目を覚まし、ぼんやりと楽屋の中を眺める。  
 
キョーコは夢うつつで上半身を起こした。  
そして・・・左の壁一杯の大きな鏡と、  
身動ぎして不意に鼻を掠める蓮の香りで  
いきなり全てを思い出して・・・真っ赤になった。  
 
慌てて自分の身体を見回したが、  
薄い毛布がはだけてるだけで、  
それ以外には特に衣服に乱れはない。  
 
夢・・・だったの・・・?  
 
「少し寝てなよ・・・」と頬や頭を  
大きな手で撫でられていた事も、  
そうしている内に暖かな声で安心して  
うとうとと寝入ってしまった事も、  
・・・その前の、嵐のような時間も。  
 
あれは、悪い魔法使いが見せた甘い悪夢だったの・・・?  
 
 
キョーコがふと壁掛け時計を見るとPM10時を過ぎていた。  
 
・・・今日は、帰ろう。  
帰って、ゆっくり、冷静になって、考えよう。  
 
そう思って立ち上がったら膝がどこか笑っている。  
そして身体を起こした拍子にお腹の奥に  
鈍い異物感があって・・・あれは、確かに数時間前に  
自分に起きたことなのだと・・・キョーコは思い知った。  
でも、だからといって、この部屋でじっと蓮を待っているなんて  
キョーコには考えもつかなかった。  
 
まずはここを離れよう。  
・・・あんなの悪い魔法でしかない、  
甘い悪夢が生まれた場所からは・・・  
今は出来るだけ離れてしまおう。  
 
今はまだ、あの人は撮影中のはず・・・  
だから、こっそり私が帰っても、誰にも見咎められないはず・・・  
私はとっくに帰っているはずの予定なんだし・・・  
 
キョーコは周りを見回しながら楽屋を出て行った。  
 
だがしかし。人に捕まるときというのはとことん捕まるものなのだ。  
 
「あれ、京子さん?体調は大丈夫なんですか?」  
 
ちょうど撮影に一区切りついた緒方がキョーコに目を留めた。  
 
「敦賀君から具合が悪いようなので休ませています、って聞いてて・・・  
 もう大丈夫?・・・なんだかまだ顔が赤いみたいだし、少しふらついていない?」  
 
「あ、もう大丈夫ですよ!?充分休ませて頂きましたし・・・  
 私、そろそろ失礼しますね・・・?」  
 
キョーコが慌ててそう言う・・・と、背後から低い声が響く。  
 
「・・・俺、送っていくから待ってなさい、って言ったよね、最上さん?  
 先輩の親切に断りなく帰るのって・・・失礼じゃないのかな?」  
 
・・・恐る恐るキョーコが振り向くとそこには・・・キュラレスト全開の蓮がいた。  
 
輝く笑顔を見て緒方は(やっぱり敦賀君、キョーコちゃんの事?!)と  
ワクワクしながら同行していた社を見ると、社は多少呆れた様に肩をすくめる。  
緒方は(え、なんでそんなマネージャーさんがウンザリしてるの・・・?)と不思議そうだ。  
 
緒方の前で、キョーコはおたおたしながら蓮に手を振った。  
 
「え、でももう時間遅いですし・・・そんな申し訳ないこと出来ませんよ?!  
 敦賀さん最近の撮りがますますハードになってるんですから・・・」  
 
「君は、そんなに俺の好意が嫌なのかな?  
 体調が悪い後輩を送っていく事って、そんなに悪いこと?」  
 
・・・ふいに、冷気が漂ってきたような気がした。  
ここ、冷房そんなに強くしてないよな?!と緒方が一瞬震えると、  
キョーコは真っ青になって蓮を見て固まっていた。  
 
笑顔なのに・・・笑顔のはずなのに?!  
敦賀君がなんだか恐いのは・・・何故?  
 
本能で感じた恐怖を振り払うように、緒方はこそこそ社に話しかけた。  
 
「あの・・・僕、ココに居ていいんでしょうか・・・なにかお邪魔じゃないですか・・・?」  
 
「あ、監督、出来ればもうしばらく立ち会って頂けると大変ありがたいのですが・・・  
 蓮、キョーコちゃんのことになるとどうも周囲が見えてなくて・・・  
 でも野放図に二人にしておくのはキョーコちゃんの為にも良くないので。  
 ・・・社長からは『放っとけ』とは言われてるんですが、中々そういう訳にも(汗」  
 
「・・・大変ですね・・・それってまだこの二人付き合ってないって事ですか?  
 どっからどう見てもカップルにしか見えないんですが・・・」  
 
「・・・お察し下さい・・・」  
 
そっと胃を抑える社に緒方は深い同情を寄せた・・・  
 
そうこうしてるうちに(無意識の)バカップルの応酬は続き・・・  
 
「・・・君はそんなに俺が嫌か・・・」  
 
ひっ、と他の三人は真っ青になって息を呑んだ。  
そこに居るのは・・・復讐只中の嘉月・・・よりも更にダーク倍増な敦賀蓮。  
 
「・・・ごめんなさい、申し訳ありません、どうぞよろしくお願いいたします!?  
 (・・・命ばかりはお助けを〜〜〜(内心号泣)」  
 
「あ、そうだね、れれれ蓮?!話もついたことだしそろそろ行こうか!  
 では緒方監督、お疲れ様でした〜〜〜!!!」  
 
「・・・」  
 
緒方は・・・カチコチに凍りついていた・・・  
 
「あれ、監督、どうしたんですかこんなところで?!  
 おーい、監督、カントクーーー???」  
 
親切なスタッフAがぐらぐらと揺さぶるまで、  
彼の硬直が解けることはなかったという・・・(合掌  
 
「・・・社さん、ちょっと売店によってもらえませんか?  
 俺も、多分この子も特に何も食べてませんし・・・それに・・・(ゴニョゴニョ」  
 
「な?!?!お前・・・いつの間に???  
 ・・・分ったよ、そりゃ確かに必要ではある。あるけれども、な・・・  
 ハァー)まぁいいか、・・・良かったな蓮。先に車に行っててくれ」  
 
苦笑いしながら社は売店に向かい、  
蓮はまだ少しよろつくキョーコを車に連れて行った・・・  
 
社を先に降ろした後、蓮はキョーコに何も聞かずに自宅に向かった。  
 
キョーコも、何も言えない。  
さっきの時間は、夢なんかではないと・・・  
・・・蓮は夢のままにしておく気はないのだと、  
さっきの大魔王降臨で思い知らされたから。  
・・・恐いけど・・・逃げちゃ、駄目なんだ・・・  
 
リビングで社に買ってもらった弁当を勧めながら  
蓮は暖かいお茶を入れた。しばし無言のまま食べ進め・・・  
俯いたままのキョーコに蓮はふいに手を伸ばして抱き寄せた。  
 
「・・・つ、敦賀さん?!」  
 
「さっき楽屋で君、俺に君をくれる、って言ったよね・・・?  
 あれは・・・その場しのぎの嘘だったの・・・?」  
 
「・・・そういうつもりじゃ・・・だって敦賀さん  
 『今ここで大事な人は作れない』って・・・なのに・・・」  
 
ぽつりとつぶやいたキョーコの言葉に、蓮は身を強張らせた。  
その台詞を知っているのは・・・  
キョーコもしまった、と目を見開いたまま固まっていて・・・  
 
「・・・ふーん。君、悩んでいた俺に『落とせ!』って  
 勧めてくれてたんだよねぇ・・・そりゃもう熱心に・・・  
 じゃあ、ありがたーく、君のお言葉に従わせてもらおうか・・・」  
 
次の瞬間蓮はキョーコに有無を言わさず組み敷いて覆いかぶさり  
激しくキスを奪い始めた。貪るように、喰らい尽くしてしまうように・・・  
 
「やぁ・・・敦賀さん、ごめんなさい、ごめんなさい・・・」  
 
蓮のあまりの激しさにキョーコは自分のしたことが責められてると感じた。  
泣き出してしまったのを見て蓮は我に返り、そっと柔らかい頬をなでる。  
 
「・・・どうして、あやまるの・・・?」  
 
「だって・・・敦賀さんのこと、だましてたの・・・怒ってるんでしょう・・・?」  
 
「・・・そんなんじゃないんだよ。君に触れられるのが嬉しくて仕方がないんだ・・・  
 知らなかったろ?俺はずっと、君にこうしたくて仕方がなかったんだよ・・・」  
 
「・・・嘘・・・嘘ですよ、そんなの・・・あなた程のひとが私なんかにどうして・・・?」  
 
「君は知らないだけなんだよ・・・俺が、どれだけ君に救われていたのか」  
 
「・・・なんだか、敦賀さんの悪い魔法にかかっちゃったみたいです・・・  
 もう恋なんてしない、って決めてたのに・・・」  
 
顔をしかめたキョーコの言葉に、蓮はくすくすと微笑った。  
 
腕の中にすっぽりと収まる細くて柔らかい暖かさに、  
心が今までになく満たされながら蓮は続ける。  
 
「魔法、ね・・・魔法なら、もう俺はとっくにかかってるよ・・・  
 俺達が最初に出会ったときっていつだったか、君は覚えてる?」  
 
「最初、って・・・敦賀さん私のこと事務所からつまみ出したじゃないですか・・・?」  
 
「・・・君が俺を見たときの第一声はこうだったな・・・  
 『あなた、妖精・・・?』」  
 
「・・・嘘?!?敦賀さん、それ・・・??!」  
 
「嘘じゃないよ。俺が跳んで見せたときにも  
 君は大喜びして俺を褒めて・・・俺を信じてくれてた。  
 俺にとっては・・・君こそが、俺に与えられた唯一の暖かい魔法だったよ。  
 ・・・キョーコちゃん」  
 
「嘘・・・コーン・・・なの・・・?」  
 
今度こそ本当に泣き出してしまったキョーコを  
蓮は自分の体重が掛かり過ぎないようにそっと優しく抱きしめた。  
キョーコが自分の背中に腕を廻してしがみついている・・・  
ずっと自分の手をすり抜けていたキョーコが  
自分を求めていることで蓮は深く幸せを噛み締めていた。  
次に続くのは抗議の声だと分ってはいたけれど・・・  
 
蓮にひとしきり文句を言い終えたキョーコは、  
いくぶん疲れた潤んだ目で蓮を見つめた。  
 
「あれ、もうおしまい?」  
 
「・・・なんか文句言うのも疲れてきました。  
 何言っても敦賀さんニコニコしてるだけなんだもの・・・」  
 
「そりゃ、ねぇ・・・じゃ、改めて聞くよ。  
 俺に君をくれる?・・・好きだよ、キョーコちゃん」  
 
「・・・敦賀さん、ずるい・・・そんな・・・私にとってのあなたは・・・  
 一番尊敬する先輩で、大魔王で夜の帝王で、  
 コーンで悪い魔法使いで・・・私一体どうしたら・・・」  
 
「ふーん・・・なんか不穏な単語の意味は後でじっくり聞かせてもらうとして・・・  
 どうしたらいいか、なんて、そんなの簡単だよ?  
 楽屋で君が美月になったとき・・・どう感じた?  
 君は俺が・・・欲しくなった・・・?」  
 
キョーコは顔を真っ赤に染め・・・しばらくしてから、小さくこくんと頷いた。  
欲しくて欲しくて、でも、どこかであきらめていたのに。  
今やっと本当に、手に入った―――…  
 
キョーコを抱き上げ、社が買ってきた小さな包みをつまんで  
蓮は寝室に向かった。キョーコが不思議そうな顔をしているのを、  
後で教えてあげるよ、とくすりと笑って軽く額に口付ける。  
また後で文句をひとしきり言われるかな?と微笑みながら  
蓮はキョーコを静かにベッドに横たえた。  
 
お互いの魔法を・・・遠い日のものじゃなく、甘い悪夢ではなく・・・  
確かな暖かい約束にするために―――…  
 

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!