「ああっ…」  
乳首を摘み、揉まれて…唇で吸い上げられて…。  
忘れたいのに…忘れられない。  
無理矢理されているという恐怖より  
否応なしに与えられる快感にのまれて。  
指が、あの時の記憶を辿りながら動く。  
「つ…るがさんっ…」  
目を閉じて、名前を呼んでしまう。  
今触っているのは私じゃなくて…。  
初めてだったはずなのに、身体が応えてしまった。  
あの瞬間を。どうしても忘れられない…。  
ひどいことを、されたはずなのに。  
 
「キョーコちゃん?」  
振り向くと、社さんがニコニコしながら近づいてきた。  
「社さんっ、こんにちは」  
「今日はツナギ着てるんだねー」  
社長の趣味はわかんないよね、あの人は普段の服もよくわからないし、  
と笑っている社さんに適当に合わせつつ、いつもなら一緒にいるはずの  
彼の姿を探す。  
「敦賀さんは…ご一緒じゃないんですか?」  
「蓮?もうすぐ来るよ、次、富士テレビに移動なんだけど…」  
そうなんだ…。  
「お待たせしました、すみません。あれ、最上さん?」  
「こ、こんにちは」  
すぐ移動だと聞かされてほっとしたようながっかりしたような  
そんな自分の心にハテナマークが浮かんだ時。  
敦賀さんが現れて、心拍数が3倍くらいに跳ね上がるのを感じた。  
あの時のことを思い出して、顔もまともに見られない。  
 
顔を上げられずに下を向いているうちに  
私のことはお構いなしに、会話が流れていく。  
敦賀さんの身体の横に下ろされた腕が目に入った。  
抱きしめられて…触れられて、内側に無理矢理入れられて…。  
「じゃあ、連絡ください。事務所内にいるようにしますから」  
「キョーコちゃん、よろしくね」  
会話に加われないまま、社さんがそう言って離れていく。  
え…?  
「ラブミー部の部室、使わせてもらっても良いかな?」  
何のことだろう。  
「…もしかして聞いてなかったの?」  
「…すみません」  
くす、と笑ったあと、何が起こってるのかわからない私に  
敦賀さんが簡単に説明した。  
移動先の事情で、時間がずれてしまっているので  
その間に少し仮眠を取りたいのだという。  
「あ、そういうことだったんですね、どうぞ、使ってください」  
「最上さんは、今日は?」  
「待機です、だから同じお部屋にいることになっちゃいますけどいいですか?」  
本当は耐えられないかもしれない。  
表面で取り繕っても、まだ顔を見られない。  
敦賀さんはいつもどおりなのに…私だけが…。  
「俺のほうがお邪魔するんだから、気にしないよ、こっちこそごめんね」  
 
ドアを閉めると敦賀さんはソファに座って目を閉じた。  
私はすぐそばの椅子に座る。  
だけど、すぐに居心地が悪くなって、  
お手洗いにでも行こうかと思った時。  
「…もう…忘れた?」  
「え、な、何のことでしょうか…」  
目を閉じたと思っていた敦賀さんが私のほうを見つめている。  
一瞬絡んだ視線を不自然なくらいに外す。  
「何でもないって、顔してる」  
「つ、敦賀さんこそ…いつもと変わらないじゃないですか…」  
…わからない。  
なんでそんなこと聞くんだろう…。  
「な、何でそんなこと聞くんですか…」  
もし、忘れられないといったら、貴方はどんな顔をするんですか…。  
 
「最上さん」  
名前を呼ばないでください…。  
自分が美月として応えたのかどうかもわからないんです。  
身体だけが暴走したのかもしれない。  
なのに、またして欲しいなんて…どうして思ってしまうんだろう。  
 
「敦賀さんは…嘉月は…私が…美月だから、したんですよね…?」  
あのときから頭の中をぐるぐる回っていた言葉が口をついて出た。  
椅子から転げ落ちた美月を助けるのは当然で、  
抱きしめられたのも、身体をかばうためで、他意があるわけじゃないんだから。  
そう言い聞かせていたのに…。  
「私じゃないんですよね?」  
「最上さん、何を」  
「なんで…なんであんなことしたんですか、敦賀さんこそ忘れてるんでしょう?  
私は…私だけが…忘れられなくてっ」  
どうしよう、こんなことが言いたいんじゃないのに。  
「…私が、最上キョーコだったら…しなかったんですよね?!」  
 
敦賀さんの驚いた顔。  
 
「私だったら…してくれますか…」  
それだけ言うのが精一杯だった。  
敦賀さんの腕に縋りつく。  
私が、敦賀さんに、して欲しくて。  
「なんで…」  
「わからないですっ…でも、思い出したらどうしようもなくて」  
「…ごめん…だけど」  
「敦賀さんが…あんなふうに誰かにもしてるんだと思ったら…」  
「…最上さん」  
私、何を言ってるんだろう。  
口走ってしまったことを軽蔑されたくなくて、  
この言葉を聞いた敦賀さんの顔を見たくなくて  
自分がわからなくて思わず目を閉じる。  
途端にあの時の「行為」が脳裏に浮かび、  
触られてもいないのに身体が反応してしまう。  
抱きしめられたときの確かなぬくもり。  
そこからはじまったその先まで…。  
自分で辿ってみたあの時の順序を。  
すぐそこに、敦賀さんがいると思ったら、もう。  
 
「…いやだ…忘れたいのに…なんでぇ…お願い…」  
泣いてしまいたかった。…泣いてしまっていた。  
どうして、またして欲しいのか、自分でも説明がつかない。  
無理矢理されたのに気持ちよくて忘れられないから?  
「美月」じゃなくて「私」にして欲しいから?  
敦賀さんへの気持ちはそういう好きじゃないと思っていたのに、  
彼に「そう」されるのが自分じゃないとイヤだとも思う。  
誰かに同じことをしてるんだと思うと、いてもたってもいられない。  
あの時よりもっと、めちゃくちゃにして欲しいと…。  
私の身体が、敦賀さんを求めて、向かう。  
 
「お願い…私のこと嫌いじゃなかったら…もう1回…して…ください」  
 
仕掛けたゲーム。  
自分に有利に進んでいくのが手に取るようにわかる。  
彼女の必死の懇願に、眩暈すら覚えた。  
俺は、こうなるのを待っていたのかもしれない。  
さっきの問いかけもまるで誘導尋問のようだ。  
挙動不審な彼女をどうにか誘い出したくて。  
忘れてなんかいないと、言って欲しくて。  
我ながらひどいことをしてしまったと思ったけれど、  
あの時あそこにいたのは、嘉月なんかじゃない、  
自分自身だったとはっきり言える。  
 
目の前で、忘れられないと泣く君を見て、  
歓喜のほうが勝っていると言ったら、君はどう思うんだろう。  
初めてだとわかったときの俺の気持ちを君は想像できないだろうね。  
なおさら、君に自分を刻み込みたいと熱望した、黒い欲望を―…。  
わざと寸止めにして、君から飛び込んでくるようにしておいて  
少し後ずさりするように見せたりして、俺は最低だ。  
とっくに君に捉えられて、もう逃げられない。  
だから君にも、もう逃げられないと、思わせたい。  
俺なしじゃいられないように…。  
「他の誰かに同じことをして欲しくない」なんて  
君は自分で言ってることがわかってるのかな。  
俺のことを好きだと言っているようなものじゃないか…。  
 
「キョーコ」  
彼女にわかるように名前を呼んだ。  
「…敦賀さん」  
しっかりと視線を捉える。  
今から俺がすることは、全部君に対してすることだよ。  
「っ…」  
これが、2度めのキス。…やっと捕まえた。  
 
「おいで…」  
彼女の手を取って、膝の上に向かい合わせに座らせた。  
ツナギのファスナーをおろして、上半身だけを脱がせる。  
中に着ていたTシャツをめくりあげた。  
ブラジャーのホックをはずして、現れた小ぶりな胸に唇を這わせる。  
彼女の身体に刻み込まれた記憶に上書きするように  
執拗に愛撫を繰り返した。  
とっくに上がってしまっていた彼女の息づかいを聞いて  
満足感が駆け上がってくる。  
 
「本当に、アイツにされたこと、ないんだ?」  
彼女が徐々に乱れていく姿が嬉しくて、少しずつ問い詰めていく。  
「っ…ないです…っ、か、家政婦だったって、言ったでしょう…」  
「不破は本当にバカだな…こんなに可愛い君を家政婦代わりにしようなんてどうかしてるよ」  
「あぁんっ…」  
「カギ閉めたからね…外も騒がしいし、声出しても聞こえないよ」  
唇で挟んだ乳首をかるく噛んだ。先端を舌で弾く。  
彼女の上げる嬌声に揺さぶられる。もっと…もっと聞かせて。  
「んぅ…はぁんっ」  
「この前のが初めてなのに、すごく感じやすいんだ…もしかして」  
「やっ…あ、あっ」  
「自分で…してたの?…忘れられなくて」  
うすく開けられた彼女の目を見つめながらボディラインを唇で辿る。  
目が合った瞬間、彼女がぎゅっと目を閉じた。  
「してたんだ…俺にされてたのを思い出してたの?こうやって、触れてたんだよ…」  
下着の上から指でこすると、彼女の身体がガクガクと震える。  
「ああっ…つ、敦賀さんっ…わ、わたし」  
「脱いで」  
 
すでに自分で身体を支えられなくなっている彼女を支えながら再び立たせる。  
言われるがままに脱ぎ去るのを待ってソファに横たえた。  
足首をつかんで肩まで持ち上げて、そこ、に口付ける。  
「あっ…や…」  
「…すごく濡れてる…わかる?」  
あふれでる液体を唇全体を使って吸い上げながら丁寧に周りを愛撫する。  
その入り口が挿れて欲しそうにかすかにうごめき始めた。  
「は…っあ…っん…あ、あっ…」  
このまま続けていればすぐにでも達してしまいそうなところで唇を離す。  
彼女の顔に困惑と驚きの入り混じった表情が浮かんだ。  
君がさっき俺に言ったその一言をもう一度聞きたい…。  
「や…敦賀さんっ…なん…でっ、や、やめないで…」  
「どうして欲しいの…?」  
「んふ…っ…」  
「言ってごらん、言えたらまたしてあげる」  
「あ…や、やだっ…」  
いやいやと首を振る彼女にそっとキスをして、囁いた。  
「キョーコ、さっき言ってくれたよね…もう1回聞かせて」  
 
「…お願いっ…し…して…くださ…い…んっ…」  
途切れ途切れに呟く声に、どうしようもなく堕ちてゆく自分を感じた。  
こんなやりかたで…手に入れたって…  
だけど…今日は、君が…望んだことだ…。  
すでに高ぶっている自分を取り出し、避妊具を付けた。  
もっと緩めてあげたいけれど、自分がもたないかもしれない。  
ここまできて、余裕がまったくない自分に呆れてしまう。  
けど、手に入れたいと思ったものが、すぐそこにある。  
手を伸ばさないでいられるなんてできるだろうか。  
焦がれて…なりふりかまわずに立ち回って、  
そうして目の前に現れたものを。  
ごめん、なるべく、ゆっくりしてあげるから…。  
「痛いかもしれないけど、ゆっくりするから」  
とろとろに溶けている入り口にあてがって、挿入していく。  
 
「あ…っ」  
背中に回された手に力が入る。  
服の上から爪をひっかけられているのがわかる。  
同時に逃げようとする腰を押さえて囁いた。  
「あ、…キョーコ、大丈夫だから、しっかり掴んでて」  
「い…いた…いっ、ま、待ってっ…」  
「力抜いて、ゆっくり息吐いて」  
初めてというだけあって、なかなか奥まですんなりとはいかない。  
強烈な圧迫感と、挿入感に眉根を寄せて耐える彼女の表情だけで  
すぐにでも達してしまいそうな自分が可笑しい。  
きついながらも十分に潤ったそこが、うねりながらじわじわと奥へと誘う。  
こういうときは、何かの計算式を頭に浮かべるんだったかな。  
「入ったよ…全部」  
痛みをやり過ごすように目を閉じていた彼女がゆっくりと目を開く。  
「動いても…いい?」  
閉じられた瞳を答え代わりに受け取って。  
「あっ…は…っ…あぁ、は…あ…つ…敦賀さ…」  
熱に浮かされたように喘ぐ声、快楽に涙をたたえた瞳、  
うっすらと汗が浮かび、髪が張り付いた扇情的な表情。  
開かれた唇からこぼれおちる俺の名前。  
全てが誰にも見せたことのない姿…。  
誰にも見せないで…これからは俺だけに…見せて…。  
 
やがて絶叫に近い声とともに彼女が上り詰めた。  
 
呼吸を荒げている彼女を見下ろした。  
手に入れられた喜びと…  
自分がしたことに対しての嫌悪感のようなものに蝕まれていく自分がいる。  
ただ…君をめちゃくちゃにしたいと思ったわけじゃない。俺は。  
「…君のことが…好き…なんだ…」  
口をついて出る。  
聞こえるはずのない告白。  
今更…こんなセリフで正当化しようとしたところで、  
許されるはずもない。  
ぐったりしている身体を起こして、再び抱きしめた。  
「ごめん…」  
俺は…君を引きずり込んで…どこまで行けば…。  
 

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