SIDE-Kyoko
自分の中に、こんな醜い部分があるなんて知らなかった。
いつも、私を熱っぽく見つめる瞳が、他の誰かに向けられただけで
頭がおかしくなりそうだ。――見なければ良かった。
あれは演技、わかってる。
貴方が私に言う。本当はどこかに閉じ込めて人の目に晒されないようにしたい。
自分だけのそばにいて欲しい。
…私が同じことを思っていると知ったら、どうするんだろう?
敦賀さんはきっと知らない。
仕事とプライベートが区別できなくなってるほど、敦賀さんのことをどうしようもなく好き。
私と仕事と、どっちが大事なの、なんて迫る、女の人と一緒。
ドラマのオンエアで、キスシーンを一緒に見たことがあったでしょう?
生々しさに思わず赤くなった私をからかったよね?
でも、あれは、本当に嫉妬したわけじゃないの。
繰り広げられるキスシーン自体が濃厚だったから、びっくりしただけ。
あの時は、仕事なのに嫉妬するなんておかしい、って思ってた。
ドラマの中では、私は「私」じゃないし、敦賀さんは「敦賀蓮」じゃないから。
ためらいもなくそういうことを口にする貴方を…少し持て余してもいた。
あの時…同じ気持ちだったんだよね?今の私と。
なんでこんなに嫉妬…できるんだろう。自分が信じられない。
今なら、貴方の信頼を勝ち得ている携帯電話にさえも…してしまいそう。
私は…女優失格だ。ついでに俳優の恋人も…失格。
誰にも触れさせたくない。こんなことを思ってるなんて…貴方は知らない。
私だけを見て。私だけに…して。
なんてわがままなんだろう。
貴方は…「敦賀蓮」は、私だけのものじゃあ、ない。
わかってる。でも…それくらい溺れてる…貴方に。
どっちが大事なの?なんて聞かない。
わかってるもの。
…私も…選べないから。
ただ、貴方の中に、私だけが入っていける領域があることを…もう一度、教えて。
「ん…ふ…」
「ちょ…キョー…コっ…やめ」
「やめない…っ…今日はさせて」
カチャカチャとベルトを外すのももどかしく、
同時にボタンを外しながらファスナーを下ろして
取り出した敦賀さんのそれを口に含んだ。
突然現れた私に、いきなり空いている部屋に連れ込まれて…鍵をかけられて。
何がなんだか、わからない。そんな顔をしている。
…いつもされてるばかりじゃない。
意外性があって、いいでしょう。
こうやって、私の愛撫で大きくなる…貴方。
こんなことできる人間なんて、私しかいない。
そうでしょう?
「だ…だめだっ…こんなところで…っ」
抗議の声には耳を貸さずに、敦賀さんの意志とは関係なく
次第に熱を帯びて張り詰めていくそれを、丁寧に舐めていく。
溶けかかったソフトクリームを舐め上げるように、ねっとりと。
先端を吸い上げるようにして、唇で往復させたり、
裏にぴったり舌を貼り付けて喉の奥までの抽送を繰り返したり。
くびれた部分にわざを舌をかけてぐるっと舐めまわして
唇で包み込むようにゆっくり上下させたり。
ほら…もう先から透明な液が滲んでくる。
その液体を舌で絡めとって、飲み下した。こくん、と喉が鳴る。
唾液を口の中に溜めて、わざと敦賀さんに聞こえるようにぴちゃぴちゃと音を立てる。
ねえ…気持ちいい?私が敦賀さんに触れてる音、聞こえるよね…
敦賀さんの…ため息みたいなのも、ちゃんと私の耳まで届いてる。
気持ちよくなってくれてるの、わかる…。
私も…直接触られてるわけじゃないのに…
そうやって貴方がこぼすため息に煽られてる…。熱い…。
「…だめじゃない…すぐ気持ちよくしてあげるから…っ」
「っ…は……、ど、どうしたの…、いきなり」
「私もたまにはこんなことしたいなって…思ったりするんですっ…」
「…っ…君は…」
こういうことする女なんだって…知らなかったでしょう?
私も…自分が信じられない。
こんなに暴走してしまう自分なんて、知らないの…。
敦賀さんが途切れ途切れに発する言葉が、耳に心地良い。
会話をわざと中断させて、再び口に含む。
少し前までは、そんなことできないよ、って思ってた。
敦賀さんは決して強要してきたりはしなかったけれど、
男の人は、…本当はそういうことして欲しいんだろうな…って、
いつもしてもらってる自分は…ちょっと申し訳なかった。
でも違う。
…これも、私が…敦賀さんを再確認する手段だったんだって、わかった。
私がすることで、気持ちよくなってる敦賀さんが見たかったの。
そうやって、吐息を聞かせてくれたら…そんな声も私だけが独り占めしてるんだ、って。
以前の人のことは知らないけれど、今は私だけだって教えてくれる。
1回だけ、どうしてもと請う私に、やり方を教えてくれた。
慣れない私は…むせちゃったりして、すごく迷惑かけたけど
いいんだよ、って笑ってくれた。気持ちだけで、って。
あの時、教えてくれたみたいに、今日の私、上手くできてる…?
私の頭に乗せられた敦賀さんの手に、少しだけ力が込められる。
…嬉しい。私の…つたない愛撫に応えてくれてるのかと思うと…。
口の中のそれも、もう…破裂しそうなくらい。
中に…出して?
顔は動かさずに、目だけを上目に敦賀さんを見つめた。
どんな表情で受け入れてくれてるのかを…見たくて。
眉根を寄せて目を閉じているのが目に入る。
端正な顔が少し歪んで、衝動を必死に抑えているようにも…見える。
普段は決して見せないそんな表情すらも…愛しくてたまらない。
今この瞬間の、彼の言動全てを支配してる、…私が。
もう…眩暈がしそう―…。
「…う…っ…は……っく…あ」
脚がぴく、と動く。
身体も少しガクガクし始めてる。
ああ…イきそうなんだ…もうすぐ。
ね、そんなに我慢しないで。
早く欲しくて、急かすように強く吸い上げようとした時、
私の耳のすぐそばで、ケータイの音が鳴り出した。
慌てたように、たどたどしい手つきでポケットから取り出すと、着信を受ける。
「…あ、すみません…、もうすぐ行きますから、あ、は、はい…15分後、じゃあロビーで…」
相手は社さんだ。さっき一緒にいなかったから、落ち合う約束だったのかな。
悟られまいとして、普通にしゃべってるつもりなんだろうけど、
ちょっとだけ様子がおかしいこと、社さんにも伝わったかも。
ごめんなさい…でも……かわいいな…。
私は後で…お仕置きだ…、でも、こんな敦賀さんと引き換えじゃ、仕方ない。
だからもっと見せて。
タイムリミットも、もうすぐなんだもの。
「キョー…コ…っ、もうやめ…っ」
…やめられるの?
すぐそこまできてるの、知ってる。やめないから。
左手も添えて、前後に動かしながら、
吸い上げを強くして頭ごと前後させた。
早く…早く来て。
「っ…く…あ…っ…っ」
身体が少しだけ動いたかと思うと、
敦賀さんの短い叫び声と共に、口の中に放たれる。
喉に引っかからないように一気に飲み込んで、
そのまま吸い上げをゆっくり続ける。
ごくん、と大きく喉が鳴った。
ヘンなの…。
ちっとも美味しくなんてないはずなのに美味しいと思えるなんて。
口に含んでいたモノを綺麗にするために、丁寧に舐め取る。
下着の中にそっとしまって、ファスナーを上げて元通りにした。
布越しに、思わずほおずりをしてしまう。
…この人のものなら、なんでもこんな風に思えるんだ。
敦賀さんが私を見下ろしながら大きく息をつく。
ちょっと自分のことがまだ信じられない。
少しずつ醒めていく頭で…なんてことをしたんだろう…って思う。
ただ、敦賀さんが私のもので、私は敦賀さんのものだって…確認したかっただけ。
落ち着いてきた感情とは別に、さっき飲み込んだその液体のせいで、
じわじわと揺すられていた身体の奥がより熱くなるのもわかった。
それだけじゃ済まないって、わかってたのに、してしまったのは私。
だけど、どうしよう…、私も、このままじゃ…。
「…キョーコ…、なんでこんなことしたの…」
しゃがみこんでる私に目線を合わせるように座ると、敦賀さんが私の頭を撫でた。
「…敦賀さんのことが…好きだからです、いけませんか…っ」
私の顔を覗き込むように聞かれて、つい顔を背けてしまった。
見られたくない、すごいイヤな顔してると思う。結局さっき見たことを忘れてないんだもの。
それに…目を合わせたらバレてしまう。
もう私がとんでもなく…感じてしまってることが。
「俺だけがよくなって済むんじゃないよね…?」
うつむいていると、敦賀さんが私の顔を両手で包み込んで上を向かせた。
優しい瞳。私、すごいことしちゃったのに、怒ってないの…?
「ごめんなさいっ…私どうかしてた、見ちゃったんです、さっきの…撮影」
「…ああ、あれ…」
「お芝居だってわかってるのに、一瞬でもイヤだって思っちゃって…っ、ああもう私最低…ですよね」
自分の醜い感情をぶちまける私を優しく抱きしめると、敦賀さんがくすくすと笑った。
「なんだ、そんなこと…、本当にしてたわけじゃないんだから、心配しなくたって」
「だって私、絶対にそんなこと思わないって…自分で思ってたのに…」
「…俺はちょっと嬉しいけどね」
「っ…なんでっ…ウザいとか思わないんですか」
「俺もそうだから。君の芝居にも失礼だから、普段は割り切ってるけど…」
身体を離して見つめあうように顔を合わせた。
すぐに唇が触れ合って、敦賀さんの体温が流れ込んでくる。
「…ん」
しばらく唇を味わうように口づけを交わしていると、
そのままゆっくりと床に押し倒された。
床に触れた背中が、衣服越しにひやり、とする。
敦賀さんがのしかかるように上からかぶさって、私にもう一度キスをした。
「ごめんね、時間あんまりないから、ちょっとだけだけど…」
そう言って、私の着ているカットソーを捲り上げた。
肌が空気にさらされて、少し冷たい。
そこに、唇で触れられる。
その感触に、身体が震えた。
こんなつもりじゃなかったのに…でも…。
ブラジャーをずらされて胸が露出する。
その頂上にある尖りに、敦賀さんが強く吸い上げるように触れた。
「っあ…や…っ」
「声ちょっと小さくして」
「っ…ふ」
全身を貫くような鋭敏な快感。身体が、駆け出してしまう。
舌で転がされたり、唇で柔らかくなぶられる感触に、もう止めようもなかった。
止まらない、もっと…して…。
「すごいね…すっごく濡れてるよ…」
「やだ…っ、言わないで」
「俺の舐めてくれてる間に、こんなことになってたんだ」
「っっ…あ…っん」
脚の付け根から、長くて骨ばった指がすべりこむように入ってくる。
愛撫を求めてふくらみかけていた蕾に直接触れられて、思わず声が出てしまう。
自分の意志と関係なく、身体がそれを欲しがって押し付けるように動き出す。
今日の私…すごく淫らでいやらしい…。
もう…だいぶ前から潤んでいたそこに、敦賀さんがゆっくりと差し込んでいく。
求めてたかのように…すんなりと受け入れて、
触れられるたびに自分がそれをぎゅうっと締め付けてしまうのがわかる。
かき混ぜるように器用に動く指につられて、奥からとめどもなくあふれ出ていくのも…。
もっとぐちゃぐちゃにして欲しい。
入れて欲しい…。
「君にこういうことができるのも俺だけだろ…?」
敦賀さんが耳元で囁く。
身体で確認するなんて…自分でもおかしいと思うけど
こうするたびに、ぐちゃぐちゃに溶け合ってひとつになれればいいのに…って思う。
想いを繋げあって、そういう関係になれたときに、一度だけ口にした。
敦賀さんは、少し笑って、そうだね、って。
その後に、だけど、と言って、こう続けた。
2人でいたほうが、いろいろできるよ、そのほうが楽しい。
そうだよね…こういうことも、分かれてるからできるんだもの。
一緒に時間を過ごしたり、ただ見つめあったり、触れ合ったり。
…こうやって身体を繋げたり。
私は…愛し方を知らないから…すごく不器用になってしまうけど
敦賀さんはそれを笑って受け止めてくれる。
もっと何かしてあげたいって思うのに…いつももどかしい。
「やあっ、つ、敦賀さんっ、も、い、入れ…て」
「…ああ、もう、しないつもりだったのに…」
私が我慢できずにいつもみたいにお願いすると、敦賀さんは困った風に呟いた。
そうだ…多分私をイかせてくれて終わるつもりだったんだ…。
…そういうつもりで言ったんじゃないんだけど…つい口走ってしまった。
だけど敦賀さんは、上着のポケットから避妊具を取り出して、
さっきまで私が舐めてたモノに素早く装着した。
あ、また大きくなってるんだ…。
「ちょっと、我慢して…」
「あ…っ…ん……く…っ」
入り口にあてがわれてすぐに入ってくる敦賀さんが、
大きくて、あったかくて、私の中がいっぱいに満たされる。
息をつく間もなく、敦賀さんが動き始めた。
そうだ、本当にタイムリミットが近かったんだ。
ああ、でももう意識が飛んでいってしまいそう。
テレビ局、そこのドアの外では誰かが普通に歩いてて、
中でこんなことしてるなんて…誰も知らない。
敦賀さんの背中に腕を回す。
「っあ、ああっ、ん…っは…あっ」
「キョーコ、すごく積極的…なんだね……そういう君は知らなかったよ…」
「やあっ…あ、だ、だって…っ」
「…君には…本当にまいったな…癖になりそうだ…」
少しだけ笑いながら敦賀さんがそう言った。
粘膜が擦れ合う感触が思考回路を急激に侵食し始める。
何も考えられない。
「あ、あっ、敦賀さ…んっ…、っは…っあ…」
熱に浮かされたように叫ぶ自分の声にも反応してしまう。
次第にスピードをつけて、動く敦賀さんに合わせて
背中から…何かが駆け上がってくる。
一緒に来て、早く…っ。
「あ、ああっ、も、だめ、あ…っ、ああ…っ」
「いいよ…俺も…もう」
自分の声と敦賀さんの声が遠くなって、強烈な感覚に身体を支配された瞬間。
息を止めて…指先に力を込めてやりすごす。いつもなら…爪を立てて…。
中に入ってた敦賀さんもほどなく、達したみたいだった。
私…まだ…身体がひくひくしてしまう。敦賀さんが…足りてない…。
「大丈夫…?」
身体から敦賀さんのが引き抜かれる感触が少し寂しくて、
思わず顔をしかめると、敦賀さんが唇でそっとまぶたに触れた。
「ん…だいじょぶ…です…」
すぐに離れなくちゃいけないのが切ない。もっと抱きしめてて欲しい。
今度こうやって2人で逢えるのはいつなんだろう…。
「キョーコ…、今日の夜は逢える?」
ぼんやりとしている私に、敦賀さんが後始末をしながら問うた。
今日の…夜…。
って、忙しいからしばらく夜は逢えないって言ってたのに。
「っ私そんなつもりじゃ」
「俺が我慢できない…」
責任取ってもらうから。
そう言って艶やかに笑った。
放出された熱が戻ってくる感覚、そうやって貴方は私を翻弄するの…。
ああ、でも、外界から隔離されたようなあの部屋で、
今度は誰の存在も気にしないでいられる。
そんな甘美な誘惑に誰が抗えるのかな…。
現在進行形で恋に溺れている自分に嫌気がさした。
そんなことだけで…まるで天に舞い上がったような気持ちになるなんて。
もうどうしようもない。どうしようもなく…貴方のことが好き。好きすぎて…。
失望させないように…がんばらなきゃ。
仕事も…恋愛も。
SIDE-Ren
「蓮…お前なんかいいことでもあったのか?」
待ち合わせに少し遅れて行ったので小言かと思えば、
そんなことを言われて拍子抜けしてしまった。
なんでわかるんだろう?
「なんでですか?」
「お前を取り巻く空気、最近ピリピリしてたのが、今日、今!急に柔らかくなってる」
「は?」
「それに、顔がゆるんでるぞ。それは「敦賀蓮」の顔じゃない」
何を言うんだこの人は…。
「なんでもありませんよ」
「キョーコちゃんだろ」
はぐらかすように否定した途端に口を挟まれた。
すっかり決め付けた様子で社さんは、はあぁ、と大きくため息をつく。
「お前ほどほどにしとけよ?
そうやってキョーコちゃんとラブラブになってから
どうひいき目に見たって雰囲気変わったから。
なんでスクープされないんだろうなあ…やっぱり社長の力かな。
まあプライベートのことまでうるさく言うつもりもないけどね」
人気の少ない地下駐車場で、周りに聞こえないように小声だったけど
…しっかり釘を刺されてしまった。
別の意味でこの人にもかなわない。つい、苦笑いがこぼれてしまう。
いや、今日のは俺が先導してやったわけじゃないんですよ?
それにスクープされないのも…努力の賜物ですから。
それにしても…今日くらいは顔に出ても許されるだろう。
思わぬところで積極的な彼女も…可愛くてたまらない。
ああいう風に、嫉妬するんだな。
初めて知った恋人の意外な一面に、あらためて顔がニヤけてしまう。
言っただろう?
2人でいたほうが楽しいんだよ、って。
人目を忍んで、テレビ局でだって、できる。
さすがに今日は予想外だったけどね…。
でも、わかってくれただろうか。
君という存在だけで俺がどんなに救われてるのか、ってことが。
ひとつになるなんてもったいないじゃないか。
…これからも、時間をかけて、じっくり伝えてあげるよ。