初めに口を開いたのはショータローだった。
「で、祥子さん追っ払ってまで俺と何か用ある訳?…」
いつになく真剣なまなざしで、キョーコをからかうような言葉もない。
ただ、淡々と話す。
そこにいつものショータローらしさは無かった。
「さっき廊下で、…ビーグル……じゃなくて…ビーグール?とか何とかいうバンドの方々に馬鹿にされたのよね」
すれ違いざまに皮肉を浴びせたあの男は、まるで『不破尚』そのものだった。
パクリにしては、少々やりすぎだとも思われるほどだったのに、ショータローは何も言わない。
「…悔しくない訳?」
いつものショータローならきっと『本家』の実力を見せつけようとするはず。
不本意だが、キョーコは努力して実力を磨いていた姿を間近で見続けてきた。
くたくたになるまで働いて帰って来た時はショータローの弾くギターの音が疲れを癒してくれる。
そんな日々を過ごして、キョーコを裏切ってでもショータローが自らの手で勝ち得たモノを、見ず知らずのパクリバンドになんかに奪われるなんて許せない。
「あんな奴に取られちゃっていいの?…あんたには私なんて何の価値もない人間だっただろうけど……私より価値のある『不破尚』の歌は…」
ショータローなんて嫌い。
不破尚なんて嫌い。
でも、あのパクリバンドはそれを凌ぐほど大嫌い。
努力もしないでショータローの誇れるモノを奪う。
それはすなわちキョーコが捧げて来た時間や愛の価値を全否定することにもなる。
だから、ショータローには負けないで欲しい。
「私、あんたの事は許せそうにないけど……あんたの歌は……好きよ」
ショータローは面食らったようにキョーコの顔を見つめる。
戸惑いや動揺が、言いたい言葉を、言葉にさせない。
「…キョーコ…」
「だから……あんたの歌は私があんたに尽くした時間そのものなのよ!それをあんなに簡単にパクられて、私は無意味な中傷を受けて……今すごく嫌な思いをしてるの!」
溢れ出した感情が涙となってキョーコの頬を伝う。
「…悪かったよ」
泣き顔を見た瞬間、ショータローの中で初めて罪悪感が芽生えた。
それまでキョーコにならば何をしても許されると思っていたのに。
家政婦扱いして冷たく突き放した時もあったのに。
何故か、今さらになってキョーコにしたことの重大さを思い知った。
「…だから…嫌なの…」
次第にキョーコの声はすすり泣きへと変わる。
「…ごめん…悪かったって……頼むから泣くなよ…」
キョーコの手首掴む。
しばらく振りに触れたキョーコの手首は、か細くて力を入れれば折れてしまいそうな手首だった。
ショータローの背筋に冷や汗が落ちる。
「…あんな奴らに黙って負けるつもりはねぇよ…」
一体キョーコが何を言われたのか、容易に想像できた。
大方、プロモの天使役からのギャップや地味な容姿を馬鹿にされたのだろう。
「当たり前でしょ!私はあんなならまだしも初対面の奴にいきなり罵られたのよっ!」
「…やっぱりな」
キョーコの声を聞いていると自然と肩の力が抜けてくるのが分かった。
ゆっくりといつもの調子を取り戻していく。
これなら、やれる。
落ち込んだ時や自信を失いかけた時、昔はキョーコのベタ褒めな励ましが効いた。
今は、もう昔のように褒めてはくれないが、キョーコと話せるだけでそれは励ましの代わりになる。
「実力の差ってヤツを見せつけてやるさ」
「良かったわ。さっさとそうしてちょうだい」
さっきまで泣いていたのが嘘のように、キョーコがパッと顔を上げる。
よほど安心したのか、懐かしい無邪気な笑顔を、ショータローに見せてくれた。
だからなのかも知れない。
こんな事を言ってしまったのは。
「…なぁ…景気づけに一発やっとくか?」
「何を?万歳三唱とか?」
「んな訳あるか!……ふたりきりの楽屋でやる事ってひとつしかねぇだろ?」
じりじりと距離を詰める。
獲物を追い込むように壁際まで迫り、肩を押さえた。
「ちょっ…まって…」
拒絶の言葉を封じるように唇が塞がれる。
「ンッ…う…」
鼻から抜ける甘い声に、理性の鍵が外れてしまった。
ここは楽屋で、廊下は絶えず誰かが通っているというのに。
欲望が止まらない。
「あッ、やっ…だめ!」
スカートを捲り上げ、下着に手をかける。
動揺するキョーコを無視してほぼ力づくで脱がせにかかった。
膝を持ち上げ、片足だけ下着を引き脱がせ、露になった場所へ手を伸ばす。
「へぇ、ちょっとはやる気あるんだな」
「ひッん…あ…ァ…」
くの字に曲げた指がぴったりと恥部に張り付く。
適度な滑りがあるため、少し力を入れるだけでズルッと奥まで押し入ってしまう。
「ひやぁ…んぐッ!」
「声がデケェっての!静かにしねぇと祥子さんが戻って来ても気付かねぇだろが」
この後に及んで何を言い出すんだとでも言いたげな表情でキョーコが睨む。
「…いや、他意はねぇぞ。誰か入って来たら困るだろって意味だからな?」
変に誤解されたら大変なので取りあえず弁解しておく。
祥子との関係は、今のショータローには後ろめたいもののようだ。
「…怒んなよ」
口論になることを避けたいが為に必死で誤魔化す。
キョーコは、何もかも分かっているのかも知れないけど、どうしても話したくなかった。
このまま勢いに任せて抑え切れない感情を吐き出してしまいたい。
「すぐ終わらせてやっから…ちょっとは協力しろよ」
愛液が滴る恥部に、堅い楔の先端が埋まった。
その瞬間、キョーコが激しく抵抗する。
「ん?…ぅッ…ちょっ…まって…や…だめっ…」
避妊しないままの行為に、怯えているようだった。
「…何だよ…コレ…」
絡み付く生暖かい感触が、ショータローを切ない気分にさせる。
幼馴染みが『女』だということに今さらながら気付いた。
「ん…ショー…ッ…っ、も、ふ…あぁ…」
「お前…励ましに来てくれたんだろっ…」
腹の底から、熱が湧く。
それは生まれて初めて味わう不思議な感覚だった。
「…んうッ…んー…」
いつドアが開かれるか分からないスリルが、より濃密な行為を盛り上げる。
恋人との情事のように時間をかけて楽しんでいる自分に、不謹慎にも笑みが零れる。
キョーコが相手になるとはショータロー自身、全く思っていなかった。
ただ、キョーコを手離したくない。
それ以外には何も思い浮かばなくなる。
「俺さ…地味なお前に……ハマッてるかもな…」
「…ん…地味は余計ッ…」
ショータローは茶髪から染め直したキョーコの黒髪に頬を寄せ、名残惜しそうに唇を当てた。
「あ、ふッ…ん…」
一気に高みを駆け上がるまで無言で腰を進めた。
キョーコは合わせることに必死で、余裕はないらしい。
時折、無意識にショータローの名前を繰り返す。
何も言わなくても、今はちゃんと通じてる確信があった。
「きっ…つー…」
時間も忘れて熱中していると、いきなりキョーコの身体が震え出した。
「うッ…く、あァ…ん」
限界が近付いたのか、より強い力でショータローにしがみついた。
キョーコの切羽詰まったイキ声に釣られてしまう。
まさに不覚だった。
「…う…くっ…」
排泄にも似た感覚が、下半身を襲う。
じわっと滲み出した愛液がキョーコの真っ白な足を伝い落ちていく。
「ん…う、そぉ……」
ショータローが中で達したことに気付いていたキョーコはすっかり脱力して壁にもたれかかる。
激しく体力を奪われたせいで身体が思い通りに動かない。
「悪い…ナマだったの忘れてた…」
呆然としているキョーコをとりあえず床に座らせて、ショータローは手早く後始末を始めた。
ティッシュで汚れを拭き取って、着衣の乱れを整える。
「だから…何度もやめてって言ったのに…」
仕事の事が頭の中に少しも過ぎらなかった。
あんなに落ち込んでいた自分が嘘のように、ショータローはすっきりしていた。
「おい、んな顔すんな。一回くらい大丈夫だって」
換気したいがドアを開ける勇気はさすがにない。
「…あんたって……昔から切り替えだけは早かったわよね…。心配して損しちゃった」
「そーゆーお前こそ!切り替えが早いの知ってても必ず慰めに来てたじゃねぇか」
キョーコにとって、ショータローは憎いと同時に放っておけない相手だ。
落ち込んでいるのを見るとつい手を差し延べたくなってしまう。
「そろそろ…本番か」
決意したようにショータローが呟く。
その顔には、先ほどとは違って笑みさえ浮かんでいる。
努力して勝ち得た人間の自信が、漲っているようだ。
「あんたが負けると私まで道連れなのよ!」
最後の喝を入れる。
絶対に負けるなと、あのバンドを必ず打ち負かせと。
「分かってる。ま、言われなくてもそのつもりだったんだけどなぁー」
皮肉たっぷりな表情で、キョーコに食い下がる元気が出たなら、それでいい。
ゆっくりと立上がり、スカートの乱れを直した。
「じゃ、行くわ」
ショータローに背を向けて、軽く手を振る。
もう振り返らない。
「おう」
その一言を聞いて、キョーコは楽屋を後にした。
―終―――