ここで、寝てしまったのか――…  
自分のうかつさに動揺する。  
目の前には、いつかのように机に突っ伏して眠っている少女。  
長い「ごっこ」に付き合わされて、きっと疲れていたのだろう。  
 
『敦賀さん――?』  
倒れこんだ体勢から、彼女の体を離した俺の背に投げかけられた声を思い出す。  
その声の、何と純真だったことか。  
彼女を抱きしめてしまったと知った瞬間の、全身を打たれたような衝撃より残酷だった。  
『…ありがとう、よく、わかった。』演技はもう終わってるのに、かすれた声が出た。  
『もう、大丈夫だから…でもごめん、ちょっと、待ってて。』  
それだけ言うのがやっと。そのまま、浴室に直行して、水のシャワーを浴び続けた。  
ただ、真っ白になりたかった。  
今思えば「頭を冷やす」今の俺にはまさにぴったりの言葉と行動だった。  
DARK MOONごっこは終わった。  
「嘉月の想う美月」ではない、自分自身が愛しく想う少女に立ち返った彼女を、  
すぐに見つめる気持ちにはどうしてもなれなかったから。  
まして、そのぬくもりを知ってしまった今は――  
 
しかしその行動が引き起こした結果が、この状態だった。  
わけのわからないまま放っておかれて、さぞかし彼女は呆然としたんだろう。  
それでも俺を待って、待ち疲れて、眠ってしまった。  
 
テーブルの上にもたせ掛けられた寝顔は、かすかに笑んでいるように見えるが、静かだ。  
ただ目を閉じて、規則正しい寝息を立てているだけ。  
…俺には、返って良かったかもしれないな。  
自嘲気味に独白する。思えば、今日は彼女の行動に振り回され過ぎた。無意識であるだけに、性質が悪い。  
いや、何も知らない彼女の全てに心揺さぶられる自分が、おかしいのか。  
眠っている彼女には、俺の手をとることも、涙を見せることもできない…  
静かな寝顔。彼女が代理マネージャーをしてくれた時も、こうして寝顔を眺めたことがある。  
あの時は高校編入試験の勉強をしていたんだっけ。  
今、彼女が着ているのがその制服。初めてその姿を見たとき、嬉しそうに礼を言ってくれたな。  
『お姉さま、高校に入学できて本当に喜んでいらしたのよ!』ふと、社長の孫娘の言葉が思い出された。  
『キュララのCM撮影の時なんかね、衣装の制服をなかなか脱ごうとされなかったの。  
そして脱いだ後も、大切にハンガーにかけて、長く見つめられていたものよ…』  
憧れるものや思い入れのあるものをとことん大切にする彼女らしい話だ、と思った。  
そんなところは、幼かったあの日となんら変わるところがない。  
「…っ」  
かすかな寝息を立てて、彼女が少し身動きした。  
まるで幼い子供のようにすっかり深く眠り込んでいるようだが、やはり不自然な体勢だ。  
ベッドに寝かせなくてはならないな。  
けれど、この格好では。大事な制服がしわになっては、彼女は悲しむかもしれない。  
着替えさせなくては、ならないかな。  
 
 
…今なら、世界一の馬鹿者と言われてもいい。  
本当のことだから。  
何処の世界に、女の服を本人の了解なしに脱がせることが許される男が居ると言うのだろう。  
居るとするなら、その彼女が完全に心を許している家族、血縁者、…恋人。  
自分はそのどれでもない。  
幼い頃の面影を思い出したからといって、現在の彼女はもう、あの小さな女の子ではない。  
そして自分はあの頃の少年ではなく…  
彼女のはだけた胸元に、事実を突きつけられて動揺している、ただの男。  
ああ、罠だな。  
自分はとんだ馬鹿者だ。  
どんなに心を偽ってごまかしても、結局はこうだ。  
ただ、こうしたかったんだろう?  
彼女の全てを見つめたくて、触れたくて…  
自分をごまかして、手に、入れた。  
手に、入れた?  
いいや違う。  
手になんか、入らない。  
この心を打ち明けることは出来ない。決して、言うことは無い。  
彼女には、永遠に、伝わらない…  
手に入るものか。  
でも、それでいい。  
いいはずだ。  
俺にはその道しか、残されていないのだから。  
明日から、彼女をどう見つめればいいのだろう?  
もう、以前のように見つめることは、できないかもしれない。  
こうして、彼女を部屋に呼ぶことなんか、きっと、できない。  
腕の中に横たわる彼女、今日、今だけ――  
 
 
ふつり、と、理性が途切れた。  
今腕の中に居る彼女、手放せない。  
離せない。明日からは、触れることがかなわないなら、離したくない…  
もう、鮮やかなほど、迷わなかった。  
ピンク色の唇に自らの唇を重ねた。  
彼女ならきっと、「いつか…」と夢見ただろう、童話の王子様がするようなやさしいキスを与える。  
ただ重ねているだけなのに、心が震える。  
めまいがした。  
こんなことは初めてだった。  
お前は本気で人を愛したことが無い――社長は正しい。正しいと分かった。今。  
こんな、キスだけで嬉しいなんて、心が波立つなんて、なかった。今まで。  
しかも、相手がキスにこたえる気もなくただ眠っている状態で、なんて――  
思い切って舌を絡めてみる。意識の無い舌は、難なく動きに流される。  
手ごたえの無い感触が少し寂しく思えるけど、止まらない。  
「ん――」  
苦しげな吐息にふっと我に返り、唇を離す。  
起きてしまっては、まずい――  
意識は冷静に立ち返ろうとするのに、熱くなった衝動が止まらない。  
激しい口付けの事など知らぬ静かな寝顔に戻った彼女の口元に、証拠のように残された銀色の跡。  
なんて、罪深い姿。  
これほどに君は、何も知らないのに、俺を突き動かしてやまない。  
 
舌で跡をたどっていく。  
滑らかな肌の感触に誘われて、首をたどり、そのまま…  
そのまま、自分がはだけてしまった胸元へと、たどり着く。  
これは、禁断の扉なんだ。  
馬鹿馬鹿しいフレーズが脳裏に浮かぶ。  
口元に浮かぶのは、自嘲の笑み。  
俺はもう、開けてしまった。  
はだけたブラウスを、スカートを、そのまま彼女の身から取り去ってしまう。  
まだ隠されたままのやわらかい胸。  
ゆっくりと、手で包み込む。そのまま撫でさすっていたけれど、布の感触が無粋で。  
舌も手も、覚えている彼女の肌の感触が欲しいと、訴えている――  
…触れたい。  
少しの戸惑いを覚えながらも、俺は、隙間から手を差し入れた。  
なんて滑らかで暖かな、彼女のふくらみ…  
俺の手の動きに、体がびくりと震えた。  
 
 
すっぽり手の中に納まる、彼女の愛しいふくらみをやさしく包み込んで愛撫する。  
何も知らない体は、優しい刺激を愛撫として意識していないのか、彼女は未だ眠りを途切れさせないまま。  
少し寂しいけれど、これでいい。  
もう、気づかれるわけには行かない。止まれないから…  
エスカレートする自分の欲望を律する事が出来なくなっていた。  
今まで誰も触れた事の無い、その敏感な頂を…唇で包み込む。  
そのまま舌で撫で回す。そうすると、ゆるゆると変化して、舌の動きを跳ね返すような弾力をもった。  
壊れやすい、瑞々しい果実を口に含んだような気持ち。  
感じているの…?  
それでも、表情は未だ眠ったまま。  
たまらなくて、果実をむさぼるようにしゃぶりたてた。  
舌ではじいて、口中で吸い上げて、指でつまみあげて…  
「…っふ…」激しすぎたのか、息が上がったようだ。  
気づかれたくない。  
でも、感じているみたいな彼女の反応が…俺を止まらせない。  
表情は、もう静かな寝顔ではなかった。  
眉根が軽く寄っているけど、うっとりしたようなぼんやりした表情。  
厚い眠りのヴェールの中に、俺の愛撫は届いているのか。  
 
――愛しい。  
馬鹿馬鹿しい感情だ、と昨日までの自分なら押しとどめられる。  
もう駄目だ。  
これほどまでに、育ってしまったこの感情は。  
ねぇ。  
夢の中に居たままでいて。  
もし目覚めても、俺がもう一度、夢みたいな快楽を与えるから――…  
やさしくキスしながら、両の胸をいじる。  
小さな声が、俺の口の中でわだかまる。  
感じているんだよ、君は。  
苦しがらせないように、すぐ唇を離す。  
「ぁ…っ」  
甘い吐息。  
…参ったな。  
はっきりした快感の表われに、ぞっとするほどの勢いで、欲望をそそられた。  
夢の中に居るのは、俺の方だ。  
眠りに意識を閉ざされたままなのに、快感に応える彼女。  
なんて、  
なんて…  
言い表す言葉なんか無い。  
全ての理性も、感情さえも、消え去る。  
今、俺が手に入れたいもの、その全て。  
止まれない。  
 
下肢へ手を伸ばす。  
目指した彼女の内部は、やはり意識の無いせいか、潤いには乏しい。  
戸惑い、寂しい気もしたが、何と言っても彼女の体には未知の事でもある。しょうがない。  
足を開かせた。  
予想通り、そこはすんなりと動いて、決して人目には触れない部分を俺の目にさらけ出した。  
下着を取り去って、口付ける。  
きっと、こんな事をされていると知ったら、彼女は真っ赤になって恥ずかしがるのだろう。  
でも今は、何も知らずになすがままにされているだけ。  
…もしかして、普通に抱くより、いやらしいのかもしれない…  
そんな事を思いながら、ぴちゃぴちゃと舐め続ける。彼女の中へ潤いを与えていく。  
そうして、指で彼女の狭まりを確かめる。少しずつ動かして…  
初めての体、抵抗を覚悟していたのに、そこは指を受け入れるままになっていた。  
眠りのために、力が抜け切っているからか?  
「ぅ、ん…」  
かすかな、あえぎのような吐息が聞こえた…  
自分の限界を知らされた。  
目の前の、あられもない彼女の姿。  
今だけの、姿。  
――欲しい――  
 
ゆっくりと侵入するとそこは、意外にも柔軟に「俺」を受け止めた。  
ねっとりと伝わる熱に、肉に、そのまま達してしまいそうになる。  
でも、こんなすぐに、離れるなんて、出来ない。  
何より、もっとのぼりつめたい…  
息を整えながら、ゆっくりゆっくりと、彼女の中を味わう。  
性急に絡み付いてこない内部に体を進めるのは、初めてだ。  
なのにこんなに…たまらない。  
全身が熱くて、息が上がって、無我夢中になる。  
ふと気づくと、激しくその体を突き上げていた。  
駄目だ。  
駄目なのに。  
「好きだ…っ」  
我知らず、口から漏れた告白。  
そうだ、好きなんだ。  
キョーコが好きだ。  
伝えられなくても、届かなくても。  
もう二度と、触れられなくても…  
切なくて、激しい動きが、止められない。  
『駄目だ、気づかれる…』  
うるさい。  
今更、理性の声が聞こえる。  
でも聞こえない。  
だって、彼女の声が聞こえるから。  
「あ、・・・っぁ、あっあ、ああっ・・・んぁあっ」  
たとえようも無い甘い声で…  
「つるが、さ・・・っ!!」  
 
 
「――…!!」跳ね起きた。  
跳ね、起きた・・・?  
がんがんと、割れ鐘のような音が聞こえる。なんだ、これ。  
…心臓の、音だ。  
見慣れた光景。暗い部屋、ベッドの中。  
横たわる、自分、一人…  
『何だ、今の…』  
余韻どころの騒ぎではない。  
たった今しがたの記憶が、脳で暴れている。  
それがぷっつりと断ち切られて、今このベッドの中。  
「夢・・・か・・・!」  
愕然と、声が出た。  
俺は、なんて夢を…  
さっきまでの記憶、いや、夢を頭で巻き戻す。  
くらくらする。  
ひどい、内容だ。  
眠る彼女を、そうと知られないのを、いい事に…  
願望。  
…いや、認めよう。  
全てが願望じゃない。  
彼女の胸に手を触れて、彼女の体が震えたのまでは、真実。  
 
だが、その時、聞いたのだ。  
「敦賀さん――?」  
彼女の声を。  
彼女は眠っていた。寝言だった。  
眠りながらも何か察しての事か、それは分からない。  
でもその声は、  
『敦賀さん――?』倒れこんだ体勢から、彼女の体を離した俺の背に投げかけられた声。  
それに似ていた。  
あの時俺は悟ったのだ。  
彼女は、純真だと。  
何も知らないと。  
男に、欲望で触れられた事が無いと。  
誰の手に触られた事も無い、その事実は俺には嬉しいことだったけど…  
彼女には、男を「そういうもの」と認識する知識も無いのだ。  
確かに、倒れこんだ瞬間、彼女は身を硬くした。  
だが、とっさに「大丈夫、怪我は無い…!?」と叫んだ俺に、彼女は微笑んだのだ。  
「有り難うございます、全然、痛くない…」  
その笑みには、何もなかった。  
「敦賀さん――?」  
この声にも、何もなかった。  
動揺して顔を背けた俺に投げかけた時も、そして、眠りの中から発した時も、  
…何もなかった。  
俺が、彼女に対して抱いている、このどうしようもない衝動のかけらでさえも、受け入れてくれる余地が…!  
 
自分の想いを知らせたいと思った。  
言葉ではなく、体の衝動として。  
でも、自分には、できない。  
俺の中に重く沈んでいる「あの事」のせいだけじゃない。  
犯罪だから。  
何も知らない彼女の体に、俺の勝手な欲望を押し付ける事なんて、出来ないと思ったからだ。  
それは、強姦だ…  
あの時、彼女の服を直し、ベッドへ寝かせ、自らを押しとどめられた自分に、晴れやかな気分さえ感じていたはずだ。俺は。  
あれほどの衝動を抑えられたなら、まだ自分は耐えられると、信じて。  
愚かだ。どうしようもない馬鹿者だ。  
信じた末が、この夢か…  
 
 
暗い部屋の中に、うす赤い色の光がさした。  
夜明けか。  
俺の役者生命を決める、運命の朝。  
だがもう、嘉月を難役だなどと思わない。  
触れてはいけない少女に触れてしまった衝動など、もうきっと、俺の方が知り尽くしている。  
だから、早く――新しい役作りを始めなくてはならない。  
俺自身「敦賀 蓮」の役作りを。  
 
この自室の中に、まだ眠る彼女が居る。  
一体どうやったら、顔を合わせられると言うのだろう…?  
 
 
 
嘉月、お前はいい。  
お前は、愛しい彼女と結ばれる運命が、  
既に決められているのだから――…  
 
 
 

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