男の人にしては細くて長い繊細な指先が、白い鍵盤の上を滑らかに滑っていく。
低音の静かな和音が幾度も繰り返される旋律は、その曲名どおり、穏やかな月の光を連想
させた。
ヴェートーベンのピアノソナタ『月光』
下校時間を過ぎた音楽室で、彼が好んで弾くのはいつもその曲だった。
以前、何か特別な思い入れでもあるのかと聞いたキョーコに、彼は穏やかに微笑むだけで、
何も答えてはくれなかったけれど。
「先生。今日はその曲だけでもう3回目です。そろそろ私のことも見てくれませんか」
演奏が一段落したところでキョーコは彼の隣に立つと、そっとピアノの蓋を閉めながらそう告げた。
「最上さん」
「二人きりの時は、名前を呼んでくれる約束です」
今日初めて彼の視線がまともに自分に向けられて、キョーコは嬉しそうに微笑んだ。
椅子に座ったままキョーコを見上げる彼の指先が頬に差し延べられて、掠めるように触れていく。
「敦賀先生」
温かい手のひらに頬をすり寄せるようにして、キョーコはうっとりと眼を閉じた。
この春、キョーコが通う高校に赴任してきた音楽教師の敦賀蓮は以前、事故に遭いかけた
キョーコを救ってくれた青年だった。
偶然の再会にキョーコが恋に落ちたのは一瞬で、けれどこの恋が成就するとは思ってもい
なかった。だから蓮が同じ想いを自分に返してくれた時、キョーコは本当に嬉しかった。
天にも昇る気持ちだった。
教師と生徒という立場上、どうしても隠さなければならない恋だったけれど。
会いたい時に会えない、人前で手を繋ぐこともできないのは淋しい時もあるけれど、蓮が
自分のためだけにピアノを弾いてくれるこの密やかな時間が、キョーコはとても好きだった。
「キョーコ」
名前を呼ばれて引き寄せられる。そのまま蓮の膝の上に乗せられて、キョーコは少しだけ
拗ねたような顔つきになる。
「どうした?」
「子供扱いは嫌です」
「子供扱い?」
「だってそうでしょう。こんなの、なんだかあやされてるみたい」
どうやらこの体勢はお気に召さなかったらしい。この年頃は難しいな、と微笑しながら蓮は、
キョーコの額に自分のそれを重ね合わせた。
「俺が君を子供扱いしたことなんて、一度だってないだろう?」
そう言うなり蓮は、キョーコの身体を横抱きで抱え上げると、椅子から立ち上がってピアノ
の横へと回り込んだ。
何をするのかと驚いた表情のキョーコに微笑んで、その細い身体をピアノの上に腰掛け
させてしまう。
「先生!」
慌てて降りようとするキョーコの身体を押し留めて、自分よりも少しだけ視線が高くなった
キョーコの瞼に、そっと唇を寄せた。
そしてそのまま輪郭をたどるように滑らせて、やわらかな唇を奪う。
「ん……っ」
抵抗もなく開いた唇に舌を忍び込ませて、最初はいつも怯えたように震えているキョーコの
舌を絡め取る。
優しい滑らかな動きでキョーコの意識を奪うと、蓮の動きに応えるようにして、徐々にキョーコ
の舌のひらめきも大胆になっていく。
角度を変えてもっと深くまで求めると、首を仰け反るようにして、キョーコはその侵入を許した。
蓮はキスが巧い。
と、キョーコは思う。何もかも蓮が初めてのキョーコは、勿論他の人の唇など知らない
けれど。それでもこういうことは、勘で判る。
蓮の舌に歯列を辿られて、粘膜を甘く嬲られて。絡み合った舌が快感に震える。
どれだけ長くくちづけていたのか、少し赤みを帯びた蓮の唇が透明の糸を引いて離れて
いくのを、ぼんやりとキョーコは見送った。
その唇がゆったりと微笑を象るのを見て、はっと正気づく。
ピアノの端の方に腰掛けさせられているキョーコは、いつのまにか脚を広げさせられて、
その間に蓮が身体を置いていたのだ。
制服のスカートの裾が少しだけ捲り上がっていて、剥き出しの左膝に蓮の指先が触れる。
ぴくりと反応したキョーコには気づかないふりで、蓮は鍵盤に触れるように繊細に、膝から
太腿へと指を滑らせていった。
そのまま肌を何度か往復した指が、次には明確な目的を持ってスカートのファスナーに
手をかける。
「せ…んせい…こんな…場所で」
「…今更だろう?」
どこか危険な響きの蓮の言葉に、キョーコは頬を染める。
確かに今更だった。
さすがにピアノの上というのは初めてだが、この音楽室で不埒な行為に及ぶのは
もう何度目だろう。
ファスナーを下ろす方とは別の手がセーラー服の裾から忍び込んできて、キョーコの
背骨を数えるように上がっていく。
指先が慣れた仕草でホックを外すと、ある種の緊張感から解き放たれるように、
キョーコの乳房がひくりと揺れた。
「先生…っ」
両腕を上げさせて、制服を脱がせる。
中途半端に肩に引っ掛かっている状態の下着も腕から抜いてしまうと、赤く色づいた
胸の先端は、ほのかに硬さを帯びている。
蓮がそこに唇を寄せて軽く息を吹きかけると、それはこれから齎される快感への期待に
可愛らしく震えた。
そのまま口に含むと、舌先で転がすようにして刺激する。キョーコが小さく息を飲んだのを
感じながら、左腕をキョーコの華奢な腰に回して簡単にその身体を持ち上げた。そのまま
器用な蓮の指が、キョーコの下肢から邪魔な衣服を取り去っていく。
やがてキョーコを全裸に剥くと、蓮は悪戯をしかけていたキョーコの胸から顔を上げた。
片方だけ念入りに愛した乳首が、ピンと張るようにして立ち上がっている。
その様を眺めながら両手でキョーコの膝裏を持ち、大きく開かせてピアノの上に押し上げてしまう。
「先生!」
羞恥にそれを押し留めようとしたキョーコには構わずに、蓮は強い力でその膝を抑える。
「先生、こんなの、いや…っ!」
どうしても閉じようとする膝を許さずに、蓮はじっくりとキョーコを視姦した。
花開いたばかりの花弁のように羞恥に色づいて震えるそこは、まだ直接的な愛撫は何も
施していないというのに、蓮の視線だけで感じるのか、淡く潤み始めている。
視線を上げると、キョーコは羞恥に耐えるように顔を横向かせている。強く眼を閉じて
いるのをいいことに、蓮は薄く笑うとその場所へとゆっくりと顔を伏せていった。
「……ひっ…!」
蓮の舌が立てる水音と同時に、短い悲鳴が音楽室に響き渡った。
淫らな音をわざと高く立てるようにして、蓮は何度も舌を往復させる。
熱くて狭い壁内は、与えられる刺激に素直に綻んで、もっと奥へと
蓮を誘った。湧き出る泉をたっぷりと滴らせながら。
「あ、あぁん…っ…あっ…先生…っ」
こんな場面で呼ばれる尊称は、ひどく淫らで罪深い気がする。
さっきまで必死に閉じようとしていた脚は、今はもう抑える必要もなく
蓮のためだけに開かれていて、舌で掻き回すそこに、蓮は右手の
人差し指を沈み込ませた。
「あん…っ!」
最初は一本だけ。しかしすぐに中指、薬指と数を増やしていくが、そこは
歓喜に震えるようにしてすべてを飲み込んでいく。
舌の動きとは別に押し開くようにして指をひらめかせると、その新しい
刺激に、キョーコの身体が大きく跳ねた。
「…っ、やぁっ…んっ…!」
揃えた3本の指で前後運動を始めると、蓮は沈ませていた舌をそこから抜き出して、
窪みに沿ってゆっくり上へと辿っていく。
やがて襞の間で隠れるようにして息づいている小さな肉芽を探り当てると、それを
押し潰すようにして舌先で愛撫した。
「あんっ!あ、あぁ…っ!せん、せ…、ぃやあ…っ」
過ぎる快感に大粒の涙を散らしながら、キョーコは言葉とは裏腹に蓮の頭を両手で抑えた。
ここがどこだとかそんな常識的なことはもう考えられない。どうせピアノの上での不埒な行為を、
見咎める者など誰もいない。
蓮の動きに比例して、ピアノが音を立てる。
美しい鍵盤の音色とは違うぎしりした木の軋みが、横たえさせられた背中から直接キョーコの
身体に響いた。
ぼんやりと涙に濡れた眼を開けると、窓の向こうの薄闇の中に、美しい月が浮かんで見える。
「…せん、せい……っ」
誰も知らないはずのこの行為を、月が見ていた。
漆黒のピアノの上にあるせいか、キョーコの身体は常よりも仄白く見える。
ひどく淫らに感じるくせに、どんなに抱いても決して清潔さを失わない身体。
自分が作りあげたそれに、蓮は深い満足の溜息を洩らした。
一度キョーコから身体を離して、蓮は下肢の前立てを少し苦労しながらくつろげた。
キョーコを求めて熱く脈打つ楔が、勢い良くまろび出る。
それは既に充分すぎるほどの力を蓄えていた。
蓮は、ピアノの上に力なく身体を投げ出したままのキョーコの膝裏を掬い上げると、
そのまま自分の肩へと乗せた。
柔らかいキョーコの身体を二つ折りにしたまま、背中から肩を支えて持ち上げると、
不安定な体勢にキョーコの瞳が惑うように揺れた。
細い腕が蓮の首に絡みついてくる。
望んだ形に蓮は口の端で笑うと、抱え上げたキョーコの身体を、ゆっくり楔の上へと
下ろして行った。
さっき執拗なくらいに慣らした身体は、抵抗もなく蓮を飲み込んでいく。
「ひゃうっ……んっ…あ、…あぁんっ!」
蓮の腕の中で、これ以上無いくらいにキョーコが仰け反る。あまりに
苦しい体勢に、また新しい涙を振り零す。
だが、それが苦痛ばかりの涙ではないと知っている蓮は、キョーコの
首筋に唇を這わせると、服で隠すこともできないその場所を強く吸い
上げて痕を残した。
鮮やかに咲く花に、満足げに笑う。
「すごいね、キョーコ…」
「あん…っ、あ、先生……っ!」
軽く身体を揺さぶって。
「全部入ってるよ…こんな格好なのに。…そんなに俺が欲しかった?」
もうそれからは訳が解らないほどにキョーコは乱れた。
初めての体位は苦しくて、けれど今までには感じたこともない快感をキョーコに、そして
蓮にも惜しみなく与える。
まったく自由が利かない体勢のまま、突き上げられて、落とされて。蓮の逞しい両腕に、
限界まで上下に揺さぶられる。
そのまま一度は達した蓮が、だがそのまま抜くこともせずに床の上に座りこんだ。
少しは苦しい体勢から逃れられると思った途端、繋がったままで身体を反転させられて、
両腕を床につく形を求められる。
「先生…っ」
不安げに自分を見返るキョーコに薄く笑うと、蓮はゆったりと腰を回した。
突かれる激しさではなく掻き回される淫靡さに、キョーコは震える吐息を
洩らした。
蓮から与えられる刺激は、何もかもが気持ちいい。どんなに激しくされても、
結局キョーコの身体は喜んでしまう。
それが禁忌だとは思えなかった。
「あ…っ、あんっ…」
緩やかな動きに、やがてキョーコの中で力を取り戻した蓮が、今度は深く
キョーコを穿ち始める。
最初の行為の乱暴さを詫びるかのように、ゆったりと。
「せん、せ…っ、あぁっ…もっと…!」
だが優しいだけでは物足りなくて、キョーコはねだるように強く蓮を締めつける。
「…っ、キョーコ……」
キョーコの奥深くを極めるように、蓮が楔を捻り込んでくる。
「あっ、あああああっ!」
その力強さに背中を弓なりに反らせながら、キョーコは甲高い
嬌声を上げた。
どんな声を出しても完璧な防音に守られて、何をしていたとしても
蓮の管轄であるこの教室には、授業以外で他人が来ることは滅多にない。
人目を忍んで愛し合うのに、これほど安全で、そして危険な場所もなかった。
ここはあくまでもふたりが教師と生徒として通う学校なのだ。
身体を前後に揺さぶられて、繋がる場所からは淫らに濡れた音が響く。
その音に混じって、遠く廊下に響く靴音は───錯覚だろうか。
「先生…っ」
キョーコが何を訴えようとしているのかは蓮にも解っていた。
この関係が露見したなら教師である蓮は身の破滅だ。キョーコも
ただでは済まないだろう。
だが濡れた瞳に見つめられると、狂ったようにもっと欲しくなる。
蓮は再びキョーコの身体を反転させると、今度は抱き合う形で注挿を開始した。
「んふっ…」
刺激に気が逸れて、キョーコが深く息を吐く。
強い前後運動にキョーコの乳房が揺れるのを見て、蓮は支えていた腰から両手を
離してその紅い頂きに指先で触れた。
「あぁ…んっ」
甘い声を上げて仰け反るキョーコに微笑んで、強く摘んでは押し潰すように捏ねて、
また転がすように触れる。
「あぁんっ…、やっ…せ、んせぇ…っ」
震える吐息で呼ばれて、だがそれは制止の響きを持っていない。
月の光は人の心の狂気を呼び覚ますという。
けれど多分、自分は最初から狂っている。キョーコに初めて会った時から。
窓から差し込む月光が、絡み合ったふたりの身体を照らし出している。確実に
聞こえている足音が、この部屋に向かっているのかどうかはまだ解らなかった。
今すぐキョーコを離した方がいいのは解っている。
だが、どうしてもこの一体感を失いたくない。
甘く鳴き続ける紅い唇に引き寄せられるようにして、蓮は深くキョーコにくちづける。
「…ん…っ」
鼻から抜けるようなキョーコの甘い声に目眩がした。舌を深く絡み合わせて、
吐息と唾液を混ざり合わせる。
くちづけたまま強くキョーコを穿ち続けて、2度目の絶頂は目前だった。
この身体を抱くたび思う。
もっと欲しい。もっと愛したい。
たとえこれが罪であっても。