清々しい朝の食卓で、静寂に耐えきれずに蓮は口を開いた。
「キョーコ、なにか怒ってる?」
「怒ってませんよ」
確かに怒ってはないのかもしれない。
けれどキョーコの様子がおかしいのは明らかだった。
蓮を見ようとしないのだ。
下を向いて黙々と朝食を進めるキョーコに、蓮はもう一度尋ねる。
「本当に怒ってない?俺なにかした?」
「本当です。早く食べないと社さんのお迎えが来ちゃいますよ」
やはりこちらを見ないキョーコに蓮は自分で考えるしかないと悟り、
キョーコを見つめつつ昨日からの行動を追ってみた。
帰った時は普通にお帰りなさいと出迎えてくれた。
遅かったから夕食は取ってきた。ちゃんと事前に知らせたから大丈夫なはず。
お風呂は…一人で入ったから関係ないだろう。
その後はベッドで――――……。なにかしたとしたら、ここかもしれない。
昨日は初めてキョーコから求めてくれた。
図に乗って…じゃなくて調子に乗って…じゃなくて
うれしくて今までしてなかったことを結構した。
感じてる姿を逐一報告した上に、
なかなか入れずに入り口で焦らして「欲しい」っていわせたから?
後ろからしたのは初めてだったけど、すごく嫌だった?
いつもは1回だけだったけど、つい3回してしまったから?
ここは2回に抑えるべきだったか?
でも嫌がってるようには見えなかったし、いつも通り抱き合って眠ったし……。
ふいにキョーコが顔を上げた。朝起きてから初めて蓮と目を合わせた。
「……敦賀さん、私本当に怒ってませんでした。でも…今は少し怒ってます」
「どうして?」
「私の目の前で……その…昨夜の事を思い出すのは止めてください」
「君はエスパーか?」
「見てれば分かります!」
では今朝の態度はなんだったんだと目で問いかける蓮に、キョーコはため息をついた。
「――――…ドラマ、見たんです」
その一言で蓮は納得した。
「そう…か。アレを見たんだ……」
現在、撮影・放送中の蓮が出演するドラマにベッドシーンがあった。
蓮が自分以外の女とベッドに入る。
演技と分かっていても切なく苦しい。
見てしまったら自分はどうなるんだろう……。
キョーコは悩んだ末にドラマを見ないと蓮に伝えていた。
が、役者としての未練は相当なもので、昨夜ついに見てしまったのだ。
テレビの中で蓮が女をベッドに押し倒した。
欲情を湛えた瞳、張り詰めた空気。
なのに…大きな手は女の後頭部に添えられ優しく包み守る。
真上から見下ろしもう片方の手で頬をゆっくりとなぞり、一気に唇を落とした。
蓮の指がうなじをたどる。女の首がのけぞった。
それを蓮の唇が捉えていく……。
キョーコは見入った。正確には飲まれた。
まるで自分がそうされてるかのような感覚に陥った。
触れ方、愛撫の順序、蓮の表情…すべて自分が日々受けているそれそのものだった。
女優の姿が自分に置き換えられ、今彼に抱かれようとしてるのは自分だと錯覚する。
ただでさえ体感していた感覚。それが身体に広がった。
相手役の女優に嫉妬するどころではなかった。
彼の演技ではない演技に翻弄されてしまい、
昨夜は自分から蓮を求めてしまうことにまでなった。
正直、見ない方がよかった。
どんなに頑張っても役者として蓮に追いつけない。
蓮を求める身体がその証拠に思えた。
相手の女優に嫉妬するのとどっちが楽だったのだろうか――――…。
「役者として、また敦賀さんとの差を見せつけられて嫉妬したんです。
変な態度とってすみませんでした」
予想外の言葉に蓮の口がぽかんと開いた。
「相手の方に嫉妬するかと思ったんですけど、それどころじゃなかったです」
きっと見たら一人で泣いて耐えるだろう、蓮はそう思っていた。
そうなったらたくさん甘やかしてあげるつもりだったのに……。
役者としてはうれしいけれど恋人としてはちょっと切ない、
そんなキョーコの反応に蓮は苦笑いするしかなかった。
「私も思わず魅入られるような演技ができるように頑張りますね!」
「――――キョーコにベッドシーンはまだ早い気が……」
せっかく燃やした闘志を瞬間消火され、キョーコは拳を震わせた。
「どうせ私は未熟者です!地味で色気がない女です―――ッ!!」
「え?いや、そういう意味じゃ……」
結局、キョーコを怒らせている蓮なのであった……。