この娘は、まさしく最強の御守り。  
この娘が隣にいれば、どんな闇のなかでも無敵でいられる。  
 
 
携帯の(たぶん壁あたりに)ぶつかった音がして、一気に憤怒が霧散した。  
 
『兄さん、申し訳ございませんでした!!』  
その直後に、セツではきいたことのない丁寧な英語をきいた。  
そうとう混乱させてしまったようだった。  
 
(壊れたよな…バキッという音のあとに床に落ちる音がひとつじゃなかった)  
それは俺も同じで、何をどうしたらこの場を取り繕えるのかわからずにフリーズしていた。  
 
『チャンスをください 私はあなたの隣にいたいんです!』  
俺の肩にきつくすがりついて、この娘はそんな凶悪な言葉を口にした。  
歪んだ眉に噛み締めた唇。  
怯えているような表情なのに、潤んだ瞳が熱を帯びる。この娘を知らない男なら、誘っているのかと期待してしまうような強い熱。  
 
混乱のなかで投げ与えられた餌に、俺は反射的に喰らいついた。 片腕で細い腰を俺のからだに押さえつけ、もう一方では顎をあげさせて本能のままに口内を蹂躙した。  
 
『ッは!……兄さん…激しい…』  
まったく隠せていない、戸惑いと怯え。  
うっすらと涙を浮かべた瞳、紅潮した頬、かすかに震える濡れた唇。  
セツじゃなくて、男のことなんて何も知らない少女の反応。 それなのに、セツを保とうとする健気な姿。  
それらすべてが、俺のなかにある凶暴な嗜虐心を刺激した。  
 
そこからはもう止まれなかった。  
彼女のすべてを見て、すべてに触れて、堪能した。  
それは、純情な乙女に有無をいわさず男の欲望を突きつける残酷な行為。  
 
最後の一滴まで、この娘のなかに吐き尽くしたいという欲望に従った。 それも一度では済まずに記憶にあるだけで二、三度。  
正気を取り戻したときには彼女の意識がない状態で、呼吸の有無を確認する余裕もなく、疲れ果てて眠っていた彼女をゆさぶり起こした。  
 
「…るが、さん……?」  
「ごめん…起こして……こ…殺して、しまったのかと……」  
 
「なに言ってんですか」  
こんなことで人を起こしたんですか? 演技とはいえ、めちゃくちゃに疲れさせられたっていうのに。  
うらめしげに見つめる瞳がそう言っていた。  
 
「えっ? 敦賀さん?! 私そこまで死相が出てますか??」  
彼女の姿がぼやけて、俺は自分が安堵のあまり泣いていることに気づいた。  
「大丈夫です! ほら。このとおり!(ぶんぶんとラジオ体操のごとく腕を振りまくっている)大丈夫ですからっ!」  
「だから相棒(バディ)を解消するなんてやめてくださいいい〜〜」(←超号泣)  
 
闇に沈んでいるのが馬鹿馬鹿しくなるくらい彼女は彼女のままだった。  
 
その翌日は、あの娘を撮影現場には連れずに、ピルを買いに行かせた。  
なかに出したことは死ぬほど後悔したけれど、次こそはセツを演じきってみせると闘志を燃やす彼女を制止してやるほどの良心は持ち合わせていない。  
それどころか、早く夜にならないかなと、なんとも反省のないことを思った。  
 
 
それから、このホテルで過ごす夜は毎晩この娘を抱いている。  
 
素肌を愛撫すると、初めは羞恥でビクリと身を震わせていて、緊張がとけてもくすぐったそうにしていた。  
今は、肌を熱くさせて、息を乱す。  
俺が残したこの変化に、いつもながら身震いさせられる。  
 
『っ、たまには、兄さんも、脱いで…たらあ…っ』  
セツから思いもよらないセリフがでてきた。  
一瞬困った。素性が露見するような場所を見せるわけにはいかない。  
実力行使で服を脱がされないうちに(セツならやってもおかしくない)、彼女に挿入してことを進めることにする。  
 
『裸で抱き合うと、長く愉しめなくなるから嫌だ』  
不自然かもしれないと思いながらも適当に理由をつけた。  
 
すると、ふいに瞳をそらされた。  
その瞳から涙が出てこないのが不思議なくらい悲しげな表情が浮かぶ。  
些細なねだりごとを拒まれて、セツが傷ついたのだろう。  
 
この娘はどんどんカインに抱かれるセツをつくっていく。  
演技の一環だという建前なのに、演技ができていないのは俺のほう。  
ベッドシーンでなく現実にこの娘を抱いている状況で、演技ができるほど冷静ではいられない。  
 
『泣くな――そんな表情をする余裕なんて無くしてやるから』  
きついくらいに絡みついてくるなかを揉みこむように刺激しながら、ディープなキスをする。  
今回は抑えようと思いながら、こうせずにいられたことなんて一度もない。  
 
最初は、この行為がこの娘にとって演技上の出来事だということが切ないという気持ちからだった。  
いくら交わしてもカウントされないキスだと知っているけれど、彼女の心に何か残したくて口づけた。  
 
そのうち、他の奴が相手でもこんなふうに抱かれるのかという腹立たしさが混じるようになった。  
 
最近は、セリフを口にする隙など与えずに唇をふさぐ。  
我ながらなりふりかまわなくなっているなとは思う。  
こうして繋がっているときに、他の男の名前なんてききたくない。たとえ、それが俺の演じる役名であっても。  
 
想いはどんどん加速して、欲深くなっていく。  
 
『もっと…欲しがって…』  
かけらでも俺を異性(おとこ)として意識してくれたらいいのに。  
俺は、君がカイン・ヒールだと信じて疑わないくらいに重症なんだ。  
君のちょっとした行動で、闇も忘れてしまうくらい。  
芝居のこと以外は、君のことばかり考えている。  
 
どうすればこの娘のすべてを手にすることができるのだろう。  
いくら考えても答えはでない。  
 
それでも、どうすればこの娘を導くことができるのかは熟知している。  
 
この娘の好きなところに俺の分身を打ち込む。  
強い刺激に、彼女は膝を崩しビクビクと腰をよじらせる。  
 
挿入したばかりだときついのに、こんなふうに善くなってくるとちょうどいい具合に絡んでくる。  
まるでご褒美だとでも言っているように。  
 
俺がこの娘の女の部分にこれほどの快楽を与えられている。  
正直、これだけで歓喜に震えて飛んでしまいそうになる。  
俺はこの娘より先にそうならないよう必死に力をこめながら、そのからだを悦ばせ続ける。  
 
「あっ、も…もう、だめぇ…」  
やっと、素顔をみせてくれた。  
この最高のご褒美に、俺はいつも我慢がきかなくなり、一気にスパートをかけてしまう。  
 
「怖い…こわいの…っ! なに、も…っ! わからっ…わかんなくなっちゃウウッ!!」  
『ああ…それでもいい』  
そうなったら、俺も何も隠す必要がなくなる。  
本当は呼びたい名前も。  
本当に望んでいるのはそのままの君だってことも。  
 
「ごめ…っ、ごめんなさい…ア、わた…私イッ…甘えてばっか…アアッ!!」  
『いくらでも甘えてかまわない』  
君が望むものなら、何でも好きなだけあげたいんだから。  
でも、どんなものを与えたとしても、君が俺にくれるものには足りない。  
現実には、俺が君から奪うばかり。  
 
この娘は飛ぶ直前になると、俺のからだに夢中でしがみついてくる。  
この娘のからだのクセだと戒める声は響いているのに、最中には彼女の全部が俺を求めてくれているんだと強く思ってしまう。  
 
『愛してる…愛してる…!』  
キョーコ…キョーコ…!  
高く飛びながら、俺は呼べない名前を心のなかで叫んでいる。  
 
 
なんて可哀想な娘だろう。  
喰らいつく欲望しか頭にない男に騙されて蹂躙される。  
そんな傷だらけの姿でさえ、こんなにも可愛いだなんて。  
 
『可愛い……』  
強引にむきだしにした彼女に口づける。  
挨拶がわりに、からだじゅうにキスを浴びせる。  
すると、すでに達したからなのか、口づけるたびに震えて甘い吐息を漏らす。  
 
こんなに可愛い反応をして、君はどこまで俺を夢中にさせれば気が済むの?  
 
『どうしようもない…君を壊すことになっても抱いていたい』  
そうなる前に逃がしてあげられるかな?  
壊れるどころか魅力が増していくばかりのこの娘を。  
逃がしてやりたいと俺の理性は言っているけど、実行できる自信なんてかけらもない。  
 
『啼いて。もっと、俺だけを感じて』  
言葉を忘れて啼く彼女を抱いているときが何よりも幸せだと感じる。  
細いけど女の子特有の柔らかさを持ったからだ。汗でセツのメイクもすっかり剥げ落ちている。  
 
キスをねだっている場所も、達したがっている瞬間も、その仕草でわかる。  
隠し事も口にしないだけ。このときの俺たちは、素のままなんだと自然と思える時間。  
 
このまま、明日なんかこなければいいのに。  
 
君が隣にいればどんな闇のなかでも無敵でいられる。  
その代わりに、君と離れてひとりになることがどうしようもなく寂しくなった。  
 
まだ日付をまたいではいないから大丈夫だ。  
そう言い訳しながら、携帯を鳴らす。  
 
『今、どうしてる?』  
『兄さんのこと考えてた』  
セツが言葉をかえしてくる。夜も遅いというのにすごく嬉しそうな声で。  
 
(本当の君は、何を考えてる?)  
 
ヒール兄妹はTMのクランクアップと同時に消える。  
この夢が終わる前に、敦賀蓮に戻らないとまずいとわかっている。  
 
『おまえがいない夜は落ち着かない』  
カインのふりをして、いつまでも素顔(クオン)をさらけだしているわけにはいかない。  
 
『アタシも 早く明日になればいいのに』  
『俺に会えるから?』  
『当然じゃない』  
 
この娘に会える明日が早くくればいい。  
そして、明日には逆のことを願うのだろう。  
 
闇に惑う俺に、君はどこまでも甘い嘘をくれる。  
 

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