私の中で少しずつ、何かが確実に変わってきていた。  
今までにない感情の芽生え、それは――この人に触れていたい、という想い。  
 
ソファで隣り合って座るとき。  
人気のないマンションまでの夕暮れの道のりを、並んで歩いて帰るとき。  
会えない夜に、電話越しに彼の低い声で囁かれるとき。  
そんななにげない瞬間に、触れていたくてたまらなくなる。  
 
付き合って、キスをして、躰を重ねて。  
もうそれだけでも自分の中では革命的な事なのに、それより先にまたこんな風に、自分に変化が起こるとは思わなかった。  
緩やかで、穏やかで、だけど確実な。  
もしかしたら、これを人は、愛、と呼ぶのだろうか?  
 
その夜、敦賀さんは一ヶ月の地方ロケを終えた私を、空港まで迎えに来てくれた。  
目深にかぶった帽子の下で、会いたかったよ、と優しく微笑まれて、私は思わず飛びつきそうになるのをなんとかこらえた。  
 
どうしてこの人は私の中に次々に、いとも簡単に新しい感情を運んでくるんだろう。  
会えて嬉しいのに、切なくて、胸の奥が苦しくて……こんなの、以前の恋の時は知らなかった。  
 
ただ今帰りました、というたった一言も口に出せずに、俯いてしまった私。  
敦賀さんは黙って私の荷物を受け取って歩き出す。  
歩幅を私に合わせ、ゆっくりと歩く彼の空いている左手に、そっと指を絡めてみる。  
その手に触れるだけで心臓をバクつかせていたいつかとは、確かに違う。  
 
繋がれた手が、熱い。  
発熱しているみたいに火照って、熱いの……。  
 
絡んだ彼の指が私の指を確かめるようになぞり続け、私はぶるりと躰を震わせた。  
敦賀さんは行為を始めるとき、いつも私の指をゆっくりと伝うから。  
だからその瞬間――  
彼に抱かれながら背中に回した手のひらが触れる逞しい筋肉の感覚や、  
腰を深く押し付けられながら、舌を出すように言われて無我夢中で吸い付く激しいキス……  
そんな淫らで痛烈な快感が鮮やかに蘇ってきて、私は全身の毛穴が一気に開いたかのような錯覚に陥った。  
 
どうした?と、しゃがんで覗き込まれる。  
 
見ないで…こんな不埒な私、見ないで欲しい。  
もっと触れたい、早く抱かれたい――そんな穢れた欲望に、胸を、躰を熱くしているなんて、あなただけには知られたくない。  
 
なんでもない、という意味をこめて、ただ小さく首を振ると、  
敦賀さんは、そう、と小さく呟いただけで、それ以上は何も言わなかった。  
 
彼女を車に押し込んで、マンションまで帰る道すがら、俺は手を離したくないのだと我が侭を言った。  
俺の太腿に手を置かせ、しつこいほどにその細い指をただ撫で続けた。  
 
その間キョーコは嫌とも言わず、ただ顔を真っ赤にして俯いていた。  
彼女が何を思っているのか、そこからどんな行為をその脳裏に思い描いているのかは明らかだった。  
 
なぜなら、俺がそう仕込んだのだから。  
 
この指でなぞる感覚のひとつひとつ。  
躰じゅうの隅々まで、余すことなく這わせる舌の軌跡。  
 
俺が与える全てに感じるように、教え込んできた。  
そろそろ、その効果が現れてもいい頃だろう?  
 
キスだけで終わった夜の別れ際に、あるいは声を聞くだけしか叶わない受話器越しの沈黙に、  
その成果は少しずつ見え始めているように思えた。  
 
物憂げに何か言いたげに潤ませた瞳の中、そして湿度を帯びた甘いため息に、  
戸惑うようにその想いは漏れ始め、俺に切なく訴えかける。  
 
――抱いて欲しい、と。  
 
わかっていて、それでも何度も焦らした。  
常に理性を忘れず、深い思慮に満ちた彼女がようやく垣間見せ始めた痴戯の片鱗。  
俺が仕向けたとも知らぬキョーコは、自分が淫らなのだと戸惑い、押し隠す。  
もう少し…いやまだだ、もっと…もっと俺に飢えて、俺を渇望して欲しい。  
 
彼女の愛を求めるばかりの遊戯にも似た我が侭は、いつしか嗜虐的な欲気と混じり合い、醜く膨張を続けて俺を蝕んでいた。  
 
そしてそのまま、一ヶ月の別離を迎えた。  
彼女の渇望を目の当たりにする前に、俺のほうが渇いて干からびてしまいそうだった。  
 
エレベーターの中、繋いだ手を玩ばれながら、私は火照り続ける熱をどうしていいのかわからずに、混乱は限界まで達しようとしていた。  
明らかで、誤魔化しようがない――私は、欲情しているのだ。  
この人の指使いだけで乱れた夜を思い返し、これから触れてもらえることを期待して躰を熱くして。  
いつからこんなはしたない女に成り下がってしまったのか……。  
羞恥で顔が上げられない。  
しかし一方で、もしこのまま今夜帰されてしまったらと思うと、惨めで耐えられそうになくて……  
 
喉が、渇く。  
気付けば息が上がっていて、口で呼吸を繰り返しているせいだろうか、ひどく喉がカラカラだった。  
 
欲しい…欲しくてたまらない……  
 
「つる、が…さん…」  
 
なにが?  
私は、なにが、欲しい、の?  
 
ゆっくりとこちらを向いた彼の瞳に浮かんでいる希みはきっと…私と同じだ、と、その時、判った。  
あとはもう、躰が望むままに任せるだけ。  
私はゆっくりと彼に両手を差し出して……そのまま唇を深く、塞がれる。  
 
どこか遠くでチン、と到着を知らせる音がしたような気がした。  
 
窒息しそうなくらい激しいキスを浴びせられながら、そのままベッドへとなだれ込んだ。  
下着を咥えてずらした敦賀さんに、その頂きがすでに固く尖っていることを指摘され、くらりと世界が歪み始める。  
躰の中心が、じっとりと熱を帯びて濡れていく。  
 
――触れてほしい…でも、こんな湿りを知られなくない…だけど…もう、我慢、できない…。  
 
焦りと羞恥が鬩ぎ合い、思考が定まらない。  
尖りにそっと舌先が触れ、太腿へ伸びた手が中央へと移動する。  
与えられるひとつひとつに、躰が跳ね上がるように反応してしまう。  
 
――ああ…狂わされる……!  
 
内側から、破壊されていく。  
この人の、手で。  
 
――でも……構わない、壊してほしい…もっと…滅茶苦茶に、壊して……?  
 
色っぽさの欠片もない貧相な私の躰に、敦賀さんの舌が這いずり回る。  
同時に器用な動きでその手は放熱の源を泳ぎ始める。  
ぴしゃぴしゃと入り口で音を立てる粘液を掬い取り、陰核に塗りつけ遊ぶように転がされ……  
なんとか抑えていたはずの声が、我慢できずにこぼれ落ちる。  
角度を変え、しかし転がすことを止めぬまま、さらに内側をかき回されて――…  
指の動きに合わせて腰が浮き、躰が揺れる。  
 
「はあっ…だ、め…っ…そこっ…ん、あっ……」  
 
助けを請うように伸ばした手を掴み取り、敦賀さんはぺろりと私の指を舐める。  
指の一本一本を順番に口に含んでいく。  
 
霞んでいく視界の先に捉えたその姿はまるで――妖艶で美しい、金色に輝く獅子のようだった。  
 
「キョーコ、目を開けて…こっち、見て?」  
 
膣の腹側、私の一番弱い部分を集中的に攻めながら、敦賀さんは眉間に皺を寄せて切なそうに命じる。  
イヤ、ダメ、と言葉で拒みながら、私は自らの片膝を抱えあげ、更に奥へと欲深く求めた。  
痴態を晒しながら、それでも頭の片隅で押し寄せる波に抗いもがく。  
あの深い闇を湛えた漆黒の眼に射抜かれてしまっては、なんとかしがみついている最後の理性までが、一瞬にして姿なく吹っ飛んでいってしまいそうだった。  
 
――ダメよ…解き放しては、ダメ……この美しい獣に、喰われてしまう……!  
 
乳房に貪りついたその鬣に指を通し、柔らかな毛の感触に意識を集中させる。  
しかしいくら気を逸らしても、総身は獅子の悪食の餌食となることを切に望んでいた。  
全身を覆っていた鱗がぽろりぽろり剥がれ落ちていくような、生まれ変わる瞬間のような、鮮やかな快感。  
 
震えが足の先からせりあがり、確かに迫り来るその瞬間に意識を放ちかけた時……彼は突然に動きを止める。  
 
お預けをくらった私は目を瞠って――  
 
……そして、正面から見据えられ、捕えられた。  
 
「そう、いい子だ…――もう、逃がさない」  
 
捕獲された視線の先に在る獣の卑しさの虜に成り下がりながら、私はただ悦びに喘ぎ――解き放った。  
 
四つんばいになった私の潤いを自身に絡め、幾度となく擦り付けてからようやく、埋め込まれる。  
深い息を吐きながらただ、受け入れる。  
充分に高められていた私の躰は、押し寄せてくるその圧迫感だけですぐに届いてしまいそうで。  
だらしなく口を開け、奥まで押し込まれるのを待つ……けれど、途中で遊ぶように腰を回されるだけ。  
たまらなくなって、自ら腰を押し付ける私に、呆れたような、嘲笑っているかのような彼の息遣い。  
 
笑われても構わない…  
求める叫びが心で暴発しそうで、呻きながら臀部を敦賀さんの腹部へと擦り付ける。  
彼が漏らす甘い息が背中にかかり、そんな微かな空気にすら身を捩る。  
 
きっと後ろから繋がる部分を見られてる。  
それでももう…止まれない。  
 
くちょくちょと自分の愛液がいやらしく水音をあげ、恥ずかしさと呼応するように思考は奪われていく。  
 
夢中だった。  
 
生ぬるさに我慢できなくなった敦賀さんに引き上げられ、胸を反らされて視界が開ける。  
耳たぶを噛まれ、乳房を揉みながら尖りで遊ばれ――もう…理性なんか、吹っ飛んでしまえばいい……  
 
「あぁっ…敦賀…さ…っ…ぃ、ぁあっ、んぅっ…はぁっ」  
 
耳、首筋…背中…這いずり回る舌の感覚。  
尖り上を向いた乳房の頂を玩ばれ、固く膨らんでいるはずの陰核を摘まれながら…下から突き上げられる。  
躯のすべてがまるで性感帯と化したかのごとく、彼の手に塗り変えられていく。  
それが恥か歓びなのかもわからずに、私はひたすら夢中で腰を揺らし喘ぎ続けた。  
 
激しさを増していく律動。  
喘ぎに混じるように手加減して欲しいと訴えてはみたが、敦賀さんはいっそう嬉しそうに息を漏らし、さらに早めていく。  
 
攻められた苦しさに崩れ落ちる。  
それでもなお上から…しっかりと固定するように重なってきてそしてまた――  
 
逃げようともがいた膝はつかまれて、横に倒され小刻みな速度で突き上げられる。  
 
止むことのない、激しい嵐。  
敦賀さんも次第に、我を失い始めているように思えた。  
 
シーツに顔を押し付け、イヤ、とあげた拒否の声。  
なのに返ってきたのは、いいよ?という肯定の言葉。  
 
――よく、ない…っ…きちゃ、う…っ、ゃあっ…  
――いいよ、ほら……  
 
自分が何を言っているのかも、何を言われているのかも、判らなくなっていく。  
 
「やっ、駄目、なの…っ、ほんと、に」  
「…わかってる、から…、おいで、いいから……」  
「ぃあっ、ああっ、んあっ……ひゃ、ああっ…―――…っ!」  
 
躰の内側から突き抜けるように震えが走り、下半身を気だるく支配していく。  
彼も達したことはわかったはずなのに、この瞬間だけはいつもひどく意地悪だ。  
ダメ、待って、とうわ言のように何度訴えても、ぎゅうぎゅうと押し付けて、止めを刺すがのごとく苛め抜く。  
抗おうと彼の腰をつかんで押し返しても、ビクともしないほどの力強さ。  
 
 
『知ってる?あの瞬間のキョーコは…眩しいくらいに、本当に綺麗なんだよ?  
 仔犬みたいにくぅん、って啼いて、苦しそうで、そして淫らで…  
 それで躰じゅうの血が沸きたつみたいに震え上がって…抑えられなくなってしまうんだ……ごめん、ね』  
 
いつだったか、終わったあとに腕の中で抗議した私に、敦賀さんは申し訳なさそうにそう言って謝った。  
 
ごめん、なんてズルい。  
抱いているときとは別人みたいな優しい穏やかな顔で、  
本当に済まなそうに、許してくれる?なんて訊かれたら、黙って頷くしかないじゃない。  
 
「だ、めぇ…っ…お願いっ……ぁあっ…」  
 
敦賀さんの匂い、柔らかい髪の感触、私を翻弄するしなやかな指先……甘い淫虐に落ちていく。  
 
背徳の香りに誘引され、濁流のような激しさに身を焦がしながら、私は突き上げてくる充足感に酔いしれる。  
 
「や…も、だめっ…もう、イけな………ぃ……」  
 
何度目の頂きかももう、わからなくなっていた。  
ひくつきながら息を乱す私の顔を覗き込んで、敦賀さんは満足げな顔で嬉しそうに微笑む。  
もう無理だと何度も許しを請うても、彼は私の"ダメ"は"もっと"という意味だとなぜか勝手に思い込んでいて、  
しかもこの夜の彼に関しては、私の意見などはなから耳に届いていない様子だった。  
 
「大丈夫だろう?また……何度だって、ほら」  
「あっ、やぁ…っ」  
 
隙を見て余韻を冷まそうとすると、彼は目ざとく捉えて許さない。  
 
もう…全部、気付いてるんでしょう?  
久しぶりに会って、飛びつきたくて、でも恥ずかしさに負けてこらえたことも。  
指が触れただけで躰を熱くして、抱かれたくてたまらなかったことも。  
きっとすべてわかっていて、そのうえで車中ずっと、焦らされていた。  
 
なんて悔しくて…恥ずかしくて、でもこの昂ぶりを抑えることはもはや困難で、  
 
「あっ、はぁああっ……っ…あっ、もう、あぁあっ……っ」  
 
――また、またイっちゃう、ダメ、やだ、もっと、もっときてっ……い、ゃあっ…  
 
混濁した頭から吐き出される矛盾だらけの台詞にまみれながら、私は彼に合わせていやらしく腰を振り続けた。  
 
彼女は枕に顔を押しつぶしたままその美しい背中を俺にさらし、こちらを見ない。  
 
もう無理だと何度も拒まれた。  
それでも止まれなかった。  
俺が教え込んでいるのか、あるいは翻弄されているのかも判らずにただ攻めた。  
抗う声すらもただ美しい歌にしか聞こえなくなり、  
自ら腰を押し付ける淫らな様子に、まるで美しい雌豹のようだと見惚れ…  
達した彼女の締め付けにほとんど頭が真っ白な状態になりながら、昂ぶった本能に任せ身を押し付けた。  
 
もっと…更に最奥へと――…俺しか知らないその場所を執拗に確かめていたくて。  
 
眼の前で苦しそうに歪む顔すらも、俺をますます興奮させただけで、理性ははるか彼方へ飛んでいた。  
途中で声が途切れたから気を失ったのはわかったけれど、それでも止められず攻めたてた。  
すぐに戻ってきた彼女が驚き高く啼いたのを見て、血が吹き上がるような熱に浮かされ苛め続け――…  
 
久しぶりの逢瀬に抑えが効かなかったことは確かだが、それにしても。  
思い返すだけで恥ずかしさと情けなさで頭を抱えたくなる。  
これじゃ加減もわからない、ただの飢えたガキじゃないか……。  
 
――怒ってるん…だろうな…  
 
彼女の背骨を優しくなぞると、ぴくんと可愛らしい反応が返ってくる。  
すぐにでも同じ失態を繰り返してしまいそうな眩暈にかられてしまう。  
まったく…俺は彼女に関することになると、いったいどこまで貪欲になってしまうのか。  
 
控えめに浮き出る背骨にキスを落とす。  
そのひとつひとつを確かめるように…形だってもう、覚えてる。  
シーツをきゅっと掴んで身を震わせる様子に、俺の中で再び熱が篭り始める。  
 
「ねえ…」  
「…もうダメです」  
「でも」  
「死んじゃいますっ」  
「…キョーコが?それとも、俺が?」  
 
至極真剣に嫌がる彼女がなんだか可笑しい。  
 
そうだね、それで死ぬのもいいかもしれない。  
命が果ててしまうまでひたすら愛し続けて…そんな極上の幸せ、他にあるだろうか?  
 
足を擦り合わせ、揺らし始めたその腰を引き寄せる。  
 
――いっそ何もかも捨ててしまって…ふたりで波に攫われてしまおうか……  
 
そんな愚かな考えすら本気の願いになってしまいそうで、自分が彼女にすっかり狂わされていることを自覚する。  
 
――他に何もいらないんだ……君に愛されているなら、それだけでいい。  
 
「ねえ…もっと食べても、いい?」  
 
返事を聞くより先に思わず伸ばした手が、彼女の躯を伝い降りる。  
喉をさらして高く啼く声に煽られながら、俺はその柔らかな果実を吸い上げて、さらに深く…そして甘く。  
存分に堪能すべく、眼を閉じ、唇を滑らせた――…  
 

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