「じゃあ敦賀君、今日の進行は以上の通りで行きますから」  
緒方監督から撮影スケジュールの変更を申し渡されて、蓮は穏やかに頷いた。  
「解りました」  
変更と言ってもそれは、本日予定分の撮影順序を入れ替えるというだけで、特に  
後のスケジュールに影響を及ぼす内容ではない。  
だが、緒方監督がその変更を言い出した経緯を察すると、胸の中に奇妙な波紋が  
広がっていくのを蓮は止めることはできなかった。  
理由は解っている。けれどその理由には無理に目を瞑って、蓮は傍らに立つ社へ  
と声をかけた。  
「監督に今日の進行聞きましたんで、楽屋へ着替えに行ってきます。若干撮影順序を  
変えるとのことでしたので、少し空き時間ができるんですけど…。社さんはこのままここで  
進行のチェックしていて貰えますか?着替え終わったらすぐに戻りますから」  
「え…?あ…そ、そう?い…行ってらっしゃい…」  
常にない社の動揺ぶりには気づかないふりで、蓮はひとり、楽屋方向へと足を踏み出した。  
擦れ違うスタッフひとりひとりと挨拶を交わしながら。  
 
───自分は今、普段通りに笑えているだろうか?いつもの「敦賀蓮」の顔をしているだろうか?  
 
そんなことも判断できないほどに、蓮の心は揺れている。  
多分目に見えてそれと解る社以上に、自分は動揺しているだろう。先ほどまでの胸の波紋は  
細波へと変わり、ゆらゆらと波打ち始めている。───いつ激流に変わるとも知れないほどに。  
 
 
つい先刻、蓮がキョーコを伴ってスタジオに赴くと、そこにはいるべきはずのない人間がいた。  
それはその存在どころか、ただの名前ひとつで蓮の心の均衡を危うくさせる人物だ。  
 
不破尚。  
 
何故今更、不破がわざわざキョーコを仕事先まで訪ねてくるのか、見当もつかない。  
我関せずの顔をしてみても気にならないわけはなかった。  
だが、蓮は素知らぬふりを決め込んだ。でなければ自分が足許から崩れていきそうな  
気がしたからだ。  
けれど楽屋への移動の途中、ふたりが揃って出て行った裏口の前を通りかかると、蓮は  
ふと足取りを止めた。  
ゆっくりと見返るように、視線をドアの向こうへと向ける。  
そこでふたりはいったい何を話すというのだろうか。  
 
どうして不破はキョーコに会いに来たのだろう。そしてどうしてキョーコは、もう顔も見たくないと  
思っているはずの、憎んでいるはずの男の言葉のままに、素直に連れ立って行ったのか。  
何も知らない緒方監督ですら、あのふたりの間の微妙な空気を感じ取って、撮影スケジュールを  
変えるとまで言い出した。  
それほどまでに彼らの間に流れる空気は独特で、そして他の誰も立ち入ってはいけないような、  
そんな気分にさせた。  
あのふたりの関係を、多分誰より正しく理解している蓮でさえも一瞬目を疑ったのだ。  
そこに見えない絆が見えたような気がして。  
 
その場所に、近づかない方がいいとは思っていた。それは確かだ。自分の中の堰が、切れ  
かけているのを蓮はちゃんと知っていたから。  
だが、揺れ惑う心はそのまま真っ直ぐに伸びる廊下を進むことを拒み、蓮の進行方向を  
変えさせた。ふたりがいるはずの場所へと。  
一歩一歩、小さな靴音を立てて歩を進める。本当はすぐにでも駆け出してふたりの間に  
割り込みたいような、このまま振り向いて何も目にせず立ち去ってしまいたいような、  
そんな葛藤を抱えたままの蓮の耳にやがて聞こえてきたのは。  
───どこか苦しいような、痛みを抑えたような、後悔と思いやりを混ぜ合わせて全く異なる感情に  
育て上げたような、押し殺した低い声だった。  
 
「お前にケガさせるつもりなんかなかったんだ… たとえ、わざとじゃなかったとしても…」  
 
それはまだ遠く、彼らからは絶対に見えない位置に立つ蓮に、だが明確に聞こえてきた言葉だった。  
アイツがつけた傷だったのか…  
キョーコの頬に貼られた絆創膏をまざまざと思い出す。  
嘘をついてまでその原因を隠そうとしたキョーコの表情を、瞳を、そして少しだけ困ったように  
選んだ言葉の端々を。  
 
ふたりの間に何があったのか。  
傷をつけられるくらいにその傍に立つ理由なんて、いったい何があるというのか。  
油を注いだ炎のように、蓮の心の裡で疑問と嫉妬が見る間に膨れ上がった。  
 
どうして触れさせたんだ。  
俺でさえ触れたことのないその頬を、アイツが触れて、そして傷つけたのか。  
いったい何があったんだ。どうして。  
「…ショータロー…」  
どうして───憎いと、復讐してやるんだとあれだけ強い口調で言い放ったくせに、その同じ唇で奴を呼ぶんだ。  
そんなに甘さを孕んだ声で。  
 
去って行くショータローの背中を見送って、キョーコは右手に視線を落とした。  
ショータローが強引に押し付けていった薬がそこにある。  
本音を洩らすショータローは別に珍しくもないけれど、だがあんな風に「弱音」を  
晒すショータローは、キョーコでさえも今までに見たことはなかった。  
どこか痛々しささえ感じるショータローに、ただその名前を呼ぶ以外、キョーコに  
何ができただろうか。  
決して憎しみを、恨みを忘れたわけではない。けれどキョーコは、こんな時はっきりと  
思い知らされる。  
やはり自分たちの間には、そんな負の感情を凌駕してしまうような歴史があるということを。  
あんな表情をするショータローを、思わず慰めてやりたいと、たった一瞬でもキョーコが  
思ってしまう程度には。  
 
右手をきゅっと握り締めて、キョーコは踵を返した。  
いつまでもこんなところで時間を潰しているわけにはいかない。スタジオに戻って、まずは監督に、  
現場を騒がせたことを謝らなければならない。  
スタッフにも、共演者の皆にも。そして───  
 
脳裏を過ぎった、整いすぎたその美貌に、キョーコが思わず溜息をつきそうになったその時。  
「最上さん」  
不意打ちで、聞き覚えのありすぎる声に呼ばれて、思わずキョーコの動きが固まった。  
視線を廻らすと、長身の影がドアの脇の壁に凭れるようにして、そこに立っている。  
「…敦賀さん」  
声が僅かに震えるのを、キョーコはどうしても止められなかった。  
 
「どうしてこんなところにいらっしゃるんですか?」  
蓮はいつからここにいたのだろう。  
どこからどこまで聞かれていたのだろうか。よりにもよってキョーコが、  
一番聞かれたくない相手に。  
「あ、もしかして呼びに来て下さったんですね。申し訳ありません。もう  
撮影始まってしまいますね。すぐに戻りましょう」  
早口でそう告げると、どうしても視線は合わせられないまま、キョーコは  
先に立ってスタジオへと歩き出した。  
だが左腕を背後から掴み取られて、半ば強引に引き戻される。  
思わず振り仰いだ蓮の表情がどこか暗い翳りを帯びていて、キョーコは  
ひゅっと息を飲んだ。  
 
「撮影は変更になったよ。最初の撮りの予定だった俺と君のシーンは、  
後半に回された。…だから、そんなに急がなくてもいい」  
「…そ、そうですか。本当に申し訳ありません。監督にも謝らなくちゃ」  
そう言いながら、さりげなく蓮の手を解こうとした腕の動きを更に強い力で  
押し留められて、キョーコは痛みに顔を顰めた。  
見えない何かに気圧されるように右足を一歩引くと、いきなり蓮がキョーコの  
腕を掴んだまま歩き出す。  
「えっ… ちょ、ちょっと待って下さい。敦賀さんっ?」  
キョーコの呼び止めに何も応えないまま、蓮は手近な部屋のドアノブを掴んだ。  
どこでも良かった。誰の目にも触れず、ふたりきりになれる場所ならば。  
 
ギィィ、と重苦しい音を立ててドアが開く。  
そこはセットを組み立てるための資材置き場で、かなりの広さの空間に、大量の  
角材や足場を組むための鉄筋などが乱雑に置かれていた。  
室内へと強引にキョーコを引き込んで、ドアを閉める。  
 
「つ、敦賀さ…っ」  
呼びかけてくる声を無視して、その細い身体を閉めたドアへと押し付ける。  
ドアに腕をついて、キョーコをその中に閉じ込めると、大きな瞳が不安そうに蓮を  
見上げてきた。  
「あの、敦賀さん」  
「この傷…」  
右手でその頬に触れる。貼られた絆創膏の上を、ゆったりと長い指先で行き来して、  
蓮は自分でもどこか危険だと思うような声で囁いた。  
「アイツがつけたの?」  
「…あの…っ」  
「どうして。君が望んでつけさせたの?」  
「ちっ、違います!」  
断固たる否定の視線に、だが蓮の胸の奥で燻り続ける燠火は、消えるどころか逆に  
勢いを増した。  
それが肯定でも否定でも、キョーコの唇から零れる不破の話題は蓮を不機嫌にさせる  
だけだった。たとえ蓮自身がそれを引き出しているのだとしても。  
 
「敦賀さん、もうスタジオに戻らないと…」  
両腕の中に閉じ込められて、つまりは必要以上に接近した状態の蓮の身体を  
押し退けようとしながら、キョーコは震える声で言った。  
何か、ひどく危険な感じがする。───今の蓮は。  
このままでいたら、取り返しのつかない何かが起きそうな、明確な予感がした。  
 
胸に当たるキョーコの右手に握られた小箱に気づいて、蓮がその手首を掴んだ。  
「…これ、アイツが?」  
「あの、そ、そうですけど、別に私はこんなものは」  
「ふぅん。…そう」  
蓮はキョーコの手からその箱を奪うと、躊躇いもなく自分の後方へとそれを放った。  
あっ、と声を上げて、思わずその行方を目で追ったキョーコに眉を顰めて、両腕の  
範囲を更に狭めると、キョーコの身体にほとんど覆い被さるようにして顔を寄せた。  
 
「あんなものが無くても、俺が治してあげるよ」  
安心して、とその耳許で暗く囁く。  
 
丁寧に、間違っても爪を立てることの無いように、その頬から絆創膏を剥がす。  
現れた薄い傷は、完治すれば痕が残るようなものではない。  
だが今、不破がつけた傷がキョーコの身体に残っているのだと思うと、それだけで  
蓮は全身の血が沸騰するかのような錯覚を覚える。  
これは怒りなのか嫉妬なのか、蓮自身でさえ区別がつかない。  
解っているのはそれをもう止められそうにないということだけだ。この嵐のような  
感情の奔流を。  
 
唇をキョーコの頬にそっと押し付けると、蓮は舌でその傷痕を辿り始めた。  
何度も何度もなぞるようにして。───そうすればまるでその原因さえもが、消えて  
なくなるとでもいうかのように。  
「……っ、敦賀さん、やめてくださ…っ」  
いたたまれないように身を竦ませるキョーコを許さずに、蓮はその両肩を強く押さえ込む。  
細い脚の隙間に膝を割り入れて、腰を落として逃げることも許さない。  
「お願い、やめて…っ」  
否定の言葉しか綴らない唇。  
先刻、不破の名前を呼んだその唇がひどく憎らしく感じて、蓮は頬からその唇へと、舌の侵略先を変えた。  
 
初めてキョーコと交わすくちづけは、蓮のその心情のまま、まるで嵐のような激しさだった。  
舌を深く絡ませて、息をつく暇も与えずに探るようにその粘膜を辿る。  
角度を変え、深度を深める度に湧き上がる濡れた音は、蓮の思考を痺れさせた。  
もっと深く、もっと奥まで欲しくなる。  
「ん…っ、ふ…っ…!」  
乱暴に奪われるまま、抵抗のしようもないキョーコの手は、今は必死に蓮の胸に  
縋りついている。  
細い指先が震えているのを、蓮は薄い布越しに感じる。だが、これでやめる気には  
到底なれなかった。キョーコを今ここで、すべて奪い尽くさなければ、手遅れになるような気がした。  
 
ウエストから左手を忍び込ませて、滑らかな肌の上を辿り上げる。  
ぴくり、と反応した細い身体をもっと強くドアへ押し付けると、辿り着いた胸の膨らみを  
やんわりと掌で包み込んだ。  
「……っ」  
キョーコが上げた小さな悲鳴さえも、すべて自分の唇で奪い取る。  
くちづけで深く混ざり合ったまま、蓮はキョーコの胸を包む小さな布地を指先で押し下げて  
その頂点の蕾をきゅっと摘み上げた。  
「……っ!」  
 
蓮の指に素直に反応して、それは見る間に固く立ち上がった。  
指の腹で擦るように刺激すると、それだけでもう耐え切れないように、キョーコの  
腰が揺れ動く。  
 
執拗に塞ぎ続けていたキョーコの唇を解放すると、蓮はもう一度だけ軽くその唇に  
くちづけてから、殆ど全身でドアへと押し付けていたキョーコの身体から僅かに離れた。  
服をたくし上げて胸を露わにさせると、蓮の手によって乱れた下着の隙間に、仄かに  
赤い色を帯びた小さな実が見える。  
今度はそこへとくちづけて、飴玉をしゃぶるようにして舌先で刺激した。  
「あん…っ、い、いや…っ、敦賀さ…っ」  
一応は否定の、だがどう聞いても快感を明確に孕んだキョーコの喘ぎ声が、蓮を益々  
増長させた。  
キョーコの胸の頂を甘く食んだまま、蓮は両手をキョーコのスカートの中へと忍び込ませると、  
指にかけた薄いショーツを一気に引き摺り下ろした。  
そのまま足首まで落として、片足だけをそこから抜いてしまう。  
「敦賀さん…っ!」  
そこまでされて、キョーコは慌てたように身を引こうとした。  
だが後ろはドアで、すぐ前には蓮が覆い被さるようにキョーコの身体を抑えている。  
されるがままのこの状況に、何とか抜け出そうとキョーコが身を捩るのを、今更とばかりに  
蓮は薄く笑った。  
口に含んだままの乳首に、少々乱暴かと思えるような強さで歯を立てる。  
「ひぁ…っ」  
だが、キョーコの唇から零れたのは苦痛ではなく、快感に濡れた声だった。その響きに満足すると、  
蓮は今度は優しく舌先でそれを慰め始めた。  
今の乱暴さを詫びるかのように、ゆっくりと擽る感じで。  
「んっ…、やぁ…っ」  
その緩急のついた愛撫に、キョーコは身体の芯から震えた。自分の胸元にある蓮の頭に、思わず  
強く縋りつく。  
蓮はキョーコの内腿を柔らかく愛撫しながら左手で辿っていくと、その付け根の窪みへと、そっと  
指先を沈み込ませていった。  
 
「ひっ…、あ…っ!」  
すぐにでも崩折れそうなキョーコの脚を、空いている右手で強く腰を抑えることで  
支えながら、蓮は更に指先を深めていった。  
「やぁ…っ!」  
そこは熱くて、いきなりの蓮の侵入を拒むかのようにひどく狭い。そのくせもう既に  
しっとりと水分を含み始めていた。  
その感触を愉しみながら、ゆっくりと沈めた人差し指を往復させる。  
同時に親指を、その前方の襞の中へと潜り込ませると、慎ましく隠れていた小さな  
突起に突き当たった。  
それを押し潰すように親指で捏ねて刺激すると、面白いようにキョーコの身体が浮き上がる。  
「あっ…、あぁんっ、ダメ…っ!」  
「…何が駄目なの?」  
突き上げる人差し指が徐々に滑らかに動き始め、蓮は指を二本、三本と増やしていく。  
その間も親指での愛撫を休めることはなかった。  
その場所の狭さから考えて、恐らく初めに違いないキョーコの身体はだがひどく素直に  
蓮の愛撫に馴染んで、白い肌が薔薇色に上気する。  
元から感じやすい性質なのだろうキョーコは、もしかして相手が自分ではなくても、ここまで  
感じて見せるのだろうか。  
 
自分勝手な嫉妬だと解っていても、今の蓮にそれを止める手立てはなかった。  
キョーコの中から指を抜き、手早く自分のズボンの前立てを寛げると、既に熱く  
力を蓄えている分身を取り出す。  
キョーコの左足を腕に抱えて立ち上がると、不安定な体勢にキョーコの身体が  
ゆらりと傾いだ。  
だが蓮の強靭な腕は難なくキョーコの身体を支えて、再び真正面から、ドアに  
押し付けるようにして身体を重ね合わせた。  
快感に濡れた、震える視線でキョーコが蓮を仰ぎ見る。どこか許しを請うような  
その視線に、蓮は薄く笑ってみせた。  
「…まだ当ててるだけだよ」  
「…だって…こんな…こんなの、ダメなのに…!」  
「だからどうして?」  
自身を押し当てているその場所は、淫らに濡れて蠢いている。  
 
───こんなに君だって、欲しがっているくせに。  
 
「ん…あ、あぁ…っ!」  
元から無理のある体勢に、初めてのキョーコの身体は悲鳴を上げた。  
いくら慣らしたとは言え、少々規格外れの感のある蓮の分身を、そう簡単に  
受け入れられるはずもないのだ。  
だが一番太い先端を飲み込むと、後はタイミングの問題だけだった。  
蓮はキョーコの呼吸に合わせるようにして、ゆっくり腰を押し進めてすべてを  
キョーコの中へと収めきる。  
「っ、はぁ…っ」  
「…大丈夫?」  
受け入れるキョーコの負担は勿論だが、蓮の方でもかなりのきつさだ。  
それでも強く絡みついてくるキョーコの締めつけはひどく甘美で、蓮に目眩のような  
快感を齎した。  
しばらくはそのまま、キョーコが落ち着くのを待つ。  
 
自分たちの身体が、一部の隙間もないままぴたりと重なり合っていることに、蓮は  
深い感慨を覚えた。  
ずっと気がつかないふりを続けてきたけれど、本当はずっとこうしたかった。  
キョーコのすべてを余すことなく手に入れて、自分だけが許される場所に、自分だけが  
刻める傷痕を残したかった。  
どこまでも深い傷痕を。  
 
やがて自身を収めた場所が、ほんの僅か綻んだのを感じて、蓮はゆったりと  
腰を突き上げる。  
「ん…っ、あ、あぁっ…!」  
その刺激に、仰け反るように頭を逸らせて、キョーコは眉根を寄せた。  
まだ、痛みが勝ち過ぎている行為かもしれないが、素直なキョーコの身体は  
すぐに快感を拾い出すようになるだろう。  
今、覚えたての「男」に、キョーコの内部が次々に泉を溢れさせているのと同じように。  
 
引いて、突き上げる蓮の動きに連動して、淫らな水音が高い天井に響く。  
抱え上げたキョーコの脚をもっと大胆に広げさせて、蓮は更に奥深くまでを極めるように、  
キョーコの内部を穿った。  
「あ、あぁん…っ!」  
最初は、もう抜くこともできないんじゃないかと思うくらいに締めつけてきたキョーコの中は、  
今はもう程よく蕩けていて、擦れ合う快感に気が遠くなりそうだった。  
抉るように角度を変えて腰を突き入れると、きゅっと絞り込むように強く絡みついてくる。  
「…っ!」  
キョーコの耳許を掠めるように、蓮の唇から熱い吐息が零れた。  
蓮からの突き上げに揺れる視界に必死に目を凝らすと、端整な蓮の顔がひどく色っぽく  
歪んでいた。深い快感を耐えるように、強く顰められたその瞳と視線が合う。  
 
絡んだ視線に一瞬蓮の動きが止んで、だが次には再び強い突き上げが始まった。  
今度は互いの快感を極めるための深くて早いピッチに、キョーコは必死に縋りつく。  
「あっ、あぁんっ、…ぁんっ、敦賀さ…っ… もう、もうダメ…!」  
「……キョーコ…!」  
いきなり耳許で名前を呼ばれて、キョーコは身体だけでなく鼓膜からも侵されたような  
錯覚に陥った。  
瞬間身を固くしたキョーコの奥に無理矢理分け入って、蓮は限界までに膨れ上がった  
自分の分身を、キョーコの中で激しく解き放った。  
ビクビクと自然に腰が揺れてしまう放出を、こんなに気持ちがいいものだと蓮は今まで  
一度も感じたことはなかった。  
最後のその一滴まで、まるで所有権を表すかのように、キョーコの内部にたっぷりと撒き散らす。  
 
「あれ…?れ、蓮…!?」  
「え…?ああ、社さん」  
「お前…一人!?」  
「そうですけど…何故ですか?」  
少し焦ったような表情の社に、蓮は素知らぬふりで目を向けた。  
「え…いや…。お前全然戻ってこないし、俺はてっきり不破からキョーコちゃんを奪い返して  
戻ってくるもんだと思ってたんだよ」  
「あれ、最上さんまだ戻ってきてないんですか?」  
「じゃないだろぉおおおお!」  
瞬間、まるで般若のような顔つきになった社を尻目に、蓮は進行中の撮影風景を眺める。  
「今日も緒方監督のダメ出しは健在のようですね。まだまだ俺と最上さんの出番までは  
時間がかかりそうですから、もうしばらくは様子を見に行く必要もないんじゃないですか?」  
そう言って持っていた台本を開いた蓮を見て、社はひどく不満気にブツブツと呟いた。  
「お前本当にクールだな。呆れるのを通り越して、尊敬に値するよ」  
 
その時、蓮の表情が妖しく翳ったのを、社はまったく気づかずにいた。  
 
 
先刻の嵐のような蹂躙の後、蓮はキョーコの服装を整えると、楽屋までその身体を  
抱き上げて運んだ。  
誰に見られても構わなかったが、結局はスタッフに見つかることもなく辿り着いた  
そこで、蓮はキョーコの身体に残る自分の残滓の後始末をした。  
嫌がって逃げようとする身体を簡単に抑えつけて、広げさせた両脚の奥を、長い指で  
ゆったりと掻き出したのだ。  
あとはタオルを濡らし、キョーコの全身を隈なく拭った。  
 
「…もしものことがあったら責任は取るよ」  
「えっ…」  
羞恥に染まったままの頬を驚いたように上げて、キョーコは蓮の言葉の意味を正確に悟った。  
「だ、大丈夫です。私ピル飲んでますから」  
「…へぇ?そうなんだ」  
瞬間冷やりと下がった蓮の言葉の温度に、キョーコは慌てたように付け足す。  
「誤解しないで下さい!別に避妊目的じゃなくたって、女性はピルを飲む場合だってあるんです」  
「そう。…じゃあまたこうやって、俺と過ごしてくれるのかな」  
その言葉に、何かを言い返そうとしたキョーコの唇をすばやく塞いで、蓮はその返答をわざと遮った。  
絡めた舌で深くまでたっぷり貪って───これで済し崩し的に了承させたことにする。  
「…撮影が近づいたら呼びに来てあげるよ。それまで少し、休んでいた方がいい」  
「敦賀さん…」  
「嘉月と未緒の対決シーンだからね。…君がどんな風に俺と向き合ってくれるのか、楽しみにしてるよ」  
 
蓮の中の堰は切れてしまった。  
溢れる気持ちが決壊したら、自分の感情も行動もコントロールできる自信はなかったから、だから  
どうにかして抑えようとしていた。  
それは確かな決心だったはずなのに。  
キョーコを楽屋に残し、出て行こうとした蓮は背中を向けたままキョーコに向かって呟いた。  
 
「…切らせたのは君だ」  
「えっ…?」  
君とアイツだ。  
だがきっかけは何であっても、こうなった以上はアイツに君を譲る気はひとつもない。  
不破が負わせた以上の傷を君に残して、そうしてすべて手に入れて見せる。  
この想いは、もう誰にも止められはしないから。  
 

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