夏休みにヨーロッパ各地を旅行した先で偶然手に入れたのだと、マリアがピンク色の液体が入った小瓶を手渡した。  
「マリアから蓮様にプレゼント。本当はお姉様にもプレゼントしたかったの。でも、本当に秘中のものだから、  
一本しか入手できなくて……」  
「……それを、どうして俺に?」  
ロケの合間に遊びに来ていた小さな少女を肩まで抱き上げ、蓮は微笑む。  
売れっ子のグラビアアイドルがマリアを軽くねめつけているが、マリアは舌をべぇと出して応戦してみせる。  
「これは、とっておきの秘薬だから、大好きな蓮様に使って欲しかったんですもの」  
マリアは、蓮の耳に薬の効能を耳打ちした。  
「すごい秘薬だ。マリアちゃんは面白いモノを見つけてくるのが上手だね」  
「えへへ。蓮様に喜んでもらえただけで、マリア幸せ。大事に大事に使ってね」  
「ありがとう。大切にするよ」  
夢のある子供らしいプレゼントだと、蓮は、小瓶をそっと胸ポケットに入れた。  
「キーホルダーにして、お守りにしよう」  
それが一週間前の出来事。  
 
映画の打ち合わせを終え、社と共に事務所に戻ってきた蓮は、玄関前で『彼女』の声を耳ざとく聞いて立ち止まった。  
「あ。キョーコちゃんだっ、蓮、ほら、キョーコちゃんだぞ、キョーコちゃんっ。制服姿だ。学校帰りかな〜。  
相変わらず可愛いな〜とか思ってるだろ、お前」  
「……一度言われれば、わかりますよ。社さん。確かに最上さんですね。琴南さんと何やら楽しそうに話し込んでいる。  
それが一体どうかしたんですか。急ぎますよ」  
「それがっておい、何、すたすた歩き出しているんだよ、蓮。声掛けなくていいのか? やぁとか。元気?とか。  
食事でも誘え。ダークムーンも撮り終わって、会える機会もないっていうのに、チャンスだぞチャンス」  
「……チャンスって。ピンチじゃないですか。椹さんたちとの会議を控えているのは、どこのどなたですか?」  
蓮が指摘すると、社は青ざめて腕時計を見た。  
「しまった。ついキョーコちゃんがいると、俺の老婆心が呼び起こされて」  
(老婆心というよりも、完全なる好奇心、俺で遊ぶ気満々でしょうが)  
片眉をぴくりと上げて、社を促す。  
「早く行ってください。明日、8時に迎えに行きますから」  
「悪いな、蓮。どちらがマネージャーなんだか、ほんとすまない」  
「何言っているんですか。社さんにはいつも感謝してますよ。……ほら、松島主任に怒られないうちに」  
「ああ。連日遅かったから、今日はゆっくりと休めよっ、冷房は控えめにな」  
最近ますますお兄ちゃんのようになる社を苦笑して見送ると、蓮は、流石に夏の疲れが出たのか真っ直ぐマンションへ  
帰ろうと決めて踵を返した。『彼女』を見ないように。  
「お早うございますっ」  
目の前で、キョーコが深々とお辞儀をしていた。側には琴南奏江も一緒に頭を下げている。  
「おは、よう。久しぶりだね、最上さん」  
キョーコが緊張した様子で微笑む。  
「はい、その。すぐに気づかずに、すみませんでした」  
「いや。友達と楽しくお喋りしていれば、周囲が見えなくなることもあるよ」  
(どうして、こう上手くいかないんだ)  
蓮は苦しそうに微笑み返した。  
 
キョーコに会うことは禁忌にしていた。ダークムーンを終えてから長い間、あえて彼女を避けてきた。  
両親とのわだかまりも解けて、キョーコへの想いは加速していた。  
しかし彼女に会うたびに、歓喜と共に、自分の欲望に忠実になりそうな状態に恐怖を感じていた。  
他の女性と付き合っていた頃にはなかった感情が爆発しそうで、抑えきる自信がない。  
自分は彼女を本当に大切にしていけるのだろうか、けれど他の男に手渡したくない。  
触れたいのに、触れてはいけない。心の赴くままに抱いてみたいのに、口付けすら許されない。  
今こうして、目の前にいるのに。心が二つに割れそうで苦しかった。症状が悪化している。  
「じゃあ、俺はこれで」  
「敦賀さんっ!」  
キョーコが蓮の袖を掴んでいた。  
「あの、ごはんを……一緒にお食事でもいかかですか?」  
「え」  
「あ。今日、私オフだったんですが、モー子さじゃなくて仕事の終わった奏江さんとデートの約束をしていまして」  
「で、デートじゃないでしょ、あんた。もっと言い方があるでしょうが、バカキョーコ」  
『バカキョーコ』と呼ばれて、キョーコはきらきらと瞳を輝かせる。  
「モー子さん? もう一度呼んで? お願い?」  
小首を傾げて、お願いポーズをするキョーコ。奏江はふっと頬を引きつらせた。  
「……キョーコ」  
「うふふっ、キョーコだってぇ、キョーコって呼んでくれた〜、キョーコってぇ、やーんっ」  
万歳をしながらスキップを繰り広げるキョーコに、蓮は寂しそうに笑った。  
「羨ましいね」  
「あ。すすすすすみません! やだ、私ったら。我を忘れてしまい」  
「すごいな、琴南さんは。きっと最上さんを夢中にさせる魅力を持っているんだ」  
「そういう誤解を招く言い方をしないでもらえますか? しかもキョーコ限定って何かいや」  
「モー子さん、ひどぉい」  
「あら。敦賀さん。何ですか? 私の顔に何かついています? やだ傷?」  
奏江は人相を変えて、先輩である蓮に凄んでいた。すぐに手鏡をバッグから取り出しチェックを怠らない。  
「あ、ごめん。ごめん。つい君のこといいなぁっと思ってしまって。羨ましいよ」  
奏江は目を見張った。  
「何が、いいんですか? 何が羨ましいんですか? 芸能界一いい男と呼ばれる人に、何が」  
「いや。あー、最上さん……親友と呼べる人間がいることが、だよ? 芸能界というのは競争社会そのものだろう?  
心許せる人がいるのは大事なことだよ」  
「……親友、ですか」  
「うん、親友」  
「本当に、『親友』かしら?」  
蓮は、奏江の不審そうな瞳を笑顔でかわした。  
 
敦賀さんの食事事情はどうしても気になってしまうんです、とキョーコが言い、蓮はラブミー部員二人を  
モデル仲間に誘われて時折利用しているイタリアンレストランに招いた。  
「ちゃんと食べてるから、心配ご無用だよ」  
「あ、すみません。何だか無理矢理お誘いしてしまった感じで」  
「いや。一人で食べるよりも皆で食べたほうが美味しいだろう?」  
蓮の気遣いに、キョーコはにっこりと目を細める。  
「……あら。私がいない方が、もっと楽しかったりしませんか?」  
奏江がグレープジュースを飲みながら淡々と告げた。蓮の車に乗り込んだ時から、キョーコに助手席に座るように  
促したり、もー私がお邪魔虫みたいになってるじゃないとぶつぶつと言って突っかかってくる。  
(俺って、そんなに最上さんが好きだと顔に現れているんだろうか)  
窓ガラスに映った無表情の顔を確認してから、奏江に切り返した。  
「もしかしたら琴南さんは、せっかく最上さんと二人で食事だったのに、俺の方が邪魔して怒っているのかな?」  
「なっ?! 何を」  
奏江は真っ赤になり、口ごもる。  
「そ、そんなことはありませんよ? 何を言い出すのかと思ったら、す、すみません。私、ちょっとお手洗いへ」  
そそくさと席を立つ奏江を、蓮が追うように立った。一緒に立ち上がるキョーコに、座るように目配せする。  
「ちょっとからかい過ぎた。謝ってくるよ。食事すすめていて」  
蓮が店の片隅にたどり着くと、奏江がトイレの前で待ち伏せしていた。  
「来てくださると思っていました」  
「ああ。さっきのは。演技だったのか……ついのせられてしまったかな」  
奏江の射るような視線に、蓮は肩を竦めた。  
「いいえ。実際、友達とご飯食べるのに、何、男を誘っているんだと少しムカつきましたけど?」  
「最上さんのは、いつものように先輩の俺に対する気遣いだと思うけど」  
「多分、キョーコの方はそうでも、あなた自身はどうなんですか?」  
 
ストレートな問いに、蓮はたじろいだ。  
「何を言っているのかな?」  
「勘違いでしたら謝りますけど、キョーコをどう思っているんですか? 前にあの子にあなたのことを相談された時、  
もしやと思いましたが、キョーコのこと」  
「俺が、好きだとでも言うの?」  
「断言はしませんけど、確信しています」  
「参ったな」  
蓮は天井を仰いだ後、奏江と視線を合わせた。妖艶に微笑む。  
「それ大誤解なんだけど、最上さんには言わないでくれるかな」  
「脅しのつもりですか」  
奏江は毅然としている。  
「はっきり言って迷惑なんです。私やキョーコみたいなデビュー間もない新人が、あなたみたいな大物相手に  
スキャンダルにされたら、どんなにバッシングを受けるか! 宝田社長でしたら、きっと事態を悪化させない  
ように動いてくれるんでしょうけど、中途半端な気持ちで」  
「……中途半端じゃないよ。俺は」  
口をついてしまってから、蓮は己の口元を押さえた。  
「いや、……君には嘘はつけそうにないな。君は、最上さんを大事に思っているんだね」  
「なっ、わ、私はあの子に泣かれると非常に困るだけで、大事とか、その、んもーっ」  
奏江はふーっと一息ついた後、再び蓮と対峙した。  
「敦賀さんの気持ちはわかりました。でも今のあなたの態度も気持ちも私の目から見たら、あの子のためになりません。  
きっぱり諦めるか、いっそのこと告白して振られてください」  
「振られるのが前提なんだ……」  
「ええ。だってあのキョーコのことですもの」  
蓮は、胸を張る奏江の態度に苦笑する。  
「やっぱり、羨ましいな」  
「私みたいになりたいとか寒いこと言わないでくださいよ。私、退散しますんで、けじめつけた方がいいんじゃ  
ないですか? 精神上、不衛生ですよ。じゃあ、ごちそうさまでした」  
奏江は、慇懃無礼に頭を下げて蓮の元を去った。  
 
奏江が帰った後、蓮はトイレへ続く通路で立ち尽くしていた。  
(俺が、最上さんに、告白する、か……あ、いや、これから最上さんに琴南さんが  
どうして帰ってしまったのかをどう説明すべきか。最上さん、がっかりするだろうな)  
蓮は、後輩に簡単に自分の想いを見抜かれてほんの少し動揺していた。  
前方からの話し声に反応するのに数秒遅れるぐらいに。  
「……ぜったい、あれ京子だって。未緒やってた新人。でも誰と食事しに来てるのかな。  
同じ芸能人? 百瀬逸美ちゃんだったりして」  
「うっわー、だったら写メ撮ってもらおう?」  
「いや。ここの店ってさ、女同士であんまり来ないんじゃない? 結構値段高いしぃ」  
「え。じゃあ、相手男? 貴島さんとか? もしかして敦賀蓮?」  
「いっやっー。それって悔しいぃ。うちらの今日の合コン、医者相手だけどぉ、全然いけてないじゃーん」  
「もし、敦賀蓮だったら、話かけちゃおう?」  
「無理。引かれるって。合コン途中でさ、痛いファンに限定されるって」  
「だったら、癪に障るから、写メ撮って週刊誌に売りつけちゃう?」  
「あははははー、いいねぇ。でも、まっ、敦賀蓮じゃないっしょ。ありえないって。百瀬逸美が相手ならまだしも」  
「だよねぇー」  
京子の存在に気がついた、蓮のファンらしい。  
蓮は非常にまずい状況になったと、とりあえず男子トイレに避難した。  
「本当に、俺が琴南さんだったら自由が利くんだろうけど」  
口に出してから、蓮はポケットに入っていた車のキーがついたキーホルダーをポケットから取り出した。  
マリアから貰った小瓶がついている。ピンクの液体の効能は――。  
『自分が思うように変身できるの。例えばマリアが大人に変身して蓮様とジェットコースターに乗れるのよ。  
ほら、マリアまだ身長足りないし。大きくなったら腕も組んで歩けるわ。でもきっとそんなの本当の  
自分じゃないから、マリアは使わないの。でも蓮様は有名だから、もししつこいマスコミが追いかけてきたら、  
別人になって逃げてね? 本当はお姉様にも差し上げたかったんだけど。お姉様も有名になってきているし』  
「まさか、な」  
蓮は眉を顰めながらも、栓を抜き、液体の中身を口に含んだ。  
 
アルコールの強い酒を飲んだように胃が熱くなった。  
呼吸が荒くなり、眩暈がする。  
「く、そ」  
身体が引き裂かれるように痛み出し、一瞬の内に意識を持っていかれた。  
「……あれ。……が倒れているぞ」  
気がついた時にはどのくらい時間が経っていたのか。周囲を男二人に囲まれていた。  
蓮は刺すような頭痛にこめかみを押さえて、立ち上がろうとする。  
「あ。大丈夫? 君、手を貸そうか?」  
「顔色悪いぞ」  
「いや、大丈夫……」  
随分馴れ馴れしい男たちを振り払って、蓮はふと自分の咽に手をやった。  
(なん、だ。俺の、声……?)  
「男子トイレに入っちゃうなんて、よっぽど具合が悪かったんじゃない? 送ろうか」  
男の視線が上にある。いつもはほとんど見下ろすことが多いというのに。  
蓮は飛び上がって、周囲に鏡を探した。  
「え、琴南さん?」  
蓮は、鏡に映った自分に向かって息を呑んだ。  
自分の手を動かしてみる。すると鏡の中の琴南奏江も同時に手を振り返した。  
鏡の奏江の服は、今日自分が着ていたジャケットにブラックジーンズ。大きすぎてぶかぶかになっている。  
「ねー、君、琴南奏江だろう? こんなところで何しているの?」  
「そんな変な格好してさぁー、男子トイレにいてさぁー。ヤっちゃうよ?」  
酔客なのだろう。アルコール臭く、目が据わっていた。  
いつもの自分なら軽くかわせる相手だというのに。怖気が走った。  
腕をとられて、悔しさに奥歯をかみ締める。  
 
「ちょっとあなた方? 私の親友、モー子さんに今、何、狼藉を働こうとしているのぉおおおお!?」  
蓮が二人の男の股間を蹴り終えた後に、キョーコが青ざめて男子トイレのドアを開けて、突進してきた。  
「モー子さん? モー子さん、大丈夫? あんまり遅いから心配して、私、私ぃ、やだぁ、モー子さんに何か  
あったら、どうしようかとっ」  
泣き顔でキョーコが抱きしめてきた。やわらかくて甘い香りに、目を細める。  
「俺は……私は大丈夫だから、その、キョーコ?」  
いつまでもしがみついているキョーコの身体を惜しいと思いながら、そっと離す。  
「まったく、待ってって言ったのに。君の方が襲われたらどうするんだ」  
「…………モー子さん?」  
キョーコは、ぼんやりと首を傾げる。  
(しまった、気づかれたか?)  
蓮の内心の焦りは杞憂に終わる。  
キョーコから微かにアルコールの臭いがした。  
「最上さん、もしかして、テーブルの上のシャンパンを飲んでしまった?」  
「シャンパン? あれ、シャンメリーではないのですか? えへへ。クリスマスに一度飲んだことがありますよ?」  
「シャンメリーって、何。いや、それよりも飲んでしまったんだね」  
とりあえず男子トイレを出て、蓮はため息をついた。  
酔ってしまったキョーコぐらい、いつもなら抱えて歩けるのに今は肩を貸すのが精一杯だ。  
しかし、いくら密着していても周囲の視線を気にしなくてもいい。  
キョーコも自分を奏江だと思って、いつもよりリラックスしているようだ。  
温かいぬくもりに、胸が苦しくなる。  
(女の身体じゃ、襲うにも襲えないしな。幸運だったというべきか)  
数時間もすれば、薬の効能も切れると知っているので、明日の仕事にも影響はないだろうと心配はしていなかった。  
「じゃあ、今日は帰ろう」  
支払いを終えた蓮はタクシーを呼び、だるまやまで送り届けようとしたが、酔ったキョーコを見て思い直し進路を変えた。  
 
「モー子さん。敦賀さんはどうしたの?」  
タクシーの中で、ほろ酔いキョーコは蓮の肩に頭を乗せていた。  
「帰った、みたいだよ? 社さんに呼び出されたから、謝っておいてほしいと」  
「そう、モー子さん、どうして敦賀さんと同じ格好しているの?」  
「あ。転んだウエイターにお酒を掛けられてしまって、着替えを貸してもらって」  
「モー子さん。敦賀さんのにおいがするね」  
くんくんと鎖骨付近に鼻を近づけられて、蓮はのけぞった。  
「最上さん、くっつきすぎる」  
うるうるするキョーコは、蓮を真下から見上げた。  
「え、やだ、キョーコって呼んでくれないのぉ?」  
心臓が高鳴る。  
「キョ、キョーコ。頼むからそんなに煽らないで欲しい」  
蓮は近くのホテルにつくと、キョーコを肩に担いでフロントに声を掛けた。  
「お二人ですか?」  
「いや」  
キョーコ一人を宿泊させる予定だったが、朝目覚めて理由もわからず混乱するキョーコの姿が見て取れた。  
だるまやには琴南奏江と一緒に宿泊すると電話で話している。話の辻褄が合わなければ、彼女がだるまやの大将に  
わけもわからず叱られるだろう。  
「シングル2部屋ないかな?」  
「申し訳ございません。ただいま最上階のスイートしかご用意できません。失礼ですが、ご予算は」  
小娘に支払えるのかと奏江の姿の蓮を見下した言い方だった。蓮は無言でカードを差し出した。  
「し、失礼しました。どうぞ、ご案内致します」  
蓮は最上階まで、ボーイの手助けも借りずにキョーコを支えていた。部屋へたどり着くと、  
キョーコをベッドへと運び、自分は向かいにあるソファーを確保した。  
(シャワーでも浴びたい気分だけど、琴南さんの身体じゃ申し訳ないな)  
シャツの隙間から見える胸の谷間に、蓮はほとほと弱り、毛布を一枚取り出した。  
 
「モー子さん、ソファーじゃ身体が痛くなるから、一緒に寝ましょう?」  
ベッドに横たわったまま、キョーコが手招きしていた。  
「いや、俺……、私汗臭いから」  
「じゃあ、お風呂入ったほうがいいと思うの。お酒かぶってしまったんでしょ? モー子さん綺麗好きなのに」  
アルコールのせいなのか、奏江に対してはいつもそうなのか、キョーコは甘えているようだ。  
ベッドをよろよろと抜け出し、キョーコは蓮に抱きつく。  
「うふふふ。今日のモー子さんはすごく優しいなぁ〜。いつも優しいけど、今日はなんだか」  
蓮を見上げてにこにこしている。  
「お風呂一緒に入ろうね? ね? 恥ずかしくないよ〜」  
「え、あ、最上さん?」  
有無も言わさず、蓮の手を引き、バスルームに突入する。  
キョーコは、何のためらいもなく服を脱ぎ始めていた。ブラウス、スカートを脱ぎ、ブラを外し、  
蓮は咄嗟に目を背けた。  
可愛らしい胸に桃色の頂き。  
「モー子さん? 大丈夫?」   
柔らかそうな胸、すべらかで細いお腹、茂みの奥には……。  
裸のキョーコが蓮のシャツのボタンを外していく。無防備すぎる姿に、抱き寄せたくなってしまう。  
(彼女を啼かせてみたい)  
どろどろとした己の欲望に、拳を握りしめる。  
「いいなぁー、モー子さんやっぱり、胸が大きいんだもの」  
キョーコが胸を鷲づかみにした。  
「んっ」  
(なん、だ、これ……)  
顔を赤らめた蓮に、キョーコももじもじする。  
「ご、ごめんね。ちょっと羨ましいなって思ったから」  
蓮は、奏江の身体を見下ろして吹っ切るかのように、シャワールームへと突っ切った。  
 
シャワーのお湯が気持ち良かった。  
キョーコの胸に触れる。女であることで、キョーコを傷つけることにはならないだろうと、箍が外れかけていた。  
「やだ、モー子さん。私の、小さいし、なんか」  
「可愛い……よ」  
蓮は、キョーコの後ろに回って乳首を摘んだ。  
「あっん、やっ、モー子さん、破廉恥なのっ」  
初めて女の身体に触れる物珍しげな少年のように、蓮はキョーコの乳首をくりくりと回し、引っ張り上げる。  
「あっ、な、何? あっ、いやっ、私、そこまで、モー子さんにして、ないっ、やっ、ぁあっ」  
キョーコのお尻がぴくんぴくんと、背後の蓮に(奏江の身体に)押し付けられる。  
(感じているんだ……)  
喜びが湧き出て、キョーコの正面に向き直る。  
奏江のふくよかな胸がキョーコの胸に触れた。乳首同士がこすれ合い、蓮は今までにない感覚にくらりとした。  
胸を擦り付けると、キョーコがウエストに手を回してきた。立つ力がないらしい。  
奏江への罪悪感も消えてしまい、蓮はキョーコの快楽に震える姿に夢中になっていた。  
勃った乳首の先が痺れるようだ。キョーコも自らの小さな胸を奏江の胸へ重ねるように背伸びしている。  
胸の尖端が何度も何度もこすれ合う。小さいながらも上下に弾む乳房に指を添える。  
「気持ち良いの? 最上さん?」  
「いやっんっ、……あっ、あっ、最上さんじゃ、いやっ、キョーコ、キョーコって」  
「うん、キョーコ、君を食べてしまいたい」  
蓮は、キョーコの充血した乳首を口に含んだ。  
「モー子さん、どう、して、はぁっ、やっ」  
流石に奏江である蓮の行動に、キョーコは赤らんだ顔で問うた。  
「俺を煽らないでって頼んだのに、約束破ったから」  
 
蓮は、キョーコの秘処に指を差し入れた。  
「あっ、や、……そんな、こんなの、だ、だめっ……」  
シャワーの音で、キョーコの声がかき消されそうになる。  
突起を充分に撫で上げて、焦らすように割れ目をゆっくりとなぞる。くちゅくちゅと音が鳴り始める。  
「こんなにして、だめ?」  
キョーコが腰をくねらせていた。指にはねっとりとした愛液がまとわりついている。  
「きょ、今日のモー子さんは優しくない、や、やだっ」  
口では反抗しながらも、キョーコの身体は背徳な行為に従順だった。  
女になった蓮の下腹部にも手を伸ばして、同じ行為をしようとする。さらに自ら胸を持ち上げて、  
積極的に蓮に擦り付けてきた。  
キョーコの可愛らしい要求に眩暈を覚え、蓮はお湯に打たれながら、唇を奪っていた。  
深く喰らいつくように、キョーコの口内を貪る。舌を絡め、吸い上げる。キョーコの舌が蓮の動きを追い始めた。  
(こんなんじゃなくて、もっともっと俺のものにしたい)  
うっとりと目を細めるキョーコを抱きしめて、蓮はベッドルームに戻った。  
 
女の身体でキョーコをどう責め抜いてやろうかと考えたが、結局は本能のままにキョーコを求めた。  
ベッドに身体を横たえさせ、彼女の脚を大きく広げて、秘処を舐め始めた。  
「やっ、汚いから、だ、だめ……あっ」  
「汚くなんか、ないよ? キョーコの味がして美味しい」  
「あ、味って……やだ、そんな恥ずかしい……んぁっ」  
奏江の長い髪に指を絡ませて、太ももを両頬に押し付けてくる。  
下半身が痙攣するように震えていて、心がざわついた。  
「いつも、琴南さんと、こんなことしているの……?」  
胸への刺激が気に入ったのか、キョーコは自ら乳房を掴んでいた。こっそりと胸の尖りも弄っている。  
「何、言って、るの? 私、初めて、なのに、んぅっ……ひど、い…モー子さん……どうし……ぁっ」  
「ごめ、ん。妬けてしまって……」  
「妬、く?」  
蓮は、襞に合わせて舌でなぞっていたのを止め、人差し指の先を差し入れた。  
「いぁっ、な、な、に?」  
キョーコは眉を顰めたが、秘処は指に絡みついてくる。  
少しずつ上下に動かしていると、愛液が溢れ出てきた。  
キョーコは唇を引き結んで、必死に声を押し殺している。  
頭を微かに振る仕草が愛おしくて、蓮は女である身体に焦れた。少しでも彼女に近づきたくて、  
脚を交差させて、濡れていた奏江の秘処をキョーコのそれになすりつけた。  
ぬちぬちと愛液が絡み合う音が室内に響いた。  
「あぁっ、……な、やぁっ、モー子さん、モー子さんっ、こんなのダメぇっ……」  
男女のまぐあいに似た行為に、熱に浮かされたキョーコも目を見開く。  
薄闇の中、髪の長い奏江が汗を流し、切なそうに笑っていた。  
「どうして、泣いて、いるの?」  
 
キョーコは半ば身を起こして、奏江の頬に手を添えた。  
「何が、あったの? 今日はいつもと様子が……」  
「本当の俺を知って、君はきっと絶望する……軽蔑する……」  
「あ、い、今の……、この恥ずかしいことは……その、やっぱりすごく恥ずかしいけど」  
キョーコは目を伏せ、そっと奏江の唇に口付けた。触れるだけの優しいキス。  
「大丈夫よ。だって、私、モー子さんのこと大好きだもの」  
「琴南さんだから?」  
「え」  
「琴南さんだから、心を、すべてを許せる?」  
「モー子さん、本当に、どう――ぁっ」  
蓮はキョーコの胸を荒々しく揉みはじめた。  
「俺は、君をずっと大切にしたいと思ってきた。だけど、その裏側で、どんなことを考えていたと思う?」  
キョーコは、自分の秘処に圧迫感を感じて、息を呑んだ。  
「モー子さん、男の人、だったの?」  
蓮も自分を見下ろして、驚いた。男性器があった。変身が解かれつつあるのか。両性具有になった状態だった。  
「琴南さんだったら、こういうことも許すの?」  
充分にほぐしてあった秘処へ、蓮は己自身を突き刺した。  
「いっぁっ! あぁっ、やっ」  
指を入れた時とは違い、はち切れた蓮のモノはキョーコに涙を落とさせた。  
「こんなの、こんなの、いやぁっ」  
注挿する動きに、奏江の胸が大きく揺れ、キョーコの声を掠れさせた。  
 
「違う、違うの、モー子さんは親友、だけど、んぁっ、これはっ」  
「どうして、君はそうやって耐えるんだ、不破の時もっ、ストーカーの時もっ」  
「いやっ、ぁっ、ぁっ、動かない、でっ、だめっ、モー子、さん、のこと、嫌い、になっちゃうっ……」  
蓮の律動が弱まり、肩で息をつくキョーコがそっと目を開いた。そして――。  
「え。敦賀、さん? うそ、やだ、どうし、て、ここに……んぅっ」  
キョーコは、自分が今繋がっている人物の顔をまじまじと見た。  
「モー子さん、は? どこに? ……え? え?」  
キョーコは改めて自分のお腹の下を見、一瞬顔を赤らめ顔を背けた。  
蓮は、キョーコの顔に暗い影が落ちていくのを見たような気がした。  
(自滅だな……)  
蓮は無言で、キョーコをそっと離した。彼女の内股から愛液と混じって、うっすらと血が流れ出ていた。  
(傷つけた、最悪なやり方で)  
「敦賀さん、が泣いていたんですか?」  
「え」  
「敦賀さんが、どうして泣くんですか? 泣きたいのは、私なのに……こんなの……」  
「ご、めん……、俺は」  
「何で、謝るんですか、どうして……私。やっぱり敦賀さんに嫌われていたんですね、だからこんな風に」  
キョーコが青ざめ震えていた。  
「違、う……今さら、……君に好きだなんて、言えるわけがない」  
蓮は、キョーコの震えように唇を噛み締めた。  
「今、君に好きだと言っても信じてもらえない、でも……好きなんだ」  
両耳を塞ぐキョーコに支離滅裂に、叫ぶ。  
「最低な男だと思われても、どう言いふらしてもいい。俺は君が好きだ、ずっとずっと好きだった。  
受け入れなくてもいい。拒絶されても。ただ君を、そんな風に傷つけたくなかった。俺が、君を傷つけた」  
「敦賀、さん?」  
 
キョーコは耳を塞いでいた手を下ろし、蓮の頬を両手で包んだ。  
「泣かないで、ください、そんな……辛そうな顔をしないで。今の私には好きだとか、わからない。  
でも、私が言えるのは、私は敦賀さんの悲しい顔を見ていたくない」  
「最上さん。頼むから、我慢をしないで欲しい。辛いのは君で」  
蓮の声は、震えていた。  
「本当に、君が好きなんだ」  
「私は、私は」  
キョーコはうな垂れた蓮の頭を抱きしめた。  
「私はあなたに好きになってもらうのが怖い。人の心は変わります、きっと裏切られる。でも」  
身を屈めて、蓮を覗き込んだ。  
「私、敦賀さんにそんな顔をさせたくない。それだけでは駄目ですか?」  
蓮は、息を呑んだ。  
「俺は、ずっと君を傷つける存在でしかないと思っていた」  
「今の私は、弱い人間ではありませんよ? 敦賀さんが、私に勇気をくれたんです。だから……え?」  
キョーコは自分の内腿に、蓮自身が当たっていることに気がついた。  
「あ」  
もじもじするキョーコに、蓮は不安そうに聞く。  
「軽蔑、する?」  
「い、いえ、あの、どう……」  
「俺が勝手に君に感じてしまった。言葉が嬉しくて」  
「わ、私のせい、ですか。どう、どうすれば」  
「え、トイレ、行ってくるから、君はそのまま眠って」  
「あ、あの私……」  
ごにょごにょと囁いたキョーコの声に、蓮は耳を疑った。  
「最上、さん?」  
 
「無理強い、させてない?」  
真剣に見つめると、キョーコは目を泳がせた。  
「あ、……その、あの、優しく、してくださいね?」  
そのお願いに、自分のセリフでますます赤面するキョーコに蓮は眩暈がした。  
「ごめん。やっぱり止められそうにない」  
蓮は自身をそっとキョーコの秘処へあてがい、押し進めた。  
「……ぁっ、んんっ、……いぁっ、こわい」  
唇を噛み締めるキョーコを気遣い、蓮はゆっくりと腰を動かした。  
痛みで跳ね除けるのではなく、蓮の背中にしがみつく少女が愛おしくて何度も口付けを繰り返す。  
キョーコは少しずつ、蓮の愛撫に応えた。  
震える指先が、蓮の頬を包み込んだ。蓮の動きに合わせようと腰を揺らしている。  
眉根を寄せるキョーコから告白を聞いた。  
「好き」  
心が躍る。熱に浮かされて出た一言かもしれない。けれど、硬く閉ざされた彼女の心に、自分が許され  
受け入れられたようで、胸いっぱいに幸福感が広がった。  
自分を刻み付けるようにインサートをゆっくりと繰り返して、突然抜いた。  
キョーコが蓮自身を締め付けてきたのに、驚いたからだ。  
「あ、あ、やっ、入れて、敦賀、さん、まだっ」  
蓮は息を呑み、赤い咬み跡がついた彼女の全身を見下ろした。  
「……ま、だ? 何?」  
「……あ、だから、その、敦賀さん? その、だから」  
キョーコが、切なげに蓮を見上げる。  
「敦賀さんじゃ、ダメだよ。蓮って呼んで。どうしたの? どうしたいの? キョーコ?」  
長い指先で、身体の線を撫でる。  
キョーコが肩を竦めた。  
「意地悪、意地悪、いや、蓮、蓮っ、わからないっ、お願いっ」  
「可愛いことされると、困る」  
「ご、ごめんな、さ……?」  
「いや、嬉しいよ? だから」  
蓮は、小刻みにキョーコに身体を打ちつけた。  
「あっ、あっ、あぁっ、いやぁ、離れないでっ、一緒、……一緒にっ」  
キョーコの脚が、蓮に巻きついた。予想外の締め付けに、唸る。  
「一緒にぃ、蓮っ」  
「……一緒にイクよ?」  
蓮はキョーコの中に身を沈め、背中を大きく震わせた。  
 
キョーコはぐっすりと眠っていた。  
蓮は腕の中の彼女の寝顔を見て、幻ではないかと何度も触れた。  
裸の肩に毛布をかけようと手を伸ばすと、心細そうにしがみついてくる。  
「ごめん、起こした?」  
「……え、敦賀、さん?」  
「ああ。もう、俺のこと蓮とは呼んでくれないのかな?」  
キョーコは真っ赤になって、目を伏せた。  
「す、すみません。昨夜は私、……やだ、恥ずかしい」  
毛布の中に隠れてしまったキョーコに、蓮は一瞬不安になる。  
「もしかして、君を追い込んでしまった?」  
「そんな。私は」  
顔を出したキョーコは、おずおずと蓮の胸元ににじり寄った。  
「敦賀さんのことを考えると前よりずっとどきどきして、困ってしまって」  
「前より? 前から俺のこと、少しは意識してくれて、いた?」  
細い身体を思いっきり抱き寄せる。  
「え、えっと、敦賀さん、そんな抱きしめられると、私私」  
「まだ帰したくないな」  
「え」  
「まだ君とつながっていたい」  
キョーコの胸が震えるのを感じて、蓮は目を細めた。  
「でも残念。もう社さんを迎えに行かないと。だから今夜も、君に会いたいんだけど、今日の君の時間と  
身体を俺にくれる?」  
「へ。……あ、はい」  
覗き込まれたキョーコは、目を逸らさずに微笑んだ。  
「はい。私も会いたいです。会いにいきます」  
蓮は、再びキョーコを抱いてしまいたくなる衝動をめいいっぱいに抑えこんだ。  
「俺が、迎えに行くよ。覚悟して待ってて、キョーコ」  
約束とそっとキスを交わした。  
 
 
蛇足。それぞれの反応。  
 
朝。事務所で奏江と会ったキョーコ。  
「何、あんた。敦賀さんの車で来て、電車通勤してないくせによろよろしてんのよ。たるんでるんじゃ……  
って、その首の大量の虫刺されは、いや……まさか。ちょっと、あんた、何事。こっち来なさいよ」  
と青ざめて控え室に引っ張り込む奏江。  
「あ、ああああんた、敦賀さんとまさか、あ、か、身体の関係を」  
俯くキョーコ。もじもじする仕草に、奏江は目を見開く。  
「ほ、本当に?! む、無理矢理じゃないのね? あんたはちゃんと納得しているのね?」  
こくこく頷くキョーコに、奏江ほっとする。  
「で、きちんと交際宣言とか、するとか考えているの? 敦賀さんは一体何を考えて」  
「え。また会いたいって……」  
「今夜も?! あんた、明日日曜は仕事はないって言ってたわよね。  
日曜もそのまま、一緒に敦賀さんと過ごすつもり?! いや、あの人はそのつもりかもね」  
首を傾げるキョーコに、仏頂面の奏江はそっとバッグの中から栄養ドリンクを差し出した。  
「体力つけときなさい」  
 
 
 
車の中の社と蓮。  
「蓮。お前、今日はすごく機嫌がいいな。ついでだからって朝早くからキョーコちゃん、車に乗っけて、  
まるで中学生が二人乗りのチャリで嬉しがっているのと同じ……いつになったらさ……  
……いや、待て。お前、それ、昨日と同じ服? キョーコちゃんも制服のまま? え、えぇぇ?!」  
問い詰める社。にこにこ蓮。  
「ご想像にお任せします」  
「想像って……いや、俺は嬉しいんだけどさ、いきなりそうくるとは。キョーコちゃん大変だな。お前、  
激しそうだもん」  
「ええ。今夜から明日にかけては、しっかりオフでしたよね。社さん」  
「おい。まさか一日いっぱい、一日中、ベッドの中で過ごすとか言わないよな?」  
「以前社さんが言っていたように、俺にめろめろになってもらおうかと」  
「きょ、キョーコちゃん、殺す気か……」  
「あー。ははは。暴走しないように気をつけます」  
「なんか、俺の楽しみが減った気がする……」  
社の呟きを乗せて、ポルシェは意気揚々と首都高を走り抜けた。  
 
 

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