どうしよう――――…。
キョーコはのどの渇きに目を覚ました。
夜の闇に静まり返る部屋。視界に入った時計は4時を指している。
ベッドを下りキッチンへ向かった。
冷蔵庫を開けて飲みかけのペットボトルを探す。
なかったので未開封の水を取り出した。
おぼつかない足取りで薄明かりのリビングへ移動し、やわらかな絨毯にぺたんと座った。
ペットボトルの蓋に手をかけ手首をひねる。が、いつものように開かない。
(手に力が入らない……)
いつもなら起き抜けでもこれくらい平気で開けられた。体がけだるく重い。
「どうしよう…」
漏れたつぶやき。それは眠りに入る直前のキョーコの思考。
なにが『どうしよう』なのか思い出せず、キョーコはペットボトルを見つめた。
ふと覚えのある香りがキョーコの鼻をかする。
(敦賀さんの香りだ。安心する……)
キョーコはここが蓮の家であったことを今更思い出した。
自分が着ているパジャマも彼の物で、そこに安心するあの香りが染みついていた。
(どうして私、敦賀さんのパジャマを着てるの?)
頭がうまく働かない。
「どうしよう……」
(だから、なにがどうしようだったっけ……)
「なにが『どうしよう』なの?」
キョーコの思考にかぶさるように頭上から声がした。
見上げると、この家の主が立っていた。
「……のどが渇いて、でも力が入らなくて開かなくて…」
キョーコの口から出た言葉、それはたった今困っていること。
(違う、そうじゃなくて……)
思考どころか現在すらも追いつけない。
蓮は腰をかがめ、キョーコの持っていたペットボトルを取り上げた。
その手をキョーコの目が追う。大きいながらに繊細な手をぼんやり見つめた。
蓮が片膝を立てて座った。キョーコの視線が蓮の顔にたどり着く。
濡れた瞳、端整な唇。男性ながらに色香の漂う顎から首筋、鎖骨へのライン。
(そうだ…私……、昨日この人に抱かれたんだ――――…)
つい数時間前の出来事が、キョーコの中で再生され始めた―――。
蓮は始め、緊張するキョーコにやさしく触れていた。
が、快感が紡がれていくのがわかると容赦ない愛撫に変わっていった。
全身に余すところなく触れ、口づけていく。
胸の頂きに覚えのない刺激が走り、キョーコは仰け反った。
「ん…はぁっ、ああ…あぁ、はぁっ、ああああっ!!」
蓮の頭が下がって行き、両足を開くと中心に顔を埋めた。
花弁や小さな芽に蓮の舌が這う。
「やぁああっ!敦賀さ…そこ……汚…、あああぁ!!」
何も考えられなかった。初め味わう快楽はあまりに未知だった。
あふれる蜜を蓮は丁寧に舐め取った。時に荒々しく音を立てて吸った。
キョーコに更なる快楽が降りてくる。
「んあぁ、あっあっ…ああん、……ぁんんっ!ん……くぅ…んんぅ!!」
自分の声が恥ずかしくて、キョーコは必死に口をふさいだ。
蓮はそれをやさしく外し、手をつなぐようにしてベッドに縫いとめた。
そして口づけながら素早くゴムを付ける。
本当ならもっと感じさせてあげかったが、蓮の限界はそこまで来ていた。
「痛いと思うけど……ごめんね」
蕾に硬いものがあてがわれた。
そして、ゆっくり確実にキョーコの内に潜り込んでくる。
「いっ、痛――――ッ…」
キョーコは快楽が飛んでしまうほどの痛みに体躯を反らした。
「ふぇっ、う……く、えっく…」
涙が溢れ嗚咽が漏れる。蓮が唇で涙を拭った。
激しく突き上げたい衝動を抑え、ゆっくりと腰を進める。
そのせいで絡みつく粘膜をよけいに感じ、蓮は吐息を漏らした。
「全部入ったよ。……大丈夫?」
全然大丈夫じゃなかった。でも……。
「大…丈夫です……」
触れてくる熱に愛情を感じるから。彼を愛してるから。
だから耐えられる。
「すごく……うれしい…です」
キョーコは痛みに体を強張らせながらも、精一杯の笑顔を蓮に向けた。
「キツっ……」
蓮が辛そうに眉根をよせた。
自分が痛いように蓮にも痛みを与えてるのかとキョーコは不安になる。
「ごっごめんなさいっ。痛いですか?
私初めてだからどうしたらいいのかわからなくて……!」
「いや、そうじゃないよ…。君の中が気持ちよすぎてイッてしまいそうになる……」
蓮の言葉に安堵し、キョーコは勇気を振り絞って告げた。
「あの、いいですよ……。気持ち…よくなってください」
思いがけないキョーコの言葉に、蓮の限界値が急低下した。
それでもなんとか留まらせた。
貫かれて辛いはずなのに、それでも自分をいたわってくるキョーコがあまりにも愛おしい。
蓮はキョーコの額にかかった髪を小指でよけてあげながら微笑んだ。
「今動かすと辛いよ」
キョーコは涙と笑みを零しながら、蓮の頬に手を伸ばした。
「敦賀さんがくれるものなら痛みでもうれしいです。
だから……あなたを下さい――――……」
愛する男から必死に劣情を抑えての微笑みを向けられ、
はいそうですかなんて誰が言えるだろう――――。
愛しい少女が自分の全てを受け入れてくれるという幸福を、
我慢できる男がどれほどいるのだろう――――。
「本当に君って子は……。愛してるよ」
互いが引き寄せるように口づけを交わした。
それが合図かのように、蓮は律動を開始した。
キョーコにできるだけ負担をかけないようにゆるやかに。
しばらくすると、痛みの隙間からそれとは違う感覚がキョーコの中を駆けた。
「あ……、あ、はっ、ああん、んんっ、あああああぁ!」
蓮はそれを見逃さなかった。自分の激情を解放し始める。
「や、あぁ、あんっ、あああぁっ」
キョーコは次第に早くなる律動にさらわれた。
「敦賀さんっ、ああぁん、あああぁっ…ぁああっ」
蓮が深く唇を重ねた瞬間、キョーコは体の奥で脈打つものを感じた――――…。
その後。
蓮は抵抗するキョーコの体を無理やり清め、自分のパジャマを着せた。
そしてキョーコを抱え込むように抱きしめ、時折頬や額に口づけながら眠りについた。
キョーコは羞恥のあまり、明日起きたらどんな顔をして
蓮と向き合えばいいのかわからず途方にくれた。
(どうしよう、敦賀さんの顔が見れない……どうしよ…う……)
悩みつつも抱きしめてくる腕があまりに気持ちよく、
キョーコはそのまま眠りに落ちた。
『どうしよう』という思考だけを残して――――。
蓮の手が流れるようなしぐさでペットボトルの蓋を開けた。
薄明かりのリビングにパキッと乾いた音が響く。
未開封から開封への音がキョーコの覚醒を促した。
(私、昨日この人と――――…!)
「きゃああああああああああぁ!!」
数々の醜態を思い出し、キョーコの顔がみるみる赤く染まる。
恥ずかしさのあまり後ずさるが、すぐにソファにぶつかった。
そして『どうしよう』が何だったのかを思い出し、今度は青ざめた。
(いつの間にか、しかもしっかりと
敦賀さんと顔を合わせちゃってるじゃないの――――!!)
キョーコは蓮の顔を見ることができず、もう俯くしかできなかった。
「…――――どうして人の顔を見て叫んだ上に後ずさるのかな?」
蓮の声に怒りを感じ、キョーコの背筋に震えが走った。
恐る恐る蓮を見上げると、……笑顔が怖かった。
「あの…怒ってます……よね?」
「ん?怒ってないよ」
…――――嘘だった。
蓮は夜中何度も目を覚ましていた。
やっと抱くことのできた恋人が傍にいる。
夢じゃなかった、現実だったんだと安堵して眠りについていた。
ふと目覚め、隣に誰もいなかった時の驚愕をキョーコは知らない。
リビングでぼんやりしてる姿を見つけた時、
もしかして無理をさせたのではないかと心配させたことも知らない。
SEXという行為を生々しく感じてしまい嫌悪してるのではないか、
自分に抱かれたことを後悔してるのではないかと不安にさせたことも知らない。
その上、顔を見るなり叫ばれ青ざめられ、追い討ちでしかなかった。
蓮の怒りを敏感に感じ取るキョーコは、その言葉が嘘だとすぐに気づいた。
こんな時は素直に謝った方がいいということも熟知していた。
「ごっ…ごめんなさいっ、恥ずかしくて敦賀さんの顔が見れませんでした!」
羞恥と恐怖が入り混じり、キョーコはボロボロ涙をこぼした。
「もしかして『どうしよう』もそれ?」
キョーコは涙を飛ばしながら必死に頷いた。
蓮は彼女の瞳に後悔や嫌悪がないか、嘘はないかと必死に探った。
どうやら不安は杞憂であったようで、そっと胸を撫で下ろした。
そして安堵と、キョーコの泣きながら謝る姿が可愛くてふわりと微笑んだ。
「なんだ、そんなことだったのか……」
不安が取り除かれると、蓮は目の前の恋人を抱きしめたい衝動に駆られた。
愛おしくて、ずっと触れていたくて、
昨夜の出来事が夢じゃなかったと確信したくて。
「はい、のど渇いたんでしょ。昨日は無理させちゃったみたいだね。ごめんね」
蓮がやさしく笑いペットボトルを差し出す。
どうやら怒りは解けたようだと、キョーコはホッとした。
(そうよ、敦賀さんは素直に謝れば許してくれる人だ)
ホッとした途端にのどの渇きを思い出し、手を伸ばした。
が、つかむ直前でペットボトルが宙に浮いた。
蓮がそれを口に運ぶ。視線をキョーコに据えたまま。
そして口に含んだ水を飲み下さず、ゆっくりとキョーコに近づいた。
キョーコは嫌な予感がし後ろに下がろうとしたが、ソファがあるため動けない。
あっという間に唇を捕らわれ、キョーコの口内に無味の液体が流れ込む。
「……っん、んんっ」
蓮はキョーコがそれを飲み込んだのを感じると体を離した。
「なっ、なんてことするんですか?!」
「俺の顔を見て逃げようとしたおしおき」
(ここここっ、この人はぁ――――!)
散々口づけを交わしたとはいえ、口移しなんて初めての行為に
キョーコは憤死しそうなくらい赤面した。
「やっぱり怒ってるんじゃないですかっ」
「んー、怒ってるっていうか、誘われてる…かな」
「なに訳わからないことをいってるんですか!」
蓮がいたずらっ子のようにクスリと笑った。
「君のその格好だよ」
キョーコは蓮のパジャマを着ていた。
だだし、上だけ。下は履いていない状態だった。
そんな格好で座り込み、しかも後ずさったものだから
裾がきわどいところまで上がっている。
「せっかく、初めてだから無理させないよう我慢してたのに……」
見えそうで見えないラインに煽られ、蓮の右手がキョーコの下肢に伸びた。
むき出しの太腿を撫で上げパジャマの裾にたどり着く。
「いやああああああああ!!」
我に返り、キョーコは慌てて裾を引っ張り下げた。
「敦賀さんが着せたんじゃないですか!」
真っ赤になって噛み付いてくる姿が、更に蓮を煽った。
「ダメ…かな?」
覗き込んでくる姿に負けそうになるが、キョーコは耐えた。
「……だめです。恥ずかしいです。しばらくはしません」
「大丈夫だよ、慣れれば恥ずかしくないから」
「全然大丈夫じゃありません!慣れるまでが恥ずかしいから嫌です!!」
「じゃ、黙ってベッドからいなくなったおしおきということで」
「水分補給に行っただけです……」
尚も抵抗するキョーコに、蓮はにんまりと笑った。
そして悪あがきする可愛い恋人にとどめを刺すべく、
耳元に近づきとびっきり甘い声で囁いた。
「ねぇ、キョーコって呼んでもいい?」
なんという甘い不意打ち。
キョーコは眩暈がした。
蓮から初めて名前を呼び捨てにされ、死んでしまいそうなくらいの幸福を持て余す。
(もうダメだ。この天然いぢめっ子には敵いそうもない……)
「……ここじゃ、嫌です。明るいのも嫌です」
「わかった」
蓮はついに折れたキョーコを抱きかかえ、気が変わる前にと寝室へ向かった。
道すがら、ちょっぴり苛めてしまったことをふと思い出した。
お詫びも兼ねて抱きしめるように抱え込み耳元で囁く。
「昨日は夢中だったからあんまり感じさせてあげなくてごめんね。
今度はちゃんとイカしてあげるよ……」
それはキョーコにとって最大級の苛めでしかなかったようで――――……。
「嫌あああああぁ!やっぱダメですっ、おろしてください!!」
腕の中で暴れる恋人を愛おし気に見つめながら蓮はいった。
「キョーコ、愛してるよ」
寝室のドアの閉まる音が、キョーコには甘やかで絶望的な音に聞こえた―――。