トン トン トン トン
リズム良い音と何とも空腹を心地良く刺激する香りが漂ってくる
今日は、ある料理番組にゲスト出演する事になった
普段ならこういった番組に出る事は少ない
しかし、今回ばかりは話しが違う
何と言っても、グレイトフルパーティー直後から料理上手が噂になった京子メインのスペシャル料理番組への出演だからだ
(いつも通り)社さんが気を利かせて(脅されて)取ってきた(もぎ取ってきた)仕事
白いエプロンを着けて要領良く準備を進めて行く愛しの君
何時の間にか彼女の周りには、自分以外の男性ゲストが集まり始める
それは如何にも香しい花に群がる蜂の如く
けれど、夢中で食事を作る君はいつも通りそんな様子には気がつかない
見つけて貰えない淋しさから、不意に彼女の後ろから声をかける
「何作ってるの?」
「あ、敦賀さん。煮込みハンバーグですよ。お好きですよね」
少しばかり驚きつつも、『先輩』に返事を返す君
「あれ?言ったっけ?」
折角の食事に注文をつけるのは失礼かと思い、特に好みは伝えた事はなかったと思ったけど…
「普段からお皿の減り具合とかを見てると分かりますよ」
知らずに不思議そうな顔をしていたのか、彼女は首を少し傾げてこう続けた
「敦賀さん何を作っても美味しいしか言わないんですもん。だから、何時もこっそりチェックしてるんです。」
と少し拗ねながら話す様子も愛らしくて、ここが撮影現場だと忘れてしまいそうになる
「君の料理は、何でも美味しいからね。つい食べ過ぎてしまう位だよ。」
そんなお世辞を言っても何も出ませんよと言う彼女を見て、以前なら『先輩にお気を遣わせて〜』なんて言ってたよなと思うと、そんな微かな進展にも 知らずに顔が綻んでしまう
「いい匂いだね。んっ。」
「はい、どうぞ。」
隣で声をかけると、無造作に差し出した口にスッと料理を運んでくれる
ある時、料理中の彼女の後ろをウロウロしていると『リビングでお待ち下さい』とやんわりと邪魔者扱いされて落ち込んだ…
そんな時、「お暇だったら味見して下さいますか?…はいっ」と料理を差し出されたのが始まり
ほんのりと甘い気分に味を占めて、それから毎回料理の味見役を務めている
自分も現金だよなと思うが、嬉しいものはしょうがない『パブロフの犬状態』だろうが構う物か
「うん、いつも通りだね。」
彼女の顔がほんの少し曇り、ぽそりと呟いた
「えっと、…お味、お気に召しませんか…?」
「きみが作る料理が美味しくない訳ないじゃないか。とっても美味しいよ。言ったろ、何時も通りだって」
良かったぁ〜とふにゃりと喜ぶ顔も可愛いくてしょうがない
きっと今の自分の顔は社長曰く『崩れきった顔』なのだろう…
群がっていた蜂達は、そんなピンクな空気に当てられて遠巻きに小声で囁く
「おい…京子ちゃん、敦賀くんにいつも料理作ってるの?」
「そうじゃない?彼も「何時も通りの味』とか言ってるし…やっぱり」
「味見する様子とか…あれってモロ新婚夫婦だよな…結構好きだったのに…」
ガックリと項垂れる蜂達の声は聞こえず、相変わらず二人だけの空気を作り出す俳優と女優は、更にピンクな世界を作り上げる
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セットから離れた所から一部始終を見ているマネージャーが一人ため息混じりに呟いた…
「……これで両思いでもないなんて…誰も信じないよな……」