Box'R'の現場に無粋な闖入者が現れたのは幸いにして休憩時だった。
不破尚がマネージャーの祥子を伴って京子を訪問したのだ。
『なんで不破尚が…?』
周囲のざわめきに気をよくした尚はキョーコにずかずかと近寄る。
…だが、そこにいたのは「ナツ」だった。
「ナツ」の美貌に一瞬ひるんだ尚は、それを隠すように大声を上げた。
「よぉ、キョーコ」
「…何しにきたの?」
「ふん。昔なじみの忠告だよ。
オメーはどこまでいってもただの地味で色気のねー女なんだよっ
ちょっと男に担がれたぐれーでいい気になってんじゃねーぞ!」
「…ふーん。アンタあたしが着飾ったらむかつくんだ。
んじゃもっとキレイにならなきゃね。
ご忠告ありがと。んじゃサヨナラ」
「…ちょっと待てよ?!なんでそうなるんだよっ
俺はキョーコはキョーコらしく分をわきまえろって言ってんだよ!」
「ナツ、なにこいつ?なんかむかつくんだけど」
千織が「ナツ」の横に並び尚をにらんだ。
目の前に京子を貶めている男が居る。
自分達のリーダーに…いや、自分の目標であり敬愛している京子に、
「地味で色気が無い」「分をわきまえろ」などと
いわれの無い暴言を許す気は全く無い。
まして、自分が売れているからと傲慢に振舞う男など。
「つーか、それ言うためだけにここにきたの?
天下の不破尚サマが。」
穂奈美が続けた。ナツの右腕…カオリとしても、
個人的にも、ひどく冷めた目で片眉を上げる。
「さぁ?しらなーい。そんな用なら興味も無いしね」
「家政婦なら家政婦らしくしてろってんだよ!
男に色目使ってんじゃねーよキョーコのクセに!!」
周囲は男の重なる暴言に色をなした。
だが「ナツ」の視線は凍ったままだ。
「…つまんない男」
「…なんだとっ?!」
「そうだな、つまらん発言だな」
「あら、レイノ。貴方までどうしたの?」
いつの間にかレイノが不破の斜め後ろに居た。
するりと「ナツ」の脇に立つ。「ナツ」の表情が楽しげに動いた。
「隣のスタジオにいたんだが…面白そうな気配がしたんだ。
…不破がこんなにつまらん奴とはな」
「…本当にね。そうね、貴方ならあたしをどうしたい?」
「…お前は美しい。前の未緒の妖しさと憎悪もよかったが…
今のお前の虚無もいいな。ひどくそそる…」
レイノは「ナツ」の頤を人差し指で持ち上げた。
「ナツ」はうっそりと微笑む。
「今の貴方、不破尚なんかよりよほどイイわ。
女をより美しくする男の方が楽しいに決まってるもの」
「お前をより磨くのは俺だ…っつ、お前、今度はそんなものを…」
レイノは身体を震わせ一歩下がった。
人差し指で首筋をなぞり、プリンセスローザに触れたとたん、
凶悪な真っ黒い独占欲がレイノの思考に襲い掛かったのだ。
「ああ、貴方’あの人’が苦手だったものね。
でも大丈夫よ。今日は楽しませてくれたから…一つ貸しにしておくわ」
「あんな凶悪ライオンと共にいてよく平気だな…ちゃんとしつけておけよ」
ふとカイン丸を思い出した「ナツ」はくすくすと笑った。
レイノは憮然としているが、珍しく少々楽しげにしている。
場に置いていかれた尚が「手前っ…」と声を荒げると
「ナツ」はまた凍った視線に戻り、今度は祥子に近寄った。
「ねぇ、マネージャーさん。聞いてもいい?」
「…なにかしら、キョーコちゃん」
いつもと違う雰囲気のキョーコに祥子は戸惑う。
「貴女、なんで仕事しないの?
アカトキでは他所の現場で他所のタレントに
いつでもどこでも好きなように暴言吐けって教えてるの?」
「んなっ…」「待って、それは誤解よ…っ」
「どこが誤解?今現に貴女の担当ミュージシャンがやってる事はナニ?
あたしは確かに不破の実家にお世話になっていたコドモの時は
家政婦のように生活していたわ。
でも、今、あたしは自分で稼いで生きているの。
今、赤の他人の’不破尚’に家政婦呼ばわりされるいわれはないのよ。
まして、地味で色気の無い女のままでいろ、…なんて。
他所のタレントにそんな暴言を辺りかまわず吐かせて、
貴女の’不破尚’のイメージ管理は一体どうなってるの?
LMEじゃ考えられないわ。」
「…キョーコのくせに生意気言いやがって」
もう「ナツ」は不破の方すら見ない。
吐息で祥子に囁いた。
『未成年と同棲するマネージャー』
「キョーコちゃん、あなた…」
祥子はキョーコの意図を正確に理解して真っ青になった。
「どの辺のルートに乗せて遊びましょうか?
今日の件は会社にもちゃんと報告しなきゃだしー
ウチの主任か…エモノが不破尚なら社長に話しても面白いかしら?
それとも個人的なルートにするのも面白いかな」
祥子の耳元でくすくすと「ナツ」が笑う。
そんな、そんなの…と祥子が取り乱すと、ナツはうっそりと笑った。
「それは貴女次第でしょ。…ちゃんと仕事、するわよね?」
「へんっ、お前にそんなツテあるわけないだろっ」
「尚、もう黙ってっ!帰るわよ!!
…皆様、お騒がせして申し訳ありませんでしたっ」
「ちょ、ちょっと、祥子さん…」
不破の襟首を捕まえて祥子はずるずると退場した。
「…最後まで格好付かないことをしているな、アレは」
レイノがうんざりしたようにつぶやく。
「京子さんLMEの社長直属のプロジェクトに在籍してるのに、
ツテがないとか…頭悪すぎるでしょあの男」
千織も心からバカにした声を上げた。
そろそろこの茶番も終幕よね…
「ナツ」は「騒がせて悪かったわね」と
全く悪いと思っていないイイ笑顔で周囲を見回した。
レイノにじゃあね、と手を振ると
事情を聞きたくてうずうずしている監督に説明に向かう。
オンナを美しくしようとしないオトコなんて、
なんの価値もないわよね?
ナツ魂が、退場する尚に横目でつぶやいていた―――…