夜。もう30分もすれば日付も変わりそうな真夜中。  
敦賀さんのマンションの前。  
早くしなきゃ今日中に逢えなくなっちゃう。  
 
サングラス、帽子、黒いトレンチコート。  
マスクは本当に怪しいのでやめておいた。  
それだけでも怪しさは満点だろうけど。  
「っ、な、何?その格好は」  
呼び出された方は、声だけでもう笑ってるのがわかる。  
「いいから、早く開けてくださいっ」  
短く言い放つと同時に開いたエントランスへと駆け込む。  
そのままエレベーターへ走ると、  
目的のフロアボタンを押してドアを閉じた。  
いつもながら、1人でここに来るときはすごいスリル。  
 
やがて、そのフロアへ到着したことを告げるチャイムとともに  
ドアが静かに開く。  
よし、誰にも見られてない…  
ってここは敦賀さんの部屋しかないフロアだった。  
びっくり…はさっきされたからもうないかな…つまんない。  
でもとりあえず1回は驚いてくれたからいいかな。笑ってたけど。  
 
キンコーン  
 
チャイムを押して、ドアが開く前に見つからないように影に隠れてみた。  
程なくドアが開き、出てきた人がきょろきょろと私を探している。  
よく見ると、パ、パジャマ着てる。そっか、もうこんな時間だもんね。  
思いもしなかった姿にちょっとびっくりしたけど。  
「こんばんはっ」  
後ろからそろぉっと近づいて、身体に手を回す。  
久しぶりのぬくもりがくすぐったくて。  
「こらこら、そんな格好で何やってるのかな、君は…」  
敦賀さんが、私の手を解いてひょい、と抱き上げる。お姫様だっこ。  
「見つからないように、してみたんですけど、変でしたか?」  
抱きかかえられたまま、敦賀さんの口でサングラスを外された。  
至近距離の顔にちょっとドキドキしながら精一杯笑顔を作る。  
「俺を驚かせるのが目的?」  
そうです。  
けど、言葉では否定も肯定もせずに、逆に問いかけてみた。  
「今日は何の日でしょう?」  
すぐそこにある顔が、ふわ…と極上の笑顔を見せる。  
「俺の…誕生日」  
「だから、…こっそり逢いにきたんです」  
目を閉じた。最初のキス。  
「ようこそ、お姫様」  
 
「敦賀さん何にも言わないんだもの」  
手を繋いでリビングに向かいながらぼそっと呟いた。  
自分から聞いて教えてもらっておきながら前日に思い出した私も私だ。  
でも、男の人はことさらアピールしたりしないものらしい。  
私も別に自分から言ったわけではなかったけど  
敦賀さんは憶えてて、ちゃんとお祝いしてくれて…  
すごく嬉しかった。  
だから無理してでもこの日じゃないと、と思って…。  
でも。  
「ごめんなさい、もうすぐ今日終わっちゃう」  
何にも用意してきてないし…あぁ私のバカ…。  
敦賀さんは抱えきれないくらいのバラの花束に  
2段重ねのホールケーキに…と、とにかくなんだかすごく  
大げさなプレゼントをたくさんくれたのに…。  
びっくりした私が思わず  
そんなにしてくれなくてもいいんです、って言ったら  
今までできなかった分もさせて欲しい、って少し微笑んで。  
「来てくれただけで十分だよ」  
敦賀さんはそう言って笑った。私もつられて笑顔になる。  
「実はそれだけじゃないんですけど…」  
「え?」  
「…なんでもないです」  
 
「俺は明日オフだけど…どうする?」  
リビングに入ったところで、敦賀さんに促されて  
トレンチコートを脱いだ。  
その下は小花模様のチュニックとジーンズ。  
「それにしてもこのコート…スパイみたいだったよ」  
「見つかるかもしれないじゃないですか」  
さっきまでの私のトンチキな格好を思い出したのか  
敦賀さんがくすくす笑いながらコートをハンガーにかけた。  
「それは、脱がないの?」  
さらにからかうように言う。  
「ぬぬぬ脱ぎませんよっ、下に何着てると思ってるんですか」  
「座ってて、お茶淹れるから」  
 
「私も明日はお休みです…」  
敦賀さんが淹れてくれた紅茶を2人で並んで飲みながら  
そう告げた。  
いつも来るときはだいたいそういうことになるんだけど  
今日は特に、私もそういうつもりで来たから…。  
多分言わなくてもわかってるんだろうけど…この人は。  
「じゃあ、今夜はゆっくりプレゼントもらおうかな」  
頬をなでて敦賀さんが耳元で囁く。や、やばいこの流れ…。  
「わあぁ、待って」  
「ん?」  
「シャワー!シャワー浴びてきますっ」  
「気にしないよ?」  
「私が気にしますっ」  
って!今何時?  
時計に目をやると、11時45分。しまったっ。  
「あ、あのっ、敦賀さん、ベッドで待っててください、すぐ行きますからっ」  
そう言い放ってバスルームへと走る。  
ちらっと振り返ると敦賀さんのあっけにとられた顔が目に入った。  
我ながらとてつもなく恥ずかしいことを言っているとは思ったけど  
敦賀さんのお誕生日が終わるまであと15分しかない。  
バスルームに入り、髪をタオルでまとめてあわててシャワーを済ませた。  
 
身体を拭きながら、脱いだ服に目をやる。  
チュニックの下に着ていた…キャミソール。  
キャミソールというには全体にふわふわしすぎてる。  
おまけに胸元から左右に身頃が分かれているので  
普通に着たら…おへそが丸見え。  
半透明の白い生地には小花がちりばめられていて、  
ドレープで波打ってるレースが縫いつけられた肩紐、  
根元にはリボンがついてる。  
セットになっていたショーツは紐を結んで留めるタイプ。  
どうみてもこれは普段には着ないような下着。  
それに、出かける前に適当に引っつかんできたリボンを首に結んでみる。  
「…プレゼント…に見えるかな…」  
完全武装。  
だけど身に着けた自分の姿を鏡で見ただけでも顔から火が出そうになってしまった。  
な、何考えてるんだと思われるだろうな…。どうか拒否反応だけはされませんように。  
ええい、いいんだ、もう夜中だし。なんたって今日は敦賀さんのお誕生日なんだし。  
かかっていた敦賀さんのものと思われるバスローブをはおり、前を完全に閉じて  
いざ、ベッドルームに向かった。  
 
ドアをこっそり開けて中の様子を窺うと、  
敦賀さんがベッドに座って何かを読んでいるのが見えた。  
音を立てないように中へ入り、ひたひたとベッドに向かうと  
そんな私に気づいた敦賀さんが読んでいたものを閉じて、  
こっちを楽しそうに見ている。  
「いらっしゃい」  
座っている敦賀さんの前に立つと、手が首のほうに伸びてきた。  
「リボン?」  
げ。そうだ、バスローブって首元丸見えだった…!  
「…そうか…プレゼントね」  
途端にぎゅうっと抱きしめられた。敦賀さんの身体が小刻みに震えてる。  
あれ?  
もしかして…笑ってる?  
「ははははっ…何してるのかと思ったら」  
「わ、わわ笑いましたねーっ、も、もう帰っちゃおうかなっ、離してくださいーっ」  
「ダメ」  
座っている敦賀さんの膝の上にひょい、と乗せられる。  
「普通、プレゼントはもらったら返さないだろう?」  
そう言って2回目のキス。  
逃げられないように両手で顔を固定されて、今度は深く。  
舌と舌が絡み合う感触に、身体の奥が締め付けられるような感覚を覚えた。  
それだけでもう滲み出てきそうに甘い。身体がいつもより早く反応してしまってる。  
バスローブの中に着ているものを見られたら…理性が飛んでしまいそう…。  
「…敦賀さん、目つぶっててください」  
濃厚に絡み合った唇がやっと離れた後、  
上がってしまった呼吸を整えながらそうお願いした。  
 
「まだ何かあるんだ?」  
言ったとおりに敦賀さんが目を閉じたのを確認して、バスローブの紐を解いた。  
まだ明るい照明に浮かび上がる自分の姿…自分で考えたこととはいえ恥ずかしい。  
袖から腕を外して、脱いだバスローブを床の上に放り投げる。  
「…いいですよ」  
目を開いた敦賀さんが、私の姿を見て驚愕の表情を浮かべた。  
わかったかな…?  
「それ…」  
「…はい」  
「着てくれたんだ…」  
そう。  
これは…敦賀さんが私にプレゼントしてくれたもののなかに紛れていたもの。  
あの時は、冗談にしてもほどがある、と思ってしまったくらいなものだったけど…。  
そして多分、敦賀さんも冗談のつもりだったんだろうけど。  
「今日にぴったりでしょう…?」  
「本当に君は…」  
見つめられたまま、見つめあったままベッドにゆっくりと押し倒された。  
「今日逢えるとも思ってなかったけど、こんなことになるなんて…もっと思ってなかったよ…」  
「お誕生日は特別ですから…」  
ベッドサイドの時計がまだ12時になっていないのを見届けて。  
 
「お誕生日、おめでとうございます、敦賀さん…今日中に言えてよかった…」  
 
そして。  
生まれてきてくれて、ありがとう…。  
 

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