可憐なジュリエットに観客騒然! 京子が皆川演出のシェイクスピア初挑戦!
テレビドラマ『DARK MOON』の本郷未緒役で注目を集め、その後もドラマや
CMで活躍中の女優、京子が舞台劇に初めて挑んだのが、なんとシアター
イースト柿落とし公演『ロミオとジュリエット』。数々のシェイクスピア
作品で本場イギリスでも認められた演出家である皆川行雄の大抜擢だ。
出演依頼が来た時は、所属事務所LMEも寝耳に水で驚いたそうだが、
京子はこのジュリエットに果敢に挑戦し、厳しい皆川メソッドの稽古を
見事にクリア。
演技派女優としてのステップアップをあらためて見せつける結果となった。
とにかく舞台に出てきた瞬間のジュリエットの可愛らしさは圧倒的で、
これが、あの迫力ある敵役でお茶の間を震え上がらせた未緒だったとは
信じられない美少女ぶりに、客席からは思わず声があがるほど。
その純粋で一途な14歳の子供のジュリエットが、ロミオに出会い、恋の情熱で
みるみる美しく艶めいていく様は、目の前で美しい蝶の羽化を見ているようだ。
舞台上の二人が本当に恋に落ちているとしか感じられない熱い演技は
必見ものだが、前売券は既に完売しており、劇場前には毎日50枚ほど売られる
立見席の当日券を求めて早朝から長蛇の列ができている。
京子ファンならずとも、この奇跡の舞台を見逃せない。
22時を過ぎた深夜にインターホンに呼び出され、読みかけの雑誌を放り出す。
小さなスピーカーからノイズまじりに聞こえてくる声はナイチンゲールの
甘いさえずりのようだった。
「敦賀さん……あの……ご迷惑でなかったら……入れてくださいませんか?」
「ここにロミオは、いないよ」
「ジュリエットじゃなくて」
「……なら、いいよ。おいで」
マンションに入るオートロックを解除して、しばらくすると、
ふわりとしたワインレッドのワンピース姿の最上キョーコが、
リビングのソファでくつろいでいた敦賀蓮の前に立っていた。
「公演中に来るとは思わなかったよ。千秋楽まで、あと半月以上はあるだろうに」
「ごめんなさい」
本当は、こんな夜更けに女の子がひとり暮らしの男の家になんか来るなと
叱ってやるべきかもしれないが、時折、夕食を作ってくれたり、急病で
倒れた時に看病してくれたり、泊まったことすら何度かある彼女に、
それを言うのも今さらだ。
世間では芸能界一いい男だの、抱かれたい男ナンバー1だのとレッテルを
はられた“温厚な大人の役者・敦賀蓮”という擬態も、彼女を前では、
たびたび剥がれかけている。もはやこの程度でおびえることはないのに、
ひどく遠慮がちにあやまる彼女に対して、かすかにささくれだった気分に
なるのは、直前まで読んでいた記事のせいだろう。ここは仕事仲間として
同じ事務所の可愛い後輩の成長を喜んであげるべきなのは、わかっていた。
「あやまらなくていい。遠慮せずに頼れと言ったのは俺だからね。
ジュリエット好評みたいでよかった」
「それは敦賀さんのおかげです! ……敦賀さんがロミオを演ったこと
ないってウソみたい」
「俺は元々ロミオって柄じゃないよ。テレビや映画と違って、舞台だと
演技力で年齢や国を超越しやすいとはいえ、どうしてもできない役柄って
あるからね。皆川さんには以前『ハムレット』を演らせてもらったけど」
「あー、ハムレットって敦賀さんにピッタリですね。……見てみたかったな」
「DVDならあるよ」
「え、え……っと、あ、でも、今日はいいです。
今、オフィーリア見ちゃうと、ジュリエットになれなくなりそうですし」
「そう。じゃあ、お茶でもいれようか。舞台の発声は体力を使うし、
疲れているだろう? あったかいものを飲めば落ち着く──」
「敦賀さん」
思い詰めた、どこか熱にうかされたような少女の表情は、男を縛り付ける。
彼女はぺたんと床に腰をおろして、ソファに座ったまま動けないでいる
蓮を見上げた。
「どうしても会いたくて……すみません……」
会いたいと乞われることが信じられずに、凍りつく。
彼女が求めているものが、わからない。
「何かあったのかい?」
できるだけ優しくたずねると、彼女はおそるおそるといった風情で口を開いた。
「あの……敦賀さんは……お芝居してて自分がなくなっちゃうことはないですか?」
「演技中に、役の人物とは別の、客観的な自我を見失うかってこと?」
「私……おかしいってわかってるんですけど、でも……舞台が終わって
一人になっても全然ジュリエットが抜けなくてダメなんです。毎日、
何度も初めて会って……必ず好きになるのに……いつも……どうしても
死ぬしかないの……」
「それが悲しいの?」
キョーコはふるふると顔を横に振る。子供のような仕草だった。
「何が本当か、わからなくなって……こわい……こわいんです……」
「演技が本物になっている証拠だ。怖くなんかないよ。それが役者じゃないかな」
「舞台だと、テレビみたいに小間切れだったり、場面ごとじゃなくて、
ちゃんと……そのまま時間が流れて、私はずっと本当にジュリエットで、
お父様とお母様がいて……ばあやもいて、みんな大好きで……
でも、ロミオに会ってしまって……」
「うん。いいんだよ、それで」
蓮があやすように頭をなでてもキョーコはおさまらなかった。
「私は、どこにもいないんです。みんなに愛されてるジュリエットしか!
だからお芝居が終わらなければいいのにって思って……死んじゃうのに!」
「最上さんは、ここにいるよ」
「でも……でもっ、恋をしてるのは私じゃないはずなんです」
「今ここに脚本はないだろう? 君はちゃんと生きて最上キョーコとして
俺の前で話してる。大丈夫だよ」
「明日も、またきっとロミオしか見えなくなって、好きになり過ぎて、
置いてかれて死ぬんです……どうしよう……本当の私は誰にも
恋したりしないのに……」
彼女の言葉に一瞬、目の前が闇に塗りつぶされる。
こうして蓮にすがってきても、あくまでも尊敬している親しい
先輩としてでしかなく、一度ならず夜を過ごしたところで、
彼女には一欠片の恋愛感情も育っていないのだ。
もしかすると蓮が恋愛関係に背を向けようとしていることを無意識に
悟っているから、安易に身を寄せることができるのかもしれない。
恐ろしいことに、ジュリエットの一途で周囲を省みない恋心は、
かつて彼女が幼馴染みに向けていたものと似ている。
違うといえば、その歳月と片思いの構図で、彼の残酷な振る舞い故に、
彼女が芸能界に入るきっかけにもなった憎悪と復讐心を一手に受けている
その相手を、蓮は、思い出したくもなかった。
現実の恋敵より、舞台の上で恋に殉ずるロミオの方が、ずっとましだ。
「なりきり方を教えてくれたのは敦賀さんです……どうしたら平気に
なりますか? 敦賀さんは相手役を本気にするってみんなが言ってますけど、
それでダメになったりしませんか? どうやって分ければ……私……私、
もう……お願い……助けて……助けてください!」
純粋にしがみつかれる腕に絶望する。
憎からず想う娘に涙ぐんだ瞳ですがりつかれて、平然と突き放せる男がいるだろうか。
少なくとも、こうして助けを求められる位置にはいるのだ。
それは自分が望んでいた立場だったはず。
舞台を司る演出家や、当の共演者ではなく、蓮のところへ、彼女はやって来た。
初めての舞台。初めての恋するヒロイン。
京子の女優としての成長を助けてやりたい気持ちに、嘘はない。
なのに抑えがたい黒い感情は、愛憎に煽られ、荒れ狂う予感をはらんで、あふれ出す。
「……困ったね」
「……こんな私……やっぱり役者、失格……ですか?」
「まさか。そんなに役と一体になれるのは、めったにない才能だよ」
その才能を愛しいと思う。
だが、彼女にこれほどの才能がなければ、
自分だけのものにしておけるかもしれないのにとも思う。
彼女は、ロミオを探しに来たのだ。
早まって死んでしまったロミオではなく、まだ生きているロミオを。
舞台の上より濃密に、最初に彼女がジュリエットとして身体を開いた、その場所へ──。
抱き寄せてしまったら、たぶん止められない。
キョーコが求めている救いは、おそらく蓮が与えられないものだ。
ただ役得と笑って受け入れる資格はない。
しかし、それすら偽りの演技で塗り固めれば、彼女を欲して止まない
自分の心が歓喜に満ちることを蓮は知っていた。
恋焦がれている少女を貪ることができる誘惑を退ける自信がない。
これは犯した過ちの罪だろうか。
キョーコは二度と恋をしないと決めている。
現実に愛し愛されることを信じられないから、夢や幻のような恋愛は、
芝居の中にだけ存在しているのだ。
今の彼女は、否定している恋愛感情が、演技が本物になる過程で自分の
中に実在してしまう矛盾に混乱している。
成長過程にある才能に恵まれた憑依型の役者ならではのトラブルと言えるだろう。
演技と現実を意図的に切り替えるスイッチがないのだ。
舞台でロミオを演じているのは演出家の秘蔵っ子と話題の俳優だ。
確か蓮よりふたつ下で京子のふたつ上、ちょうど間の年頃だったはず。
アイドル顔負けの美形だが、舞台と映画の主演で頭角を現した演技力は確かで、
蓮が明らかに実年齢より大人の役者なら、彼は若い幼さを残した少年だった。
彼女のジュリエットが、そんなロミオと舞台で何度も本気の恋に
落ちているのだと思うと、胸の奥が焼け焦げたように苦くうずく。
敦賀蓮だって、芝居中は相手役を本気で愛しく思う感情を憑依させるのに、
京子のそれは許せないなど、馬鹿げている。
恋は人をここまで愚かにするものなのか。
蓮はキョーコにどうしようもなく惹かれている自覚はあるが、彼女を
恋人にすることができずにいた。
自分のものにできないとわかっているくせに、人のものになって
くれるなとは、身勝手な話だ。
恋はしない、できないと、思い定めている同士の筈が、
どこで狂ってしまったのだろう。
キョーコがジュリエットに悩み、芝居の立ち稽古に入る前に
彼をたよってやって来た、あの夜。
どんなに惚れ込んでいても、想いを打ち明けるつもりはないのに、
演技のためという前提で、蓮は、まだ誰も触れていなかった彼女の唇を
奪い、そのまま止められずに最後まで抱いてしまった。
彼女は何もかも初めてだったが、芝居中に、あわてて初体験している
ようでは演技にならないと説いて、だまし討ちのように相手になった。
恋に暴走するロミオではなく、素の自分がキョーコに溺れたのだ。
蓮の演じる愛執と恋情のサンプルは、いつもキョーコを相手にして
作られたものだったが、彼女は違うだろう。
彼女の心を今でも大きく占めているのは、彼女の純愛を裏切った憎い復讐相手だ。
ならば自分は、せめて現実の初体験の相手としてくらい、
彼女に認識されたかった。
決して忘れられそうにない、よりどころが欲しかったのだ。
それは、かつて『DARK MOON』の撮影中に、蓮が彼女の存在と手助けで、
役の恋心をつかんだのとは訳が違う。あの時の蓮は、彼女を相手に演技を
していて我を忘れて素に戻ってしまった。眠っていた蓮の本質を
呼び覚ましたのはキョーコだが、彼女に他意は全くなかった。
なのに自分は、どうだ。
初めての舞台を前に、やみくもにジュリエットをつかもうとしていた
彼女は、蓮を通してロミオに抱かれたつもりだったろうが、キョーコを
抱いた時の蓮は、最初から、ロミオのふりをしてキョーコに欲情していた
本人そのものでしかなかった。
一目惚れからたった4日で死を選ぶまでに燃え上がる無垢な恋心と、
長い間、無自覚でいたせいで気づいた時は手遅れの上、遂に決壊に至った
愛欲を、同列に考えるわけにはいかない。
抑えきれない情欲の勢いで体を重ねても心は渇く一方なのに、
人はずいぶんと欲深いもので、確かに以前は我慢できていたはずが、
ひとつ手に入ると全部が欲しくてたまらなくなる。
求める気持ちに際限はない。心も体も、彼女のすべてを──。
「助けてあげたいけど……今の俺は、むしろ君を傷つけるよ」
「そんなことありません!」
「……君が知らないだけだ。まだジュリエットを引きずってる?」
「わかりません……」
「今日もロミオの後を追って自害したんだね。だけど、ここにいるのは
ジュリエットの亡霊なんかじゃないよ。ああ、でも、この服はよくないな」
「え?」
きょとんとして目を見開く彼女は、困惑して、まばたきもせず蓮を見つめる。
「ハイウエストの赤いクラシックなドレスなんて、いかにもジュリエット風だよ。
前に来た時も、このワンピースだったね」
それはジュリエットをつかもうとしていたキョーコが選んで着ていたドレスなのだろう。
まだ少女めいた彼女に良く似合っていたが、躊躇はしない。
「そんなもの脱いでしまえばいい」
革のソファをきしませて身を乗り出すと、蓮は両腕を彼女の背にまわした。
「あっ……」
背中のファスナーを一気に下ろし、肩からふくらんだ袖を抜いて、
すとんと落とすと、座りこんでいる腰にまとわりついたドレスは赤い薔薇の
花びらのようだった。その花の中心にいるコットンのキャミソールと
ペチコート姿の少女を、さらに剥いてしまいたい。
どうせ何かを着せるなら自分のシャツでもはおらせようか。
できるものなら何も身につけない裸の彼女を丸ごと抱いて、思い知らせて
やりたいと考えている自分にぞっとする。
それを実現できることに、蓮はこの上もなく興奮していた。
彼女が愛を信じないなら、それでも構わなかった。
蓮が彼女を欲しいだけなのだ。
「ロミオはジュリエットが死んだと早合点するけれど、俺は間違えない」
「え?」
「俺はロミオじゃないよ。だから、あきらめない」
「敦賀さん、何を……」
「君が好きだよ……誰にも渡したくないくらい」
キョーコは何を言われているのか理解できないという顔をしている。
「…………お芝居……ですよね?」
「ここにロミオはいないと言っただろう?」
「そうじゃなくて、あの……」
彼女のためらいは、欲望の前に塵に等しい。
「君が欲しいな」
「な……っ」
呆然と固まっているキョーコの身につけている前あきのキャミソールの
ボタンを外しながら、首筋にキスを落とすと、彼女は我に返って立ち上がろうとした。
「敦賀さんっ!」
離すつもりは毛頭無いので、強引に抱き寄せ、そのまま体ごと
横倒しにしてソファに押しつける。
「ジュリエットがロミオに抱かれるのより、強烈に気持ちよくなるのもいいね」
「ウソでしょ? 敦賀さん……」
「嘘にしたいのなら、もう遅いよ。……だったら、なぜ俺のところへ来たの?」
「え……だって……演技のことは、敦賀さんなら……」
「今夜は演技はなしだよ。自分に戻りたいんじゃなかったっけ?」
「あ……」
返事に迷う彼女がぼんやりしている間に、蓮は脱がしかけた
キャミソールを奪い、フロントホックのブラジャーもあっさり外して、
あらわにした胸に顔をうずめた。
「ひゃぁああっ」
「ん……かわいい……ね、ずっと、こうしたかった」
立ち上がるつぼみを舐めあげれば、すぐに甘さが全身に広がり吐息が漏れる。
「ずっとって……そんな……そんなの……あ、ふ」
大柄な蓮が上半身を押さえつけると、華奢なキョーコはそれだけで、
自由を奪われる。はかない抵抗で足を床につけようと動かす端から腰を
抱き上げ、まんまとペチコートを引っぱり床に落とす。黒いタイツも
裂いてしまう前に丸めて脱がせる。後はもうぴったりしたショーツだけだが、
それも最早、彼女を守る隔てにはならないだろう。
秘められた箇所をあばくために、指でそっとなでさすりつつ、溶かしていく。
「こんな……ソファで……明る……っ」
「綺麗な白い肌がよく見えるよ。色をつけたくなるな」
「え……あぁん!」
舌を鳴らして、ひとつ印をつけるたびに彼女の体がひくんとはねる。
「この前は、あまり可愛がってあげられなかったよね。余裕が無かったから
……ロミオだったしね……でも、今日は違うよ。たっぷりしてあげる」
一糸まとわぬ姿になった少女を抱きしめるとソファに横たわったまま
足をからませ、もつれるように唇を重ねた。逃げる舌を追いかけて、
これもからめてしまうと、互いの息と唾液を媒介にして、
ぐちゃぐちゃに混ざっていくような錯覚に狂気する。
蓮の方は、いまだシャツもスラックスも、ほとんど乱れていないことに、
彼女が気づいているかどうか。
広く明るいリビングでの性急な行為は、大人しく夜のベッドで
同時に服を脱いで抱き合うよりも、ずっと欲望がむき出しになる。
誰が、何を、求めているのか、この子に教えてやりたかった。
「つる……がさん、つるがさん、敦賀さん、つるが……っ」
「こんなに感じてる。ほら……こっちは溶けちゃいそうだ」
「やぁ……っ、はずかしっ……あああん!」
「初めてじゃこんなにならないよ。俺を覚えたね。それでいい」
「あつ……熱いの……もう……やぁ……っ」
「やじゃないよ。ここでやめたら、つらいだけだ」
「ヘンなの……ん…………ぁっ、おかしくなっちゃう! 助けてぇ……っ」
「助けてあげる。死ぬほど気持ちよくしてあげるから、もっと……そう……離れないで」
「つるがさぁ……ん」
「いい子だ。ね、ほら、やわらかいね……とろとろになってる。気持ちいいんだね」
「うそ……や、や、いやああ」
「いやなの? これが? ならやめようか」
「や! やめちゃイヤぁ……」
「俺に抱かれて気持ちよくなってるのは誰?」
「……私……私っ……」
「俺が誰だか、わかってる?」
「つるが……さ……」
「……うん。じゃあ君は? 俺をこんなにいやらしくして……さわってるのは誰かな」
「やぁ……もっとぉ!」
快感に従順なのは悪いことではない。
こんなに感じやすく打てば響き合う肉体を無視して放っておく方が、
よほど罪深いと開き直れば、愛し合う手段はいくらでもあるのだ。
焦らすように、スラックスの前を開けただけで露出させた蓮の
局部が彼女の足の間を行き来した。
「教えて。そうしたらあげるから」
彼女は息も絶え絶えに、震える声で、ようやく告げる。
「き……キョ…コ……キョーコですっ……最上……キョーコ……」
「キョーコ……キョーコちゃん?」
名前を呼んでやると、泣きながらこくこくとうなずき、しがみついてくる。
その様子があまりにも可愛くて、耳を食みつつ何度も彼女の名前を繰り返した。
硬くたぎった蓮が、ぬるぬると彼女の中心を刺激しながら中に入る機会を
うかがっている。彼女は半狂乱で濡れた体躯をすりつけてきた。
もう限界とみて、蓮はかろうじて残っていた判断力で、どうにかポケットに
あったゴムをつけることができた。
「いい子だね。じゃあキョーコに、みんなあげるよ……」
「きてぇ……きてくださ……っ!」
熱くうるみ切った彼女に自分がめりこんでいくと同時に背筋に
すさまじい快感が走る。
初めてと大して変わらない体のはずの彼女も、ここまで力が抜けていれば、
いともたやすくとけ合えた。
欲しくて欲しくてたまらなかったものが、確かに腕の中に存在している。
飢えていた獣は、あっけなく放たれて、ひたすら獲物を蹂躙した。
「あっ、ん、い、い」
「いいの? ここが、いいんだ……」
前に押しつけるようにぐりっとえぐると、面白いように反応してくる
中の手応えに、熱がこもる。
「ああ、本当にイイね……っん、キョーコちゃ……ふっ……うぅっん」
「ん……つる……がさ……も、あっ」
「いいよ、最高……っだ」
つながった腰は、ひっきりなしに同じリズムでうねっている。大きな波が、
すぐ近くまで来ていた。
「あふっああぁん、や、あ、あああああ──っぁ!」
彼女は知らないことだが、自分の演技を初めて本気にしてくれたのは
幼いキョーコだった。
子供の頃に出会った「コーン」を妖精だと信じ続けていた彼女の幻想を
作ったのは、敦賀蓮になる前の自分だ。
演じれば何にでもなれるのだ。妖精でも、王子でも。
夢を一時でも現実にできる、この快感を味わってしまった者は、
一生、役者をやめられない。
演技とプライベートを、ことさら比べる必要はない。
役者の真実が、演技の中にあるのも本当だ。
ただ、彼女とだけは、芝居の終わりと共に夢から覚めてしまう
かりそめの関係では満足できない。
恋でなくても、かまわない。
どんな形でも、ずっとこの世の誰よりも一番側にいたい。
快感で意識を飛ばしてしまった彼女をソファから抱き上げ、
寝室の広いベッドに移して、今度は蓮も汗に濡れていた服を
はぎ取るように全て脱ぎ捨てる。
過去の復讐心など忘れてしまえと、やわらかな身体をかき抱き、
己の楔を何度も突き立て刻み込む。
この愛執は彼女を殺してしまうだろうか。
「つるが……さ…ん……」
小さく呼ぶ声は、確かに蓮を求めている。
それが嬉しくて、汗と体液ですべる躯を、さらに激しく絡ませた。
性の絶頂を味わい気を失うのは小さな死であると何かで読んだことがある。
ならば、目覚めを迎える時は、互いの愛を信じられるふたりに
生まれ変れたりしないだろうか。
そうだとすれば、一時的に芝居の世界でいくつもの別の人生を歩んで来ても、
こうして永遠に何度もふたりで生まれ変ってしまえば、いいのだ。
蓮に、そんな他愛ない望みを口にする勇気はないが、彼女を抱くのに
素の心を偽ることだけは、もうしないと密かに誓う。
「愛してるよ……キョーコを愛してる」
答えを求めず繰り返す深い口づけに、とまどう隙など与えない。
ロミオよりずっと強欲な俺は、死んでも君を離せないから。
<終>