肩を落としとぼとぼと渋谷の街角を歩くキョーコが
目の端に映る何か黒く長いものに気付いたのは、
それが自分に触れるほんの一瞬前のことだった。
気付いた次の瞬間にはそれによって路地裏に引きずり込まれていた。
キョーコの口を塞ぎ、腕を拘束するその黒いものの正体は、
先ほどハチ公前から立ち去ったカイン・ヒールその人の腕だった。
キョーコは再び恐怖のために体が竦み、声を上げることさえできない。
カインの鋭い瞳がゆっくりとキョーコの瞳を覗き込む。
黒というより闇を思わせるその深い色に、キョーコは意識が飲み込まれる気がした。
「おい、お前」
カインが口を開いた。低く、少し掠れた声だ。
(やっぱり敦賀さんとは違う……)と、キョーコが意識を少し逸らすと、
それを罰するかのように手首を掴む力が強まり、思わず苦痛の声が漏れた。
「お前、LMEの迎えなんだろう?」
自由の利かない体ながら、必死に頷くキョーコ。
その様子を見下ろしながら、カインは唇の端をわずかに上げ、酷薄そうな笑みを浮かべた。
「俺はな、待たされることが何より嫌いなんだよ。
それを急に場所を変えただけに飽き足らず、30分も待たせた挙句に
ようやく現れたかと思えば、こんなふざけた色の作業着をきた小娘で……。
しかも人を待たせた謝罪もできない礼儀知らずときた」
キョーコの体を壁に押し付け、腰を屈めて目線の高さを合わせるカインの瞳には、
剣呑な光がちらついている。
「俺には謝罪を受ける権利があるだろう?
それと、礼儀知らずにはおしおきが必要だよなあ」
カインは更に口角を上げ、ニヤリと笑う。
「礼儀作法ってのはやっぱり体に教えるのが一番手っ取り早いよな」
キョーコの口を塞いでいたカインの手が外されたかと思うと、今度は頤を掴む。
そのまま、噛み付くようにキスをした。
殺気に当てられているキョーコは指先ひとつ動かすことができない。
ただ、口移しで感じるタバコの味に(苦い……)と思うことが精一杯だった。
(省略されました。続きが読みたければ(ry