湯上りの身体をバスローブで包み、ソファに座り込んでため息をつく。
ふと左手を覗き込んで…思う。
…どうして、触れてしまったんだろう…?
親指には、彼女の唇の感触が残っている。
…キスを迫るふりをして彼女を焦らせるだけなら、触れなくても良かったはずなのに。
でも、俺は触れてしまった。
――きっと、欲しかったんだ。この唇で触れられない、その代償に。
なめらかな感触を思い出す。
そして、思いがけない展開に目を大きく見開いた彼女を思い浮かべる。
あの時、知ってしまった。
彼女の、やわらかな髪も、その香りも、体のぬくもりも。
俺は知ってしまった。
人を、本当に恋する人を、抱き締めることが、
どんなに胸締めつけられるほどに、愛しく感じることか…
もう一度、この身体に、あの感触を呼べたらいいのに…
彼女の唇を思い出して…その感触を覚えている指を、口元に当てる。
…キス、して?…
指を彼女の唇だと思って、自分の唇に重ねてみる。
指先からもっと読み取ろうと、唇を絡める。
口中に潜り込ませて、舌に絡める…
こうして、キスができたなら。
舌の方からも積極的に指にまとい付けてしまう。
今度は、この指が、彼女のものだったなら…と思う…
何だか今の俺はメチャクチャだ。彼女のことばかりを思い出して。
そうだ、指ばかりが彼女に触れたんじゃない。
俺の全身が知っている。あのぬくもりを。
君が俺の腕の中に閉じ込められていたあの時、
想いの全てをぶつけてしまえたのだったら…どんなに良かったか。
あんな脅すような仕草じゃなく、もっとゆっくり、愉しめるように。
頬を捕らえて、そっと撫でて。
瞼に口付けて、瞳を伏せさせて。
そして、激しいキス。
そして…
今まで求められて来たようにではなく…君には、与えたい。
求められて体の底の獣を起こすようにではなく、君には、与えたい
気持ちいいと、思ってほしい。
俺が、求めてる。
俺の腕の中で歓喜に染まる君の姿を…求めてる。
それが、叶うことであるのならば…
細い腰を、やわらかな髪に包まれた首筋を強く引き寄せて。
すっぽりとこの腕のなかにおさまっていた小さな身体を強く抱きしめて。
あの時、あくまでも演技を続ける君の声を聞かなければ、本当にどうなっていたかわからない。
触れていなくたって、この胸がかき乱されるのだから。
君がすねて座り込んでいた時だってそうだ。
「…私だけ、知らなくて――…」
『…私はあなたのことを全て知っていたい、他の誰よりずっと――…』
そう思っていてくれてるなら、いいのに。
本当に――どうしてくれようか、この娘は…
…どうにかしてしまえるものならば。
抱き締めたかった。あの後ろ姿を。
想いを遂げることが叶うのなら、きっと、迷わず抱き締めていた。
そうして、綺麗なうなじにキスをして、舌を這わせて、肩越しに深く口付けるのに。
薄い布地の上から、その胸をたどって…
そうすると、過去の「彼女」達は、全てを預けるようにしなだれかかってきて、愛撫を求めた…
君はどうなんだろう?恥ずかしがって、拒む?
今までなら、そんな反応を見たときは、無理強いしてはと引いてきた。
君には…引くのなんか、無理かもしれない。
きっと、その身体をなだめて、手に入れようとしてしまう。
恥ずかしいなんて思う間も無いようにね。
あの時、俺の胸で、彼女の胸の感触を感じた。
…この手で、触れたかったと思う。
重なりあった下肢の感覚も思い出す…体が熱くなる。
馬鹿なことだと理性がつぶやくのに、止まらなくなる。
彼女の傷ついた白い足が脳裏に浮かぶ。
無邪気なまでに明るい美月になりきった彼女の、無防備に差し出された足。
嘉月の想いを知らない美月には、嘉月は安全な相手には違いない。
自らの想いから恥らう事はあっても、彼はあくまでも従姉妹の婚約者であり、教師。
だが、俺は…
手当てをしているときは、痛々しい傷跡に自分のやりすぎを反省させられて、それどころではなかったけど…
思い浮べれば、よみがえってしまう。
白く細い足。
俺に向けて差し出しているために、スカートは乱れ、膝があらわになって、内股さえかすかに覗いて…
手当てのために添えられた手が何を覚えたがっていたかなんて、君は気づかなかったんだろう。
…覚えている華奢な足首のラインを、たどるのを想像してみる。
膝を捕らえて、開かせて…柔らかな内股まで滑らせて…
奥深いところへ、進んでいく。
君は、どう反応する?俺は、何も知らない。
許されるのなら…
求める俺に溺れて、…悦んで、
――君も俺を求めてくれればと、思うだけ。
そう、君が求めてくれたらと思うと…嬉しくなる。他愛もなく、子供みたいに。
君が唇を首元から、すべらせてキスしてくれて…
抱き締めて、やさしくその手でこの身体を確かめてくれて、
…俺に…触れてくれたなら。
絡み付く指を、しがみつく腕を感じたら…君の身体を引き寄せて…思いきり抱き締める。
俺の身体全てに君のぬくもり全てが伝わるようにぎゅっと。
見開いた瞳が、やがて快感に溶けてゆくのを見たい。
驚きに反発するその唇が、君自身も知らない調べを奏でていくのを、聞きたい。
欲してやまない彼女を、その身体を、抱きしめて、全てを愛撫する――
胸をたどって、感じるところを一つ残らず探って、そして、最も熱い所へと届かせる。
指の動きを速くして、限界を読みながら、精一杯の高みまで上り詰めようと、続ける…
彼女の全てを感じたいと、思う。
どんどん身体は熱くなる。焼けつくように、たまらない。
絶頂を、彼女はどんな表情でどんな声で、迎えるのだろう。
眉根を寄せて、赤らんだ頬で、…見たい…
そして、体を震わせ甘い叫びをあげ続けて…
ああ、俺は彼女のそんな顔を体を声を、知らない…
…今まで抱き締めてきた身体が、全て君なら良かったのに…
通り過ぎた過去の嬌声に、彼女の敦賀さん…と呼ぶ声を重ねてしまう。
感じて…俺を、呼んで…
本当の君の事なんて、わからないのに。
でも、記憶の中の彼女を、感じさせて甘く鳴かせてしまう…
『あぁ、ぁんんっ、つるがさ、ぁん…っぁ…ッ…れ、ん…』
そう、狂おしいくらい、切ない声で。
激しく動く俺の腕の中、しがみついて呼吸を荒げて、喘いで。
快感の涙を浮かべた瞳で見上げてくる姿を見たい…
ふと、あの時の、潤んだ瞳の彼女が脳裏をよぎった。
――キョーコ…――
「…っ…ぁあ…っ!」
焼けるような高揚感と開放感と共に――
手に、熱く濡れた感触が迸った。
「――っ…」
思わず、ぼんやりとソレを眺めてしまう。
――まだ、限界は遠かったはずなのに…なんて他愛もなく…
…いいやそれよりも、今の俺と来たら…
徐々に冷静になっていく理性の目からは、まるで滑稽だった。
荒い呼吸の中から、笑いがこみ上げる。
馬鹿みたいだ、俺。
一人で、こんなにまで――
俺は…君に触れたい…
こんなにも君を抱き締めたい。
――こんなにも、君を抱きたいのに…