ディズニーって、所詮作り物だと思う。  
 
キョーコが、そうしみじみ思ったのは、ホテルを出て、蓮に送ってもらう車の中。  
それを承知で楽しめていたら良かったのだが、キョーコ自身は全く解っていなかったのをまざまざと身で感じていた。  
流れていく夢の景色は、新しい今日の夢を期待する人々であふれて偽物の虹色で輝いている。  
でも、あそこにいる人達は自分なんかと比較にならないほど、現実的で強い。  
キョーコは、ぼんやりとそう思い、果てしなく鬱だった。  
 
結局チェックアウトは10時をまわってしまった。  
学校まで送ると言う蓮に、その時間一緒にいることをキョーコは望んだ。  
甘くて、幸せな一時だった。  
だけど、あんまり短すぎると2人は感じた。  
部屋を出、エレベーターに乗り、車に乗り込んでからも、殆ど2人とも口をきかなかった。  
黙って指を絡めあっていただけだった。  
 
初めての経験は、キョーコに想像以上の疲労をもたらした。  
学校は多分休んでしまうだろう。  
キョーコはとにかく、だるま屋の部屋に早く戻って横になりたかった。  
だが、この瞬間が流れてそこまで行き着いてしまうことが、とても憂鬱で仕方が無かった。  
 
「・・・ついたよ」  
 
蓮が言った。  
乗換駅にほど近い、線路脇の細い道で車は停まった。  
ほとんど人も車も通行はなかった。  
 
「こんなところで、ごめんよ。・・・夜電話するよ」  
アイドリングを止めて、蓮がキョーコの髪をなでる。  
「仕事が多分遅くなるので・・・携帯出られないかもしれないです」  
暖かい手に頬を預けながらも、眼を合わせずにキョーコは言った。  
「何時ごろ終わる?」  
「さあ・・9時・・・すぎると思います」  
「帰った頃に電話する」  
 
蓮の顔が近づいてきて、キョーコの頬に口付けた。  
すぐ眼を伏せるキョーコ。  
 
「・・どうした?何か怒ってる?」  
黙って首を振る。  
「何でもないです。ちょっと疲れただけ」  
「キョーコ」  
蓮が両手でキョーコの頬を挟み、上を向かせる。  
 
眼を合わせずにいたかったのだが、それも無理と眼をあげるキョーコ。  
 
自分を心配げに見る蓮の瞳の奥を見つめる。  
どうしてこの人の眼は、こんなに綺麗なんだろう・・と思った途端、キョーコの中で何かが決壊した。  
 
涙がぼたぼたと溢れて止まらなくなる。  
手を振り解いて、慌てて下を向く。  
涙はすべり、頬から離れて空を落ちていく。  
 
「キョーコ?・・・キョーコ?どうした?」  
蓮は心底驚いて、キョーコの両肩をゆすった。  
 
「何でもないんです・・・。ごめんなさい」  
しかし溢れるものは止まらず、両手を蓮へ伸ばし、そこにある身体にしがみついた。  
 
「どうして泣くんだ?・・・どうして」  
 
嗚咽が漏れ、ただ首を振って蓮に寄りかかるしか答える方法がなかった。  
表現できない悲しみが何か、キョーコにも全くわからなかった。  
蓮は、両腕でキョーコの身体を引き寄せ、力の限り抱きしめた。  
 
つい先ほど、この腕の中で女になった愛する娘が、弱く泣きじゃくっている。  
混乱しながらも、蓮は愛しさでたまらず強く抱く。  
短い時間で確かめ合った身体はその時のまま、柔らかく暖かかった。  
心は疼き、どうしたらこの子が泣き止んでくれるのか、そればかり考えていた。  
 
しばらく強く抱き合ったまま静粛が訪れる。  
何度目かの電車が車の傍らを通過していき、振動で車が静かに揺れた。  
 
「行かないで・・・」  
 
細い細い、消え入るような声でキョーコは喉の奥で言った。  
蓮には決して聞こえないように、と、そればかり願いながら。  
 
蓮のスタジオ入りまで、もう一刻の余裕もないのは解りきっていた。  
しかし言わないままでは、決して自分から手を離すことができない・・。  
何度も決心するものの、手を緩めた瞬間に涙が溢れてきてしまう、キョーコは自分の弱さを呪った。  
 
蓮にはキョーコの声は聞こえなかった。  
が、キョーコが何かを言ったのを感じ、腕に力をこめる。  
髪に顔をうずめ、息を吸った。  
ますます強く引き寄せ、背中を撫でる。  
2人の間に服があるのがもどかしかった。  
 
「9時過ぎにLMEだったよね・・・迎えに行くよ。待っていて」  
 
胸に顔をうずめて首をふるキョーコの頬にキスをした。  
涙を舌ですくいとる。  
 
「キョーコ・・・愛している、愛しているよ。泣かないで・・・。どこにも行かないで・・・」  
 
必死で蓮はそう言った。  
まぶたにキスをし、頬にすべり、また胸に抱きしめた。  
離したくない・・・このまま、どこかに行ってしまいたい。  
 
蓮の言葉を聴いて、キョーコは胸が熱くなり、ようやく彼の身体を押した。  
やっと2人の身体が離れ、蓮は彼女の肩甲骨を、キョーコは彼の首をそっと撫でる。  
 
「・・・大丈夫です。ありがとう・・・。帰ります」  
 
無理に笑い、そう言いながら、キョーコはまた一粒涙をこぼした。  
きりがない溢れるものに、キョーコはつい笑った。  
自分の我が儘が可笑しく、滑稽に感じた。  
蓮は切なくその瞳を見つめ、また胸に抱いて言う。  
 
「待っているから・・・」  
 
キョーコももう一度、蓮の首に両手をまわす。  
 
今日まで私は何を感じていたんだろう。  
確かにこの人が好きだったのは間違いないのに、ここまで渇望するほどの溢れる感情はなかった。  
これが現実?・・・本当の私・・・?  
この人に抱かれるというのは、こういうことだったの・・・。  
 
身体を離して、連を見た。  
蓮も、同様のものを感じているのに、キョーコは気がつかなかった。  
 
「はい・・・今夜。待ってます」  
ようやく、自然に笑うことが出来たキョーコだった。  
 
(続く)  

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