くっ…苦しい
二度目のマウイオムライスは、見た目がマシになったのに破壊力は相変わらずだった…
こんな事なら父さんに料理の一つも習っておくべきだったか。子供の頃一家の台所を皆の健康の為預かっていた父を思い出し、そんな考えが過る。
いや、あんなムサイおっさんに教わるよりも可愛い最上さんに教わりたい。そうだ、今度料理番組の依頼を受けて、それを理由に最上さんに料理を教えてもらおうか?
<妄想スイッチオン!>
「敦賀さん、包丁はこうして持って下さい。」
白いフリルの付いたエプロンを着けた最上さん。彼女の白く細い指が自分の手に重なる。手が触れた瞬間、はっとして咄嗟に手を離し、顔を背ける彼女。
気になって包丁をまな板にのせ、彼女に話しかける。
「最上さん?」
「な、何でもありません。さぁ、続きをしましょうか。」
そんな事を言っても、君は耳まで真っ赤にしているじゃないか。これは、少しは期待しても良いのかな。
「その前に…もう少し俺に触れる事に慣れて?」
「えっ?」
驚く彼女の両頬を軽く押さえて自分の方を振り向かせる。丁度キスするには良い位置だ。
「最上さん。料理を教えてくれる代わりに俺も一つ教えてあげる。」
「えっ?」
一つどころか幾つでも教えてあげたい。そんな邪心は胸の奥に仕舞い込み、頬を染めた彼女にゆっくりと近づいていく。
「つ…っ敦賀さん…っ!しっかりして下さい。頂いた消化剤敦賀さんの分も持ってきましたから。」
<妄想終わり>
…ん?ああ、遠くで彼女の可愛い声が聞こえる。
少し焦った様子も普段落ち着いている彼女らしくなくて、愛しさが増すばかりだ。
自分も辛かっただろうにこんな時も俺の心配をしてくれるなんて…心が暖かくなる。
そうだ、料理が出来るようになってしまったらもう彼女は夕飯を作りに来てくれないかもしれない…
「飲んで下さい」
ダメだ…折角の貴重なキョーコ補充の機会をみすみす逃がす訳にはいかない。そんな話しは飲めない。
「飲みたくないんですか?」
…無意識に首を振っていたらしい…
テーブルに突っ伏したままの目の端に彼女の小さな膝を捉え、自分の隣にいた事に気が付いた。
あぁ、セツの格好じゃなくて良かった。あんな脚線美をこんなに間近で見せられたら、何をするか分からないよお嬢さん。
ふと、そんな事を考えているのを見透かされた気がして、恥ずかしくて顔が上げられない。ブライアンも元気になりかけている…
「自力で消化する。」
何とかそれだけ伝える事が出来た。うん、今君にキスなんてできない…自力で消化しないと。『負ける』気がする…
自分の妄想に負けて彼女に嫌われては元も子もないじゃないか。消化方法はあるんだ。ちょっとココでは出来ないけど…
「…分かりました。」
えっ?分かったの…君はエスパー?
「じゃあ、どうしても辛い様なら言って下さいね。」
本当の事言うと、今ちょっと辛いですけど…良いんですか?…本当に?
「もう一度持って来ますから。」
持ってくる?何を?最上さん自身とか?「いや、それはない。」とこれまで培われた学習機能が嫌味なほど活躍する。
そんな事を考えていたら彼女が食器を片付け始めた。
「…いいよ…最上さん…おいといて…」
彼女に家事をさせたくて今夜呼んだ訳ではない。
「これくらいやらせて下さい。作ってもらったのに後片付けまでさせてもらえないんじゃ私、本当に何の為にお邪魔したのかわらないじゃないですか。大義名分私に下さい。」
少し早口に話す彼女。来てくれるだけで、一緒に過ごせるだけで嬉しいと…会うのに理由なんかはいらないんだと…言ってしまいたくなる。何時か、そんな日は来るのだろうか…
「…ありがとう…じゃあ、お言葉に甘えて…」
分かっている、コレは彼女なりの気遣いで特に意味は無いんだって事は。それでも…俺には君がとても大切で愛しいから…
台所へと消えた彼女の後ろ姿を見送り…とりあえず白い彼女好みのエプロンをプレゼントする事を決め、どうやって受け取ってもらうか頭をフル回転させる事に集中した。
End