朝、学校に着く直前に携帯が鳴った。
「非通知だ・・・予定の変更かな?」
事務所からの電話を何の気なしに取って・・・だけど。
それは私にとって、今まで作り上げてきた
新しい世界の崩壊を告げる鐘の音だった・・・
「これは・・・本当の事かね?」
「本当の事です。・・・一点を除いて、ですが・・・」
緊急で社長室に呼ばれて目の前には一冊の週刊誌。
捏造でも有名な雑誌だけど・・・今号は一際大きなある見出しが目を引く。
『不破尚、過去に京子と同棲発覚?!』
・・・ええ、全部本当の事ですね。ある一点を除けば、ね・・・
「・・・それは・・・?」
「私は確かに不破尚・・・ショータローと上京当時一緒に暮らしてました。
彼の為に一日中バイトして貢いで・・・結局捨てられました。
でも、男女の関係だった事なんて・・・一度もなかったんです」
こんな馬鹿な話・・・信じてもらえる筈もないけど。
案の定、社長も、横にいる椹さんも、
意味が良く分らない、といった唖然とした表情をしていて・・・
「幼馴染というか・・・私、小さい頃から一年の大半を
彼の家に預けられて育ちました。母は出来の悪い私を疎んでいて・・・
私には愛せる対象は彼しかいなかった。
こちらに家出同然で出て来てからは、学校も行かずに朝晩働いて・・・
彼に尽くしていれば、いつか私を愛してくれるって、信じてました。
でも、彼にとっては気が付くとそこにいるっていうだけの女だったんです。
女として見てもらえた事も、そう扱われた事もありませんでした。
・・・信じてもらえないとは思うのですが・・・」
私はきっと今血の気が引いた顔色をしていると思う。
微かに震える指先がひどく冷たく感じる。
こんな話、しなくて済むならしたくなかった。
男女の関係があった方がよっぽどマシだったかも・・・
ずっと、誰からも愛されずに生きてきました、なんて、
人に話さなくて済むのなら一生話したくなかった・・・
「・・・君がそういうなら信じるが・・・
最上君、君はどうしたい?」
社長からそう言われても・・・意味が分からない。
「・・・どうしたい、とは・・・?」
「LMEとしては、この記事に対して
なんらかのコメントを出さなくてはいけない。
基本的には認めないのが一番なんだが・・・
まず、君の意見を聞きたいんだ。」
社長の優しさ。私の心境を思いやってくれている言葉。
それは分かっていても、頭が働かない。
「今ちょっと混乱してて・・・
・・・少し、考えさせてください」
お手洗いに行ってきます、と社長室を出ると、
私は何も分からなくなった。
足が勝手に歩き出す。
すれ違う誰の顔も、もう何も見えなくなって・・・
朝一の撮りを終わらせてスタジオを出ると、
今俺が一番会いたくない男を見かけた。
不破尚。
社さんからキョーコちゃんと不破の過去が
ゴシップ誌に載ってしまった事は聞いていた。
・・・いつまで君はあの男のせいで苦しまなくちゃいけないんだ。
存在すら不愉快な男につい鋭い視線を向けてしまうと、
向こうは向こうで俺をねめつけながら真っ直ぐ近づいてくる。
「・・・なにか用かな?」
「あんたに用があるわけじゃないが・・・
敦賀サン、あんたキョーコと連絡取れないか?
今日何度かアイツの携帯に掛けてんだけど、出ないんだよ」
「それは彼女が君の声を聞きたくないってことだろう?
案外、今回のゴシップも話題づくりのために
君から出たって思ってるのかもよ?」
「・・・そんな訳ないだろう!!俺がそんなガラじゃないってことは
アイツが一番よく分かってるよ!
なのに電話に出ないからしんぱっ・・・」
あわてて彼は顔を背けた。頬が少し赤くなってる。
彼の彼女に寄せる信頼は不愉快極まりないが、
一応彼女のことを心配してはいたらしい。
伝えておくよ、と告げて俺はその場を後にした。
車に乗り込んで彼女の携帯を鳴らす。
・・・出ない。何度鳴らしても・・・
時計を見た。今は11:30。
「・・・社さん。次のスタジオはLMEの近くで、昼一からでしたよね・・・?」
予定を確認して、俺は真っ直ぐLMEに向かった。
多分・・・今後の対策を立てるために、事務所にいるはず・・・
そう思ってたら、携帯が鳴った。
キョーコちゃんではなかった。・・・社長からだった。
「おぉ、蓮。いきなりですまんが最上くんと連絡取れるか?」
「・・・俺もさっきから電話してるんですが・・・出ないんですよ。
今朝のゴシップの件ですよね?」
あのいつもはふざけた陽気な社長が、今は低い声でぼやいている。
「話の途中で雲隠れされてなぁ・・・どうにも見つからないんだ。
外に出た様子はないから皆で手分けして探してて、
心当たりがありそうな面子に片っ端から連絡してるんだが・・・」
「俺も今事務所に向かってます。見つかったら教えてください」
事務所に着いた後でも、まだ彼女は見つかっていなかった。
会社自体が大きいから無理もないが・・・
事務所の主任達、琴南さんやブリッジロックのメンバー、
マリアちゃんまで探してるという。
君は、どこにいるんだ・・・おそらく泣きながら・・・
まず深呼吸をして思い起こす。
俺と彼女は普段でも割とよく行き会う。・・・人気のないところで。
今までどこで会った?俺も彼女もよく使う、人気のないところはどこだ?
一つづつ記憶をたどりながら巡っていくと、
見覚えのある会議室の奥で、本当に微かに人の気配がした。
ここは・・・以前彼女から演技の相談を受けたところ・・・?
「・・・最上、さん・・・?」
・・・?
声のする方にのろのろと顔を向けるけれど、・・・よくワカラナイ。
・・・ブラインドが閉まったままの部屋で、視界は暗いままで・・・
どこかでドアの閉まる音がして、
周りが明るくなったような気がするけど・・・
・・・よくワカラナイ・・・
「最上さん、大丈夫?」
何か肩に暖かいものが触れて、
身体ごと引き寄せられた。
暖かい・・・広い胸・・・胸?!
思わず顔を上げて一気に目の焦点が合った先には・・・
「・・・敦賀・・・さん?」
社長から話を聞いて探してたんだ。
見つかってよかった・・・と彼は深いため息を付いた。
「・・・どうして・・・?」
「どうしてって・・・心配した、じゃ理由にならない?
みんな君の事心配してたんだ。
・・・落ち着いたら、戻ろう?」
嫌です。戻りたくないです。
・・・怖くて、仕方がないんです・・・
思わず首をぶんぶんと横に振っていると、
彼は私の背中に手を廻してそっと撫でてくれた。
また、敦賀さんに甘えてしまっている・・・
「・・・ごめんなさい・・・」
「・・・なぜ?」
「いつもいつも・・・甘えてばかりで・・・」
「・・・全く、君は・・・こんな時にまで・・・
・・・じゃあ甘えついでに、俺に教えて?
・・・君はなぜ逃げてしまったの?いつもの君らしくもない・・・」
・・・怖いんです・・・どうしようもなく、怖いんです。
今まで私、昔の自分の事は必要な時だけしか
思い出さないようにしてました。
・・・思い出してもむかつくだけでしたし・・・
LMEに来てから親友も出来て、自分のしたいことも見つかって、
尊敬する人や応援してくれる人、仲良くしてくれる人がいて・・・
昔の自分では考えられない位に幸せで・・・
昔の、からっぽの私なんて、思い出さなくてもよかった。
でも、それはこちらに来てから作った偽りの自分で、
本当の私は、その記事にあるからっぽの自分なんだ、って
言われてる様な気がするんです。
せっかく掴んだ自分の新しい世界からも、
結局はそう言われて蔑まれてしまうんだろうか、って。
怖くて怖くて仕方がないんです・・・
真っ暗な気持が心の底に仕舞った箱からどんどん溢れてくる。
自分ではもう止められない。・・・もう、膝に力が入らない・・・
「君は、そんなに昔の自分が嫌いなの?」
「・・・大っ嫌いです・・・あんな、何も知らない、何も出来ない、
人の顔色を伺うだけで生きてたみじめったらしいコドモなんて・・・!!
誰からも愛されない、なんの魅力もない・・・
・・・でも、結局はそれが私なんですよね・・・
今は違うんだ、って思いたいんですけど・・・無理みたい・・・」
「・・・ふぅん。君が思う『昔の君』は、
俺の覚えている『昔の君』とはかなり違うようだね・・・?」
「・・・昔って?だって最初に会ったときなんて、
敦賀さん私を事務所からつまみ出したじゃないですか・・・」
「・・・俺が君と最初に会った時?
君はひどく笑顔の綺麗な、可愛い可愛い女の子だったよ?」
「・・・?・・・」
「俺達が最初に会ったとき、君は俺を見てこう言ったんだ」
『あなた、妖精・・・?』
「・・・う、そ・・・?」
「嘘なもんか。君はハンバーグが大好きで、
平べったい石をたくさん見つけては
俺の事をハンバーグ国王様って呼んでにこにこ笑ってて。
・・・俺より4つも年下なのに、やたら我慢強くて一途で、
そして何に対しても一生懸命なのが印象深くて・・・
俺は君が好きだよ、キョーコちゃん。昔の君も、今の君も・・・」
『キョーコちゃん』
・・・ずっとずっと、暗い気持は押し殺してきた。
愛されない悲しさも恨みも憎しみも恐怖も、
そんな暗い気持ちは心の一番深い所にある箱にしまいこんで。
その箱の鍵を開けるのはいつだってショータローだった。
降り積もった暗い感情が、開けられた箱から
湧き立つように溢れて放たれて・・・
・・・最後に私の心の底に残ったものは・・・
「・・・コーン・・・」
泣いて泣いて泣いて、泣き疲れた頃合いを見計らって
優しいキスが降ってくる。優しい言葉が降りそそぐ。
君が好きだと。君が可愛い、愛しいと。
ずっと欲しくて欲しくてたまらなくて、でも手が届かずに
いつしか望むことすらあきらめてしまった言葉・・・
「・・・どうして教えてくれなかったんですか・・・?」
「・・・黙っていてごめん。
最初は、昔の事も今の俺の気持も伝えるつもりはなかったんだ。
昔のことは、昔の綺麗な想い出のままで・・・
ただずっと、君を見守っていようと思っていた。
でも、俺ももう自分を抑えるのが限界で・・・
俺はこんなにずるくて卑怯な男だけど・・・
でももう君を手放せない。君が欲しい・・・」
深いキスでぼうっとなっている私にはなぜ敦賀さんが
謝っているのかよく分らないまま・・・頷く仕草だけを繰り返す。
ただ嬉しくて幸せで切なくて・・・
・・・嬉し泣きって、本当にあるんだ・・・
こんな涙知らなかった。
結局、私に光を教えてくれるのは
貴方なんですね・・・今も、昔も・・・
そのことがこんなにも嬉しい・・・
お互いの唇を散々確かめ合った後、
敦賀さんは私の首筋に顔を埋めた。
暖かい、少しぬめる感触がゆっくりと下に移動して
胸元にたどりつく。右腕で私の背中を支えて
大きな左手で胸を包むように触れられ、
ひどく幸せな気持で私は甘く息を洩らす。
今ならはっきりと分る。私は、あなたが好きなんです。
優しく触れられることもキスも、
胸に抱かれることも貪られる事も・・・全て。
きっと、あなたに触れられた最初から・・・ひょっとしたらその前から。
恋は・・・心の奥底で育っていたんです・・・
私は・・・あなたが欲しい。・・・敦賀さん・・・
敦賀さんは制服のタイをするりと取った。
ブラウスのボタンを3つ外して、
服の隙間から唇と舌を這わせている・・・
彼の頭をゆったりとかき抱き、
甘い感覚に、は、ふ、とため息を洩らしていると、
・・・彼の携帯から着信音が聞こえてきた。
「・・・そろそろタイムアップか・・・
キョーコちゃん。もう、大丈夫?」
「・・・はい、大丈夫です!」
敦賀さんが最後にひとつ小さなキスを落として
携帯に出ると、社さんの声が微かに漏れ聞こえてきた。
次の現場に行かなきゃ行けない時間なんだ・・・
私も、もうはっきりカタをつけなきゃ!
よく考えたら、過去にきちんとケジメをつけるチャンスじゃない。
ガツンとアイツにぶつかってやるんだから!
ガバっと立ち上がった私を見て、
敦賀さんは安心したように微笑んだ。
差し出された手を繋いで、ずんずんと外へ向かう。
バタン!
元気よくドアを開けて・・・私は固まってしまった。
にやにやと顔を緩ませてる社長。
真っ赤になって怒ってるモー子さん。
微かに頬を染めて目を宙に泳がせる椹さん。
滝のような涙を流すマリアちゃん。
・・・ちょっと離れた所で照れながらこっちを見ている社さん。
「・・・彼女、もう大丈夫だそうですよ?」
・・・敦賀さん、貴方はどうしてこの状況で平然と・・・///
皆さんいつから居たんですか?・・・どこまで聞こえてました??!
「そうだな、さっきとは比べ物にならない位顔色が良くなったなぁ〜」
「アンタね〜///話がついたらさっさと出てきなさいよ、も〜・・・
待ってるこっちが気恥ずかしいじゃないの!!」
「・・・まぁ、元気になったんならそれで・・・///」
「お姉様・・・元気そうで良かった(涙・・・ソレイガイノコトハイマハカンガエナイデオクワ///」
「・・・邪魔したかった訳じゃないんだけど・・・本当にもう少しで時間だったし、
超小声)ハジマッチャッタライクラナンデモマズイシ・・・」
モー子さんがそれでも怒りの矛先を納めてくれたみたいで、
苦笑いしながら肩をぽんぽんと叩いてきた。
「あんた、石橋さんにも後でお礼言っときなさいよ?
ココを見つけて、私たちに知らせに来てくれたんだから。
もう仕事だから、って先に離れちゃったけど、彼だってすごく心配そうにしてたのよ?」
「うん、そうするね。光さんにはいつも迷惑掛けてばっかりだ、私・・・」
それを見た敦賀さんが、神々しく微笑んで続けた。
「そうそう、不破から伝言。『さっさと携帯に出ろ』ってさ。
お前はどうしたいんだ、口裏合わせなきゃいけないだろ、って。
・・・彼なりに君の事心配しているみたいだよ?」
・・・私は今まで何を見ていたんだろう・・・
ここにいる人、いない人。『京子』になる前、最上キョーコの時だって、
ずっと・・・いろんな人に見守っていてもらっていたのに。
自分がそれを見てなかったんだ・・・
いろんなことを走馬灯みたいに思い返す。
・・・全く愛されていなかったのなら、
本当に誰からも気に掛けてもらってなかったのなら・・・
今の私はここにいないんだ・・・
改めて目の前の色々な愛情に気が付いたのか、
大きな瞳に一杯に涙を浮かべている彼女。
でもその顔は・・・幸せに満ちていて・・・
本当はそんな顔は俺だけに見せて欲しいんだけどな・・・
でも、みんな君のことが好きで君を心配していて。
俺だけが独り占めに出来る訳もなくて。
「キョーコちゃん」
こちらを見た彼女の頬にひとつキスを落とす。
彼女も・・・周りも顔を赤らめてるけど、かまうもんか。
「・・・もう、大丈夫だね?
今夜は俺の部屋においで。報告、待ってるから。」
皆の前での狼藉にぷりぷり怒る彼女に笑いかけながら、
俺は社さんとその場を後にした。
・・・今夜は君と昔話をしよう?・・・君と、俺の。
「キョーコちゃん」と「コーン」の――…
とりあえず、嵐時々お笑い、の天気模様で
記者会見は無事に終了した・・・疲れた・・・
まぁしばらくは身辺が騒がしいだろうけど
お互いほどほどに言いたいことも言ったし、
恋愛関係はばっちり否定したし、これでよかったんだろ・・・多分。
でも、オフレコでもう少し聞きたいことがある。
さっさと帰ろうとするキョーコを腕を掴んで引き止めると、
アイツは相変わらずの物凄く嫌そうな顔をして振り返った。
・・・その顔は周りのスタッフがびびるから止めとけよ。
お前、女優だろ?・・・一応・・・
「なによ、ショータロー。椹さん待たせてるんだから手短にね。
・・・とりあえず会見はあれで問題なかったでしょ?
一緒に育った親戚同士って。大まかに言えば嘘じゃないんだし」
「・・・お前のことだから、もっと罵詈雑言で
俺のこと非難してくるかと思ってたけどな」
「だって社長が、『お互いのイメージに傷をつけるような発言は厳禁♪』
って言ってたんだもん・・・お互いそれなりの売れっ子同士なんだからね、って。
だからプッチンプリン好きとか本名とかは
バラさないでいてやったんじゃない!!」
「お笑い好きはバラしたじゃねーか!!」
「そんなの愛嬌のうちよ!
新しいファン層開拓してやったんだから、
感謝しなさいよねぇ〜?」
「・・・だったらお前も俺に捨てられたの感謝するんだなぁ?」
キョーコは俺の言葉で真っ赤になって声を荒げた。
・・・相変わらず単純で煩い奴だよなぁ・・・
「なんですって?!この腐れ外道!」
「だってそうだろ?お前、あのままあのマンションにいたら
今こうなってるかよ?だったら俺のおかげじゃねーか」
「・・・豆腐の角にアタマぶつけて死んでしまえーーー!!!」
「お前なら豆腐凍らせて力一杯ぶつけてきそうだよなぁ・・・そりゃ死ぬわ」
「ふんっ。そんな方法、面白くもなんともないわっ!
あくまで実力でアンタのこと見返して、
ぎゃふんと言わせてやるんだから!」
「あっそ。まぁ、せいぜい頑張れや。期待しないで待っててやらぁ。
・・・ところでよぉ、記者会見の前に敦賀蓮から
俺の携帯に電話があったんだけど。」
「・・・?敦賀さんが?なんで?」
『彼女は君の幼馴染って事だけど、俺の大事な幼馴染でもあるんだ。
・・・くれぐれも丁重に扱えよ』
「・・・って、彼、電話越しでもはっきり分るくらい
冷え冷えと凄んでったんデスけど。・・・一体、どういうことだ?」
「・・・内緒です〜♪」
ふざけた態度でくすくすと微笑いながら、
じゃあね、とキョーコは出口の方に向かっていった。
・・・もう、アイツは振り返らない。
それにしても訳わかんねぇ。
・・・アイツに俺の知らない幼馴染がいて、
しかもそれが敦賀蓮だって??
・・・内緒、ねぇ。
じゃあ俺の本心だって内緒な。お前は俺のモンだ。
捨てようが、お前がどこで何してようが絆の切れない、俺の家族だ。
そして、お前の復讐なんかとっくに果たされてるよ、なんて・・・
お前が敦賀蓮のこと教えるまでは、俺も教えてやらねぇよ―――……
エピローグside光
あれから数日。休憩時にラブミー部室を訪ねると彼女がいた。
あの話は彼女の方から恐る恐る切り出してきた・・・
―――嫌いになりますか……?
探る様な目で彼女が問うた―――……
―――ここで「YES」と言えたなら
俺はどんなに楽だろう―――…
「キョーコちゃんもそう言う事だし
それは事実なんだろうけど―――…」
―――でも、彼女がどんな思いで過去の話をしてくれたのか
手に取るようにわかるのに―――…
「俺には関係ないよ……
俺にとってキョーコちゃんはやっぱり、
『坊』を一生懸命やってくれてた
元気で礼儀正しいキョーコちゃんでしかないから……」
「……光さん………ありがとう―――…」
嫌えるものならいっそ嫌ってしまいたい……
その笑顔は天使が紡ぐ絹の鎖―――…
鋼鉄の鎖ならいっそ力ずくでひきちぎるけど…
キョーコちゃんは軽く頭を抱え込んだ俺を不安そうに見つめた。
「光さん…大丈夫?ごめんなさいぃーーっ(泣
私が不純で不愉快で暗い過去バナなんてしたからーーー!!」
彼女は自分の言葉で錯乱してて・・・相変わらずメルヘンだなぁ・・・
手を伸ばして俺よりほんの少しだけ低い位置にある
小さな頭をぽんぽんと叩くと、彼女は伺う様に俺を見つめた。
涙で潤んだ大きな瞳が、上目遣いで俺を射抜く――…
―――嫌えるはずがない―――…
だって、君は最初に出会ったあの頃から結局変わらないんだ―――…
「違うよ、キョーコちゃんのせいじゃないって。
本当の事を教えて?って言ったのは俺だろう?」
「ホント?・・・それならいいんですけど・・・
やっぱり隠し事は隠し事でしたから・・・」
まだちょっと涙目のキョーコちゃん。
心配しないで・・・?俺は、大丈夫だから。
・・・例え君が『彼』のものになっても・・・
ほんとは心のどこかで分っていたんだ。
二人とも、二人にしか分らないトコロで
お互いに深く気を許しあってるって。それでも・・・
二人が微妙に気持をすれ違わせていることも知っていたから。
彼も君の事をずっと見つめていて、
なのに結局君の心からの信頼には気が付かないなら。
君も、彼の本心を見ないまま、受け入れないままなら。
・・・だったら、俺にしときなよ?
本気で、そう、思ってたんだ―――…
でも結局、寂しさに沈む君を救えたのは彼だったから。
君はあれからも何も変わらない。
元気で礼儀正しくて明るいまま、
でもあのふとした拍子に見せた寂しげな素顔は、
今はもうすっかり陰を潜めている。
彼女の笑顔は、最近ますます温かみを帯びて輝き始めた―――…
―――…きっと…
俺も、変わらないんだろうな―――…
何かにつけてちょっかい出して探りを入れて、
キョーコちゃんが落ち込んでいたら励まして、
困っていれば助けてしまう―――…
彼女の潤んだ笑顔に魅入っていると、
無粋な携帯が鳴り響いた。多分、慎一か雄生だ。
・・・ったく、気を利かせてやるって席外しておいて、すぐそれか?!
お前ら絶対面白がってるだろ!
苦笑いしながら電話で念のためスケジュールを確認する。
あいつらはあの後やたら合コンを組むようになった。
傷心の俺に気遣ってるというより・・・自分たちの趣味だろ、ソレ?
まぁ、一人でいて色々思い出すよりはいいのかな・・・
でもお前らまだ未成年なんだから、絶対目立つんじゃないぞ?!
とりあえず、彼女にまたね、と笑ってその場を離れた。
俺に向ける笑顔が変わらないことにほっとしながら、
でも少しだけ残念にも思いながら―――…
将来のことなんて誰にも分らない。
まして、こんな明日をもしれぬ業界にいて―――…
でも俺は、若手トップをひた走る俳優や
演技派と言われるまでになった女優が
陰でどの位台本を真っ黒にしてるかを身近で見てきて。
彼らと一緒にいる為に、アイドルはアイドルなりに
努力を怠らないように勤めてたら
いつの間にかそれが結構身になってて。
いつか手に入るとか思ってる訳じゃないんだ。
でも、君と一緒にいると、伸び盛りの君を見てると
俺も一緒にどこまでもがんばれるような、そんな気になるんだ。
君を見つめていることは、
水に映った月を愛するようなものかもしれないけど。
いつかは・・・俺の隣にいつもいてくれるような、
身近な女性を愛せるかも知れないけど。
今はまだ、君の近くで走っていたい。
君がいつか、俺がいつか、この世界で
走り続けることをあきらめるその日が来るまでは。
―――それまでは、ただ、突き進め―――…!!