずの、快楽に溺れる女の姿が、
少女に限ってはただ自分の欲望を刺激する毒薬にしかならないことに、王は驚いた。
東屋で、自慰にふける少女を見たときに抱いた怒りの…理由。
自分の手の中ではけっして潤びない忌々しい女が、いま、腕の中でおもうさま喘ぎ…よがり。
甘い声をあげてねだるのに、夢中でこたえた。
薬のせいだ。
胸に染みる不可思議な痛み。
だから、俺にすがり付いてくるだけだ。
ではやはり、この女も同じではないか。
肉欲に溺れて、好きでもない…むしろ嫌っていると言った…男にこんな。
なのに。
シャーリアールさま、と何度も自分の名を呼び、切なく眉間を歪ませて、のけぞって喘ぐこの女を。
殺せなかった。
禁を破って、抱いてしまわないように自制するのが精一杯で、
そうして自分が自制させられていることにすらとまどいながら、王は少女を慰めつづけた。
それ以来、調子が悪い。
今夜もまた、興味深い少女の物語が見事な引きで閉じられた。
どうもこの娘にはある種の芝居気のようなものがあるらしい。
続きを所望しても、また明日…と優雅に微笑むのがにくらしく、手を引いて褥に引き倒す。
証の時間…。
シェヘラザードの顔が、その時ばかりは羞恥に染まり、伏せられる。
もうとっくに、この娘の体など、ほくろの数や位置さえも全て知り尽くしているのに。
それでもこの娘は恥じらいを捨てない。
(………これほど知っていながら………)
肝心な部分は知りようが無い。
(忌々しい………)
月のものは、今日も来ていない。
少女の体内から指をひきぬくと、彼女はつめていた息を静かに吐いた。
覆ってしまった顔から目だけでちらりと王を見る。
その壮絶ななやましさに、王はいつにない飢餓感を覚え、ふと気づいた。
(そうか………)
随分、していない。
シェヘラザードを迎えてから、少女を甚振るのが楽しくて、
自分の処理が間遠になっていたことに、彼はようやく気がついた。
彼には、彼のための美しい女奴隷が幾人も用意されている。
妃ではないため、それらの奴隷は契りのたびに殺される事はなく、
あてがわれた部屋で気まぐれに王に呼び出されるのを待っている。
わけても王のお気に入りは、シェヘラザードを迎えるまでは日中も身の回りの世話をさせていた、
外国からの献上品である双子の娘たちだった。
(…使うのを忘れていたのか、俺が )
妙に馬鹿馬鹿しく、不愉快で…なぜか気恥ずかしいような気持ち。
王は、シェヘラザードを褥においたまま、枕もとに手を伸ばして瀟洒な鈴をふった。
それだけで、ほどなく、どこにひかえていたのか、いつかの美しい女奴隷がふたり、現れた。
シェヘラザードは、あとは眠るだけ、というこんな刻限に、女奴隷を呼ぶ王に、
なにがなし不穏なものを感じて押し黙る。
王は、脚を投げ出したまま半身を起こしてシェヘラザードをひきよせ、腕に抱きこむと、髪にくちづけた。
そのまま、奴隷たちに手をふる。
娘たちは恭しく額づくと、静かに褥の上にあがり、王の足元にふした。
( え--------------- )
王が、うろたえるシェヘラザードを見て、ほんのりと笑った。
さらに引き寄せて、額に、ほほに、耳元に、くちづけを繰り返す。
奴隷娘たちは、膝をたてた王から腰の飾り紐をほどくと、丁寧な動作で前をひらいた。
王自身は、シェヘラザードの証立てをしている最中から、既に熱く猛っていた。
彼女たちはうやうやしく彼のからだをまさぐり、淫らがましく屹立しているそれに左右から唇をよせた。
赤い舌が、王のそれに這い、絡みつく。
(………!!!)
少女の身内に熱いものが駆け抜けた。
それは、酷く切実な怒りに似ていた。
ふと身をおこして、王をみつめる。
自分を見ている王の目とぶつかる。
欲情に濡れた、見ているだけで心臓がよじれそうな王の美しさに、少女が息をつめる。
悲しそうに眉間を寄せる少女の痛々しさを、王がいぶかしむ。
娘たちの気を入れた愛撫を久々に味わう感触に、王は心地よさそうに目を細めた。
ひとりが体を引き、王の足指を口に含む。
もうひとりが、王自身を飲み込むように深く口に含む。
淫猥な音が褥の上に響いた。
王の眉根がかすかに寄り、不埒なほど艶かしい表情になる。
手がのばされ、長い指がシェヘラザードの髪をまきつけ、弄んだ。
王の乱れた吐息。
( いや----------------)
入れ替わり、王の体に跨ろうとしていた娘を、シェヘラザードは思わず突き飛ばした。
涙が出た。
王と、ふたりの奴隷たちがあっけにとられたように少女を見上げる。
「嫌です--------------!!!」
シェヘラザードは、ふだんの彼女らしからぬ、乱暴な声音で叫ぶと、
ふたりの奴隷たちに手をふって、退出を促した。
こまった娘たちが、王を伺う。
王自身も突然の少女の癇癪に、なにがなんだかわからないまま眉間に皺をよせる。
とりあえず、娘たちに顎で退出を促して、半端にたかぶったままの己の状態にため息をついた。
なよやかな仕草で二人が褥を降りていく。
「………なんだ 」
泣いている少女に、王は憮然と声をかけた。
「………」
肩に手をかけると、いやいやを繰り返して振り払おうとする。
「…なんだと聞いている」
舌打ちをして、王は不機嫌に言った。
少女は、きっと顔をあげた。
王が、少し怯む。
「………まさかおまえは、千夜のあいだ、俺にまで禁欲を強いるつもりではあるまいな……」
胡乱そうに言うと、少女は頬に朱をちらした。
そうだ、自分が妃として、この人の体を慰めないのであれば、今の行為は当然のことなのだと。
むしろ、妃がいてさえ、美しい女奴隷を囲い、啄ばむのは、王侯貴族の男性の常で。
でも…。
それは、そんなことは。
胸が痛くてたまらない。
「………わたくしでは、いけませんか………」
気づくと、強い声でそう口にしていた。
王が目をみひらく。
「 わたくしに、お世話させてくださいませ…」
「…………おまえが、俺の…?」
(しかしおまえは乙女だからと--------------)
(………)
なにがなし、王はごくり、と喉を鳴らした。
勿論、それならそれに越した事はない。
「 おとめのくせに、俺の世話をするというのか? 」
「 ……契りについては ご容赦を… いただけます、なら…」
ふと、激情のまま自分が口走ったことに臆するように、少女の声が小さくなる。
王の目が、少女の唇と、その細い指先を、舐めるように見た。
この、唇で。--------------この、指で。
……悪くない。
「 ………よかろう 」
喉に絡んだような声で、王は笑った。
自らの前をあらためてはぐり、逞しく屹立したものを少女に見せつける。
試すように、目で促すと、少女は赤く染めた頬のまま、かすかに目を泳がせ、足元に蹲った。
王は、そっと舌なめずりをする。
少女が、いまから自分を、と思うと、痛いくらいに高ぶった。
久しぶりに、甚振ってやろうか。
お気に入りの娘が二人いて、なぜ褥にふたりともを呼ぶのか、そのわけを、その体で思い知らせて。
王の精力が、ひとりでは不足だということを、この細い体に。
いれかわり、たちかわりに貪らねばなかなか果てる事のない自分の淫蕩さを。
世話を申し出たことを、後悔させるくらいに。
しかし…。
少女の小さな手が、自らにあてがわれた時………、王の体がぴくりと動いた。
(……あ-----------?)
両手で、ささえられたそこに、恥じらいながらゆっくり少女が唇をよせる。
ふせた睫が震えていた。
つややかな、やわらかい感触が…つと、触れた。
(……あ………… あ ------------- っ?)
うそだ、と。
小さな舌が、ちらりと覗き、みようみまねで先を舐めた……瞬間。
「 きゃ… 」
少女が、小さく悲鳴をもらした。
王のほとばしらせたものが、少女の顔にまともに散る。
王は、一瞬呆然とし……… 自分でもそんな顔ができるとは思わなかったに違いない、
情けない表情をうかべ……、次の瞬間真っ赤になった。
何が起きたかわからない。
触れられた瞬間にはじけた。
こんなことは有り得ない。
絶対あってはならない。
自分の放出したもので淫らに汚されて、呆然としたままのシェヘラザードに一瞥をくれると、
彼は前を合わせて逃げるように、いまいましそうに褥を降りた。
「…… あ… 王……---------?」
「 うるさいっ 」
外へ出て行くのを、おいかけて、ためらって、見送って。
シェヘラザードにはわからない。王の顔を染めた妙に少年くさい、色っぽい恥じらいの意味も、
いまの一幕が意味するところも。
王自身にも、信じられない。かすかにふれられただけで己が達してしまったシェヘラザードへの想いを。
頭を冷やそうと外に出てきたものの、身内を駆け巡る羞恥に怒りにも似ためまいを感じ、
王は近くの壁にこぶしを叩きつけた。
恐ろしい。
あいつには、うかつに触れさせられない、こんな様子では。
では、俺は…………俺は、これから。
千日間ものあいだ、自分で…----------------?
……思わず、ぞっとした。
なんというものに囚われてしまったのか。
思わず深くため息をつく。
満天の星空の下、王の先行きだけが暗かった。