ごちそうさま。そう言ったきり動かない敦賀さん。やっぱり様子がおかしい。
「…敦賀さん、その…大丈夫ですか?」
「…え?」
「食べ過ぎた…とか?」
「ん…確かに、強敵だったね…でも、最上さんが励ましてくれたからね…クスクス…攻略した、と思うよ?」
…強敵…攻略…
「本当に…?」
「ん?」
「…その、敦賀さん…いつもと様子が違う気がして…」
「そう?」**キュラキュラキュラエスト**って今までみたいに誤魔化されるのかしら?
「…ん…実を言うと…今夜、あいつを攻略したかったし…最上さんに助けて欲しくて…一人で居るのも…」
辛かったし…と、正直に話してくれたのが嬉しかった。…でも…やっぱり、敦賀さん…怖かったんじゃないかな。
カースタントの直後の様子と、カインが我を失った姿が重なる。
そんな時、一人で居るのって……
ふっと、子供の頃風邪で寝込んでいた時を思い出す。お客様に移さない様、他から隔離された。女将さんや松太郎からも…母すら側に居てくれず…コーンを握り泣きながら眠ったあの頃。
敦賀さんは、私と違って…そんな事ないと思っていたけれど…
「……敦賀さん、お願いがあるんですが……」
「何だい?改まって」
「あの…今夜、泊めてくださいませんか?」
敦賀さんが固まった。そりゃ、いきなりだしビックリするわよね…
「あの…あ…明日は、BJの撮影が早いですし!どうせなら一緒に行った方が何かと効率的ですし!あの、ゲストルームお借りして良いですか?…朝食は…さっきので…お腹一杯かもしれませんが、軽いものを用意しますし…」
最初は、勢いに任せて、最後は、しどろもどろ尋ねる自分。
実は、今の辛そうな状態の敦賀さんを一人にしておきたくないんです。
「…ありがとう」
「えっ?私、今…」
「うん、声にでてた。」
満面の神々スマイルに目が眩む。静まれ、私の心臓?
「……ありがたいけれど…だるま屋のご主人達も心配するだろうから、送って行くよ。」
「あっ、それなら大丈夫です。元々、明日の為に今日はカインのホテルに泊まるつもりでしたから…」
心臓の音が敦賀さんまで届きそうで、食べ終わったマウイオムライスが乗っていた皿を見ながら話す。
沈黙に耐えられず、少し顔を上げて、敦賀さんと目を合わせる。
「…やっぱり、ダメですか?…」
きっと、私は恥ずかしさで顔も赤くなってる。敦賀さんが、顔を横に逸らして手で覆っている、きっと飽きれている。断られると思ったけれど…二人とも黙ったまま。
…長い沈黙の後…
「……俺は、良いけれど…君が困るだろうから…送らせてくれるかな」
「…大丈夫だと思います…今日買ったセツ用の着替えもありますし。」
「…ん…いや…何ていうか……」
言葉に詰まりながら、言いにくいそうにしている敦賀さん。
「……はぁ……本当は…君好みの…花畑や、お城なんかがある所でって…思ってたんだけど…でも…」
何だろう?話が見えない?
「最上キョーコさん。」
敦賀さんが居住まいを正してこちらを真っ直ぐに見てくるので、私も慌てて居住まいを正す。
「はいっ!」
「俺は…最上キョーコさんの事が、女性として好きです。」
…………10分後…
「ええええ??」
「…好きな子と一晩一緒に居て、何もしない自信は…無いので…送らせて下さい。」
ええええ??
「つつつつ…敦賀さん…び、病院に行きましよう?や、やっぱり頭を…」
「頭は打ってないし、正気だよ。病院でも異常は見つからなかったって言っただろう?」
「で、でも…おかしいですよ。私なんかを…す、好きだなんて…やっぱり頭を強打してたんです。後遺症は、後から出るから後遺症って言うんですよ!」
それに、敦賀さんには好きな女の子が居たはず。きっと、事故の影響で混乱して…
「もう…ずっと以前から好きだったんだよ、君の事が。ただ…伝えてはいけないと……それに、自分には、幸せになる資格はないと……気持に蓋をしていた…」
最初は、苦笑していた敦賀さんの顔が段々と陰る。苦しい。
「……でも、今回最上さんに助けて貰って…色々な事から踏ん切りがついて…今も一緒に居てくれて…最上さんには、とても…感謝している。そして…君を離したくないと思った。」
…真摯に見つめられて…敦賀さんの気持ちが伝わってくる…
「…本当は…まだ気持ちを伝えるつもりは、無かったんだけどね…かっこ悪いな…」
バツが悪そうに照れた顔をした敦賀さんを思わず…可愛いと思ってしまった。
「…もう、気持ちを抑えるつもりはなくて…だからこそ、一晩一緒にいて…何もしない約束は出来ないから…今日は送らせて?」
いや、小首を傾げて、そんなに可愛くお願いされても…!そもそも、言ってる事が有り得ませんから?その、何を…するしない以前に、前提がおかしいですから?す、好きだなんて?
「ま、前からって…敦賀さんのお宅には代マネの時も…」
「あの頃は、まだ自分の気持を自覚する前だったから。だからこそ、香月の気持ちが分からなかったんだし。」
あぁ、DMの時は「恋する演技が分からない」と悩んでいた敦賀さん。
「君を好きだと自覚したのは、あのDMごっこの時。香月を演じていたはずなのに、すっかり素の自分になっていて…初めての経験にビックリしたよ。」
素の自分って…もしかして…夜の帝王ですか?彼が素の敦賀さん?あの敦賀さんは苦手なのよ〜〜?って初めての経験ってもって回って言わないでください?
「…じ、じゃあ、ナツの演技指導の時は…?」
「あの時は、演技指導だったし、役者としてのプライドもあった。それに、君には「先輩、敦賀蓮」が必要だったろう?」
確かに…役者のプライドを煽ったのは自分かもしれない…
「…で、でも、ほら、この間は同じホテルの部屋で泊まりましたし、やっぱり…」
勘違いですよ。と続けようとした
「あの時は、カインであって俺じゃなかったろう?それに、君もセツだった。」
「…でも、今は「俺」と「キョーコちゃん」だから。演技と言う隠れ蓑が無い…ね。だから…」
………
「……ごめん…こんな風に…追い詰めるつもりはなかったんだ…」
何時の間にか、私は泣いていたらしい。何故かは…自分でも分からないけれど…
敦賀さんの整った顔が、苦悩に歪む…そんな顔をさせたくないのに…
「…ご、ごめんなさい…泣くつもりは…なくて…」
「……」
敦賀さんは、両手を広げて「…おいで…」と優しく囁いてくれた。
敦賀セラピーで、安心したい気持とダメだと警鐘を鳴らす心。
ほんの少しの、間。
敦賀さんは、待ちきれないというようにこちらに来て…私を優しく抱きしめていた…「ごめんね」と…「好きだよ」を…繰り返しながら…
………
…あれから、どれ位泣いたのか分からない…混乱して、敦賀さんの温もりと優しく囁いてくれた言葉が耳に残ったけれど…どうやって帰って来たのか、あまり覚えていない。
気がついたら、翌朝で、もう支度を始めないとBJの撮影に間に合わない。そろりと身体を起こして、洗面所に顔を洗いに行く。もしかして、夢だったのかも…鏡に写る目は、泣きはらした目で…昨晩泣いていたのは、ごまかし様は無いのだけれど…夢で泣いたのかもしれないし…
そうよ、有り得ないわ!悪夢でもみていたに違いない?…寝れなかったけど、夜に見た白昼夢の様なものよ…?
頭は、緩慢に動きながらも、支度を終えてだるま屋を出る。
「…いってきます。」
ガラッ
扉を開けると、見慣れた車。何時もなら、見知った二つの顔を見るところだけれど…今日は、一つ。
?
やっと私の小さな脳みそも動きだし、異常事態を理解する。そこには、変装もせず昨日と全く同じ…いや、少し顔色の悪い敦賀さんがいた…
「よかった……」
ビックリして…頭が回らない
「あの後、キョーコちゃんが飛び出して行ってしまって…心配した…」
「あっ」
そうだった…あの後、思わず敦賀さん宅を飛び出して、タクシーで帰って来たんだ…
「…駅にも、ホテルにも居なかったし、後はだるま屋さんか琴南さん宅しか見当がつかなくて…」
敦賀さんに、琴南さん宅は、知らないから…ここで会えてよかった…と言われた…強く抱きしめられながら…その、腕から彼が微かに震えているのが伝わってくる…
「ご、ごめんなさい…」
気持ちが一杯で、心配をかけて…と言う言葉が続かない。
「……うん。今の君に気持を伝えるリスクは、分かっていたつもりだったんだ…」
飛び出されるとは思わなかったけど…と続けて
「断られるのも…うん、覚悟はしていた。先輩としてしか思われていない…自覚はあるし…」
でも、君が無事で本当に良かった…と敦賀さんは、更に強く抱きしめながらこぼした。
彼は、セツが不良に絡まれた時の事を思い出したのかもしれない…「ごめんね…」と言って、そっと腕を解かれた。
「……それじゃあ」
と言って、車に乗り込む彼…一度も、目を合わせてくれていない…?
車がすっと走り始める。
がしっっ?
「待ってください?」
走っている車のハンドルを掴まえる。慌てて車を止める敦賀さん。
「それじゃあって何ですか?セツは…私は…必要無いって事ですか?」
慌てて飛び出してくる彼。
「危ないじゃないか!怪我したらどうするんだ!」
「大丈夫です?」
二人、睨みつける様に眼を合わせる。
またしても沈黙……
…先に視線を緩めたのは…彼の方だ。
「…必要無い…そんなはずないじゃ無いか…!」
「それじゃあ、何故!」
「…っ!昨日の様に…拒否されるのに…耐えられそうに無いから…だよ。」
言葉に詰まる…
「…それに、先輩後輩の関係に戻るつもりも無いっ」
…それは、完全な拒否。もう彼とは、一緒に居られないと言う事。
「……そう…ですか…すみません、ご迷惑をおかげして…」
顔が上げられない…
「何故君が謝る?…迷惑だろうけど…それでも…諦めきれないから……謝らなきゃいけないのは、俺の方だよ。」
「……えっ?…あ…愛想をつかれたのかと…」
「そんな事…あり得ないよ。」
少し辛そうに、それでも優しい目で笑う敦賀さん。だから、思わず、聞いてしまった…
「…それじゃあ、ずっと一緒にいられますか?」
敦賀さんが、固まった…また、顔を逸らされる。でも、今回は…彼の耳がほんのり赤くなってるのに気がついた…もしかして…照れてる…?
「…キョーコちゃん、それ…プロポーズ…みたいなんだけど…?」
「なっ?そ…そんな訳ないじゃ無いですか?まだ、お付き合いもしていないのに…?」
「うん、まだ…ね。うん。」
ダメだっ!彼が嬉しそうに笑っている。夜の帝王が出て来そうな雰囲気に呑まれそうになる。だから、慌てて聞いてしまった…
「…で、ついて行ってもいいの?…兄さん?」
…セツモードで…
「…ニッ…」
カインが…笑って助手席のドアを開けてくれる。
…きっと、お互いに気付いている…セツとカインを演じたけれど、二人とも自分らしさを残していた事に…でも、何も言わなかった。
おまけ
あの後、車中で…彼は満面の笑顔で
「キョーコちゃん。返事は、後からで良いからね。あっあと、これから本気で行くから、覚悟しておいてね。」
と、のたまわりやがられしゃった…