キョーコは白く垂れた粘液をぺろりと舌ですくいあげ、ちゅぷ、と音を立てて深く咥えながら丁寧に舐め取っていく。  
自分の心臓はまだドクドクと音を立て、激しかった行為の余韻を残す。  
意識は朦朧とし息は苦しかったが、それでもなんとか必死に、蓮の脈打つそれを手にとり、綺麗にしていった。  
強いられたことはないが、それが行為の後の、キョーコにとっては儀式のようなものだった。  
 
毎回手玉に取られるように操られ、啼かされる。  
なんとか今日こそは自分が…そう思いながらキスを交わすはずなのに、気付けば魂を抜き取られたようにただ脱力しているところで我に返る。  
いつも申し訳ない気分になっていたある時、蓮が絶頂の直前で抜き去り自分の腹の上に放ったのを見て、キョーコは吸い寄せられるようにそれを手にとり、口にぱくりと咥えこんだ。  
それまでなぜかキョーコの咥内で解き放つことを拒んでいた蓮は、突然のキョーコの行為にひどく驚いた顔をしたものの、嬉しそうに満足そうな笑みを浮かべた。  
その時の蓮の表情が忘れられず、キョーコはそれからいつも、自分がこうして最後に綺麗に舐めあげ激しかった時間の終わりを告げることに、密かな幸せを覚えていた。  
 
後から思えば、この日は久しぶりの夜だった。  
と言っても実質会っていなかったのは一週間ほどなのだが、毎夜帰りの遅い蓮を待って身体を重ねていた二人は、互いの感覚を呼び起こすのに夢中になった。  
これほどまでに誰かに溺れることは互いに初めてで、そのことに一抹の不安を覚えつつも、どうしようもなく惹かれあってしまう。  
抱き合うことだけにこだわっているわけではないはずなのに、寄り添うと気付けば服を脱がせ合っている――そんな毎日。  
 
汗ばんだ身体を月明かりに浮き上がらせ、弾んだ息を整える蓮。  
その妖艶で虚ろな表情を時折見上げながら「儀式」を進めていたキョーコは――いつもとは勝手が違うことに気付き、みるみる顔を赤らめた。  
 
「……っ…あの…敦賀さん…」  
 
シーツの上に座る蓮から顔を上げたキョーコだったが、なんと言っていいのかわからず恥ずかしさで頬を熱くする。  
手でそれをゆるりとしごき上げながら、その違和感はやがて確信へと変わっていった。  
 
「うん……まだ、固い、ね…」  
 
いつも以上にたっぷりと飲み込んだはずなのに、蓮のそれは勢いを衰えさせず、キョーコの手の中で未だ強く血管を浮き上がらせ熱を含んでいた。  
 
――満足、できなかったの…かな…  
 
一方の自分は、指で、舌で…そして浅い挿入だけでも幾度も高められて、意識を戻すことに精一杯だったというのに。  
不甲斐なさも手伝ってキョーコは泣きそうになったが、なんとか気付かれまいと必死に喉の奥から込み上げる感情を飲み込んだ。  
 
しかし恐る恐る見上げ、瞳を眼を合わせた先の蓮の表情もまた、なぜか申し訳なさそうに困っているものだった。  
 
「もう一度……いい…?」  
「え…?」  
 
抱き合う夜の数は増えていたが、蓮が射精すればそれで終わりだと思っていたキョーコは、言われた意味がわからずに戸惑い瞳を泳がせた。  
 
「ごめん…我慢できそうに…ない…」  
「あ……ぁ……っ」  
 
覆いかぶさってきた蓮は、返事も待たずにキョーコの中へと沈めてしまう。  
 
再び始まった律動。  
 
もう充分に味わったと思っていたのに、さっきまでとはまた違う、深い快感がキョーコの内から広がっていく。  
 
「…っ…ごめ……っ、あぁ…」  
「んぁあ…っあぁ……ゃあ、つるが、さん…っ…」  
 
いつもは聞けない蓮の気持ち良さそうな喘ぎ声に、キョーコの中で嬉しさと愛しさが込み上げる。  
 
――違う、謝らなくていい、もっと満足してほしい…もっと…もっと、好きに、して欲しい…  
 
恥ずかしさと戸惑い、それに息をつく間の与えられない高まりの連続に、伝えるべき言葉は飲み込まれ消えていく。  
 
――謝らないで……嫌じゃ、ない…っ  
 
言葉はただ啼き声となり、キョーコは何度も必死に首を振り……  
 
「ごめ…ん…っ…」  
 
蓮は汗で張りついたキョーコの髪を指ではらい、その額に何度も謝りながら唇を落とす。  
 
何度も達したはずなのに、この先にまだ高みがあるのかと途方に暮れながら…キョーコは蓮が追いついてくるのをひたすらに待った。  
 
ひくひくと身体の中心からの震えが止まらないキョーコを、蓮は心配そうに覗き込んだ。  
 
「最上さん…大丈夫……?」  
「ん……」  
 
返事をするのもままならず、気にしないで、と心の中で呟きながらキョーコはそっと手を伸ばした。  
蓮はその手を取ってキスを落とすと、大事そうに自らの頬にすり寄せた。  
 
――あ…また……あの顔…  
 
ぼやけた視界の先に、今日何度も見た蓮の申し訳なさそうな顔が浮かび上がる。  
 
――優しい、人。そんな心配も遠慮も、いらないのに…私はもうすっかり…あなたのもの、なのに……  
 
指先になんとか力を取り戻し、その頬をそっと撫でて微笑むと、蓮はほっと安堵の表情を浮かべた。  
 
「ごめん…ね」  
 
ゆっくりと降りてきた蓮に、額、頬、唇…耳……軽く、何度もキスを落とされて、くすぐったさに身を捩る。  
 
「んっ、つるがさ……すぐった…ぃ……ん…」  
「ん…ごめん……」  
 
今度こそ、いいんです、と口にしようとしたキョーコだったが――  
 
「……え……っ、ぁ…あ……や…うそ……っ」  
「ほんとごめん……ね…?」  
「あ…あぁっ…ひゃぁ……あっ…っ!」  
 
半信半疑のキョーコの中に、三たびの圧迫感が襲いくる。  
耳の奥に優しく響く謝罪の声に溶けながら、キョーコは静かに意識を手放した。  
 
 
翌朝。  
重い倦怠感の中でようやく身じろぎしたキョーコは、無意識に伸ばした手が空を切ったことでようやく朝を認識し、目を覚ました。  
隣りに寝ていたはずの蓮はもういなかった。  
蓮が出かける時に目を覚まさなかったことなど初めてで、一瞬驚いたキョーコだったが……  
昨夜の、否、朝方の行為が目蓋の裏にはっきりと蘇り、むしろ目覚めず恥ずかしい思いで顔を合わさずに済んだことに、安堵とも落胆ともしれぬため息をつく。  
 
枕元の携帯電話に手を伸ばし未読のメールをチェックすると、蓮からのメッセージが入っていた。  
キョーコの身体を心配する内容と、無理をさせてしまったという謝罪と――久しぶりだったから、というなんとも稚拙な言い訳。  
 
キョーコは蓮の心配性な優しさに苦笑いをこぼしながら、  
一週間であれなら……今度の長い地方ロケのあとはどうなるのだろう…などと、洒落にもならない心配に頬を赤く染めるのだった。  
 

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