頬に落ちた柔らかな感触が、今度は唇に降ってきた・・・。
驚きで頭の中がショートしてる私は、されるがまま、彼の演技を受け入れていた。
美月への熱情を刻みつけるかのような口付けに、なぜかちりちりと、胸の奥が痛んでくる。
敦賀さん・・・美月に・・・好きな人に、こんな風にキス、するんだ・・・。
その口付けが首筋に移った時には、切ない気持ちがあふれてきて、たまらず、叫ぶ。
「駄目っ・・・!」
はっとしたように、敦賀さんの動きがとまる。
「せ、先生っ。わ、私はっ・・・!」
泣く気なんかないのに、涙が浮かんでくる・・・。
その涙をいたわるようにキスで舐め取ってそっと前髪をなでられる。
「泣かないで・・・」
「敦賀、さん・・・」
「違うよ・・・美月・・・」
つぶやいて再び深く口付ける・・・。
「・・・んん・・・・っ」
制服の、リボンがしゅるり、とほどかれる音がした。
ブラウスのボタンがひとつ、ふたつ、とはずされていく。
心臓が壊れそうなほど高鳴っている。
どうして、私は敦賀さんを・・・敦賀さんの演技を受け入れているの・・・?
「つ、つるが・・・さ」
「"先生"、だろう?美月?」
「は、い・・・せ、先生・・・」
首筋に、肩に、胸に、敦賀さんの唇が熱く赤い印をつけていく。
きゅうっと、たまらなく切ない気持ちがせまってくる。
この感情は、どうやって伝えたらいいの?美月なら・・・。
「せんせい・・・が・・・」
「ううん?何だって?聞こえないな・・・」
「せんせ・・・す・・・んんっ・・・」
敦賀さんの、長い指先が、下着の中にするりとはいりこんできた。
「や・・・いや・・・」
「・・・いやなの?」
耳元でささやきながらその、敏感な場所を探し当てる。
「んっ!んあああっ!」
「は・・・・んん・・・っ」
くたり、と力の抜けた私を、敦賀さんの腕が抱えあげ、どこかに連れて行く。
ぼんやりと目をあげると、寝室のドアが見える。
ベッドの上にそっと寝かされ、今度はこわれものに触れるかのようにそっと唇にふれる。
「せ、せんせ?」
そう言って彼を見上げると
敦賀さんはふ、と翳りのある表情をした。
「・・・好きだ・・・」
切なげに、低くつぶやいたその言葉に、全身が麻痺したようにしびれ、動けない。
・・・好き?美月が?・・・私・・・私は?
「先生・・・先生が・・・嘉月が好き・・・」
考えるより先に、熱に浮かされたように言葉が唇からこぼれでた。
瞬間、敦賀さんが私を強く抱きしめ、私を呼んだ・・・。
「キョーコ・・・」
耐えられない…
なんて馬鹿な真似をしてしまったんだろう、と思う。
彼女にふれた瞬間、気持ちがまったく抑えられなくなってしまった…。
自分の意思がこんなに言うことを聞かなくなるなんて、思いもしなかった。
冷たいキッチンの床の上で、演技のふりをして彼女を抱こうとしている自分が、ふいに浅ましく思えてくる。
「せんせ…」
とろん、とした目ですがるようにこちらを見上げる彼女…俺をそれ以上拒まないのは、演技だと思っているから?
演技のために、俺に抱かれるのか?
そんなことは、耐えられない……
彼女を抱き上げると寝室へ向かい、ベッドに横たえる。
愛しくてたまらない…その唇にそっと触れる…
「せ、せんせ?」
演技なんかじゃない、最初から俺は―――…
「…好きだ…」
たまらずつぶやくと、彼女は目を見開いた。
そして見詰め合ったまま、彼女の口が震えるように言葉を紡ぐ。
「先生…先生が…嘉月が好き…」
…違う――俺は…嘉月じゃない。
演技なんかじゃない、本当の…自分の彼女への想いを打ち明けたくなる…。
そんなことが、できるはずもないのに…。
―――…それでも、俺を好きだと言ってくれるだろうか?
後戻りできない気持ちがせめぎあい、彼女を抱きしめ、思わず名を呼ぶ。
「キョーコ…」
熱から冷めたように、ハッとして彼女は身を震わす。
「今、なんて…?」
彼女の白い首筋がわななき、信じられないといったように表情が固まる。
拒絶してくれたらいい。
俺の自分勝手な、演技につきあうことなんてないんだ―――…。
「好きだ…キョーコ……」
「…な!…敦賀さ…んんっ…」
そう願いつつも、もう、自分を留めるすべはなかった…。
彼女のすべらかな手のひらを、ベッドに縫いとめるように自分の手のひらで組み合わせる。
キスを拒むことなく受け入れ、驚きと困惑の混じった瞳で俺を見つめ返す彼女に、淡い期待と今まで感じたことのない熱い渇きを感じる。
どうして?とか細い声で問いかける彼女に、逆に訊ねる。
「君は、どうして俺の演技につきあう?」
いくら演技とはいえ、ここまでつきあうことはない…それとも、君は…。
渇きを潤すように彼女のやわらかな体に触れ、口付けを落とし、浸蝕していく―――…。
「…俺のことが、好き?」
「…っ!!」
「言って…」
「つ、敦賀さん、はっ…」
「た、大切な…せんぱ…」
「…こんな事されても、大切な先輩だと言えるの…?」
「…っ…やっ……」
一度壊れた理性は、止まる事を知らず暴走していく。
彼女の意思も、俺の意思も無視して―――…。
敦賀さんが、私を好きだという。
そんなはずない。
私が、誰かに愛されるなんて、ありえない。
嘘だ…。
温かな彼の腕に、与えられる甘美な感覚に、あまりの現実味の無さに、もう、何も考えられなくなる。
彼を押しのける力も無い…。
「…アイツにも、こんなこと、されたのか?」
アイツ…?
「…だ、れに?…」
鋭い視線に、甘さをにじませながら敦賀さんは吐き捨てるように告げる。
「不破に、だよ」
その名前に、朦朧としていた意識が瞬時に覚醒する。
「あ、ありません!あんなヤツなんかに、こんな!」
「こんな?」
「…こ、こんな、こと…誰にも…」
あらためて、自分の状況を把握した私は急に、恥ずかしさがこみあげてきた。
敦賀さんに、こんな自分の姿を見せていることがいまさらながら、たまらなく恥ずかしい。
赤くなって思わず顔を背けた私に、敦賀さんはくすり、と笑ってやさしく私の両頬をてのひらでつつんだ。
そうして自分の方に向けるとおでことおでこを寄せ、私の目をのぞき込んだ。
「こんなこと、されるのはいや?」
「えっ?」
「嫌がっているようには、見えないから…俺は、君を最後まで抱いても、いい?」
最後は熱をおびてかすれた声でそうつげると、
私の答えを待たず、口付けを浴びせてきた。
濃厚なキスにくらり、とめまいがする…
頬にあった彼の手が、胸からウエストのラインをなぞり、たどりついた先でつっ…と私の中に入り込む。
いままでよりさらに激しくせめたてられ―――くちゅくちゅっと水音がひびく…。
「…んっ、んん…あ…」
「君を、俺のものにしても…いいの?」
彼の指先が、私の体の中心から頭の先へとどうしようもなく切ない感覚をあたえていく…これは、何…?
「敦賀さ…っ…んああああん…っ」
そうして、散々、彼の手と唇に翻弄され蕩けさせられた体に、新たな感覚が与えられる―――…。
不破とは、なにもなかった―――…。
安堵と喜び。目の前の彼女は誰のものにもなってはいない。
それを、自分が奪うことは罪深さも感じる…けれども、この先誰かのものになってしまうなら…
そう思うと、誘惑にとても抗えそうにない。
どちらにしても、引き返すことなどできそうになかった。
「キョーコ…」
「…ん…んんっ…い、いたっ…」
眉根を寄せて目を閉じる彼女に、キスの雨を降らす。
「つるがさん…つるがさ…んんっ…」
痛みをまぎらわすかのように、小さく俺の名前を呼ぶ彼女がいとおしくてしかたがない。
痛みから逃れようと、少しづつせりあがっていく彼女のウエストに腕をまわし、抱きしめる。
ゆっくり、ゆっくりと、彼女の中に―――…。
「は……っ…」
「ん、ああああああっ…」
敦賀さんの腕が私の体を包み込んでいる―――…。
「あっ…ん…んっ…」
引き裂かれるような痛みは遠のき、敦賀さんがゆっくりと動く度に熱くて甘い痛みへと変わっていく。
はあっ…と、敦賀さんが息をもらす。
「キョーコ…」
「んっ…はあっ……」
「…ごめん…」
「…っ…?」
敦賀さんが、いたわるような動きから、突然激しく突き上げるように私を揺さぶる―――…。
甘い痛みになじんできていた私はたまらず悲鳴のような声を上げる。
「っ…きゃ…んんんーっ!」
痛みと、何かわからない感覚が、体を貫く。
目まぐるしい、嵐のような瞬間に、思わず敦賀さんの腕にすがりつく。
「キョーコ…っ」
敦賀さんがぎゅうっと私を抱きしめる。
私も、彼に抱きついて、お互いがひとつになるんじゃないかというほど密着する。
そうして、私の意識は、遠のいていく―――…。