「うっわあぁっっ!敦賀さん、すっすごいですねこの部屋!まるで中世の王様のお部屋みたいです!」
最上キョーコとはテンパっていた。
今いるのはアンバ○ダーホテルスィートルームの一室。
今日はキョーコにとって初めてのデート、蓮とディ○ニーランドでナイトパレードを見に来ていた。
しかし、仕事終了後のほんの数時間だけの逢瀬のつもりだったキョーコなのだが、ランド閉園後ホテルリザーブを蓮に告げられて、そのままお姫様抱っこでさらわれてきてしまったのである。
「敦賀さんと前にああなってこうなって、で、今は一応周囲には内緒ながらも・・その、両思いってことなので、そりゃいつかは・・・とか思ってたけど・・・今?今日?今夜?」
キョーコもそれなりに、そうい妄想というか、初めての夜は甘いデートの後ホテルの一室でとか、色んなイメージを思い描いていたのだが。
まさしく今はまさしくそういうシチュエーションで、非のうちどころは、全く、ない、筈なのだが。
「それにしても・・・・こ、心の準備がっ・・・!!!」
最初は悪い冗談かと思っていたが本当に連れてこられてしまった・・・もう、ど、ど、ど、どうしよーって状態なのだ。
「入り口のミッ○ーとほうき可愛いっ。あっここにもミッ○ー、あっここにも!!」
蓮は部屋の鍵をかけると、やっと両腕にいたキョーコを開放した。
キョーコはもうまともに蓮の顔が見れず、キョロキョロと部屋の中をうろつき、わざと嬌声をあげては、夢で思い描いてたムードを自らぶちこわしまくっている。
蓮は彼女の反応は想像通りだったのか、特に動じることもなく、クローゼットに脱いだ上着をかけ、中にあったシャツをはおった。
「本当素敵ですっ!あっここの扉なんでしょう?次のお部屋っ???」
キョーコはわざとらしく大声で独り言を叫びながら、大きいドアをバタン、と開けた。
そして、一瞬固まって。
・・・無言で閉めた。
隣の部屋は、ベットルーム。
スタンドの灯りに、シックな壁紙と柔らかそうなカーテンが照らされている。
それにクィーンサイズのダブルベットが、すごく、すごくムーディで・・・。
キョーコの脳を一気に飽和状態にさせてしまった。
「最上さん?どうした?」
蓮が背後に近寄る。
キョーコ、ぎょっと我に返り、肩に手を置こうとするその腕からすごい勢いで離れ、壁に張り付いた。
「はっ・・・・っ・・・」
2人は一瞬固まってお互いを見つめあう。
「す、すいません・・。こ・れは、あまりに失礼な・・」
キョーコはすっかり動転し、フォローの言葉もでてこない。
蓮は、無表情でいたが、やがてゆっくりとキョーコに近づき、耳元に囁いた。
「・・・借りてきた、ネコ」
ニヤリと笑う。
「ううっ・・」
言葉のないキョーコに、蓮は
「すまないけど、ちょっと通してくれるかな?コンタクト外してくるよ」
と、そっと移動させると、ベットルームのドアをあけて奥へ入っていった。
しばらくして、水音がかすかに聞こえてくる。
どうやら寝室の向こうに、バスルームががあるようだった。
蓮の後ろ姿が見えなくなったのを確認したキョーコは、そっとそっと、誰にも聞こえないように深いため息をついた。
少し落ち着いてきて、やっとちゃんと部屋を見回す。
大きい応接セットに、ダイニングテーブル、ドレッサー、クローゼット、デスクとチェア、滅茶苦茶大きいテレビ、ふかふかの絨毯、観葉植物、テーブルの上には見事な深紅のバラ。
キョーコの想像も追いつかない豪華さに、壁紙や調度品は全部ミッ○ー柄。
と言って全然幼くも安っぽくも無い、シックでさりげない上品なデザイン・・・。
「・・・一泊いくら?」
貧乏性のキョーコはすごく心配になったが、恥ずかしくなって首をふる。
折角連れてきてもらったのに、聞くわけにもいかない。
閉まったカーテンに近づいて外を見ようとする。
が、カーテンは電動らしく開かなかった。
裾をめくってのぞいて見た。
眼下中庭の位置にプールがあり、誰もいない水面に灯りががキラキラ反射している。
建物の少し向こうにはライトアップされているシンデレラ城がぼんやりと見えた。
「何か飲む?」
蓮がいつの間にか戻ってきていて、冷蔵庫を開けてキョーコを見ていた。
「ミニバーもあるようだし、カクテルでも作ろうか?」
「あ、いえ、私は未成年ですので・・・じゃ、ウーロン茶お願いします」
「了解」
冷蔵庫を閉め、氷を入れたグラスにウーロン茶をつぎ、キョーコに渡す。
コロン、と鈴のような音がした。
蓮はバドワイザーを缶のままあおる。
「すいません、私がやるべきことを・・」
「どういたしまして。今最上さんにお願いしたらグラス割られちゃいそうだし」
キョーコは黙ってウーロン茶をひとくち、含んだ。
飲み込みにくく、苦労して何とか音を立てずに流し込む。
その時、自分の手が微妙に震えているのに気がついた。
情けなさそうな表情だったキョーコはそれを見るとますます崩れそうな顔をした。
蓮はキョーコの手に、そっと手を添えると
「・・・大丈夫だよ。すぐとって食いはしないから。何か食事しようか。頼んでおくから先にお風呂入っておいで」
と言った。
「いえっ・・・敦賀さん、お先に使ってください。お疲れでしょう?」
「いや、俺は後にするよ。これも落としたいから汚しちゃうし」
金髪の頭を指差しながら言う。
「それに、バラを散らしておいたよ。オイルもあるしし君の趣味と思ったけど、どうかな?」
「バラ風呂ですかっ・・・」
キョーコはぱっと顔をあげ、慌てて下を向いた。
「いえ、やはりお先に・・・」
とボソボソ言うが、肩に手をまわされベットルームへ促されてしまう。
仕方なくバスルームに向かうと
「あ、ちょっと待って。これ」
と、蓮はベットルームのサイドボードの上にあった包みをキョーコに渡した。
「なんですか?これ」
「それに着替えてね。アメニティのパジャマはいきなりは嫌だろう?」
大き目の箱にリボンのそれは、多分衣類だろうと連想させるブランドのロゴがあった。
き、着替え・・・なんだろう・・・まさか変なものじゃ?あーんなのとか、こーんなのとか、あーんなのとか・・・・。
見上げると、そこには優しそうに「ん?」と微笑みかける蓮がいる。
キョーコは何故かそれがすごく悔しくなり、恥ずかしさもあってか、つい暴言を吐いてしまった。
「・・・用意周到・・。敦賀さん、慣れすぎています」
「・・・・はっ??」
蓮は思っても見なかった攻撃に、豆鉄砲をくらったハトのように驚いた。
キョーコは、その瞬間自分の失態に気がついたが、時既に遅し。
冷気が周りを包む。
キュラキュラキュラ・・・・。
慌てて謝ろうとしたが、その痛いまでのまぶしい笑顔にキョーコは真っ青になった。
蓮の顔が迫る。
「それは、どういう意味かな・・・???」
ひぃぃぃぃっ!!!!
「すいませんすいませんすいませんっ私が悪うございましたっ!!お風呂お先にいただきますううううっっっ!!!」
キョーコは大パニックになり、慌てて包みをかきいだいてバスルームに避難し、バターン!と大きい音を立てて逃げ去った。
「こ・・・恐かった・・」
キョーコはしばらくゼイゼイと肩で息をしながら、呆然としていた。
自分だけオドオドして、蓮が余裕たっぷりだったのが、悔しかっただけなのだ。
「敦賀さんだけリード万全で・・・私全然ついていけなくて。もう少し私も、ちゃんとスマートな態度とれたらいいのに・・・」
しかし確かに失敗だった。
「せっかく用意してくれているのに、あんな風に言わなくても・・・。後でちゃんと謝ろう」
のろのろと考えて、やっとバスルームに向かう。
包みを置いて、服を脱ぎ、ドアを開けると。
大きいバスタブに真っ赤なバラの花びらが綺麗に咲いている。
素敵な香りに、横に配置されたミッ○ーのバスセットも、キョーコのツボだった。
「・・・なんであの人、ここまで私の好みがわかるんだろう・・」
キョーコは包みに目をやり、お風呂の前にと、がさがさと開けてみた。
出てきたもの。
ピンクのツィードのストラップドレス、裾はアシメ、フロントはレースでできたリボンとバラ、ショール、そして同じレースリボンのついたミュール。
驚いたことに、サイズは全部あっている。
キョーコは絶句しながら、さっきしたた反省もすっかり吹き飛び・・・同じ言葉をまたつぶやいてしまった。
「つ・・・敦賀さん・・・・慣れすぎています・・・」
「慣れ・・・・て、いるわけない、だろう・・・・」
キョーコにすごい形相で逃げられた後、蓮はしばらく呆然とし、ポツリとつぶやいた。
「・・・そんなわけないだろう。こんな気持ちで女性と向き合うのは、初めてなんだよ・・・」
昔の話だって、あの頃はそんなに経済的に余裕なかったし、積極的なのは相手だしで、こんな演出は全くと言っていいほど、経験ない。
「ったくもう・・・あの娘は・・・っ!!」
大仰にため息をつき、蓮は、ダブルベットの上で仰向けになる。
彼女が喜ぶと思ったから、ああだこうだと考え、社さんの一人で盛り上がりまくる余計なアドバイスも一応耳を傾け、
全然興味ないホテルをリサーチし、更に事務所でさりげなくサイズを調べ、いつも頼むブランドの店長に相談して店を紹介してもらい・・・。
それはそれは精神的にかなり大変だったのだ。
確かに、ちょっとやりすぎかもしれない、とは思っていた。
でも、きっと魔法の国に棲む彼女のことだから、こんなシチュエーションを夢見ていたに違いない。
できるならそれは望むとおりにしてやりたいと思う。
・・・多分、すべて最初のこと、なんだろうから。
蓮はしばらく、ぼんやり天井を見上げていたが、そこの模様に何かを見つけ、ポツリとつぶやいた。
「あ・・ミッ○ー・・・だ・・・」
しばらく黙っていたが、ふいにおかしくなって噴出してしまう。
最上さんとミッ○ーは、似ている。
全然似ていないけど、似ている。
無理なこじつけだと思ったが、妙にそれがおかしく、しばらく声を殺して笑った。
そして起き上がり、隣の部屋へ行った。
「姫の為にはどんなことでも。道化となりながらも、徹底させていただきましょう」
受話器をとり、ルームサービスのメニューを見ながら、また少し声を出して笑った蓮であった。
キョーコは折角のバラ風呂も心底堪能できず、でも時間だけはたっぷりかかってやっとバスルームを出た。
ドレスも・・・一応、着てみた。
やっぱり、こういうドレスってキョーコの憧れであったからだ。
鏡の中のキョーコは、我ながら驚くほど可愛くなっていた。
お湯で温まった身体もほんのりピンクで、ドレスの色によく馴染んでいた。
頬を染めて、キョーコは彼の為にルージュを薄くひいた。
が、それは気に入らなかったらしく、ティッシュでふき取り、別の色に変えて塗りなおした。
「・・・敦賀さん、お風呂お先にいただきました・・・」
おそるおそるリビングに戻ると、室内に音楽が流れていた。
ワルツ?だろうか。
蓮はチェアに腰掛け、台本を読んでいた。
眼をあげた蓮は、少し驚いた顔をして立ち上がり、キョーコに近づいていく。
「とても似合うよ。綺麗だ」
「ありがとうございます。こんな素敵なドレス、もったいないです・・・」
「いや、どういう服が一番か迷ったんだけど、これにして良かった。そして、これで、お姫様完成」
キョーコの手をそっととると、蓮はその指にリングをすべらせた。
シルバーのファッションリング。
「こ、これは・・・!」
さすがに真っ青になるキョーコに「これはエンゲージリングじゃないよ」と、からかうように笑う。
極上の天使スマイルでキョーコをそっと抱き寄せ、頬に軽くキスした。
「バラの香りがする」
「はい。とても気持ち良かったです。ありがとうございます」
キョーコは耳まで赤くなっている。
「ありがとうございます」
少し体重を蓮に預けて、聞こえないようにもう一度そう言った。
蓮はキョーコから身体を離して、そのまま隣の部屋に向かう。
「ごめん、すぐシャワー使ってくるから。さっきルームサービス頼んだので、もし先に来てしまったらよろしく」
「あ、わかりました」
また部屋に一人になってしまい、キョーコは気が抜けた。
ぼーっと指に光るリングを見つめる。
スィートルームにドレスにリング。
本当は・・・
「つっ、敦賀さん!!私なんかの為に、いったい一晩でいくら散財するおつもりですかっ!ダメです、こんなものいただけませんっっ!」
声を大にして叫びたかった。
でも言わなかった。
自分にはとても分不相応なのはわかっているのだが、やっぱり彼の気持ちはとても嬉しかったのだ。
ミッ○ーの数でも数えるかな・・・。
キョーコは部屋を見回して思った。
湯船で心構えを持ったはずだったのに、やっぱりまだまだ落ち着かないのである。
蓮が急いでシャワーを終え、いつもの髪型、いつものコンタクト、シャツとジーンズに戻った時、ルームサービスはすでに来ていて、テーブルの上のスープの湯気は冷めかけていた。
先に食べていて良かったのにと言うと、キョーコは笑って、ミッ○ー数えていましたので。今82匹目なんです、と答えた。
蓮は冷えたシャンパンを出して、グラスについだ。
最初は遠慮したキョーコも、食前酒だから少しだけとすすめると、では少しだけ、と飲み干し、美味しいですねと言った。
スタンドの間接照明とカーテン、テーブルの上はクロスとキャンドル、そして音楽。
蓮は白ワイン、彼女はシャンパンで乾杯。
前菜も魚料理も、デザートのアラモードも、キョーコは一つ一つを楽しんだ。
「美味しいです」
アルコールが程よく効いてきたのだろう。
コロコロと笑い、魚の種類の話から始まり、ハンバーグになり、何故かハンバーガーパテとハンバーグの相違の話になり、蓮の食生活についてこんこんと説教を続け、ランドのコーラの味から、突然お姫様の話になり・・・。
そして蓮の気がつかない間にシャンパンを1本あけてしまっていた。
ずっとキョーコの話ばかりだったが、蓮もリラックスして笑わせてもらったり、楽しい食事であった。
不思議な子だ。
蓮は思った。
幼い頃のままも多々あり、ピュアでダークな面もあると思えば、プロ根性はへたな大人以上のもの。
そのギャップが面白く、戸惑いもあるが、魅力的に思うことも多かった。
しかし。
今夜はこのままでもいいか・・・。
入室した時のキョーコのの落ち着きのなさといい、彼女の意思を確認せず無理無理連れてきてしまったことを、実は少し後悔していた。
本当にお互いが望んだ時に。
キョーコのドレス姿を見た時にその考えは一度吹き飛んでしまったのだが、この安らぎでまた迷いはじめた。
やはりこの子はまだ16なのだ。
年齢相応の16の女の子。
「敦賀さん、そのワイン一口いただけませんか?」
ワゴンに食器を片付けたキョーコは、蓮にお願いした。
「お子様はダメ」
「お子様じゃありませんよっ」
キョーコは頬をふくらませ、怒ったりすねたり、泣き落としにかかったりした。
くるくる変わる表情は見飽きないが、酔いが回ってきだしたのかもしれない。
「ちょっと飲みすぎたようだね。コーヒーでもどうだ?」
蓮は立ち上がって、さりげなくワインボトルを棚に戻し、代わりにカップをとりだす。
「あ、隠しましたね。ワイン」
キョーコは蓮の隣に行くと、棚に手をのばした。
「こらこら、止めなさい。明日も仕事だろう」
「明日は学校で、お仕事は夕方からなので、いいんです」
「よくないじゃないか。酒くさい息して学校にいくのか?」
「じゃあサボりますからいいんです」
「何言ってるんだ」
苦笑しながら伸ばす手をつかむ。
すると、突然キョーコはぐにゃりとなって、蓮の身体にもたれかかって来た。
「・・っ。大丈夫か?」
突然腕に落ちてきた柔らかい身体に動揺しながら、蓮はキョーコを抱き起こした。
「すいません。靴を踏み外してしまいました」
「ヒールが少し高かったかな」
「いえいえ。私がこういうのに慣れていないのがダメなんです・・」
キョーコは、蓮を見上げてほほえんだ。
「・・・」
「敦賀さん」
肩をつかんだ蓮の手をとり、その手に頬をあずけて名前を呼ぶ。
「さっきはごめんなさい・・・。慣れているなんて言って。まだ怒ってますか?」
「・・・怒ってないよ。全然」
キョーコは噴出す。
「うっそ。さっきは怒ってました」
「怒ってないよ」
「怒ってました。私わかるんです。敦賀さんが怒ったら、それはもうこの世にない、恐ろしいくらいに美しい笑顔をなさるんです」
「怒ってないって。ほらコーヒー入れるから座って」
「やです」
「君は絡み上戸か」
「怒りましたか?」
「・・・怒ってないって」
キョーコはぱあっと笑い、蓮にしがみついた。
さっき蓮の胸のうちで決心した『今日は何もしない云々』は、また粉々に砕け散りそうになっていた。
潤んだ瞳も、紅潮した頬も、あまりにも艶っぽく、逆に蓮の方がギクシャクしてしまう。
下手に『今日は』などと考えずにいれば。
ムードも高まり準備OK、大変好ましい状況なのであるが、紳士でいようと言う、しょうもない墓穴をほったが為に、形勢は逆転していた。
「気持ちいいです。敦賀さん」
キョーコは腰にぎゅうっと抱きついて、猫のように擦り擦りする。
そそ、私は借りてきたネコなのです。ネコは甘えても良いものなのです。ふにゃあ
酔いで恥ずかしさを誤魔化して、キョーコはやっと蓮の腕の中に飛び込むことができたのだ。
蓮がキョーコの身体を抱き上げる。
キョーコは何か言おうとしたが、数歩運ばれただけで、すぐに降ろされてしまった。
降りた先はソファーの上。
ぼんやりしていると
「お水飲みなさい。飲ませすぎちゃって、ごめんよ」
と蓮が隣に座り、持ってきたミネラルをキョーコの手に持たせた。
キョーコは恥ずかしさで一気に酔いが覚めてしまった。
「い、いいえ、私こそすいません、こんなみっともなくなっちゃって・・」
飲まずにグラスを頬に当てる。
ヒヤリとした感触が気持ちいい。
「いや、俺が気をつけるべきだった。無理に飲ませてしまった」
優しい眼は、真剣にキョーコを気遣っていた。
キョーコは首をふった。
「いえ・・。私、こういうの初めてで、なんていうか、どうしたら全然わからなくて・・・。なのでお酒の力を借りようと思ったのです。そしたらもっと自然に・・・なれるかな、とか思って」
「君の気持ちを考えず、ここに連れてきてしまったね。せかしてしまってすまない」
「いえ、大丈夫です。それは・・・。私は、敦賀さんとなら・・」
と、言って後を続けるのが恥ずかしくて黙る。
髪をなぜていた大きな手が止まり、少しづつ、ゆっくりと耳まで降りてきた。
「俺となら・・・?」
「・・・敦賀さんとなら。ずっと一緒にいたいって。抱かれたいって、思ってました」
蓮は何かを言おうとしたが、喉の奥でからまって出てこなかった。
それは・・俺が言おうと思っていたことだよ・・。
「私、敦賀さんが好き、です。今日みたいにしてくれて、本当に嬉しかったんです。ありがとうございます・・」
指がキョーコの顎にすべり、そっと、持ち上げた。
蓮の唇が、キョーコに近づく。
そっと触れるだけのキスは、長い時間をかけてだんだん深く、そして熱くなった。
キョーコを引き寄せた腕は、そこに閉じ込めた身体があまりに熱いのを確かめて、狂った。
甘い匂いが吐息から、唇から、髪から、意識にからみつく。
肩のショールがさらり、と音をたてて床に落ちた。
反射的に胸元をおさえたキョーコの手を、そこからどかせ指を絡ませ口に含んだ。
唇は離れず、胸元から鎖骨にすべり、何度も何度もついばむ。
優しくて、熱くて、せつない口付け。
「んっ・・敦賀さん・・・」
「キョーコ・・・」
気がつけばキョーコはソファーの上に横にさせられていた。
あつい胸はキョーコにかぶさり、首筋や耳に唇が這い回る。
肩のストラップがそっと外された。
ドレスはそのまま、手は上から背中や腰をなで、更にさがって脚に触れる。
蓮は身体を起こして、キョーコのミュールを脱がせた。
そしてキョーコを抱き上げ、ベットルームへと連れて行った。
シーツの上に降ろされ、シャツを脱いだ蓮が再びかぶさってくる。
キョーコはこれから起こることを思い、蓮の首に手をまわし耳の下に鼻を押し付けた。
早鐘をうつ鼓動はキョーコのものか、蓮のものか。
キョーコにはわからなかったが、蓮は2人とも同じリズムでお互いを揺らしているようだと思った。
髪をかきあげられ、数えられないほどのキスがキョーコを煽る。
身体は蓮の手のままに反応し、微かに動く。
あったかい・・・。
蓮を抱きしめながらキョーコはとても満たされていた。
蓮の腕に、心底に安心して身をまかせた。
キョーコは夢見るような心地で、蓮の耳にそっとつぶやいた。
「・・・キョーコ?キョーコ?・・・・・最上・・・さん?・・・」
蓮は何度か小声でキョーコを呼んだ。
「スキ・・・」と聞き取れないくらいの声を聞いた後、反応が徐々に薄くなり・・・、そして今
はまったく動かなくなってしまったのだ。
・・・・・。
彼女は、眠っていた・・・。
「は、はあああ????」
蓮はしばらく開いた口がふさがらなかった・・・。
どうして眠るんだ?
というか、どうして
こ の 状 況 で 眠 れ る ん だ ? ? ? ? ? ? ?
シャンパンだ。
かなり酔っているとは思っていたが、失敗したとは思ってたが、ここまで弱かったとは。
「・・・・キョーコちゃん・・・」
蓮は、言い様のない怒りやら情けなさが交互に襲ってきて、激しくがっかりと肩を落とした。
『私どうしたらいいかわからなくて・・・』
さっき言っていたキョーコのせりふを思い出す。
「俺も・・・どうしたらいいのか、わかりません・・・」
身体を離して、しばらくキョーコを見つめ、深い深いため息をついた蓮であった。
キョーコは夢を見ていた。甘い甘い夢。
そばにいるのはキョーコの一番大切な人。
その人に抱かれ、体温を共有していた。
「敦賀さん・・・」
名前を呼ぶと、強く彼の腕に抱かれた。
とても素敵な夢だ。
夢・・・。ん?夢・・・??
キョーコはぼんやりと眼を覚ました。
ふわふわのベットにすべすべのシーツ、爽やかな空気、それに暖かな感触に包まれている。
とろんとしたキョーコはもう一度まどろみそうになった、のだが。
「おはよう」
頭の上から夢見ていた人の声がし、はっと覚醒する。
顔をあげると・・・自分を腕枕している蓮が、いた。
「つ・・・、敦賀さん、おは、よ、ございます・・・」
キョーコは何があったのか一瞬わからなかった。
そして、夕べのことを一瞬で思い出し、・・・そして、真っ青になって固まった。
「つ、るが、、さん・・・。もしかして、私・・・寝てしま・・・」
最後まで言葉がつげない。
・・・・!!なんてこと・・・!!!!
顔が真っ赤になる。
「うん。とても安らかなお眠りだったようで・・・」
困ったように笑う蓮。
怒ってはいないようだが、キョーコの混乱はおさまらない。
「す、すいません。私・・!なんてことを・・・・」
「仕方ないよ。お酒を飲ませたのは俺なんだし。気にしないで」
「ずっと起きてらしたんですか?」
「そうだね。ずっと寝顔を見ていたよ。俺は眠れなかったし・・・おかげさまで」
「す、すいません・・・!!!」
腕の中から出ようともがく。
だが、蓮はキョーコを更に引き寄せ、背中を優しくなでた。
キョーコはしばらくジタバタしたのだが、この部屋もベットも、蓮んの腕の中もとても居心地が良いことに気がつく。
「今・・・何時ですか?」
「えーと・・あと30分で朝食の時間だよ。予約してあるので、二日酔いでないなら、着替えて行こうか」
「そうですか・・・・。敦賀さん、今日のお仕事は?」
「11時にスタジオ。食べてチェックアウトして、君を学校に送っていって。ちょうどいいかな」
「・・・・」
「大丈夫だよ。怒ってないから。昨日は残念だったけど、またの楽しみにしておくよ」
複雑な顔をしているキョーコの額に、蓮は軽く唇をあてた。
「・・・・や、です・・・」
起き上がろうとする蓮の身体を、キョーコは反射的に抱きしめてひきとめた。
「・・・こら、止めなさい。もう時間ないよ・・・」
「朝食、いらないです・・・」
胸に顔をうずめる。。
蓮は背中をトントンと叩きながら言った。
「朝食はレストランだ。ミッキーやドナルドが挨拶に来てくれるらしいよ」
ミッキーとドナルド。
キョーコは瞬間、身体が大きく揺らいだ。
・・・で、でも。
でも。
「ほらほら。離れて。俺もお預けくらっているから、そんな余裕ないから・・・」
笑いながら蓮はキョーコを離そうとする。
「朝食、いらないです・・。昨日の続き、嫌でなかったら、してください・・・」
「・・・」
蓮の身体が緊張する。
「・・・でも、最上さんそういうの好きだろ・・。君の理想のエスコートはこの朝食で完了なんだよ・・」
声が掠れている。
「完了じゃないです。朝食はいつでも出来ます。今敦賀さんが離れるの・・・私すごく嫌です・・・」
突然、がばっと蓮がキョーコの身体に覆いかぶさった。
「・・・いいの?止まらなくなるよ・・俺・・・・」
ものすごく真剣な眼が迫力で・・・少し、恐い・・・。
「はい・・・。止めないでください・・・」
まだ続けようとするキョーコの言葉を、蓮は激しい口付けで遮った。
余裕のない貪るようななキス。
「キョーコ・・・」
荒々しくキョーコのドレスのファスナーをおろしていく。
手がドレスの中に入り、肌にすべって、そして・・・。
窓から優しい風が、カーテンを揺らしながら入ってきて、微かにキョーコの頬をなでる。
「あ・・・敦賀さん、窓、開けているんですね・・・」
与えられる快感に吐息をつきながら、キョーコは彼に言った。
「・・・もう止まらないって、言ったろ・・・」
ああ、その通りだわ・・と思いながら、キョーコはそっと、目を閉じた。