※※※  
 
「・・・兄さん。もう寝るんなら、靴脱いでからにしてくれない?」  
「・・・」  
 
「にぃ〜さぁ〜〜ん?靴脱がないと足が臭くなっちゃいますよぉ?」  
「・・・」  
 
自分の上着をクロゼットに納めながら、チラリと横目で睨んだ先。  
宿泊先のホテルに帰ってくるなりベッドに飛び込んでしまった黒ずくめの大男を眺めたセツは、小さく溜め息を吐くと両手で顔を覆ってワザとらしく声を震わせた。  
 
「・・・アタシ、水虫の兄さんとなんて・・・・一緒に寝れない(クスン)」  
「・・・。」  
 
シクシクと。  
小さく震える空気に耐えられなかったらしい大男が、モゾモゾと動き出し靴を無造作に放り投げる様を薄く見て、セツはクスリと笑うと「先にシャワーもらっちゃうね?」と告げてシャワールームへ入った。  
 
 
「はぁぁ〜〜〜〜。今日も、つっかれたぁ(はぁと」  
今日も一日、気力と根性で貫き通した『雪花・カイン』で酷使した足腰をマッサージしながら、キョーコは小さな溜息を吐いた。  
 
社長の無茶ブリで始まった『カインと雪花のドキドキ兄妹生活』も、そろそろ二週間が過ぎようとしている。  
 
「それにしても、二週間って・・・。敦賀さんも頑張ってるんだよね」  
 
口を吐いた言葉は、感心とも呆れたともとれる口調で。  
 
『俳優・敦賀蓮』を、表面上海外ロケに追い払ってしまった事で(社氏はローリィ私邸に軟禁中w)、『謎の俳優、カイン・ヒール』にガッツリ集中している恋人を思い浮かべると、キョーコは寂しげな笑みを零した。  
 
その雰囲気も  
身に纏う香りも  
声すらも別人なその男・・・  
 
「本当に・・・。敦賀さんじゃないみたい・・・」  
 
ポツリと呟いた言葉が切なく響く。  
キョーコはシャワーに打たれる白い身体を己の腕で抱きしめると、最後に抱かれた二週間前の夜を心に映した。  
 
瞳を閉じて想うのは、あの日見た恋人の姿。  
 
社長の指令書を握りしめて辿り着いた先に居たのは、『気難しそうでキレやすそうで暴力的そうな』空気放ちまくりの一人の男。  
そのあまりの変貌ぶりに腰が抜けるほど脅かされて吃驚もしたけど、すぐにネタばらしをされて「・・・ごめん、そんなに脅かすつもりはなかったんだけど」と困り果てたように謝ってくれたのは、少し臆病な『謎の俳優X』を名乗る己の恋人であった。  
 
社長の思いつきの様な依頼で同じホテル(の同じ部屋)で生活する事となった最初の夜、「エエェェ(゜Д゜)ェェエ?!何週間もこの人と同じベッドってぇぇ?!私、干乾びちゃうわよぉ!!」と卒倒しかけたのもつかの間、お部屋のベッドが一つから二つに増えた。  
 
えも言われぬ安堵感にホッとしたのもあったけど・・・  
 
しばらくの間『敦賀蓮』とは会えない事を、昼間敦賀さん本人から聞いていた事を思い出し、急に寂しくなった私がベッドの中でチョットだけ泣いていたらギュウって抱きしめてくれたのは大きくて暖かな腕。  
 
「・・・君が願ってくれるなら・・・何時だって逢いに来るから。だから・・・」  
 
―――俺以外の男の前で、そんな風に泣かないで?―――  
 
耳元を擽る甘い声  
頭から被っていたシーツをそっと剥ぎ取られ、涙を唇で拭われて・・・  
 
俺を乞うてとばかりに瞳を覗き込まれれば、願わずにはいられない想いが淫らに走り出すのに時間はかからなかった  
 
逢えない時間がお互いを壊してしまわないように・・・  
 
・・・って?  
 
「///////ヒィぃッ?!(ィヤァァァァ!!なに破廉恥な事思い出してんのよぉぉぉ!)」  
 
濃厚な時間の再現VTRが脳内に放映される寸前、絶叫に近い雄叫びを飲み込んだ。  
キョーコは、ブンブンと千切れそうな勢いで頭を振ってフシダラVTRを蹴散らそうと試みたが、すでにプレビューは脳裏に焼き付いてしまっている。  
脳内を巣食う帝王様は、削除どころか脳内チャンネルを変える事すら許してくれそうになかった。  
 
「・・・(いやいやいやいや、落ち着け!落ち着くのよキョーコ!!しっかりしなさい!!!)」  
 
しっかりしなさい!  
落ち着いて、しっかりしなきゃ・・・  
しっかり・・・  
しっ・・・  
 
――しっかり覚えるんだよ?俺がどんなふうに君を愛したか・・・――  
 
「//////(きぃやぁぁぁぁぁぁぁゃぁぁぁぁぁぁゃぁぁ!!)」  
もはや、何を脳裏に浮かべても行きつく先に待っているのは『敦賀蓮』という名の帝王様。  
プシュンと湯が沸いたような脳味噌にクラクラしながら、キョーコは途方に暮れてしまった。  
 
 
「//////こ・・・困った。こんなんじゃ、ココから出られないじゃない(涙」  
 
シャワーの温度は高くなかった筈なのに、身体が火照りだしたような気がするのは  
どうした事だ  
 
「・・・っん!」  
 
意識せず伸びた己が指先。  
蓮の長い指が辿った先を辿るように触れると、甘い喘ぎが小さく零れた。  
 
 
 

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