この匂い、知ってる……。  
どこかで……――。  
 
凶暴なまでの快感に飲み込まれる寸前で、キョーコは突如懐かしさに襲われた。  
その名前を口にできたのかどうか、キョーコの意識が遠のく。  
優しい匂い。安心できる温もり。  
 
敦賀さん……。  
 
 
 
レイノからキョーコを引き剥がし、救出した蓮は、  
キョーコを抱きかかえてテルへ戻ろうとしていた。  
端から見れば異様な光景だったが、今の蓮にそんなことを気にする余裕はなかった。  
 
嫌な予感は当たった……。  
 
キョーコの身体の、あろうことか最も敏感な部分に、  
どこの馬の骨とも知らない野郎が触れたとなれば、  
正気でいられるはずがない。  
腕の中で眠るキョーコを、できることならすぐにでも自分のものにしてしまいたかった。  
他の誰かのものになってしまう前に。  
 
ちょうどその頃、同じくらい心穏やかでない男が一人林に向かって歩いていた。  
 
月明かりの下、欲望のままに無茶苦茶なセックスをした。  
そうせずにはいられなかった。  
どんなに自我で抑えようとしても、次々に溢れ出てくる。  
キョーコは自分のものだという、独占欲。  
そんなもので、キョーコを必死に繋ぎ止めようとした自分に吐き気がする。  
まだ自分の気持ちに気づけない。  
だけど再びキョーコを求めて、尚は林に向かっていた。  
 
林までもう少しの遊歩道で、二人の男ははち合わせた。  
 
蓮は、尚がキョーコに会いたくて林へ向かおうとしているのだと悟り、  
尚は、悔しくも抱かれたい男No.1がキョーコをかかえていることに苛立ちを覚えた。  
 
「……何か?」  
重い空気の中、最初に口を開いたのは蓮だった。  
有無を言わさず相手を圧倒するような、ドスのきいた声だった。  
「……アンタこそ、随分似合わねーもん抱えてんじゃねぇか」  
負けじと、不適な笑みを浮かべて尚が応戦する。  
「あの大スター敦賀蓮が、そんな地味で色気のねー女のお守りなんて、  
不釣り合いすぎて笑っちまうな」  
「………。」  
「そいつは俺が預かってやるよ、一応そんなでも俺の幼なじみだしな」  
とにかく蓮とキョーコを引き離したかった尚は、  
普段なら反吐が出そうなお世辞を並べてキョーコを引き受けようとした。  
そうだ、俺は嫌だけど仕方なくキョーコを引き受けるんだ。  
そんなことを自分に言い聞かせながら。  
だが蓮の返答は期待したものではなかった。  
 
「断る」  
「……んだと?」  
 
暗くなり始めた軽井沢の空の下、  
一触即発の空気が流れた。  
 
睨みつける尚を無視して、蓮は再び歩き出した。  
「なっ……待てよ!テメェどういうつもりだ!」  
「どういうもなにも、この子はちゃんと俺が介抱するから、君の出る幕はない」  
いつもならもう少しソフトな言い方ができただろう。  
だが、今の蓮にはそんな余裕がない。  
「……のやろう……!」  
同じように、尚の心にも沸々と湧き上がる感情があった。  
「そいつは……俺んだ……」  
整った顔立ちをぴくりと僅かに崩して、蓮が反応する。  
「……何だって?」  
「そいつは、俺のもんだ!そいつに触れんのも、抱けるのも、俺だけなんだよ!」  
 
――しん……。  
 
尚自身驚くほど大声でそう言い放つと、しばらく静寂が流れた。  
 
「……お前に、そんなことを言う資格があるのか?」  
「……!」  
やっと口を開いた蓮の台詞に、尚は言葉を失った。  
「性格まで変わるほどこの子を傷つけ、捨てたお前に」  
その内容に反論できなかったわけではない。  
尚はキョーコを好きに扱えるのは当然だと思っていた。  
だから今でもキョーコに罪悪感なんてこれっぽっちも感じていないし、もちろん資格云々を問われる筋合いもない。  
ただ、敦賀蓮がそこまで頑なに、キョーコを守ろうとしているという事実が、尚を黙らせてしまった。  
 
尚の横を、蓮とキョーコが通り過ぎる。  
「なんでだよ……芸能界一のアンタには、最高の彼女がいるはずだろ……なんでキョーコなんだよ……」  
誰に問うでもなく、尚が呟いた。  
「最高の彼女……ね……」  
腕の中に眠るキョーコを見つめて、蓮が呟く。  
「なるほど、ぴったりの言葉だ」  
 
 
目覚めると、キョーコは暖かい布団の中にいた。  
いつの間にホテルへ戻ってきたのだろう。  
現状を飲み込めず、とにかく身体を起こして部屋を見渡してみる。  
やはり宿泊しているホテルの一室のようだが、キョーコの部屋とは少し様子が違った。  
相部屋だったはずなのにベッドは一つしかないし、部屋の作りも真逆になっているような……。  
「ひっ!!」  
壁際に人影を見つけて、思わず悲鳴を上げてしまった。  
あまりにも気配がなかったのと、その表情が身震いするほど険しいものだったからだ。  
「つ……敦賀さん……?」  
「……起きたね」  
キョーコが恐る恐る名前を呼ぶと、蓮はルームチェアから腰を上げてベッドの傍までやってきた。  
「気分はどう?」  
そっとベッドに腰を下ろして、キョーコをのぞき込むように蓮が尋ねた。  
ベッドの沈む感触が、キョーコを少し緊張させた。  
「は……はぁ。なんか、頭がぼうっとします……」  
「そう……気を失う前のこと、覚えてる?」  
「気を失う? ……あっ」  
やっと林でビーグールと出会い、そこでの出来事を思い出して、キョーコは一気に赤面した。  
「つつつ敦賀さんが助けてくださったんですか?あありがとうございました」  
本当に寸前のところで助けられたことを思い出し、心から安堵する。  
同時に、あんな姿を蓮に見られたという事で……恥ずかしくて目を見ることができない。  
 
「全く……女の子なんだから、不用意にあんな場所へ行くものじゃないよ。  
俺が見つけなかったらどうなっていたことか」  
蓮の台詞を、キョーコは笑うに笑えない。  
今日は危機一髪助かったものの、昨晩のこともあったというのに、迂闊な自分の行動を悔いた。  
「すみませんでした……本当に、ありがとうございます」  
「分かればよろしい。……そうだ、身体、気持ち悪くない?」  
「え……は、はぁ……」  
なんだかよく分からない質問に、キョーコは曖昧な返事を返した。  
「身体、触られて気持ち悪いでしょ。シャワー浴びた方がいいよ」  
そう言われてみると、得体の知れない男に隅々まで触られた感触を思い出してしまい  
全身に鳥肌が立つような気色悪さを感じた。  
「あ、そ……そうですね。じゃあ自分の部屋に戻って……」  
言いながら、ベッドを抜け出そうとするキョーコの腕を捕まえて、蓮が言う。  
「いや、ここで入っていきなよ」  
「はっ?」  
突然腕を捕まれたのと、思いも寄らない台詞にキョーコは間抜けな返事をした。  
「な、なに言ってるんですか敦賀さ……」  
「そうしないと、俺の気が済まない」  
ふわっとキョーコを持ち上げると、蓮はそのまま備え付けのバスルームに向かった。  
 
「つっ……敦賀さん!何するんですか!下ろしてください!」  
「だめ」  
キョーコは必死でばたばたともがいて蓮の腕から抜け出そうとしたが、  
そんなに強い力ではないのに蓮の腕はびくともしなかった。  
「敦賀さんったら!ふざけないでくださ……」  
「ふざけてなんかないよ」  
真剣な口調に、キョーコはそれ以上何も言えないままバスルームへ連れて行かれた。  
鼓動が高鳴ってゆく。蓮の体温が生々しい。  
そっとシャワーの下に身体を下ろされて、顔を上げた蓮と目が合った。  
辛いような、怒っているような、泣いているような……いろんな感情を押し止めている目だった。  
「敦賀さん……」  
「誰も君に触れて欲しくないと思う……こんな気持ち初めてなんだ」  
蓮はゆっくりと、キョーコの服を脱がしていった。  
 
「敦賀さん……それって……」  
キョーコは強く抵抗できずに、流されるまま服を脱がされていく。  
「や……敦賀さ……」  
下着にかけられた蓮の手を押さえて、これ以上はと止めようとしたが、  
優しくその手をどかされ結局下着もはぎ取られてしまった。  
誰もが虜になる芸能界一の男前を前に、  
生まれたままの姿でいる自分が恥ずかしさで消えてしまいそうになる。  
「キョーコちゃん……かわいいよ」  
「え……?」  
いつか呼ばれたその名前を聞き返してみたが、蓮はお構いなしにキョーコの頬にそっと触れた。  
身体が震える。恐怖などでは、決してなく。  
「あの男はどこに触れた? 唇?」  
言いながら、蓮はそっとキョーコに口づける。  
柔らかい唇の感触を縫って、生暖かいものがキョーコの口に侵入してきた。  
 
「ふっ……ん」  
「それとも首筋?」  
唇から離れそのまま首筋を舌でそっとなぞると、キョーコの身体がびくびくと反応した。  
「はぁ……んんっ」  
首筋から胸元へと蓮の舌が滑っていく。  
胸を隠していたキョーコの手をそっと引き剥がすと、  
そこには昨晩尚が無茶苦茶につけた跡が残っていた。  
「あ……」  
それを見て蓮が固まってしまったのに気づき、慌てて再び隠す。  
何故かキョーコの胸は罪悪感でいっぱいになった。  
 
突然、蓮がシャワーの蛇口を捻った。  
「ひゃっ」  
お湯になる前の冷たい水が、二人に降り注ぐ。  
やがて水は温かい湯に変わった。  
蓮の着ていた白いシャツは、びしょ濡れになって肌に張り付いていた。  
「敦賀さん……?」  
無言のまま、表情さえ窺い知ることができず、キョーコは半ば泣きそうになりながら蓮の名前を呼んだ。  
 
嫌われたかもしれない……。  
嫌われたくなかった……。  
そうか……私……。  
 
キョーコは手遅れかもしれない状況になって、やっと自分の気持ちに気づいた。  
 
「ごめん……」  
ぽつりと、蓮が言った。  
「え……?」  
その言葉の真意を図りかねて、キョーコが聞き返した。  
「もう、抑えられない」  
「つるがさ……!」  
その言葉をきっかけに、蓮の愛撫は突然激しくなった。  
胸のキスマークを痛いほど吸い上げられ、キョーコは悲鳴を上げた。  
そのまま蓮の唇は下腹部へ下がり、  
とうとう太股を割ってそこに到達する。  
「あはぁっ……はぁぁんっ」  
かぶりつくように吸われ、声が上がるのを堪えられない。  
そこにある何かを必死で取り除こうとするように、  
蓮は離れようとはしなかった。  
「つ……るがさん……はぁんっ!……も……やめっ」  
「もう少し……我慢して」  
ざらついた舌が身体の真ん中で激しく動き回る。  
キョーコはびくびくと身体を震わせながらその快感に支配されていった。  
 
「はぁぁぁっ!だめ、だめぇ!」  
あっという間に昇りつめようとするキョーコの身体を、それでも蓮は離そうとしなかった。  
「はぁ……だめ……もう……あぁぁっ!許して……んっ!」  
頭が真っ白になるほど責められて、キョーコは蓮に訴えるような眼差しを送った。  
その視線を受け取ると、蓮は蕾から唇を離し、そっと身体を起こした。  
 
「つるが……さん……」  
シャワーで濡れた髪、肌を滑り落ちる水滴、切なげな眼差し。  
たまらなく妖艶な蓮の身体を、キョーコはぼんやり見上げていた。  
「最上さん……いい……?」  
「……はい……私、敦賀さんなら……」  
キョーコの言葉に、蓮は少し微笑んで、そっと唇にキスを落とした。  
 
「好きだよ……すごく。  
信じてくれないかもしれないけど、こんなに誰かを好きになったのは初めてなんだ」  
戸惑いを含んだ様子で、キョーコの頬をなでながら、蓮が言った。  
「……知ってます」  
言いながらイタズラっぽく笑うキョーコに、蓮は驚いた顔をする。  
「私、敦賀さんに話したいことがたくさんあるんです」  
「……なるほど。じゃあ、その話は後でゆっくり」  
キョーコに合わせて微笑みながら、耳元に優しくキスして呟く。  
「入れるよ……力を抜いて」  
「はい……んっ」  
潤ったそこに蓮の硬いものを当てられて、キョーコから思わず声が漏れる。  
やがてそれはゆっくりキョーコの中に入っていき、キョーコもそれを優しく受け入れた。  
「ん……あぁぁっ!はぁ……っ」  
「好きだよ……キョーコちゃん」  
ゆっくり、優しく、その感触を確かめるように、蓮の身体が動き出す。  
「敦賀さん……はぁっ!あぁぁっ!私も……んっ!私も好きです……」  
だんだんと激しくなる動きに、キョーコの声も高まっていく。  
「敦賀さん……!」  
「キョーコちゃん……っ」  
繋がれたまま、二人はもう一度キスをした。  
 
尚に裏切られてから、キョーコはずっと誰かを好きになるなんて馬鹿馬鹿しいと思っていた。  
身も心も捧げても、報われることなどありはしないと。  
 
だけど、敦賀さんとなら……。  
 
幸せで、愛しくて、思いが溢れ出す。  
欠けてしまった何かが埋まる思いに、キョーコは身を委ねた。  
 

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