片時も離れたくない愛しさと、切なさって何だろう。  
それは。  
もしかしたらこんな瞬間なのかしら…?  
 
演技ではない。  
これは今、私の楽屋で現実に起こっているリアルな話。  
「ね、…ちょっ…や…やめましょう…ッ…」  
ノリでキスした相手に、必要以上に迫られて、苛立ちが募る。  
ただ、何となくキスをしたかったから、『彼』を選んだのに。  
「京子ちゃんだって…俺に気があるからキスしたんだろ?…な?」  
「私はっ…別にッ!」  
 
私は決してこの『彼』が好きな訳ではない。  
ただ、横顔が何処となく似ていたから。  
「…京子ちゃんてさ……こんなキレイなんだし、俺以外にも色んな男と付き合ってるんだろ?……例えば、…」  
意味深な間、そして、ふと今気付いたと言わんばかりに楽屋の入口へ視線を移す。  
暗い、澱んだ空気が一気に楽屋内に立ち込めた。  
身の丈がドアと並ぶほど長身の男が、腕組みして立っていた。  
「…どっ…どうして…」  
本当ならここにいるはずのない男が、ここにいる。  
私は身体中の血の気が一気に引いていくのが分かった。  
 
「お久しぶりですね…敦賀さん」  
挑発するような態度で、わざとらしくも名前を呼ぶ。  
 
余計な事を言わないで…。  
お願いだから……。  
そう祈らずにはいられなかった。  
蓮は私ともめていた彼を一瞥し、鼻で笑い余裕の表情で切り返す。  
「うちのキョーコが火遊びをして君にいらない誤解をさせてしまったようだね」  
極上の営業スマイルで楽屋に入ってきた蓮は、私の手を掴んだ。  
「…ッた…」  
その手は、笑顔とは裏腹にもの凄い力で握られている。  
怒っているのだと、言い聞かせるように、ぎりぎりと力が加わり、私は歯を食いしばって痛みに耐えた。  
「さぁ、君。特に用がないならさっさと帰って頂きたいのだがね」  
蓮の凄みにすっかり口を閉ざしていた彼は、私の方をちらりと横目で見つめ、踵を返した。  
「…チッ…」  
もう、彼は振り返らない。そそくさと楽屋を後にした。  
やたらと広い楽屋に取り残された私は、これからどうやって誤魔化すか必要に考えていた。  
ほんの少し、蓮に似ていたからキスをした。  
そんな馬鹿げた理由ではきっと納得してもらえない。  
「さて、キョーコ………………どういうつもりだ?」  
二週間の海外ロケから帰って来たばかりの蓮に浮気未遂の現場を見られる。  
 
まるでドラマのような展開に蓮自身、戸惑っているようだった。  
「……場合によってはキョーコにとっては少々キツイ罰を下してやるが……どうする?」  
「…ッ…ごっ…ごめ…」  
ガクガクと膝が震える。  
身体に焼き付いた『罰』が脳裏に鮮明に蘇った。  
拘束された手足、視界を塞がれ、一晩中責められる恥辱に満ちた夜。  
私は泣いても叫んでも許してもらえなかった。  
蓮の支配欲に抗うことなく跪いて許しを乞う。  
それが私に出来る償いになるのだ。  
 
「…キョーコ…忘れないでくれ。……俺は君を見つめる見知らぬ男にも嫉妬する男なんだよ」  
ゆっくりと視界を手のひらで覆われ、私は最後の悲鳴をあげた。  
「…っやぁあ…ぁ…」  
 
 
許して。  
 
 
気が付くと、私は蓮のマンションにいた。  
あれから何時間経ったのかは覚えていない。  
抜け目のない蓮の事だから私のスケジュールなんて事前に調べ上げているだろう。  
「…んっ…ぅ…」  
布で完全に覆われた視界にぼんやりと人影が映る。  
鼻孔をくすぐる甘い香りでその人影の正体がすぐに分かった。  
「…気が付いた?」  
蓮は低く掠れた声音で囁くように、私を気遣う。  
しかし私は。  
「ん…でも…ッ…それどころじゃ…なっ」  
すでに蓮に取り繕う余裕がなかった。  
身動きするたびに、アソコがギュッと締まり、ナカの異物を感じてしまう。  
恐る恐る指先で触れると、身体の奥に熱い楔が突き刺さっているのが分かった。  
「罰は身体でちゃんと償ってくれよ」  
「ぅ、あ…ッやあぁ…ッ…うごいちゃ…だ…めッ…」  
ぬめりで滑りの良くなった楔が、摩擦を起こす。  
擦り切れそうな熱さに、私は我慢出来ずに蓮の背中に爪を立てた。  
「う…ッ…はあ…ッ…ひ」  
普段なら、そんな事はしないように細心の注意を払うのに。  
今夜は出来そうにない。  
商売道具の身体に爪を立てる行為が、何を意味するのか。  
同業者の私が一番分かっているのに。  
 
「…はっ…離してッ…もぅ…このままじゃ…」  
 
溢れ出した愛液が、下肢を淫らに汚す。  
蓮の身体に溺れた私は、夢中で愛撫をねだっていた。  
「あ…んぅっ…そこ!ッ!いっい…!」  
絶妙なタイミングで唇をキスで塞がれ、舌を甘噛みされる。口腔全体が快感を得る場合となり、エクスタシーの波が生き物のように体内で蠢いた。  
「…可愛いな」  
密着した身体を更に押しつける私に、蓮が嬉しそうに頬擦りしてきた。  
「れん……ぁ……」  
「もっと…もっと可愛く泣かせてあげたいよ…」  
そう言うと、楔が半分埋まった所で、一気に引き抜かれた。  
グポッと奇妙な音と共にアソコからじわっと漏れる、どちらのものか区別のつかない愛液。  
蓮は私のナカから滴った愛液を指に絡めて、再びアソコへ押し込んだ。  
「やぁ…ん…ぅ…」  
「キョーコ。そんなに身体の力を抜いてたらまたシーツが汚れてしまうよ」  
薄い茂みに隠れた小さな突起に、蓮の指があてられる。  
初めはくりくりと円を描くように触れていたが、次第に指遣いは大胆になっていく。  
柔らかな皮膚に爪を立て、軽く引っ掻くように苛められれば、もう堪らない。  
身体はブルルッと痙攣し、背中は弓なりに反った。  
「んぅあ…ぁああっ!!」  
 
私は一際甲高い悲鳴を上げて、シーツに崩れ落ちた。  
 
身体から、何かが弾けた気もしたが、視界を塞がれている以上、知る術はない。  
私は浅い呼吸をしながら蓮の手を掴んだ。  
「…はぁッ…は…ぁ」  
もう、指一本動かすのも苦痛な疲労を感じている。  
それでも蓮の手を握った理由はただひとつ。  
「…蓮、ごめんなさい」  
蓮以外の男とキスするなんて軽率だったと思う。  
しかも。  
横顔が似ていたなんて、そんな理由で。  
「…俺は今の仕事をしている限り、キョーコに寂しい思いをたくさんさせると思う。…だけど…、寂しい思いをさせる分、キョーコを幸せにするつもりだから…」  
 
「…………えっ…」  
初めて聞いた蓮の本音。  
私はいつも、自分以上に蓮が私を好きになってくれる事はないと思っていた。  
私は私と蓮の愛情を、天秤にかけていた。  
寂しいのも、好きなのも自分の方が上回っているとばかり思っていたのに。  
「俺も寂しいよ。キョーコがロケに行ってしばらく帰って来ない時、テレビ越しにしか会えない時とか…たくさん」  
「……嘘…っ」  
いっそのこと、浮気してしまえばいい。  
そうしたら、互いに何も言わずにただ楽になれる。  
「…ひどい思い込みをしていたのね…私…」  
浅はかな私は、蓮の気持ちを全く分かったはいなかった。  
 
頬を伝うなみだが、視界を覆う布で吸収される。  
泣き顔を見られないだけ安心していたのに、私の心を蓮は知ってか知らずか、布の結びを外した。  
滲む視界に、蓮の顔が入ってくる。  
「だからさ、しばらく仕事を控えてみようと思って。明日から、長期オフをね…」  
「…オフって…こんな急にいくらなんでも無理よ…」  
身体をそっと預け、私は蓮の鼓動に耳を傾けた。  
規則正しい音が心地良い。  
「その為に休日を返上して頑張ったんだから。明日からはしばらくお休みだよ、キョーコとふたりでね」  
 
「私、オフ明日だけよ?」  
「いや、事前に社長に掛け合ってオフ入れてもらってるから大丈夫」  
手際の良い手口に、私は何故かとても嫌な予感がした。  
 
キス(浮気未遂)現場を見られて、お仕置きされて、その後は長期オフ。  
どうも話がウマすぎる。  
 
「ねぇ…何だか…アナタに都合良く物事が進んでいるような気がするのは何故かしら?」  
「あはは。嫌だな、キョーコちゃん。…俺が仕組んだとでも言いたいのかな?」  
怒りと笑顔を使い分ける蓮になら、それも可能だ。  
もしかしたら、蓮は最初からこうなることに気付いていたのかも知れない。  
「あぁ、でもひとつだけ。キョーコに爪を立てられるのは計算済みだったよ」  
 
くっきりと爪跡が浮かぶ背中を、蓮は不敵な笑みを浮かべて見せつけてきた。  
「これも愛の証明だろ」  
 
私はもう開いた口が塞がらなかった。  
あんなに恥ずかしいコトをされたのに。  
今もまだ着衣を身に着けていない状態のままでいるのに。  
未遂後の罪悪感で、蓮の裏の意図を読めないことを逆手に取って騙されてしまった。  
 
「蓮のバカ!最初から気付いてたならもっと早く止めてよねっ!」  
「キスさせたのはさすがに腹が立ったけど、罰を口実にキョーコの新たな一面が見れたから俺はまあまあ満足だよ」  
脱力した私に、更なる追い討ちが襲いかかった。  
腰に腕を回し、あいた手でまだ汗と愛液でしっとり濡れていた太股を撫でてくる。  
「まあまあ?!…全然満ち足りてないじゃない!あんな恥ずかしいコトさせておきながらッ…。ひっどぉぉい…!」  
私の抵抗にも負けず、指がどんどん深みへ這い上がってきた。  
先ほど達したばかりで、まだあつく熱をもった突起にひんやりとした蓮の指が張り付く。  
「あ…やっ…ぅふ…」  
まだ達した名残で敏感な突起は、二、三度擦るだけでプクッと大きく膨らむ。  
 
「意識のない間にシタのは悪かったかな…とは思ってるけど…。あんな男と軽はずみにキスした君とおあいこだろ?」  
 
たった一回のキス。  
 
私のキス(浮気未遂)の代償は大きかった。  
「れんッ…やめて…もぅ…無理だってば…ぁ…」  
蓮の猛った楔を握らされ、私は気が狂いそうな激しい愛撫に酔う。  
固い楔が弾けるまで、きっと『罰』は終らない。  
 
「大丈夫。まだまだ夜は長いんだから…ね?」  
 
この先、キスは蓮以外の男と出来そうにない。  
 
幾度、蓮のワザに翻弄されても片時も離れたくない愛しさは消えない。  
「れ…れん…ッ…」  
朦朧とする意識の中で、懲りずにまたキスを求めた。  
…時々、心が締め付けられるほどの切なさを覚えていても構わない。  
この瞬間が幸せなら。  
 
 
―――終。  
 

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