どうですか?敦賀さん」
ふーっと大きな息をついてキョーコは『ナツ』の演技から素の『キョーコ』に戻った。
私の作った『ナツ』を観て指導して欲しいーーーーそんな私の我侭を敦賀さんは快く聞き入れてくれた。もう何度も通い慣れた敦賀さんのマンション、そのだだっ広いリビングに似つかわしい豪華なソファに深く腰掛けて演技を観ていた敦賀さんは、けれど何故か黙ってしまった。
「…敦賀さん?」
「ん…そうか、これがナツか…」
笑顔をみせてくれるかと思いきや、美しい額をいつも彩っている蓮の秀麗な眉は心持ち顰められていた。
「っ敦賀さんっ!駄目だったら駄目ってはっきり言ってくださいっ!お願いします!」
そう、その為にわたしはここへ来て忙しい敦賀さんにわざわざ演技を観てもらったのだ。自分ではうまくできたつもりだったけど、敦賀さんにはなにか重大な欠点が目についたのにちがいない。早く聞いてすぐに直さないと時間がーーーーー!
パニくって必死に頭を下げるキョーコに、ふと、温かい物が触れた。敦賀さんの手のひらだった。
「ああ、ごめん、また悩ませちゃったみたいだね、ごめんね」
謝罪の言葉と共に幼子を撫でるような優しい指先がキョーコの頭を撫でる。
「あ、いいえ…っ」
顔を上げると、そこにはとても優しい笑顔を浮かべた蓮がキョーコを見つめていて。
(っその笑顔は反則っっっ…!)
どんな言葉よりも、一番どきりとさせられる。落ち着かなくなるその笑顔にキョーコは思わず高鳴る自分の胸をダメ!と強く叱咤した。
(見とれてる場合じゃないんだってば!落ち着け私!)
キョーコは取り敢えず落ち着く為にこほん、と一つ咳をすると、ラグの上に正座をして背筋を伸ばした。
「敦賀さん、私、凹みませんから正直に言ってください。どこが『ナツ』じゃなかったですか?」
「いや、君の演技はちゃんと『ナツ』だった。けど惜しいところがひとつ…」
「そっそれ!それはなんですか!!!」
「いや、これは持って生まれたモノというか…」
言葉を濁す蓮の足にすがりつくようにしてキョーコは必死に叫んだ。
「焦らさないで聞かせて下さいっ!」
「わ、分かったよ」
キョーコの必死な形相に負けたのか、蓮はごほん、と咳払いをすると、ちょっと困ったような顔で告げた。
「…色気、がちょっと足りないかな」
「!っっ…」
「『ナツ』って子、キョーコちゃんの演技からすると、凛とした女王様タイプで、でもこの歳特有の硬質な色気も併せ持った美少女というイメージかなと思ったんだけど、キョーコちゃんの演技は硬質さが全面に出て、ややバランスが悪いかなと俺は思ったんだ」
「っ…おっしゃる通りです…」
ああもう、なんてこの人はっ!人の心の奥の奥まで読めるんじゃないだろーか…
そう、キョーコが作り上げた『ナツ』、自分でもあとひとつ何かが足りないと思ったのだ。けど自分では何かが分からなかった。
(それが『色気』…た、たしかに私にはないっっっ…!)
がっくり項垂れるキョーコに、蓮は「大丈夫だよ」と優しい言葉をかけた。
「俺でよければ今からアドバイスしてあげるよ」
「ほ、ホントですか!ありがとうございます!」
浮かれるキョーコは、蓮の瞳の奥が妖しい色に一瞬光ったのに気づきもしなかった。
「じゃあ、ここに座って」
「っっ…あの、敦賀さん?」
演技指導をしてあげる、という蓮の言葉に従ってキョーコが連れられてきたのは、蓮のベッドの上だった。
大人が3人寝ても悠々眠れるんじゃないかと思うくらい広々とした特注キングサイズのマットレスの上で、蓮はヘッドボードにしなやかに凭れ掛かり、足を投げ出した姿勢でキョーコを自分の両脚の間に座れと促しているのだ。
(なんか、こう、敦賀さんの表情がすごい楽しそうなんだけど…)
嫌な予感を感じながらも、キョーコは大人しく蓮と向かい合う形で腰を下ろした。
「よし。じゃあキョーコちゃん、『ナツ』として俺を誘ってごらん?」
「え?」
「『ナツ』はまさか全く男を知らないようなコドモじゃないだろう?さあ、『ナツ』になりきって。俺を誘えないようじゃ色気が足りないってことだよ。さあ」
「あ、はい…」
(そうだよね、ナツだったら敦賀さんが目の前にいたって平気だわきっと)
キョーコはふうっと大きく息を吸い込んだ。
自分が思い描く『ナツ』はーーーーーー
するり、と首に巻いていたリボンを落とすキョーコ、いや『ナツ』の姿を、蓮は薄い笑みをたたえたままの表情でじっと見つめた。
「ねえ、どーして欲しい?」
上目使いで、心の奥を探ろうとする。けど視線の鋭さとはうらはらな蜜のような甘いヴォイス。
黙って微笑むと、『ナツ』もふわりと綺麗な笑みを浮かべて、蓮のシャツに細い指を掛けた。
ひとつづつ丁寧に蓮のシャツのボタンが外されていく。
胸元がすっかりはだけたところで蓮は『ナツ』の手を止めた。
「君は脱がないの?」
「っっ…」
ほんの少し、『キョーコ』が動揺したようだったが一瞬のことだった。すぐに『ナツ』を取り戻すと、フフッと笑い、自分のシャツに指を伸ばし、ボタンを外しはじめた。
プツリ。プツリ。ボタンが外れていく毎に白い素肌が覗く。すっかりシャツのボタンが外れたところで、蓮はにっこりと笑った。
「いいね、君みたいなコがそーゆーの、つけてるの」
控えめな白いレースの縁取りがついたブラは、キョーコには似合うが『ナツ』にはやや子供っぽいデザインだ。けれど今はそのアンバランスさが妙な色気を醸し出している。
(ホントに素直な子だ)
蓮は心の内でそっと苦笑した。純情そのものの『キョーコ」はいま『ナツ』になりきろうとして、無防備に肌を晒している。
(君のことを好きな男の前で、こんな格好を見せるなんて)
この場でこのまま押し倒して、男というものがどんなものか身体のすみずみまで教えてあげてもいい。
けれどーーーーー
(俺は君に嫌われたくないーーーーー)
無理強いをすれば、きっと『キョーコ』は俺の側に金輪際近寄ってくれないだろうから。
(ちょ、この後どーすればいいの??)
ボタンを外して、下着姿であの敦賀蓮の前にいるーーーー想像するだけで頭が破裂しそうな状態だけど現実に目の前の出来事だ。
蓮のはだけたシャツの隙間からは綺麗に筋肉のついた胸板がちらりちらりと覗いている。赤面して叫びたくてたまらないが、今は演技中だ。そんなことは許されない。
けれど、キョーコの知識ではこれ以上どうしたらいいのかがさっぱり分からなかった。
(ああっこんなに困るなら旅館で働いていた時に仲居のおばちゃん達の話をもっと良く聞いて耳年増になっておけばよかったー!!!裏の山に時折捨てられていたエロ本をさっさと捨てずに中に目を通しておけばよかったー!!)
「ねえ」
蓮に声を掛けられてキョーコはびくっと震えた。いやいやいけない、今は『ナツ』なんだから。
「ねえ、君に触っても?」
えっ触る?どこ?キョーコが蓮の言葉を理解出来ない間に蓮の指がさっさとキョーコの肩に触れ、ブラのストラップがするりと落とされた。
(えっやだっ…っ!)
蓮の指はそのままキョーコの素肌を滑り、キョーコのささやかな胸に引っかかっていたブラを外してしまった。
「可愛い…」
蓮の長い指がキョーコの胸をやんわりともみしだく。
「あっいやっ…!」
身体を捩るがもう片方の蓮の腕がキョーコを抱き竦め動けないようにがっちりと抱え込まれてしまう。
ふっと耳に熱い吐息がかかったと思ったら、そのまま耳朶を柔らかく噛まれてキョーコは堪えきれずに小さく喘いだ。
「あんっ…!」
ひくりと震えるキョーコの滑らかな肌を楽しむかのように蓮の舌が首筋から鎖骨に這う。熱いぬめぬめとした感触がキョーコの弱いところを掠める度にびくりびくりと身体が跳ねてしまう。
初めての経験にされるがままのキョーコの耳に、含み笑いの蓮の声が聞こえた。
「違うよ、キョーコちゃん。『ナツ』はこういう時どうするの?」
「っ…あ…」
「『ナツ』になるんだろう?」
「あ…」
(そう、私は今『ナツ』にならなきゃ…『ナツ』だったら…)
腕の中のキョーコの強ばりがふっと緩む。『ナツ』は顔を上げると艶やかに微笑んだ。
「蓮…」
ゆっくりと、微笑んだまま、キス。
「んっ…」
蓮の舌の動きを追いかけるように、それはどんどん深いものになっていく。舌の先で口の中を掻き混ぜ、歯列を割るように奥を貪り、互いの舌を絡ませる。
(こんなに本気になって、ホントに可愛いな)
キスの合間に盗み見る顔は、確かに『ナツ』のものだ。けれど、時折『キョーコ』の無垢な幼さがちらりちらりと姿を見せる。
(堪らないな、もう)
下腹部に重い熱が堪っている。あまり長く続けると、本当に理性が崩壊しかねない。
(仕方ない)
「キスの仕方は合格だ、『ナツ』」
ふっと唇を離されて、キョーコが顔を上げると、蓮が優しい目で頷いていた。
「ホントですか、ありがとうございます」
「最後に、これを覚えとくといい」
「え?」
きつく抱きしめられたまま、キョーコは蓮の膝の上に抱え上げられるようにして座らされた。
「なんですか?」
無邪気な顔で質問してくるキョーコに蓮は内心やれやれ、と思いながら意地悪く微笑んだ。
「男にイかされる気持ちよさだよ」
「えっちょっ…っっあ!」
蓮の顔が伏せられたかと思うと、キョーコの胸の先を熱い舌がちゅうっと吸い上げた。
「ひあっ…!」
「先っぽコリコリしてる。気持ち良かったんだ」
「いやあん…つ、敦賀さんっ…!」
「どうしてそんなに嫌がるの?身体はキモチイイって言ってるのに」
ほら、こっちの先も尖ってる、そう言われて見ると吸われていない方の乳首もぷっくりと膨れていて、キョーコはいたたまれず目をぎゅっと瞑った。
「やあっ…だ、だってえ…わたしの胸ちっさくって…」
「『ナツ』ならそんなの、些細なコンプレックスなんじゃない?」
「え?ああっ…」
突然の蓮の言葉に、キョーコは目の覚める思いだった。そうだ、私はこの小さい胸が恥ずかしいけど、ナツは多分、小さいって分かっててもこれが私って笑っていそうーーーー
「俺は好きだな、小さくても可愛い。ほら、こんなに感じてくれてる…」
「ああんっ」
舌でくりくりとこねられる度に甘い電流のような痺れがキョーコの中を駆け抜ける。
「あっ、敦賀さんっっ…もう、『ナツ』の気持ちっ…分かりました、からっ…!」
あんまりにも気持ちよ過ぎて、このままだと自分がどうなってしまうか分からない。必死になって蓮に訴えるが、蓮はまだだよ、といって離してくれない。
「こっちはどうかな…」
すっかり捲れ上がって腰の辺りを覆っているだけのキョーコのスカートを指先で払うと、蓮は覗いている下着の端から指を奥へと滑り込ませた。
じゅぷ、と濡れた音が部屋中に響く。
「ああ、すごく濡れてる」
「はあっ…!や、いやあっっ、そんなとこおっ…!」
必死になって逃げようとするキョーコだったが、すっかりとろとろに融けた密壷の入り口を器用な2本の指先で掻き回されては腰を振ることしか出来なかった。
「ひあっんんっっ…やあ、ああっっ…!!」
これ以上ないくらい身体をくねらせて、キョーコは鋭い声を上げるとそのままぱたり、と蓮の腕の中に倒れ込んだ。
「…キョーコちゃん?おい、キョーコちゃん?」
蓮が身体を揺するが返事がない。どうやら絶頂してそのまま気絶してしまったらしい。
「ったく…君はなんて子だ」
あまりに初心で可愛らしいその姿に、蓮は一時自分の欲望も忘れてくすりと笑うしかなかった。
「キョーコちゃん、いつか君の全部をーーーー貰うからね」
耳元で囁いた蓮の睦言は、けれどキョーコには夢の記憶としても残る事はなかった。