「あっ、キョーコちゃ〜ん」
某撮影所通路の先にチラリと見えた、例のピンクツナギの彼女に大きく手を振って声をかける。
「社さん、おはようございます!」
ん〜、キョーコちゃんの行儀良く元気な挨拶ってこっちまで気分が良くなるんだよな。撮影スタッフからの評判もとっても良いの知ってるよ〜
まぁ、そのお陰で某俳優は今日も馬の骨候補除けに余念が無いけどね。それに共なって、自分の胃腸薬の量も増えてはいるけれど…
この安らぎには変えられまいと、彼女の笑顔を見て気を取り直す。
おはようとこちらも挨拶を返して、辺りを見回すキョーコちゃんに気が付いた。もしや、と期待を込めて、蓮は別の仕事で今はいない事をちょっと含みを持たせて伝えてみる。
あれ?心なしかキョーコちゃんの顔が曇った気がしない…でもない…?
蓮、キョーコちゃん少しはお前の事気にしてくれてるみたいだぞ!くぅぅっ、良かったなぁ。後で奴に伝えてやろう!
「それに、俺はこれから"やっぱり気まぐれロック"の打ち合わせだしね。
今度のスペシャルに蓮がゲスト出演するからさ!」
「……っ!」
ん?心なしかキョーコちゃんの顔色が悪い様な…
「あの…キョーコちゃん?だ、大丈夫?」
「……え、ええ…」
えーっと、あんまり大丈夫そうには見えないのですが?
顔面蒼白だし、目が彼方此方に泳いでるような?
と、とりあえず何か明るい話題を!
「…それで、折角のスペシャルだからって、あの蓮が料理をしてメンバーにご馳走する事になってね。本人は、万年欠食児なのに笑っちゃうよね!」
「…ひぃっ!!」
え?キョーコちゃん益々顔色が?冷や汗ダラダラ垂らしてますけれど?
ほ、本当に大丈夫?な、何か、もっと明るい話題を!
「…えっと、蓮に聞いたらさっ、実は料理もした事があるって言うし、面白そうだねって事でさ。蓮のエプロン姿とか想像出来ないよね〜!」
「…はぅぅっ…し、死神…!」
えっ、死神?デ○ノートはもう古いよ?聞き間違い…かな?
「えっと、キョーコ…ちゃん?」
あんなに元気だったけど、実は病気だったとか?何かと無茶をする担当俳優と同等の役者魄を誇る彼女の「骨は折れても治るもの」と言う恐ろしい言葉を思い出し、不安になって声をかける…
「…社さん!死者を出さない為にも、切実なお願いがあるのですが!!」
はっ?シシャ、使者、試写、支社?…良く分からないけど、
キョーコちゃんからのお願いだったらお兄ちゃん頑張っちゃうよ!
「うん、何?」
「今日の敦賀さんのご予定を教えて下さい!」
おおっ、まさか?!いやいや、相手は"あの"キョーコちゃんだぞ。
過剰な期待は禁物っ。何たって相手はラブミー部第一号!
「良いよ。キョーコちゃんは特別だしね!…ちなみに、理由を聞いても?」
ちょっとした、純粋な好奇心から聞いてみた。うん、あくまでも純粋な!
全然、目がキラキラとかはしてなかった…と思う。
「……その、ちょっと…敦賀さんに大切なお話しが…」
彼女らしからぬ、横を向いて俯き加減に目線を合わせない様子に違和感を覚える。…何やら切実なお願いで、大切な話で、恥ずかしそうな(社補正入り)、言いにくい事?
カチカチカチ **乙女脳発動中** チーン
もしかして、この様子は蓮に告白…とか?!
えっ、えっ、二人ともいつの間にそんなに仲良く?!うぅ〜お兄ちゃん嬉しくて涙が出てくるよ!
「そっか!えっとね、蓮は今日は9時過ぎには自宅に戻ると思うよ?」
本当は10時は回るだろうがそれはそれ、予定を調整しようじゃないか。敏腕マネージャー此処にあり、イッツ ノープロブレムだよっ!
ワクワクしながらキョーコちゃんに伝えると、その後、彼女はこれまた丁寧に御礼をしてから慌てた様子で何やら呟きながら何処かに走っていった。
あぁ〜良かったなぁ蓮。亀の歩み、牛歩、一歩進んで二歩下がるを自で行っていると思ってたら何だかんだで進展しているみたいで!お前が自覚する前から応援してた俺としてはとっても嬉しいよ!くぅぅっ、明日はどうやってからかってやろうかなぁ〜
此処は某高級マンション最上階…
「あぁぁぁ〜違います!包丁はこの様に、反対の手は、丸くしてっ!」
「きゃー、か、かけ過ぎですっっ敦賀さん!」
「世の中には軽量カップと言うものがあるんですっ。文明の利器を利用して下さいっ!」
そこでは、夜中まで大音量で秘密の特訓が続いていたそうです…