「おまえみたいな地味で色気のねー女、誰が相手するかよ」
「ショーちゃん…」
「…っ!…な、泣くなよ、うっとうしい…言っただろ、家政婦代わりに連れてきただけだって」
「ショーちゃあんっ」
迷惑そうな、アイツの顔。
自分が利用されていただけの人間で、大好きだった人に必要とされてないのがこんなにも悲しいなんて…
「ショー…」
それがどんなに辛い事か、アンタにわかる?
どんなことがあったってアンタだけは絶対に…
「ゆーーるーーさーーなーーいいいいーーー」
自分の声で、目が覚めた。
薄暗い部屋…。
しばらく忘れていたどす黒い感情。
忘れることなんかできないと思っていたのに、どうして忘れることができたんだろう?
あんなに、憎い相手も、会わずにいれば…思い出さずにいれば記憶から消し去ることができるの?
嫌な夢を振り切るようにのそりと起き上がる。
一人で寝るには広すぎるベッド。ここって…。
「――――!!」
瞬時に記憶が蘇り、思わずベッドに突っ伏す。
シーツをまとっただけの体は、けだるくて違和感がある…。
体中に敦賀さんの肌の感触が残ってる―――…。
これは、現実?
ななななな…
なんでこんなことに…?
あ、ありえないでしょう?
取り乱し、ばっと起き上がる。隣に彼はいない。
バクバクと馬鹿みたいに胸が騒ぐ。
敦賀さんは、どこに行ったんだろう…
散らばっていた服を着て、そっと寝室をでてリビングへ行くと、
ソファにすわりグラスをかたむけている敦賀さんの姿があった。
ほの明るい窓からの月明かりに照らされた彼の横顔はとても綺麗で神秘的に見えた。
思わず見とれながら、やっぱりこれは、夢なんじゃないかと思いはじめた時、
「起きたの?」
彼の声が響いた。
「あ・・・」
な、何を言ったらいいんだろ。
しんとしたリビングに、カラン、とグラスの氷の音だけがする。
音が聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい心臓が早鐘をうっている。
何も言えずに赤くなりうつむいていると、彼が再び口をひらいた。
「なんだかうなされてたみたいだけど…どんな夢見てたの…?」
こちらを見ずに抑揚のない静かな声で言う彼は、なんだか怒っているように見え、
私はさらに何も言えなくなった。
「……」
敦賀さんに、嫌われたくない。
あんな奴の夢を見たなんて、知られたくない―――…。
「もしかして、不破の、夢?」
「あの…アイツ、私が泣くの、嫌がるんです。だからずっと、泣かないようにしてきたんですけど…」
「なんか、久々に、夢にみちゃって…思い出したくもないのに…その…。」
言い当てられてどきっとした私は、思わず言い訳みたいなことを一気に言ってしまってから、
ちらりと彼を見た。
馬鹿…これじゃ、言い訳どころか、逆効果じゃない…。
黙り込んでしまった敦賀さん…やっぱり怒ってるの?
ぎゅっを唇をかみ締め、知らず、つぶやく。
「こんな私なんか、好きじゃないですよね…」
そのとき、ふ、と敦賀さんが私の方をむいた。
「おいで、ここに」
気持ちに比例するかのように震える足を叱咤し、彼の側へと歩いていく。
座っている彼の前に立ち止まると、敦賀さんは腕を伸ばし、私の頬にふわり、と触れる。
「好きだよ…君が、好きだ」
月の青白い光に照らされた、彼の柔らかな微笑みが私の胸に染みいる―――…。
「あ、あれ?」
理由のわからない涙が、また勝手にぽろぽろと流れ落ちる。
「な、なんか、敦賀さんの前では泣いてばかりですね私…」
うわずった声でそう言うと敦賀さんは困ったように笑った。
「君に泣かれると、抱きしめたくなるんだ…だから」
そっと抱き寄せ、髪に顔をうずめる。
「俺以外の男の前では、もう泣かないで?」
彼女を膝に座らせ、その泣き顔に口付ける。
ついばむような軽いキスが、だんだん吐息まじりの快楽的なキスに変わっていく。
舌をからめ、お互いの唇の感触を、その温かさを、感じ合う。
彼女の潤んだ瞳に、切なげな色が浮かぶ。
艶やかなその表情を見ただけで余裕を無くしている自分に気付く。
どうして彼女のことになると、こんなにも自分をコントロールできなくなるのだろう。
想いを打ち明ける気など微塵も無かったのに、それもあっさりと覆されてしまった…。
膝に座らせたまま横抱きにしてソファと自分の腕の間に閉じ込める。
俺に抱かれたあとで、他の男の夢を見るなんて―――…
「許す気はないから…」
ブラウスをたくし上げ、やわらかな膨らみを包んだ、その先端あたりに噛み付くように刺激を与える。
ピクン、と彼女の体が震える。
「や…」
「嘘」
「…んんっ」
「嫌じゃ、ないくせに…」
パサリ、と彼女の服を元に戻す。
「…敦賀さん?」
「脱いで…自分で…」
「あ、あの…?」
「恥ずかしい?」
こくり、と頷くと彼は含み笑いをもらす。
「君が服を着たままでもいいって言うんなら俺は構わないけど?」
…スカートの中で敦賀さんの指が、下着の上から触れてくる。
「…は…あ…」
触れて欲しいところに触れてもらえない、もどかしさに身を捩る。
澱が積もっていくようにすこしづつ、やりきれない疼きがせまる―――…。。
「…っ…や…敦賀さ…イジワル、しないで…」
「イジワル?俺がどんなイジワルしてるって?」
触れて欲しいの、もっと―――…
でもそんなこと、言えない…涙目の私を、クスクスと笑って見下ろす。
「君が泣くのを見るの、俺は好きだよ…誰かさんとは違ってね」
「キョーコ…服を脱いで?」
もう一度、耳元で囁く。
さっき俺がはずしたボタンを、彼女がまたはずし始める。
俺の視線が恥ずかしくて耐えられないといったように瞳をふせ、震える手で最後の下着を脱ぎ終える。
彼女の一糸纏わぬ姿が、ソファの上で白く浮き上がる。
「それで、君は、どうして欲しいの?」
「……」
すがるような眼で、俺を見る―――…。
「…さん、に…」
「うん?」
しばらく押し黙っていたけれども、消え入りそうなか細い声でやっと言う。
「敦賀さんに、抱いてもらいたいんです…」
…もっと彼女に言わせたいことがあったけれども、それが、限界だった。
触れたくてたまらなかった…彼女のやわらかな体を抱きしめる。
「俺も、君が抱きたいんだ…」
…夢ですら、不破に会うのは許せない。
俺が君を求めるのと同じくらい、俺を欲しいと、言って欲しい。
誰より君を護りたい…。
子供の我が侭のような欲求に自分の事ながら呆れてしまう―――…
ソファで私を何度も好きだと言って抱きしめてくれる彼の腕は初めてのときよりも、熱く私を穿った。
想いのすべてを刻み込むような彼におかしくなってしまいそうな自分がいる。
私の感情を待つことなく、ずっと、敦賀さんのペースだったから―――…。
置いていかれない様に、しっかりと彼の腕をつかむ。
この気持ちは何だろう。アイツを好きだった頃の気持ちとは何か違うものに感じる。
一緒にいるだけで心が温かくなる幸福感だけじゃない。
こんな高揚感、胸をぎゅっと締め付けるような感覚は、アイツといたときにはなかった。
私、どうしちゃったんだろう?
もう誰も好きになることなんて無いと思っていたのに。
それなのに、こんな突然の事態…敦賀さんの熱情に、すっかり心を奪われている…。
私は、敦賀さんの事が…好きなんだ。
もしかしたら、ずっと前から気づかなかっただけで…。
「…はあっ…ああっ…」
もう何度目なのか、二人で一緒にのぼりつめる。
じっとりと汗ばんだ肌が吸い付く。
身をよせる彼に、私はビクリ、と体を震わせる。
「もう、二度とアイツに近づくな…」
そんな彼の囁きを嬉しいと思ってしまう。
思わずほころんだ口元を見てとった彼がふっと眉をよせる。
「近づいたら、その時は…」
…っ!急に冷気がっ…!?い、いやああああサタン光臨?
私は真っ青になって高速で首を振った。
「ち、近づかない!近づきたくなんかこれっぽっちもありません!だから」
必死で彼にすがりつき、顔を見上げる。
「だから、嫌わないで…」
意をつかれたように一瞬言葉に詰まった敦賀さんが、がっくりとうなだれる。
「…まいったな」
そういいながら軽いキスをよこす。
「そんな言われると俺は一晩中君を抱いていたくなるじゃないか…」
「なっ!なに言ってるんですか!もう!人が真面目にっ」
「俺だって真面目だよ」
「嘘です!いけしゃあしゃとそんな…絶対私をからかってますね?!」
こうして短い夜は更けて行く――…